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リアクション
第2章 眠りし女王 15
「ふんっ――!」
振るわれたバードマンアヴァターラ・ランスの刃が、オーガどもを斬り裂く。それを振るうは一人の女――騎沙良 詩穂(きさら・しほ)という名の契約者だった。
「セルフィーナッ! 石原校長を……っ!」
「分かりましたわ」
詩穂の〈絶対領域〉――発動。
続けざまに、白き翼を広げる天使と見紛う美しき女が、彼女の絶対領域を強化するように同じ結界を張った。
セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)。詩穂のパートナーであり、今作戦では石原を守る盾たる役割を背負ったヴァルキリーである。
「セルフィーナさん、わしは一人でも大丈夫じゃ……」
「無理はいけませんわ、石原校長――いえ、石原様。あなたは近い将来、パラミタの大荒野の民の居場所を作るという大切な役割を担う方なのです。その命は、必ず守ってみせますわ」
石原にそう告げて、セルフィーナは彼を囲うようにその大きな翼を広げた。
石原の防護はセルフィーナに任せ、詩穂はもう一人の仲間の清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)とともに敵に挑みかかった。
一見すると、青白磁はいかにも厳ついヤクザめいた男だった。だが、その動きは実に俊敏である。敵の攻撃網をかいくぐり、“自在”――と呼ばれる闘気を形にする技で、オーラの網を作り上げた。
「だらああぁっしゃーッ!」
網は時には敵を捕らえるネットとなるが、硬質化して打撃武器にもなる。
オーガを叩き飛ばして、青白磁は拳を振り上げた。
「よしっ、穴はぶちあけてやったけんっ!」
「はしゃいでる暇ないわよ! 次が来る!」
詩穂が注意を喚起する。彼女たちにとっては、ここが正念場だった。
そう、ついにアムリアナ女王の眠る寝所へとたどり着こうとしていた一行の前に現れたのは、オーガの集団だったのだ。連中は本能的に、アムリアナと石原を接触させてはならないと意識づけられている。その数は驚異的だ。最後の最後で、ダンジョンのラスボス君臨といったところか。
だが――目の前に立ちふさがる障害を散らしながら、詩穂の戦意は途切れることがなかった。
アムリアナは、彼女にとっては最愛の人が敬愛する大切な人物である。それを傷つけることを許さぬのは、彼女にとって必然だ。
それに、愛すべきアイシャと詩穂自身が出会うためにも、歴史を変えさせるわけにはいかなかった。
その意思は形になる。刃を振るい、次々と敵を蹴散らし、やがては詩穂の槍は最後の一匹を捉えるまでに至っていた。
彼女は青白磁に呼びかける。
「青白磁っ!」
「わかっとるっ! いくぞおおぉぉぉっ!」
顔に傷跡を持った青髪角刈りの男は、オーラのネットで魔物を捕まえると、ぐんっとそれを振り上げた。ネットに絡まったオーガは、宙へと放り投げられる。
瞬間――詩穂が地を蹴って跳び上がっていた。
「これで、最後っ……!」
一閃。
刃がオーガの身体を真っ二つにたたき割り、全ての魔物は掃討された。
勾玉――“リンク・オブ・フォーチュン”によって開かれた寝所へと石原たちはついに足を踏み入れた。その中央にあったのは、アムリアナ女王が眠る光の塊である。
水で出来た正八面体の中心に、光の塊が浮かんでいるのだった。
「ジン……ここが目的地なんですね」
そう言ってから、ふと、ルカは自分が鋭峰団長を名前で呼んでいたことに気づいた。
「す、すみません団長! 大変失礼しました!」
慌てて謝罪する彼女に、しかし、団長は軽く笑うだけだった。
「構わん。任務さえしかとこなせば、名称など些細な問題に過ぎん」
「し、しかし……団長の部下として、このような非礼……その、許されるべきものではありません!」
必要以上の丁寧言葉になって、ルカは深々と頭を下げる。
「そうだな……ならば、しばらくは我の執務室の掃除でも命じるか」
「へ……?」
「それならば、罰にもなるだろう」
「い、いえ、しかし……そんな罰は……」
それではあまりにも甘いのではないか?
「嫌なのか?」
「いえっ! そんなことは断じてありません! あるはずありません!」
天井に頭をぶつけるぐらいの勢いで顔をあげたルカを見て、鋭峰は温かな微笑を浮かべた。
「ならば良い。それでな。それよりも、今は無事に任務を遂行することが重要だ。頼んだぞ、ルカルカ中尉。そして戻ったら掃除だ」
「……了解しました。絶対無事に帰りましょう」
ルカはうなずいて、鋭峰の笑みと同様に微笑した。
と、一方――
「ん、罠の類はないみたいだぜ」
二人の会話の間に、正八面体の塊が浮かんでいる祭壇のような場所を調べていた猫井 又吉(ねこい・またきち)が言った。無論、それは通常のものだけではなく機晶技術を用いた罠も存在しないことを意味する。
「あとは、お好きにどうぞ」
又吉は他の仲間たちに先を促して、自分は後方に下がった。
機晶探知機能を備えたオリジナルのハンドベルド・コンピュータを持ってきて良かったと、このときばかりは自分の幸運に感謝したい気持ちだった。
まあ、役目はここで終わりだが、それだけだと味気ない。彼はこの地下で見たものを記録できないかと、持参したコンピュータをカチャカチャと弄り始めた。
「じゃあエス、頼む」
リゼネリ・べルザァート(りぜねり・べるざぁーと)は横にいたエリエス・アーマデリア(えりえす・あーまでりあ)に呼びかけた。
そして、最初に水の塊に触れたのは彼女である。それは水であるにも関わらず、まるで薄い膜で覆われているように確かな感触があった。
彼女は精神感応を使って、アムリアナと交信が出来ないかと試しているのだ。その、どこか希薄な瞳が少し色を変える。
リゼネリはそれを見守りながら、彼女に万が一があればすぐに駆け寄るつもりでいた。が、今はとりあえず壁にもたれかかるようにして腕を組んでいる。
本来は、護衛など地味な役回りではなく、自分の手で事件は解決したかったのだ。だが、それはどうにも出来そうにない。仕方がないので、こうしてさえない爺さんの周りに配置されているというわけだった。
ふと、エリエスを見る目が細くなった。
もしかすればだが、もしかすれば……過去が変われば彼女は強化人間の手術を受けなくて済んだのだろうか? そんなくだらないことを考える。
無論、やはりくだらないと一蹴するような考えだった。
だが、エリエスがどう望んでいるかは分からない。いまここにある自分が本当なのか。もしくは違う自分を望んでいるのか。
(……ちっ)
考えたらドツボに填まりそうで、リゼネリは頭を振って余計な思考を振り払った。
「……駄目だわ」
エリエスの周りを包んでいた念動力が消えて、彼女が無感動な顔で振り返ったのはその時だった。
「駄目?」
「ええ。やっぱり、アムリアナは眠ってる。だけど、無意識の中で思考は働いてるみたい。力を借りるっていうのは可能でしょうね」
エリエスが述べた見解に、皆は安心した表情を浮かべた。
すると、そこで先に前に進む者がいた。
「サビク……」
誰も彼女を止めなかった。事前に、シリウスからは少し時間が欲しいと言われていたのだ。サビクがアムリアナと邂逅する、その時間が。
「お久しぶりです、陛下」
「…………」
無論、返事はない。それでも、サビクは彼女の前に跪いた。
「サビク・アル=アウワル、御身の危機を知り近い先の日より、推参いたしました」
告げた、その時。
一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、アムリアナの眠る光の塊が発光したような気がした。だがそれは、僅かな数人だけが気づいた変化である。実際のところ、本当に光が発せられたのかどうかすら分からない。
だが、サビクはいまはそれで満足だった。
「では、石原さん……」
「うむ」
サビクに促されて、彼は彼女と交代するように前に出た。
その手に握られていたのはクリスタル――未来のコリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)から受け取ったものである。クリスタルは光の塊に近付くとふわっと浮かび上がり、そしてそれを守る水の中へと溶け込んでいった。
すると、光の塊が膨大な量の眩い輝きを放つ。
「これは――っ」
石原の胸元にあった勾玉――リンク・オブ・フォーチュンが同調するように光り輝いていた。