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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第2章 眠りし女王 16

「な、なんだ……っ」
 東京湾の岸辺にいた大迫俊二は思わず立ち上がった。
 彼の目の前に広がるのは、信じられない光景である。光の膜が爆発したように一瞬で広がり、東京湾全体を覆ってしまったのだ。その衝撃は微風を生んで波を荒くしていたが、光の膜そのものに気づいているのは大迫だけだった。
 つまりこれは――魔物同様、素質ある者にしか見えない膜ということだ。
(いったい、何が起こってるんだ……?)
 大迫は事態の全体像が飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

「これで大丈夫なはずじゃ」
 と、石原はアムリアナの力で東京湾に結界とタイムホールが出来たであろうことをみなに伝えた。
 だが、実際には仲間たちにとっては目には見えない変化である。一同は拍子抜けしたような顔になっていた。
 すると――
『聞こえるか?』
 金鋭峰の頭の中にコリマ・ユカギールからの声が響いたのはその時だった。2022年とのテレパシーによる通信が復活したのだ。
『タイムホールが発生し、通信を再開することが出来た。これで、15日の作戦も可能になったことだろう』
 コリマは鋭峰を通じて皆にそう告げる。
 となると、ここでぐずぐずもしていられない。決戦は明日だ。そのために今から準備を進めなくては。
 石原たちは急いで地下トンネルを出ることを決めた。


 地下鉄の列車事故はようやく収拾されようとしていた。
 事故現場の被害者たちはみな無事に保護され、重体を負った者はそれぞれ病院に運ばれていく。
 見ている者さえも痛々しさを感じる、悲痛な光景だった。
 しかしそれでも、少なからず多くの人を救ったことは、未来から来た契約者たちにとっての救いでもあった。間違ってはいない。そのことを、実感出来たからだ。
 深手を負って気絶している紫翠を抱えたシェイドも、それは同じである。
 と――
「すみません! あの、その子の顔見せてもらえませんか?」
 彼の元に駆け寄ってきたのは、一人の女性だった。
「あんたは?」
「その子の母親です。その、この子を助けていただいたようで……ありがとうございます」
 女性は恭しく頭をさげる。
 金のロングウェーブヘアに、緑の瞳。儚げな雰囲気と美貌を兼ね備えた女性だった。
 気づくと、周りにいた一般人たちが彼女を見て騒いでいる。聞こえてくる雑踏の声には、『見てっ、あの人……神楽香さんじゃない?』『え、うそっ……あのハリウッドに出てる女優さん……?』というようなものがある。
 世界各国を飛ぶ有名女優――神楽香(かぐら・かおり)。それが、紫翠の母親の名だった。
「あの、すぐ病院連れて行きます。この子、輸血が大変なので……。本当にありがとうございました」
「いや、大した事してないが……。その、そいつは、必ず助かるはずだ。きっと」
「そうだと思いますわ。この子、昔から悪運は強い子でしたから。では、急ぎますので」
 香は紫翠を抱きかかえるようにして、救急隊員のもとに向かった。これから病院へ搬送されて、輸血を受けるのだろう。輸血が大変と言っていたが、特殊な血液だったか?
(それにしても紫翠……あいつは母親似だったんだな)
 香と紫翠の顔はよく似ていた。顔立ちから、緑の瞳まで。
 しかし、気にかかるのは――紫翠にピアスの存在だった。
(あいつはあれを両親の形見だと言っていたが……これから、オレが出会う前に、何が起こるんだ?)
 シェイドはそのことが引っかかり、眉をひそめる。
 だが考えても仕方がないことを悟った。ともかく、紫翠が無事だったことが何よりだ。
 彼はそう思って、仲間たちの元に戻っていった。


 事故現場からほど近いビルのトイレで、玖純 飛都(くすみ・ひさと)はあるものを見つめていた。
 それは――ノートパソコンである。
 2022年で使われているようなハイテク機器ではなく、2009年製の旧型だ。無論、この時代では新型なのだろうが。
 そのディスプレイを広げて、飛都は中のデータを探っていた。
 そこに残されていたのは、数多いこの数日間の事件を調べたデータだった。
(あいつは……)
 ノートパソコンの持ち主は、13日の夜に出会ったあの男だった。
 奴はこの事件を嗅ぎ回っているのだ。
 名前はなんと言ったか……?
 飛都は彼から名刺をもらっていたことを思い出して、ポケットの中に突っ込んでいたそれを取り出した。くしゃくしゃのそれを広げると、そこに書かれていた名前は――
(佐和真都……)
 自分の父となる男の名前だった。正確には、遺伝子提供者というべきか。彼が提供し保存されていた精子を用い、ある研究用の汎用サンプルの一体として生まれたのが飛都である。
「…………」
 飛都はしばらく名刺を眺めていたが――やがて、ノートパソコンに拳を叩きつけた。電子音と微かな爆発音を起こして、パソコンの中心が破砕される。
 ぷしゅ――と、煙を吐き出したそれは、完全に息の根が止まったことを知らせるダウン音を鳴らした。
 これで、データは全て消えただろう。
 そう。これでいいのだ。オレが守るべきもの、守りたいものは、たとえ理想郷でなくても――友人知人のいるあの場所なのだから。
 ノートパソコンを放置して、飛都はその場を後にした。