リアクション
●Epilogue
数時間後、空京は陥落した。
ルカルカ・ルー、七枷陣、そして山葉涼司の演説はこの都市の人々を目覚めさせ、熱狂させ、そして行動を起こさせるに十分なものだった。このときルカたちは知らなかったのだが、演説の直前、エデンが都市上空に急接近し、それからゆっくり離れていったことも、彼らの行動を駆り立てる結果につながったといえよう。
量産型クランジはなおも抵抗を続けたものの、数の比率でいえば圧倒的に住人のほうが多い。やがて駆逐されてしまった。
しかし暴力をともなう住民の蜂起は、連鎖反応的に不安をかき立てた。たちまち食料や生活必需品の奪い合いが起こり始めた。市民階級の機晶姫を襲う暴徒まで出現した。
だがこれらは住民の自助努力で収まっていった。
「みんな、冷静になろう! いますぐ飢えるわけじゃない! 無意味な階級社会は終わった。復讐する必要はない! 恐怖に駆られて行動するのは、恐怖に支配されて沈黙していたあの頃と同じだ!」
住民たちに対し、呼びかけを根気強く続けたのは影野祥一だ。
「我々は禽獣ではない! 我々は理性で抑圧を打倒した人間だ! 誇りを持て!」
戦部小次郎も呼びかけを続けた一人だ。どうしようもない場合、彼は実力行使も行ったが、それは最小限にとどめた。
翌朝になる頃には、都市を侵食していた火はすべて消えた。
空京を囲む高い壁、その一角。
壁の縁に深く腰掛け、白い両脚を投げ出してクランジμ(ミュー)は、夜明けを迎えんとする空京の姿を眺めている。眺めるといってもミューの場合は目隠し越しだが、それでも彼女には十分だった。
「まさかあれほどの革命騒ぎが、わずか一昼夜で鎮まるとは。捨てたものではありませんわね……人間も」
「わかっていただけましたか」
同じく、彼女の隣に腰掛けたまま、フレンディス・ティラは親しみを込めて言った。
「ま、今だけかもしれねぇぜ」
と言うのはベルクだ。
「人間ってのは本質的に愚かだ。これから先、総督府を倒し、世界をすべて取り戻せたとしても、平和になるっていう保証はどこにもねぇぜ」
ベルクは立ったまま腕を組み、数十メートル下を見おろしている。
早朝の冷たい風が、ベルクの上着の裾を揺らしていた。
同じく風は、ミューの髪と鉢巻きの残りを揺らしている。
「そうなったらわたくしは、争いを抑止する側になりたいと思っております」
「機晶姫を守るために、ですか?」
ミューは首を振った。
「機晶姫も、それ以外の人々も、すべての生命を守るために、ですわ。わたくしたちは種族ごとに別々の世界に生きているというわけではありませんもの……フレイ様、ベルク様、わたくしはこのことを、おふたりに教えていただいたような気がします」
そう言ってミューは、うーんと伸びをした。
「それにしても清々しい気分……! やはり外を歩くときは、灰色以外の服を着たいものですわ」
幼女のようにころころと笑うと、彼女は立ち上がったのだった。
「もう行くのですか?」フレイはミューを見上げた。「シリウスさんから提案があったでしょう? レジスタンスのリーダーたちには会わないのですか?」
「そうですね……遠慮しておきますわ。わたくしはやはり、レジスタンスの外側にいたいと思いますので。彼らが暴走することがあればそのときこそ、自分から会いに行くつもりです」
それよりもむしろ、とミューは言う。
「わたくしが会いたいのは、η(イータ)です。彼女はいまだ、エデンとともにこの大陸の上をさまよっています……彼女を救いたい。それにΩ(オメガ)、彼と話し合って目的をともにできるのなら、そうしたいと願っております」
「待てよ、イータはともかくオメガ……クランジキラー・マリスは、あんたを殺そうとしたやつだぜ?」
けれどミューはベルクに、穏やかにこう返した。
「でも彼は私の、『愛しい姉妹(シスター)』です。……いや、『兄弟(ブラザー)』ですか」
そしてまたあどけなく笑い声を上げると、ミューは空京に背を向けたのだった。
「最後にひとつ、おふたりにおうかがいしてよろしいですか?」
「ええ」
「いいぜ」
「……よければ、ですが…………わたくしと一緒に行きません?」
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装甲車内のテレビモニターを前屈みになって見ていたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーが、やれやれ、といって硬い長椅子に身を預けた。
「こうして、支配層と被支配層が代わるというわけか……少なくとも、空京に関してはそうだな。大勢は決した。いずれ総督府も落とされ、勢力図が一変するであろうよ」
「だけど、意味のないことね」
と言うローザマリア・クライツァールの目は、昏い。
「レジスタンスの言う『世界』に地球は入っていないのだから。我々の存在を、彼らは想像することでもできないでしょうね」
ここでローザは振り返った。
「どう思う、澪?」
クランジο(オミクロン)こと大黒澪は返事をしなかった。
ただ、黙って、モニターを見つめていた。
澪はもう縛られてはいない。
黒い軍服も着ていない。
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バロウズ・セインゲールマンはバイクで走り続けている。
彼は追っているのだ。遙か頭上の空に浮かぶ岩の塊を。
岩の塊のどこかに突き立っているであろう、折れた柱を含めて。
追いついたときどうするのか、彼はまだ決めていない。
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「サビクのおっしゃることであれば信じてもいいですけれど……シリウスが言い出した話というのは、ちょっと」
と不平顔のリーブラ・オルタナティヴを引っ張るようにして、シリウス・バイナリスタは歩き続けている。
「本当だって! だから来てくれよ!」
「こんな砂漠で……」
なおも不平を言うリーブラをなだめたのは、サビク・オルタナティヴだった。
「まあまあ、シリウスが頭を下げて頼んだのだから信じてあげようよ。それに、本当かどうか確かめるにはキミの高性能金属探知機と、ボクの『サイコメトリ』能力が必要になるわけだし」
荒涼とした砂漠を三人は連れだって歩いている。
空京から外れること十数キロ、この地点には、カラカラに乾いた砂漠が広がるだけであった。
殺風景な土地だが、目に入るものはある。といっても、あちこちに機械の残骸や倒壊した建物、人骨などが転がっているばかりであり、よほどの物好きでなければ足を踏み入れそうもない場所なのは事実だ。
そこからさらに数分歩いて、ようやくシリウスは足を止めた。
「武器弾薬でも埋まってないかと、この辺を物色していて見つけたんだ」
「なのに砂嵐が起こって、手に取る前に見えなくなってしまったというんでしょう? その話、ここに来るまで何度も聞きましたわ」
「金属探知機を頼むよ」
サビクが言うと、なお半信半疑の目をシリウスに向けつつ、リーブラは帯同した機械を組み立て始めた。
コンパクトだが非常に複雑な装置だ。シリウスにはいまひとつ、その構造が理解できない。
「そもそも、これほど広い砂漠地帯で、そんなものを偶然見つけるなんてことがあるのがおかしな話なのですわ。本当だとしたら理不尽な奇跡としか思えません。もっとも、実際は単なるシリウスの見間違いでしょうけど」
「見間違いじゃないって! たしかに見たんだ!」
「まあ、しばらく調べればわかることじゃないか」
サビクはそう言って、リーブラに高性能金属探知機の起動をうながした。
「あのとき目撃した組成は……鉄製で金メッキといったところですかしらね」
リーブラは装置を動かし、細かい数値をてきぱきと入力している。
かつては比類なき機械音痴だったリーブラだったというのに、今では飛空艇を自在に操り、このように複雑な装置でも間違い一つせずに使いこなせるようになっていた。十二星華、天秤座(リーブラ)ティセラの死によって、『ティセラ死亡時の予備役』にリーブラが目覚めたためだろうか。左利きの特性すら消え失せ、今や彼女は、右手で装置を操っている。
リーブラが装置を起動してから数分、探知機は甲高い音を発した。
「やっぱり!」
装置が指し示した地点をシリウスは両手を使って犬のように掘り起こし、砂の中から発見したのだ。
黄金の半仮面を。
多少汚れているものの、ほぼ完璧な姿で埋まっていた。
「な! 本当だっただろ!? クランジκ(カッパ)がつけていたやつだ! あいつ、大気圏に突っ込んで消滅したりしないでこの付近に落ちたんだよ! それでどこかに逃れたんだ!」
「そう早急に結論を出すものではないと思うな。ほら、貸してみて」
サビクはシリウスから仮面を受け取った。
「単に、仮面だけ落ちたって事態も考えられる。あるいは、もっと前にκがここで落としただけかも。もしかしたら全然関係ないものかもしれないしね……戦前のパーティグッズとか」
「そんな重たいパーティグッズなんてないだろ」
「しっ、サイコメトリを発動するから」
サビクは目を閉じ、半仮面に意識を集中する。
仮面の持ち主は誰か、この仮面にまつわる、どんなできごとがあったか……。
やがてサビクは目を開けると、深く溜息をついて言ったのである。
「ボクもリーブラも完敗だな……どうやら、シリウスの予想通りのようだよ」
《完》
マスターの桂木京介です。
今回も大変長らくお待たせしたことを、心からお詫び申し上げます。
ごめんなさい。ごめんなさい。これで精一杯でした……!
妙に『引き』のある終わりかたですが、これにて【DarkAge】は完結ということにします。
完璧に終了めでたしめでたし、という結末にしなかったのは、【DarkAge】の世界は【DarkAge】の世界として、正史とは平行したまま存在しており、その後も続くという意味合いをもたせたかったからです。
ここから読んでいるかたはいないと思いますが、念のためネタバレを避けつつ書かせていただくと、本作で描かれた空京奪回戦の後、【DarkAge】世界はあるキャラクターが予言したような歴史の流れとなっていきます。
といってももちろん、予言そのままの展開になることはないでしょう。皆様がアクションに込めてくださった熱い『魂』を有するキャラクターたちならば、最悪の結末は回避してくれるはずです!(それに私は、あの恋人たち以外にもたくさん、本編中にその予兆を潜ませておきました)。
もうちょっと私に体力があって、蒼空のフロンティア終了までの時間的余裕があれば、ノーマルないしスペシャルシナリオくらいの分量で『【DarkAge】日常編』や『【DarkAge】列伝』をやってみたいという気持ちもありました。……いや、そんな話に需要はないですね。すいません。
暗い話ながら最後まで、つきあってくださり本当にありがとうございました!!
すべての参加者に最大の感謝を捧げたいと思います! 桂木京介でした。
それではまた、正史世界でお目にかかりましょう。
次回は日常系シナリオで、すぐに公開する予定です。
―履歴―
2014年7月25日:初稿