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●第二幕 最終節 

「見えるだろうか……?」
 逃れてくる下層探索部隊を探し、プラント入口そばのエレベーターシャフトの淵にて、リア・レオニス(りあ・れおにす)が誘導灯を振っている。彼は下層部隊のために、部隊後方から従軍して退路を確保していたのである。
 明滅する光は、彼が手にしているものだけではない。金属製のマグライトを10メートル間隔で結わえた鋼糸が、シャフトの縦穴に真っ直ぐに下ろされていた。ナラカ内の生物に切断されることを考慮して数本用意されている。いずれも、端は壁面に固定して揺れを最小にしている。
 ナラカ下層から見上げれば、これは天界に続く蜘蛛の糸のように見えることだろう。蜘蛛の糸との最大の違いは、これがひたすら頑丈ということだろうか。
 無論、シャフトだけではなく、リアがプラント最下層で到達できる限りの地点まで鋼糸は続いていた。
 まだ上がってくる者は見えない。
 突入が開始されてからかなりの時間が経過している。とうに上層部隊は帰還を果たした後だけに、不安が募り始めていた。不安を紛らわすかのようにリアは独言する。
「プラント……なんでこんなもん作るんだよ、東は帝国とやらのいいなりなのかよ! これで突入部隊が死んだら何も言えんで?」
 いつしかリアの言葉は、ここまでの作業を分担してこなしたパートナー、すなわちレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)への問いかけに変化していた。
「どうなってんだ、東の連中は!? ヘマした挙句、西に助けてください、だって? 女王が人質なのは分かる、『これ』は帝国用にも使うつもりかもしれねぇけど……自分のケツくらい自分でふけよ、タシガンなんざ治安維持にまで教導の力借りてるじゃん?」
 リアは自身の額に手を当て、蜂蜜色の前髪を指の間に通して少々乱暴に握りしめていた。湧き起こってくる苛立ちを抑えきれないようだ。
 こんなとき、レムテネルは自分がどうすればいいかを知っている。
「まぁ、落ち着きなさい」
 彼は大きな手で、リアの頭を包み込むようにしてゆっくり撫でたのである。
「これを利用し、対帝国用のデータ等を回収させようとした人もいるかもしれません。プラント破壊のため仕組んだこと、という線だって考えられるでしょう?」
「それは……そうかもしんねぇけど……」
 リアの言葉尻にはまだ不快感が残っているものの、おおむね落ちついたようだ。レムテネルはうなずく。
「まあ、真相は突入部隊が持ち帰るでしょう。我々はもう、なすべきことをなしました。あとはただ……彼らを信じて待つとしましょう。リア、誘導灯とワイヤーの設置はあなたのアイデアですよ、立派です」
 褒められて照れ臭くなったか、リアは頬をかきつつ応えた。
「立派、って言われても、突入した皆ほど立派じゃあないさ。みんなは、『虫のいい東の請願に応えて、命がけで未知の領域の奥深くに入った』んだからな……命を賭けて。彼らに比べたら、俺のやったことなんてたかが知れている」
「その『命』を救おうとしているのがリアじゃないですか。卑下することはありません」
 ぽん、と優しく、レムはリアの背を叩く。
「さあ、胸を張りなさい。堂々と、勇士の帰還を迎えましょう」
 鎖が揺れたのだ。見間違いではない。二度三度、強く揺れた。地上の光を目指し、下層に突入した連隊が戻ってきたのだ。

 リアが設置した鎖を見つける直前、ドームから離れることきっかり5分、小鳥遊美羽は爆弾装置のスイッチを押した。
「こんな……こんなプラントなんて、吹っ飛んじゃえ!!」
 祈るようにリモコンのボタンを押し込む。
 美羽だけではない。爆弾を設置した者は全員、一斉に押した。屍龍をはじめ、哀れな被創造物は連隊を追い続けていたが、ドームが火を噴くと同時に地に落ち、あるいは倒れ、陸に打ち上げられた深海魚のように、もがき苦しみながら消滅していった。
「良い死にっぷりだこと……」
 藤原優梨子はこれを、うっとりした目で見つめている。モンスターの首をお土産(誰に?)にすべく刈ろうとしたものの、いずれも溶け流れてしまってかなわなかった。
 逆に、真口悠希は正視に耐えず、目を逸らしていたのだが、ふと視線を戻すと、いずれの死体も消えていた。そのとき悠希はようやく、自分がセットした爆弾の起爆スイッチを、ずっと握り込んだままなだったことに気づき、そっと手を開いたのである。
(「ボクなんかでも……役に立てただろうか……?」)
 振り返ってドームを見る。
 ドーム?
 そんなもの、最初から存在していなかったように思えた。そこはプラントの暗い通路で、徹底的に破壊され尽くしていることを除けば、ナラカを偲ばせるものは何も残っていなかったからである。
 そのとき、
「戻った! 戻ったぞ!」
 咳き込みながら、讃岐院顕仁が大久保泰輔の元に駆けより、しがみついていた。『召喚』によって顕仁は、滅紫色のゲートの間近から、先に避難した泰輔の元に転送されたのである。東園寺雄軒が勘違いしたように、知識欲のあまり特攻したわけではないのだった。
「お疲れさん。ジャスト5分で爆破やったな。ちっとタイムラグがあったから死んだかと思った」
「けろりと物騒なことを言うでないわっ! 仮にも悪魔の我が、乱れ髪に無粋な服装で登場するわけにはいかんじゃろう。ちと物陰で着替えておったのじゃ」
 そういえば、顕仁はパワードスーツも脱いで、普段の雅な格好である。
「なお、我の脱いだスーツは泰輔が運ぶこと。それくらいやるが良い」
「はいはい、仰せのままに……っと。それはそうと、間近で見たゲートに何が見えた?」
「何も」
「え?」
「光が強すぎて直視するのも厳しかったわ。あの無粋な服に遮光機能でも付いておったら別じゃったがのう……」(※)
 がく、と泰輔はうなだれてしまった。

 ※本文注:実は付いている。顕仁が使い方を知らなかっただけだったりする


 一行はシャフトを登っていく。ワイヤーが伝わせてあったとはいえ、長いシャフトで上を目指す作業は疲れた体に随分とこたえた。
「ねーさま、疲れてない?」
 久世沙幸は身軽なので、比較的楽にここまで登って来ることができたが、力仕事を楽にするパワードスーツがなく生身、その上、体力仕事があまり得意でない藍玉美海にとっては重労働だ。あきらかに息が上がっている。けれど彼女は弱音を吐いたりしないのだ。
「なんの……もうじき地上ですわ。沙幸さん、わたくしを気にせずとも構いません、さっさと上がっておしまいなさい」
「いいの? ねーさま?」
「まあ、どうしてもというのなら、上がってからわたくしに手を差し伸べてもよくってよ」
「うんっ!」
 声を弾ませ、一気に沙幸は、光溢れる地上に帰還を遂げたのであった。
「帰還おめでとう! 作戦は成功だな」
 彼女を待っていたのはリア、それにレムテネルだ。
「筋違いな頼みに応えてもらってすまない。ありがとう。お疲れさま」
 リアは右手を差し出した。

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 マスターの桂木京介です。

 私にとっては初のペリフェラルシナリオということで、さまざまに試行錯誤し、悩んで悩んで書き進めたリアクションとなりました。
 それでも、皆様の想いがこもった『熱い』アクションがなければ、もっと苦しんでいたかもしれません。いつもそうなのですが今回は特に、集まったアクションに応援されながら執筆したように思います。ありがとうございました。

 この事件がグランドシナリオ、ひいては今後の展開にどう関わってくるのか私も楽しみにしております。
 それではまた近いうち、新たな物語でお目にかかりましょう。
 桂木京介でした。

 ※11月26日 初稿公開
  12月 1日 コメント欄等に一部修正を加え、リアクションを再提出しました。ご迷惑をおかけしました。