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●第二幕 第七節

「ナラカ化の影響は最小……ナラカの気も、こうして纏えば案外快適です」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はデスプルーフリング装備だが、闇黒耐性に特化した装備を選んだおかげか、幻覚の影響は少なく行動への制限もまずない。屍龍出現後の混乱でも、元の場所から動かずに済んだのは、少なからずこのことが影響しているのではないか。
「ナラカの気もこうして纏えば案外快適ですよ」
 と、行動そのものは軽快であったものの、ザカコの主目的たる資料捜索は、はかどっているとは言い難かった。
 理由は単純、資料というほどの資料が下層には存在しないためだ。混沌の度合いが進みすぎて、ここがプラントだったという形跡すらまともに見あたらない。仮に文書らしいものがあったとしても、壁の一部と同化し融解しており、その十分の一も読めないという体たらくだった。
 現在、歩を進めた彼らがいるのは、古代ギリシャ神殿のような建造物の内部だった。製造プラントの地下に神殿があるという時点で十分狂っているのに、その神殿内が、10年ほど前の日本のゲームセンターになっているというのも異様だ。ドーリア式の柱の向こうから、いわゆる体感ゲームや音ゲー、トレーディングカードアーケードゲーム (TCAG)など、大小様々なゲーム機が、現在の耳で聴けばいささかノスタルジーを感じさせる音楽をけたたましく垂れ流している。
 こんな状況ゆえ強盗 ヘル(ごうとう・へる)のトレジャーセンスもまともに働かず、彼も難渋しているようだ。
「……ったくよう、こじ開けてみれば、なんだこりゃ」
 人が隠れられそうなくらい大きな宝箱を発見したヘルだが、苦心惨憺して解錠してみれば、中身はすべて、クレーンゲームのぬいぐるみであった。しかもそれが、屍龍やヤドカリなど、いちいちナラカのモンスターたち(デフォルメが下手で可愛くない!)であるのがなんとも腹が立つ。
 ただ、こんな状況でも何らかの意味や理由があるかもしれない、と、ヘルはパワードスーツに取り付けたデジタルビデオカメラで、狂乱の世界を撮影しつづけていた。
「こんな世界に常識的な提言をするのもアレだけどよ、こういうときはお偉いさんがいる場所を探すのが鉄板ってもんじゃねえか?」
「かもしれませんね……人の気配はないし、場所を変えたほうがいいかもしれません。……ちょっと待って下さい。ルカルカさんが何か見つけたらしいですよ」
「みんな、こっちこっち!」
 ザカコは首をもたげた。彼同様、渦巻く風から逃れたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、ゲームセンター内に巧妙に隠された『本物』のコンピュータを発見したのだ。といってもこのコンピュータは草葉を生やし、半ば植物と化しているではないか。
「木を隠すなら森の中、コンピューターを隠すならゲーセンの中……ってのはちょっと違うかな? 側面の刻印は、プラントで使用されていたものと一致してるね。植物化してるなんて不思議〜、これってまさしく『有機コンピューター』ってやつじゃない?」
 有機コンピューター、といえば、ルカルカにはそう渾名されるパートナーがいる。それがダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)であるのは言うまでもない。
「見せてみろ」
 ダリルがやってきた。デスプルーフリング装備なので、異常な世界であっても物腰は普段と変わらない。
「これなんだけど、どう? 調べられそう」
「やってみよう」
「やった! ということはここで、『有機コンピューター』対『有機コンピューター』の決戦開始!?」
「茶化すな。しかし電子戦を想定してここに来たというのに、ここまでゴーストイコンはその影すら見せないな……」
 いくらか不平気味に呟きながら、ダリルは小型HDDやHCを用意し、植物化しつつあるコンピュータに接続する。こんなものでも繋げばちゃんと動いていた。
「植物でありながら電気も通っているのか……どういう原理なのかな?」
 ルカは興味津々の様子だ。
「触ったりするなよ。身の保証はせんぞ」
 と彼女を遠ざけながら、ダリルは木製のキーボードを叩くのである。
「さてと、電子資料はダリルさんたちに任せるとして……」
 石造りの天井の下、橘 カオル(たちばな・かおる)が求めるのは紙資料である。ここは腕の見せ所、金庫に類するものがあればピッキングで容赦なく開けていくものの、いずれも見つかるのは換金不可のメダルだったりして喜べない。だんだん、ナラカ探索をしているのかゲーセン荒しをしているのかわからなくなってきた。
「親書はさすがに紙だろ。というか、親書くらい残してないのか……」
 カオルはいくらか苛立ちを感じていた。ゴーストイコンに関するデータを探しているのに、そのゴーストイコンに関する情報は、兆候らしいものまで含めて一切見あたらない。強盗ヘルが見つけたぬいぐるみ群にすら含まれていないのだ。わざわざ隠しているかのように。
 護衛のマリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)に呼びかける。
「なにか目を惹くものでもないか?」
 と、顔を上げると、マリーアが一台の大型ゲーム筐体をじっと見ているのが目に入った。
「どうした? レトロゲームばっかりだが面白そうなものでもあるのか?」
 冗談めかしてカオルは言ったのだが、帰ってきたのは意外な返事だった。
「うん……ほら、これ」
 大型筐体、実際に乗り込んで操縦するタイプのゲームだった。ロボットのコクピットを模しており、上半身だけながら案外しっかりした操縦型ロボットが鎮座している。その名前は……。
「イコン搭乗ゲーム、だって……」
 縮尺は実際のイコンより随分小さいが、よく似ている。確かにそう名づけられたゲーム機である。
「ね、やってみていい?」
「やってみて……って、待てよ。10年近く前にこんなゲームがあったはずないだろ。徹底的に怪しいぜ」
 超感覚を発動させると、カオルはうっすらと肌が粟立つような不穏を感じた。しかしそれが危険のしるしなのか、他にこのあたりに危険があるのか、それともゲームとはいえ、ゴーストイコンの姿をしていることで抱いているだけの感情なのか……は判らない。
「イコンの資料には何度も目を通して理解したよ! もし本当だったらイコン操縦の練習にもなるしー。操縦したいなーしたいなー」
「だからって、みんなに相談しなきゃ……って、おい!」
 一度決めたことは曲げないというのが、マリーアの性格である。カオルが迷っているうちに、とっととゲーム筐体のハッチを開け、中に滑り込んでしまった。
「せめてもうちょっと調べてからにできなかったのか。ええい……」
 彼女を引っ張り出すべくカオルが近づいたそのとき、マリーアが腰掛けていた位置の上下より剣のような歯が飛びだし、しかもハッチがひしゃげて彼女を押し潰そうとしたのである。
 デスプルーフリングの効果で生身のマリーアだ。やわらかな肉体を鋭い歯が串刺しに……することはなかった。
 トラップの歯が砕ける。上下からの圧力も停止した。金属というよりは、野獣の口のような感触があった。『イコン搭乗ゲーム』は体液のようなものを溢れさせている。
「ぐぐぐ……ここはオレに任せて早く逃げろ……って台詞、本当に使う場面があるなんて思いませんでしたね……!」
 飛び込んで彼女を救ったのはパワードスーツ、装着するのはルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)だ。
「ありがと! ルースって、たまに格好いいときがあるよね!」
「たまに、ってところがひっかかりますが、素直に喜んでおきましょう……!」
 マリーアが飛び出すとルースも転がるようにして虎口を逃れ、
「こいつっ!」
 間髪入れずカオルが氷術を筐体に見舞う。筐体は叫び声を上げて血の海に沈んだ。
 しかし異変はこれにとどまらない。つづけて周囲から、自発的に動く『ゲーム機』がが次々と現れたのだ。『イコン操縦ゲーム』同様、いずれも半ばマシン、半ば獣といった様相だ。どこに隠れていたのか、わらわらと押し寄せてくる。
 うつ伏せの状態から半身を起こし、ルースは首をすくめた。
「うわぁ〜、うようよしてますねぇ。此処に突っ込んでだいじょうぶかなぁ。死んだらナナが悲しむんだろうなぁ……」
 ルースの身をひょいと持ちあげる者があった。デスプルーフリングによる生身の体なのに、重いパワードスーツを軽々と上げている。しかもそれがメイド服の少女なのだから、なんとも異様だ。
「いきなり特攻を想定してるんじゃない! 俺たちの目的はあくまで中心部の破壊だ、こんなところさっさと出るぞ」
 しかし異様ではない。朝霧 垂(あさぎり・しづり)なら簡単なことだ。
「ライゼ、ゲーム筐体の外殻の内側、ヤワな有機部分をぶった斬れ! 栞はファイアストームだ。炎で脱出路を作れ! 朔はルカたちを退避させるんだ、ダリルがデータを入手したらしい、絶対に守れよ!」
 そして俺は……と両腕を振り上げた垂の、左右の拳に輝きが宿る。
「薙ぎ払う!」
 瞬間、眩い光がゲーセン内を支配した。熟練のモンクのみ可能な技、それがこの光攻撃、必殺の拳『則天去私』! ナラカの被創造物たちは一様にダメージを受け呻き声を上げた。
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は小柄な身を地に伏せ、ひときわ巨大な敵からの一撃を避けた。彼女を襲ったのはレースゲーム、真っ赤なスポーツカーそっくりの姿なのだが手足が生えている。肝心のゲーム画面には『Insert Coin(s)』というメッセージが表示されていた。
「うわ、おっかない! レースゲームが人を襲うのはよくないよね!」
 逆襲の一撃は大傘、数人が隠れるほど大きな傘を振りかざし閉じた状態で先端を向けると、
「ゲーム筐体は人を楽しませるものだよ! 困らせるよう筐体には……おしおきだもん!」
 一抱えもありそうな極太のビームが、標的の有機部分だけ綺麗に焼いてこれを破壊した。ゲーム画面は一瞬、『GAME OVER』の表示となって消える。
 消耗しぐったりとなるライゼを小脇に抱え、夜霧 朔(よぎり・さく)はパワードスーツ着用のまま、ルカルカ、ザカコら味方を誘導した。そのなかにはHDDを抱くダリルの姿もある。そいの一方で、
「にゃはは〜。時代が求めているのかね〜? 今までこんなに大規模な事件なんて滅多に起きなかったのに、最近じゃ立て続けに起きてるよな〜」
 朝霧 栞(あさぎり・しおり)は神殿ゲームセンター内に、ファイヤーストームの華を咲かせていた。機械は熱に弱いものだ。垂の攻撃で弱った筐体モンスターたちは近づくことができず後退する。
「まぁ、『時代が変わる』って時は、いつもこんな感じなのかもな?」
 結果、栞は脱出経路を築き上げていた。ダリルを護衛しながらルカルカとザカコ、ヘルが最初にこの道をたどり、つづいて朔とライゼが撤退する。カオルとマリーアは戦いながらこれを追い、垂は去り際に、燃えさかる筐体を敵に投げつけた。
「よし、撤退完了! 見てなさい、これが……」
 栞を背にかばいながら、ルースは神殿の柱に取り付いた。
「これが、パワードスーツの真価です!」
 石の柱が半ばからぼきりと折れる。確かに強力すぎるくらい強力だ。
「さあ、行くとしますか」
 小柄な栞を抱き上げて、倒壊する神殿からルースは悠然と脱出したのである。

 行軍当初は黙って堪えていたものの、屍龍とその後の突風で三人きりになって以来、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)はずっと不機嫌な様子を隠さない。三人ともパワードスーツ装備なのだが、その装甲ごしにもはっきりと判った。肩を怒らせのしのしと、それこそ破裂寸前の風船みたいな様子で歩んでいる。当初、「不幸中の幸い、連隊がバラバラになったからこれで、団体行動を強いられなくて済むぜ」などと喜んでいた緋山 政敏(ひやま・まさとし)であったが、こうなってしまっては団体時が懐かしかった。
「……そもそも何で、カチェアが来てんだよ」
 政敏はリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に耳打ちする。
「理由? それはきっと、屍龍出現後のあの騒ぎがあっても、私たちが近い場所に吹き飛ばされたのと同じよ。政敏とそのパートナー……つまりカチェア、それに私には特別な絆がある、ってことだと思うわ。要するに、隠し事はできないってわけ。バレたのは現実なんだからちゃんと受け止めて、カチェアへの言い訳と彼女の身を『守る』こととを考えなさい」
「言い訳、って簡単に言ってくれるけどなぁ……」
 当初政敏は、本作戦に参加することをカチェアに隠し、リーンと二人でプラントに赴くつもりだった。危うく置いてけぼりになるところだったカチェアは怒り、今もってヘソを曲げているというわけだ。
「ところで」
 二人がコソコソと話しているのが判ったのだろう、ぐるりとカチェアは振り向いた。ヘルメットのバイザーがあろうとも、眉を吊り上げているのがよく見えた。
 三人がいるこの場所は、スクラップ置き場によく似た地帯だった。大量に錆びた釘やネジ、歯車が転がっている。しかもそれらの一つ一つには、いちいちネガティブな意味の英単語が刻印されているのだ。全種類調査してやろうと最初は政敏も思ったが、あまりに多すぎて投げてしまった。第一、ネガティブな言葉ばかり読んでいると気が滅入る。
 まったくもって意図不明の一帯であるが、そんな周囲の状況よりも、カチェアが気になるのはこのことだ。
「今日はどうして除け者にしようとしたんですか!」
 ストレートに問うた。怒りと悔しさで目には涙までにじんでいる。
「私だって、リーンに負けない位……そんなに頼りないですか……」
 今、政敏がうかつなことを言ったら、彼女は本当に泣き出してしまうかもしれない。
「えーと、そうじゃなくて、だな……」
 咄嗟に言い訳なんか思い付くかよっ、とリーンに抗議したい政敏だったが、そんな彼は悪運の強い男でもある。救いの天使が、ちょうどそこに姿を見せていた。
「緋山さん、それに皆さん、よくぞご無事で……!」
 錆びた歯車の山を乗り越え、旧知の小山内 南(おさない・みなみ)が現れたのだ。リングを指に填めているのだろう。華奢な体をナラカの大気にさらしている。つやのある黒髪はボブカットに、黒目がちな瞳にに安堵の色を浮かべていた。いわゆる美少女だが、どこか幸薄そうな雰囲気もある。
 この再会を喜ぶのは南だけではない。言い訳のネタ発見、と、政敏の頭上に豆電球が灯る。
「良かった、南ちゃん! さっきまでは教導団の命令で隊列が遠く、まともに話せなかっただけに嬉しいぜ。俺と同行しないか♪」
「同行? もちろんです」
 すると政敏は、パワードスーツでありながら器用に南との距離を縮め肩を抱いて、
「それはそうとせっかく二人きりになれたんだ。どうかな、ここでお互いのことをもっと知り合うというのは?」
「二人きり?? 深く知り合うのは良いと思います。政敏さんは私の恩人ですし……クランジの件ではご迷惑をかけてしまったそうですし……」
「いいねいいね、そうそう深く、深〜く知り合いたいなぁ……って!」
「小山内さん、ダメーッ!」
 すると雄牛のように突進し、カチェアが二人の間に割り込んだのである。
「口車に乗ってはダメです小山内さん、この男の『深く知り合う』は変な意味なんですから!」
 と南に告げ、返す刀で政敏に詰め寄る。
「って、目的はナンパでしたか! こんな場合、リーンだったら気を利かせてそっと姿を消したりするかもしれませんけど私は許しませんからね! この『ぐーたら』! えろ! 女性の敵! 心配した私が阿呆じゃないですか!」
 拳振り上げ政敏をブン殴ろうと追いかけ始めた。
「『えろ』はないだろう、『えろ』はっ!」
 ひゃー、などと声を上げて政敏は逃げ回る。カチェアもパワードスーツには慣れているので、逃げる側も追う側も生身と大差ない。是非はともかく、なんとかごまかせたわけだ。
 一行は南を交え、四人で中心部を目指す。


 ※本文注:シナリオ『ラビリンス・オブ・スティール〜鋼魔宮』リアクション13ページ参照