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運命の赤い糸

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運命の赤い糸

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ピンチの前のドーナツ会議


 かつて帝国に起こったという悲劇を繰り返さないためにも、横山ミツエ(よこやま・みつえ)アスコルド大帝との契約を阻止するため乙王朝側に寝返った龍騎士イリアス率いる2500の兵達だったが、それで戦力が五分になったわけではなかった。
「アツシの奴……!」
 ミツエのイコン、饕餮のリモコンを奪った火口敦(ひぐち・あつし)がいた。
 彼はアスコルドに彼女を紹介してもらうとかで、イリアスの双子の弟である龍騎士アイアスと共にミツエに契約を迫る気でいる。
「あまり良い旗色とは言えませんな」
「わかってるわ。だからみんなの力が必要なのよ」
 イリアスの指摘にアツシを睨みつけながら答えるミツエ。
 三人の様子を見ていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、こてんと首を傾げてイリアスに問いかけた。
「あの……大帝様は、どうしてミツエさんをパートナーにしようとしてるんですか? パートナーができるっていうのは、皆さんくらい強かったら逆に弱点を作るようなものだと思ったんですけど」
「大帝の御心を真に理解することはむずかしい……」
 俺の憶測だが、と前置きしてイリアスは続ける。
「ミツエ殿がシャンバラで神と崇められていたドージェとメル友だったこと。スヴァストラフを死に至らしめたこと。また、先ほどのギュスターブをいともあっさりと葬った手法。俺達を見事二分してみせたこと……。卑怯な手もためらわず堂々と使う強さを求められたのではないかと思う」
「褒めるならちゃんと褒めなさいよ」
 最後の最後で貶されたような気持ちになったミツエが文句を言うが、イリアスの耳には届いていないようだ。
「パートナーを得ることのリスクなど、あのお方にとっては気にかけるほどのことでもないであろう」
 強さのみを求めているように見える大帝の姿勢に、歩は内心では反対意見を持っていたが表には出さなかった。
 彼女は、契約はお互いの気持ちが大事だと思っている。
 歩自身、七瀬 巡(ななせ・めぐる)との契約はお互いを思いあってのものだった。
 けれどイリアスの言う大帝がすべてではないとも思っている。
 実際会ってみて感じたことだ。
「ミツエさんは大帝自身のことをどう思ってるんですか? 例えば、大帝が権力とか関係なしに、一人の人間としてミツエさんのことを必要だとしても、やっぱり契約は嫌ですか? あたし個人の気持ちとしては、一回大帝様と話してみてほしいです。けっこう悪どいことを考えたりもする人だと思うけど、人の親としての気持ちも持ってる人だって、この前会ってみて思ったから」
 ミツエはちょっとだけ顔をしかめてから、とても重要なことを言うように真剣な目をして口を開いた。
「まず、目玉は二個で充分だわ」
 大帝の目玉の全滅をたくらんだほどだから、ほよど嫌だったのだろう。
 それから、と続ける。
「実際に会った歩が言うなら、そういう面もあるんでしょうけど、仮にあたしが話し合い目的で行ったとしても、きっとどんな手を使ってでも契約させられるわね。あたしなら、そんなチャンスは絶対に逃がさないわ。契約して帝国を乗っ取るのも悪くはないけど、やっぱりあの目玉はいただけないわね」
 一文字に口を結ぶミツエに、当事者同士の話し合いを求めるのは無理だと諦めるしかなさそうだ。
 ミツエの拒絶の姿勢に、歩は同じ百合園生のアイリスを思った。
 このまま大帝が強引なやり方を続けるなら、娘との溝は埋まらないままだ、と。
「まあ、ミツエに契約の意志がないことはこれでハッキリしたわけだけど……」
 やれやれ、とため息をつく姫宮 和希(ひめみや・かずき)
 和希の目は不満そうにミツエを捉えている。
「こんな切羽詰った状況になる前に、乙王朝やイリヤ分校の仲間を頼ってくれればいいのにさ。いつの間にか分校の地下で饕餮作ってるし」
「そ、それは……タイミングがなかったのよ。相談しなかったのは悪かったと思ってるわ」
「わかってくれりゃあ、いいんだけどな! ミツエにはこれからもっといい女になって、覇道を進んでもらわないといけないんだ。正直、あの大帝さんのパートナーにはもったいないぜ!」
 何も知らせてくれなかったことを寂しく思っていた和希も、ミツエから反省の色を感じると、からりとした笑顔に変わった。
 ミツエが掲げている『中原の民を救う』という目標への道の険しさは、これまで付き合ってきた和希もよくわかっているが、まだ中国にも下りていないうちに終わらせてほしくはなかった。
 契約拒否の意志を示したミツエを応援するように、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が憤りも露わにここにいないアスコルドに毒づく。
「うっかり失言をネチネチ楯にとって、巨大な赤い糸で本契約を迫ろうとは何たる悪徳商法! 消費者庁にもこの事例は報告しておきましょう。店舗における契約でもないですから、クーリングオフだって適用されそうな勢いですわ」
 本気か冗談かわからない発言だが、ミカエラの表情は真剣そのものだった。
 何となく一歩引いてしまったミツエの手をグッと握り締め、ミカエラはより一層強い瞳で言う。
「ミツエさん、サインしちゃダメです。私達があなたをきっと守りますわ」
「わ、私も、絶対にペンは取らないわ」
 そう答えるのが精一杯だった。
「そうと決まれば作戦会議ですっ。……が、その前にー」
 パンッ、と手を打った桐生 ひな(きりゅう・ひな)が、じろりとミツエを見やる。
 ミカエラの次は何だと、ひなから距離を取ろうとするミツエだったが、ひなの両手に顔を挟まれるほうが早かった。
「なっ、何を……っ」
「この滑りやすすぎる口には、お仕置きが必要ですね〜」
「いひゃ、こらあにふんら」
「たくさん伸びますねー」
 ひなはミツエの口の端を親指でぐいーっと引っ張った。
 その両腕を掴み、離せコラァと曖昧な発音でミツエが暴れる。
 次の瞬間、ひなの顔が異常接近した。
 ぶちゅーっ、とひなとミツエの唇が重なる。
「あーっ!」
 と、周りから大声が沸きあがると、パッとひなの顔も手もミツエから離れていった。
 石化の魔法でもかけられたかのように瞬き一つしないミツエと、
「これで許してあげます」
 と、にっこりするひな。
 表情はそのままに、ミツエの片手が動きポケットから伝国璽を取り出す。
 それは、まっすぐひなに向いていた。
 歩がひなの手を引いて駆け出し、和希とミカエラがミツエを押さえ込む。
「落ち着け! あれは味方だ!」
「味方を減らしてはいけませんわ! ちょっと、どうしてこちらに向けるの!?」

 第一次伝伝国璽乱射事件は、みんなの努力のおかげで乱射未遂に終わった。
 そして再びミツエの周りにみんなが集まる。
「もう、いきなりだからびっくりしたわ」
 まだ心臓がドキドキしているのか胸に手を当てているミツエ。いきなりのキスに怒ったのではなく、単に驚いただけだったようだ。
 ひなは、悪戯が成功した子供のように笑っている。
「実は、ミツエに渡したいものがあるんです。目をつぶってもらえますか?」
 素直に目をつぶり、手を出す。
 その手にずっしりとした重みがかかった。
 ミツエが思わず目を開きそうになった時、先ほどとは違う、やさしいキスが唇に降りた。
 目をまん丸にするミツエに、ひなは何かを誓うような色を瞳に乗せて微笑む。
「これからも私のことをよろしくお願いしますですー。えへへ」
 すっかり毒気を抜かれてしまったミツエは、気が抜けたような笑みを返し、改めて手の上の重みを確かめた。
「これ……麻雀セット?」
「そうですー。三国志を意識したオーダーメイドですよっ」
 箱も凝った絵が描かれていたが、中の牌も見事な意匠が施されていた。
「本当は盛大にパーティしたかったんですけど……ほら、もうすぐ誕生日でしょう?」
「え……あっ」
 自分の誕生日のことなどミツエはすっかり忘れていた。
 牌を握り締め、ミツエが不敵な笑みを浮かべる。
「赤い糸を破壊してアツシに土下座で謝らせたら、みんなで麻雀やるわよ!」
 俄然やる気になったミツエに、新たな加勢がやって来た。
「ルカも行くよ。帝国の好き勝手にはさせないんだから」
 強気に言うルカルカ・ルー(るかるか・るー)だが、本当に言いたいことは別にある。
 ルカルカは、空京にあるミス・スウェンソンのドーナツ屋、略してミスドで買ってきたドーナツセットをミツエに差し出しながら、そのことを話した。
「もし貴女がいなくなったら、軽口叩けるくらい心を許した数少ない相手が減って、うちの団長しょんぼりしちゃうよ。下手したら、絶望して『全ては教導団のために』とか言い出して、人生踏み外すかも……。あんまり友達いないみたいだし。──でもでもっ、不器用なだけで良い奴なんで、仲良くしてあげて」
「何よそれ。あたしに契約を勧めたのはあいつよ。寿司屋でのあの屈辱……忘れないわっ。ドーナツありがとう。いただくわ」
 教導団団長に対するミツエの怒りはまだ収まらないようだ。
 しかし、ドーナツに恨みはないためありがたく受け取った。
「これから作戦会議なの。ルカルカも参加してくれる?」
「もちろんよ。ルカも考えてることがあるの」
 ミスドのドーナツを真ん中に、それぞれ好きなものを手にしながら話し合いが始まる。
「赤い糸を断ち切らなければならないのは確実ですが、まずはあれの正体を知るべきではないでしょうか?」
 ミツエに会うなり臣下の礼をとって乙王朝に加わったオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)が言うと、自然と全員の視線はイリアスへ集まる。
 彼は低く唸った後、申し訳なさそうにまぶたを伏せた。
「大帝の桁外れの強運が目に見える形となって現れた……すまないが、これくらいしかわからぬ。だが、常人が触れるには危険なものの気がしてならないな」
「だからって逃げてもどうにもならねぇんだろ。それなら、立ち向かうしかねぇな」
「ええ。運命とは伝説によってもたらされるものではなく、自らの剣によって切り拓くものですから」
 和希とオレグの言葉にミツエも頷く。
 そんな彼女に、オレグはきれいな微笑みを見せた。
「鶏口牛後、でしたっけ。折れたら負け。そういうことです」
「とことんやるわよ」
「では、次は饕餮が問題ですね」
 本当なら味方のはずの饕餮が、今は敵。
 しかし、ルカルカがクスッと笑って秘密めいた目で言った。
「ルカに任せて。えーと、饕餮には……」
 ごにょごにょごにょ、とルカルカは声を潜めてミツエ達に作戦を打ち明けた。
 いっせいに心配するような目を向けられたが、ルカルカは実行の意志を曲げない。
「みんなも、アイアスの龍騎士に勝ってよね」
「必ずチャンスを作るわ」
 ミツエは作戦を成功させると約束した。
 後は勝利を勝ち取るのみ、とミツエ達は立ち上がる。
 そのミツエの肩を、ぽんと叩く手があった。
「自身でリモコンを取り戻せなかったのは残念だったな」
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)だ。
「次はうまくいくさ。あんたには、まだ未来がある」
 コウの目はミツエの胸元を向いている。
 ミツエもつられるように視線を落とし……。
「よっ、余計なお世話よっ! ちょっとくらい胸が大きいからって……クッ、さっさと行くわよ!」
 アツシとの攻防の際の屈辱を思い出したのか、ミツエはムスッとしてコウの腕を強く引いた。