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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション


●12

 オミクロンは空を見上げると顔を覆った。
「……クシー……安らかに眠れ」
 彼女は朝斗やローザマリアの手を振り払い、クシーが消えた方向に背を向けて力なく微笑(わら)った。
 顔こそ微笑していたが、彼女の黒真珠のような瞳は涙で満たされていた。
「同情は要らん。私の使命は終わった」
 朝斗はかける言葉を見つけ出せないでいた。ローザですら、唇を噛みしめた。
 オミクロンは帽子の鍔を引き下げた。それはあまりにも人間的な動作だった。
 しかし帽子は一秒の後、ふわりと舞い落ちたのである。
「……」
 オミクロンは信じられない、といった表情で、胸の中央から突き出ているものに触れた。槍の穂先だろうか。よく尖り、鈍く光って空を向いていた。槍ではなくそれは蜘蛛を模した機械の爪だった。爪が貫通した部分は最初、オミクロンの黒いコートを濡らす染みのようだった。しかしみるみる広がっていった。それがただの染みではなくクランジの生体血だということは、彼女の口からあふれたものが赤い色だったことからもわかった。
 野獣のような唸り声をあげてオミクロンは左腕のソードを巡らしてこれを叩き斬った。しかし、直後、操り人形の糸が切れるようにして、不格好に脚をもつれさせその場に倒れた。
 その一方で蜘蛛機械は立ち上がった。首が落ちてなお、脚を動かし蠢いていた。

 やや離れた場所でも、クシーの首が消えるのをバロウズ・セインゲールマンも見ていた。
「助け……られなかった」
 胸にきりきりと痛みを感じた。血の気が引いていくのも感じた。これは喪失感だろうか。自分の無力が恨めしかった。
 ―――「クランジとして作られたからと言って、必ずしも殺戮機械であることに縛られる必要はない。いつか、きっとそれが解る時がくる」―――
 そのときバロウズの脳裏に、聞き覚えのある声が聞こえたのだった。
(「今、のは……『父さん』……? いえ、それにしては若かったような……。……!? まるで抑えられていた何かが消えたように、思考がクリアになっていく……?!」)
 バロウズは、はっとして顔を上げた。
(「良く分かりませんが、マイナス要素は感じられない。これなら……!」)
 呆然としている猶予はない。首を失った蜘蛛は上に乗っている者を振り落とし、断末魔を上げるように炎を噴き出しながら走り出したのだ。
「僕はもう、『夢無き殺人人形』じゃない。この力は、家族の為に使ってみせます!」
 バロウズは右手を掲げた。そうすべきだと判っていた。
(「成長しおって」)
 リアンズ・セインゲールマンは口元を綻ばせた。彼と並走しその手に短機関銃を握らせる。光条兵器『ワルツステップ』だ。
(「お前がただの殺人人形で終わるなら、『これ』は使わせる気は更々なかったさ。形あるものはいつか壊れ、生命はいつか来く死の運命からは逃れられん。だが、強過ぎる力は時として多くの破壊を撒き散らし、生物にまだ先だったはずの死をもたらす。使い手が思う以上にな」)
 しかし今のお前なら、リアンズは思った。使いこなせるはずだ。
「ほら、持って行け。お前の願いをかなえる為に」
「ありがとう……いきます!」
「バロウズ、頑張って!」アリア・オーダーブレイカーは彼を応援しながら、バロウズのどことなく凛々しくなった横顔に胸をときめかせるのだった。
 クランジΩは、すべてのクランジシリーズの中で最も弱い機体とされている。
 だが他の機体にはない究極の特徴があった。それは彼が、成長できるということだ。

 バロウズの射撃はもちろん、あらゆるメンバーがここで一斉攻撃に移った。
「この! この!」クランジΡ(ロー)は素手で、蜘蛛の脚をガンガン殴りつけている。単純もいいところの攻撃なのだが、これが機械の脚を曲げ、ついには折ってしまった。
「コントロールがなくなればもうしめたもの。こいつさえ止めれば、他の蜘蛛も機能停止するはずよ!」Π(パイ)は超音波と号令を繰り返し、首を喪った蜘蛛を追い詰めるのに協力した。
 いつしか二人のクランジは、あらゆる契約者と肩を並べ、息を合わせ戦列の一員となっていた。
「よけいな仕事ばっかりだ。追加報酬が出るといいのだが」毒島大佐は言葉こそぼやいているものの、気分は高揚し動きも鋭くなっていた。
「攻撃タイミングまでは精神感応は使うな。これはタイミングが命だ。確実に相手を混乱させろ。それだけに集中しろ」別れ際、佐々木八雲は佐々木弥十郎にこう告げていた。「それと」と、八雲が加えた一言は、とりわけ弥十郎の心に残ってる。「……本来なら、これは兄である俺の役目だ。すまんな」
 弥十郎はこの瞬間を待っていた。ミラージュで自身の幻影を生じさせ、うっかり見つかった、という雰囲気でよろめかせた。首(クシー)を無くしてなお、蜘蛛機械は眼が見えるらしい。よろよろとこれを追った。
「タイミングだよ……!」
 弥十郎は合図を送った。
 鐘楼の上から八雲が、服をはためかせながら飛び降りてきた。ぐんぐん、ぐんぐんと機械の巨体が近づくのを八雲は片眼で見据えた。近づく……近づく……まだ気づかれていない……まだ……。
(「今だ!」)
 八雲は栄光の杖を振るった。彼の体ほどもある巨大な火球が飛びだし、クシーの首が抜けた穴を中心に直撃した。身を捻って燃える機体に肩でぶつかり、勢いを殺して雪の地面に八雲は着地した。転がって停止した瞬間には彼のサイコキネシスが、蜘蛛の脚一本をねじ曲げていた。
 このとき、
「さぁて、決めるとするか!」ギャギャギャと悲鳴のような音を上げ、黒い大型バイクが急停止した。エンジンは腹に響くような強烈なビートを刻み、もうもう噴き上がる排気ガスは空を焦がすようだ。彼はブラックゴースト、バイク型機晶姫である。
「オーケー! アクセル全開で行きます!」
 ブラックゴーストに跨るはうら若き乙女である。ただの女の子と侮るなかれ、彼女は大太刀『紅嵐』を有す、愛と勇気と熱血の武闘派魔法少女だ。真っ赤な髪の魔法少女ヤエ、永倉八重なのだ。
 加速ブースター全開。本日、長引く蜘蛛との戦いのなか、温存していた力を使い切るときが来たのだ。ブラックゴーストはウイリーしたかと思いきや、黒鷲さながらに空翔けた。そのまま体当たりをかます。無謀そのもの、だがそれがいい。この反動を八重は利用し、さらに高く、鋭く、雪の空に舞うと、全魔力を込めた一撃を振り下ろした。
「フェニックス・ブレイカーーッ!」
 眩い炎があふれ、不死鳥のように羽ばたいた。
 叩きつけられた一撃を凌ぎきれず、蜘蛛はすべての脚を折り曲げて崩壊し、黒い煙を噴き停止した。
 この瞬間、ローは両腕を上げて歓喜の声を上げた。
「やった、勝った! 倒した!」
「バカね、なにはしゃいでるのよ。任務を果たしただけじゃない……連中の力をちょっとだけ借りて
 言いにくい部分を早口で述べると、パイはローの背中にもたれかかった。
 そして、こっそりと笑った。