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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

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Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション


●11

 山側から現れた援軍が蜘蛛機械の目を連続して撃ち抜き、破壊し、蹴散らして一気に中央に乗り込んだ。
「迷惑な女……狂って逃亡した罰、受けなさいな」
 それはクランジΠ(パイ)、カールした黄金の髪、お姫様のような容貌だが、くちゃくちゃとビーフジャーキーを噛むというあまり上品ではない癖があり、現在も奥歯で、硬く香ばしい干し肉を噛みしめていた。
「うう、クシー、こんなこと、したくなかったけど」
 クランジΡ(ロー)、飛び抜けて長身、褐色の肌に黒く長い髪、目撃されたクランジ中最も成熟した体つきにもかかわらず、口調は最も幼く、恐る恐る暗い井戸をのぞく少女のように気弱げである。
「お前たちの助けなど不要だ! 去れ!」
 二人に対し目を怒らせ叫ぶはクランジΟ(オミクロン)、又の名を大黒澪。黒いコートに黒いブーツ、黒のロングヘアで、魔女のような三角帽子もやはり黒。彼女はパイとローに向け「どけ」という意味で手を払った。
「キシシシシシシ……シスターシスター♪ R U OK? 皆殺シ」
 クランジΞ(クシー)がゲタゲタと笑った。オミクロンと瓜二つの顔は、彼女の双子の妹というなによりの証だ。黒と桃の混じった髪、振り乱しているが人型なのは首だけ、そこから下は脚長蜘蛛の機械だった。
 ΠとΡ、Ο、Ξ、四体のクランジはかくて集結した。Ξ以外の三体はすべて、Ξを破壊しに来たのだ。
 嵐の前の静けさだというのか。四体が顔を合わせた途端、破裂寸前の風船のような緊張感があたりを包み込んだ。わずか一秒だったが、あらゆる音は消え誰もが口をつぐんだ。
「オやァ?」
 沈黙を破ったのは、クシーだった。
「兄弟(bro)まで来てたなんてサ」
「ブラザー? まさか」パイは『彼』に目を向けた。「まさか……実在していたなんて……」
「そのまさかだ」オミクロンは帽子の鍔を引き上げ手を差し伸べた。「出てこい。クランジΩ(オメガ)、いるのはわかっている」
「僕は」
 バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)は静かに歩み出た。
「僕は、自分に『姉妹』がいたことを嬉しく思っています。そして僕は、『家族』と戦いたいとは思っていない」
 課せられた宿命を自覚したことで、バロウズは自分を縛りつけていたものから解放されたのだろうか。その口調はかつてと異なり、流暢なものになっていた。
「バロウズ……」彼のパートナーアリア・オーダーブレイカー(ありあ・おーだーぶれいかー)が、気遣わしげに手をさしのべたが、バロウズは前に目を向けたまま、一度、軽く彼女の手を握ってこれを離した。
 同時に(「ふむ」)と、やはりバロウズのパートナーリアンズ・セインゲールマン(りあんず・せいんげーるまん)は、満足げに思った。(「どういった作用か理由かは知らんが、バロウズの表情が心なしか良くなった気がするな。海鎮の儀や、カナンでの経験は無駄ではなかったという訳、か」)リアンズは密かに、光条兵器の準備に入っている。
 五人目のクランジの発言を、他の四名は許すつもりのようだ。「だから?」とパイが顎をしゃくった。
「海鎮の儀で告げられ、ずっと考えて……行き着いた『僕の願い』はたったひとつです。クランジに、人として生きて欲しい」
「それができれば……」苦労はしない、と言いかけたオミクロンを制して、
「バカじゃないの? あんた? 私たちのほうが人間なんかより、ずっと優れてるじゃない! お断りよ!」
 パイは人差し指をバロウズに向けた。ローはただ、おろおろとオミクロン、パイ、その両者の顔を見比べているばかりだった。
 そしてこの会話を打ち切ったのもクシーだった。
「つまんないツマンナイ No Fun! 許さナイ!」
 わめくように言葉を吐き捨てるや七つの脚を滅茶苦茶に振り回し手下の蜘蛛をけしかけ、クシーは狂気の向こう側に心を捧げてしまった。
「人として生きル? 許すわけナイ! 殺してヤル、ミンナ死んでしまエ!
「やはり駄目だったか」真司も銃を抜いた。ここからは修羅たらねばなるまい。
 このときクシーが見せた強さは神がかり的なものがあった。パイ、ロー、オミクロンまでもが参戦しようと、クシーはまったくこれをよせつけず、逆に三人の『シスター』を雪中に叩き落とし、あるいは踏みつけ、さもなくば蜘蛛の群れに投げ与えた。
「それでも僕は……」クシーが押し出してきた蜘蛛に轟雷閃を見舞い、バロウズは自身の攻撃の威力で後退した。「僕は……」
「バロウズさん」
 そのときバロウズの意識に、テレパシーの声が届いた。
「朝斗さん」
 バロウズが効いた声は榊 朝斗(さかき・あさと)のものだ。そこからオミクロンが見えるかどうか朝斗は問うた。
「ダメです。爆発と光が激しくて、そちらは……」
 こちらも視界が悪くて……と返事しようとした朝斗は、目の前を黒衣黒髪の女性が横切るのを見た。彼女は片手で帽子を押さえ、蜘蛛の脚を回避するとその胴を踏み台とし、軽々と数メートル跳躍してクシーを追っている。
「オミクロン……、オミクロンさん、僕だ! 榊朝斗だ!」
 朝斗は最初にテレパシー、つづいて肉声で呼ばわるも、オミクロンは聞いているのかいないのか応答しない。
「朝斗、どうするんです」ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)がガントレットで、巻き起こった爆炎を防ぎながら朝斗に接した。
「怒らないで聞いて。僕はやっぱり、オミクロンさんだけでも説得したいと思ってる」
「本当に怒るとでも?」ルシェンが薄笑みを浮かべたので、朝斗は安堵するよりもむしろ驚いた。にゃにゃ、とルシェンの肩で、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)も応じて声を上げた。
「でも……」以前は、と言いかけた彼を制して、「『でも』はなしです」ルシェンは彼の唇に人差し指を当てた。「私も手伝います。今思えば、オミクロンは寂しかった……のかもしれませんね。だから私は、彼女を受け入れます」
 友達として、とルシェンは言った。
 オミクロンへの道を作るため、あさにゃんが光学迷彩を発動した。彼女はルシェンの肩からぴょんと飛び降りると、戦場のほうぼうに妨害工作を行い蜘蛛の移動を狂わせ、同士討ちに持ち込むなどの高度な芸当を見せた。また、オミクロンを狙撃しようとする教導団兵などがいれば、さりげなくその銃口をぶらせたりもした。
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)もやはり、朝斗とルシェンの援護攻撃を担当した。両脚を開き気味にして踏ん張り、雪も溶けよとアヴェンジャー――「復讐者」と名づけたレーザーガトリングガン――を右手に構え左手で押さえると、安定した姿勢で大量の弾幕を張った。瞬時、クシーの横顔が垣間見えた。
(「私は機晶姫、クランジと同じ……」)
 声が聞こえたのでアイビスの処理速度が数MIPS下がった。アイビスは声の主を捜すべく機能のいくらかを周囲に回すが、やがてそれが自分の内側から聞こえる声であることを認識すると、ふたたび処理速度が落ちた。人間でいう『動揺』の反応であった。

 その人は、アイビスの手首を掴んでくれた。そして連れていってくれた。
 その光景には、神社の鳥居が映り込んでいた。
 アイビスはその人を見上げた。
 あまり手入れをしていない髪、風にも折れそうな体格、だけどとても頼りになる人、アイビスはそのことを知っていた。
 なぜならその人は……


 まただ。アイビスがこの現象を体験するのは二度目だ。時間にすればコンマ数秒もないだろう。凄まじい速度でセピア色の光景がアイビスの脳内を走った。記憶のフラッシュバックだ。アイビスの記憶のロックは、少しずつ綻びを見せていた。
「この頃おかしい。何か、大事な物を……」アイビスの唇から言葉が洩れていた。「大切な何かを……私の手で……何かを奪った……?」
「無事か?」
 アイビスの肩に誰かが触れていた。グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だった。ポータラカインナーを着ていようと、彼女が内側から発する気高さは消せない。厳粛にして神聖、女王エリザベスI世としての顔をグロリアーナは見せていた。雪の中尾根伝いの行軍を強行し、ようやく到着したためかなりの疲労状態にあるのだが、そんな気配は微塵も感じさせない。
「問題ありません」
 アイビスの機能が低下したのは、人間でいえばごく数秒に限られた。目に光が戻り、彼女は自身を取り戻していた。
「オミクロン……いや、大黒澪を捕捉するのは容易ではない。だがクシーを足止めできれば」
「オミクロンの足も止められるということですか」
「それを期待している。援助頼む」
 かすかに目元を緩めたグロリアーナだがその表情は現れると同時に消え、彼女は古の英国女王に復した。グロリアーナはフレアライダーに飛び乗り急発進させクシーを目指した。ダダダッと閃光弾をアイビスが連発し、他の蜘蛛を妨害しクシー自身の混乱も誘わんとする。
 グロリアーナはクシーから見て、右側よりフレアライダーで接近していた。同時に左側からはエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)のライダーが、耳をつんざくほどの高速飛行で肉薄する。
(「雪のカムフラージュは過度に期待できませんね」)
 風雪の烈しさは増すばかりだが、高速の飛行物体を蜘蛛が見逃してくれるとまでは、エシクは楽観視をしていなかった。この接近が成功するとすれば、不意を突けるこの一回だけだろう。
 唯一無二の機会、そう考えているのは上杉 菊(うえすぎ・きく)も同じだった。
「ローザ、私は上空から援護します。視界は良好。ですがいつまでも、とは限りません。このチャンスを逃せば後はないでしょう」
 菊はローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)にテレパシーで伝達していた。一瞬、操縦桿が大きく触れ、脳波が乱れそうになるがなんとか堪えた。菊はこの悪天候の中、かなり強引に飛空挺を低空飛行させているのだった。風と雪が厳しく、制御が難しい。こうして飛んでいるだけでも奇蹟に近いのだ。蜘蛛に飛びつかれれば間違いなく一撃、そうでなくとも、いずれ墜落は目に見えている。
 このとき飛空挺の足元から強烈な上昇気流が発生した。真下で蜘蛛型機械の一つが爆発したのだ。味方の戦功とはいえ素直に喜んではいられない。菊の飛空挺は煽られ、あっという間に制御を失った。しかし菊は自身の安全より使命――ローザマリアに戦況を伝え、榊朝斗らとの共同体勢を保持する――を優先した。
「今です!」
 落ちゆく飛空挺の操縦桿を掴みながら彼女は強いテレパシーを送った。
 最初に、クシーに体当たりをしたのはエシクのフレアライダーだった。板のようにボードが砕け、エシクは宙に投げ出されるも、「これで封じてみせましょう」と『奈落の鉄鎖』を発動し、クシーの脚三本を封じた。直後、クシーのボディ反対側には、グロリアーナのフレアライダーが命中し砕け散っていた。グロリアーナも同様に『鉄鎖』の力を放出する。
「蜘蛛なら、大人しく金でも紡いでおれ!」(※)
 轟音にかき消されたものの、グロリアーナは確かにそう叫んでいた。

(※)イギリスには小さな蜘蛛を金の紡ぎ手とみなし、殺すと金を失うという伝承がある