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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第1回/全2回)

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「慌てる必要はありませんが、状況は刻一刻と変わっています」
 神聖都キシュ、イナンナの神殿内。偶然の出会いを果たしたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)大公爵 アスタロト(だいこうしゃく・あすたろと)が神殿内を急ぎ歩いていた。
パイモンという魔神をご存じですか?」
「パイモン? 聞かぬ名だ」
「そう」
 アスタロトは5000年前に起きた動乱の際に封印された悪魔。当時は40の軍団を率いる大公爵として戦場に繰り出したが、その最中に封印されてしまったという。そしてその魂はどういう訳だか神聖都キシュの神殿に封じられており、それをシャーロットが偶然に解いてしまったという。
 『お前の瞳の色をもらうぞ。』
 彼の赤い瞳が目に入って、シャーロットは彼と契約した時の事を思い出した。封印が解けたと言ってもそれは一部、『パートナー契約を結ぶ事で力を取り戻せるかもしれん』と強引に契約を結ばされたのだった。
 かなり強引ではあったが、フィーリングは決して悪くなかった。加えて5000年前の悪魔となれば、この戦とザナドゥを知る大きな手掛かりになるのではという期待もあった。
「そのパイモンという者が、今は『魔王』としてザナドゥを治めています。そして地上に侵攻してきた」
「理想郷の拡大か。王とは、どの世代も強欲なことだ」
「理想郷?」
「ルシファーの口癖の一つだった。まぁ、いつも冗談混じりに言っていたからな、本心かどうかは知らんが」
 大魔王ルシファーの復活を目指すパイモン、そして先に起こった地上への侵攻。一見すると繋がるが、果たしてそう単純なものであろうか。
「それで? あなたはどちらにつくつもり?」
 イタズラな顔でシャーロットは訊いた。彼は、ふっ、と笑んで「さて、どうするか」と応えてみせた。
 5000年も昔の話ではかつての部下たちも生存しているかすら分からない。動かせる兵も今は無い。
 その上彼は目覚めたばかり。地上とザナドゥの状況も分からぬ上に低血圧な脳のままに判断を下せというのは、酷な話なのかもしれない。



 神聖都キシュの神殿内、執務の間。
 中央の平卓に顔を寄せる神官たちと女神イナンナ。彼らは今、軍の報告を元に神官兵の配置を決めている所であった。
「どうだ?」
 部屋に入ってくるなり斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)が声をかけた。壁際に立つ佐々木 小次郎(ささき・こじろう)が「変わりは無いわ」と静かに応えた。
「そっちは?」
「飛空艇に異常はない。いつでも出発できる」
「そう。こっちはもう少しかかるかもね」
「まだやっているのか」
「自慢のコーヒーでも用意してあげたら?」
「言われるまでもない。機内に準備済みだ」
「それはどうも、失礼しました」
 各地に現れた悪魔たちを退けてからも、イナンナは休みなく働いている。それはまるでアバドンネルガルの反乱時に何も出来なかった自分を責め悔やみ挽回するかのような働きぶりで、鬼気迫る決意と覚悟が鋭く締まった表情にも如実に表れていた。
「彼も同じだ、少し休んだ方が良い」
 邦彦は女神の後方で剣を携える沖田 聡司(おきた・さとし)の姿を見て言った。つきっきりで女神の護衛を行っている。また彼は小次郎のパートナーであり、
「心配ないわ、あれくらいでヘタるような鍛え方してないから」
 小次郎の弟子でもあった。
「邦彦」
 こう声をかけてきたのは邦彦のパートナーであるネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)だった。彼女もまた女神イナンナの近くで護衛をしていた。
「終わったわ。これから樹の所へ向かうそうよ」
「わかった。私も護衛に加わろう」
 数名の神官を引き連れてイナンナは部屋をあとにした。神殿から世界樹セフィロトまでの距離は決して離れていないが、安全面を考慮して飛空艇で向かってもらう。もちろんその後の予定も考えての事だった。
「おっと、そちらにおわしますのは、イナンナ殿ではありませんか?」
「誰だ!」
 聡司の声に、男は通路の真ん中で両手を広げて笑ってみせた。
「怪しい者ではない。少しばかり『お話を』と思っただけです」
 シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)は口調を戻して堂々と言った。広げた両手は『危害を加えるつもりはないこと』を示したつもりだったが聡司は刀から手を離してはくれなかった。
「私に話とは何でしょう」
「イナンナ―――」
「構いません。時間がありませんので簡潔に」
「そいつはどうも」
「くっ」
 彼女に近づく者は誰であろうと警戒してきた。魔族は今も彼女の身柄を狙っているだろうし、暗殺や誘拐を企てる可能性はある。味方を装って敵が近寄ってくることだって十分に考えられる、だからこそ彼女の側を片時も離れる事なく警護してきた、それなのに―――
「ネルガルの魂を回収したいのです」
 誰もが耳を疑い、目を見開いた。笑っているのはシメオンただ一人だった。
「どこにあるかご存じありませんか? または、すでにお持ちではありませんか? 女神殿」
「魂を回収して、どうするおつもりです」
「私は純粋に死んだ人を生き返らせたいと願い、行動しているだけです。もっとも私のパートナーは『あなたやマルドゥークが泣いて喜ぶ様を見たい』と言っていましたが」
「貴様!!」
 聡司の初動をイナンナが止めた。
「ネルガルの魂など持ち合わせてはいません、それに彼の魂は安らかに眠っていると信じております。それを……個人的な趣向で死者の魂を冒涜するというのなら、私たちはそれを許すわけにはいきません」
 聡司に並んでネルも『天の刃』を抜いて構えた。神官もそれに続き、邦彦小次郎イナンナについた。
「冒涜とは心外だ」
 四面楚歌の中でもシメオンは一人、余裕の表情で、
「良いでしょう。『ここには無い』『あなたもお持ちでない』『どこにあるのか分からない』そういう事にしておきましょう」
「あら、まだ逃げられるとでも思って―――!!!」
 言ったネルの目の前で、シメオンの体がみるみるうちに薄く消えていった。
「ちっ!!」
 ネルが『バーストダッシュ』で飛び出すも間に合わず。彼の姿は完全に消え去ってしまっていた。

「おかえり、救世主サマ」
 神殿の外でシメオンを出迎えたのはパートナーのゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)だった。彼が唱えた『召喚』がシメオンの体を呼び寄せ脱出させたようだ。
「その顔は……うふ♪ 失敗だったみたいだねぇ」
「あぁ、イナンナも持っていなかった、神殿の最奥にもどこにも無かった」
「そいつは残念、イナンナやマルドゥークが泣いて喜ぶ顔が見られると思ったのに」
「その言葉、イナンナに伝えてやったぞ」
「ふぅん♪ それで? どんな顔してた? 目ん玉ひん剥いて喜んでた? それとも泣き崩れてた?」
「いいや、驚くほど静かだった。いや、あれは怒っていたか」
「怒ってた?! 俺様に?! キャハハッ、これはますますネルガルを復活させてご対面させてあげたくなっちゃうよぉ♪」
 ゲドーは期待に胸躍らせていたが、シメオンはそうはいられなかった。
 最後に命果てた場所、神殿の最奥にもネルガルの魂は無かった、とすると『魂が封印されている』という可能性は消えた。つまり、
「むぅ。やはりナラカの地か。面倒なことだ」
 そこで魂を見つけたとしてもネルガル本人が地上に未練を持っていなければ復活させる事は叶わない。
 泣いて喜ぶ顔が見たいという理由のために固執し尽力するは、思った以上に険しい道のりなようだった。