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リアクション
西カナンの南部に位置するマルドゥークの居城。この城も先の内戦時には大きな被害を受けたが、今はすっかり元通り、歴史を感じさせる荘厳な外観を取り戻していた。
神官アバドンに占領されていた際に持ち込まれた『装飾品』の諸々は全て廃棄、城の奪還作戦の際に破壊された階層も今はすっかり修復を終えていた。しかし今この時も、内戦の前後で明らかな変化が見て取れる部屋は幾つか見る事ができる、その一つが―――
「許可できません」
たった今話題にしていた部屋の一つ、『執務室』から厳しい声が聞こえてきた。声の主はこの国の領主マルドゥークの妻、ザルバのものであった。
「発想は面白いですが、それが今のこの国に本当に必要なものだとは私には思えません。お考え直し下さい」
言われた男は深々と頭を下げてから部屋を出ていった。この国の復興の証として記念碑を建てるのは如何でしょう、と提案したようだが、あえなく却下されたようだ。
「失礼します」
男と入れ違いに部屋に入ったサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)の姿に、ザルバは、フッ、と頬を緩ませた。
「サイアス」
「ただいま戻りました」
この言葉はパートナーのクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)に向け言った言葉でもあった。クエスティーナはザルバの補佐役として秘書の任についている。
「まずは報告を。シャンバラ教導団の国軍に連絡をとり、物資の提供を要請しました。量が多い事もあり、返事は明日以降になる予定ですが、おそらく了承していただけると思います」
「そう。さすがね」
「いえ。しかし、やはり輸送手段に難があります。今回は「ポート・オブ・ルミナス」を経由する事になると思いますが、今後のことを考えると、シャンバラとカナンの物資補給ルートを確立は急務かと」
「そうね、空に次いで海からのルートも見直す必要がありそうね」
「海……ですか。わかりました、そちらも確認します」
言葉が途切れた所で、今度はクエスティーナが提案した。
「あの、イナンナ様。西カナンの交流施設……【獅子の館】は、カナンの……最終決戦のとき、大勢の避難民を……受け入れました」
「えぇ、そうだったわね」
「はい……それでその……その時、使ってた毛布や医薬品……食料の残りが、まだあるはず、です」
「なるほど。サイアス、馬車は何台用意すれば良い」
「おそらく……5台ほどあれば足りるかと」
「わかった、すぐに用意させよう」
言ってからザルバは「あ、いや、『すぐに用意させるわ』」と言い直した。
「ごめんなさい、あなたたちは私の部下では無いのに、つい」
「いえ、私は構いません」
クエスティーナも同じに思い「私も、構いませんよ」と答えて笑んだ。思わず「ふふっ」と声に出しそうになって、ひとり堪えてもいた。
毅然としていて、決断力も優れている。若くして領主の妻となったザルバだが、彼女はそれにふさわしい器量も政治手腕も十分に持ち合わせている、彼女の傍で彼女が内政を行う様を見てきたクエスティーナはそんな場面を何度も目にしていた。
この「執務室」だけを見てもそう、何一つ高価な装飾品は見あたらない。『国が復興と発展の道を歩んでいる最中だからこそ、その中心に無用な贅沢は必要ない』という彼女の意が、そうさせたのだという。彼女は常に民に真っ直ぐで、頭もキレて、純粋だ。
彼女の護衛にお手伝い、お話し相手も喜んで。
この国に災厄が訪れるというのなら、そしてこの国が災厄と戦うというのなら、クエスティーナは力になりたい、ザルバの傍で彼女を支え力になりたい。
彼女の傍で過ごした時間が、また一つ、また強くクエスティーナにそう思わせたのだった。
北カナン軍、本部屋上。
飛空艇からイナンナが降り立つと、レイラ・リンジー(れいら・りんじー)とアンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)がすぐに彼女の左右後方についた。
レイラはすぐに『殺気看破』を発動して周囲に気を巡らせた。
「イナンナ様、お待ちしておりました」
「いつもありがとう。レイラ…………あなた、少し太ったかしら?」
「ぅぅ………………」
レイラは「くぅ」と俯いてしまった。いつもの人見知り気質に戻ってしまったか。
そんなレイラに代わってアンジェリカが「あ、いや、今日はその『パワードシリーズ』を着込んでるので」とフォローを入れたが、
「分かってるわ、冗談。今日もステキよ、レイラ。首のラインがとってもキレイ」
と、この国の女神は何ともイジワルな女神であった。
「軍の医療器具の在庫は全て確認を終えました」
軍医志望のアンジェリカが報告した。
「そう。で、正直にどうなの?」
「戦いがどれだけ続くかにもよりますし、規模によっても違ってくるのですが、正直なところ薬品の類は今の倍は欲しいところですね」
「シャンバラに要請するわ。他にもあるでしょう? 早急に揃えるわよ、全てリストに載せておいて」
「かしこまりました」
次に本館入り口で待っていたのはグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)だった。もっとも今は奈落人のテオドラ・メルヴィル(ておどら・めるう゛ぃる)が憑依しているので、正確には『テオドラが女神を迎えた』と表記するべきだろう。
「こちらが補充人員の希望リスト、こっちがその配置表です。配置に関しては可能な範囲で既に実行済みです」
「既に?」
「自分の判断です。極端に手薄な所はありません」
「そう、それなら良いわ」
「物資の補給はシャンバラに要請するおつもりで?」
「えぇ、出来るだけ回数は少なく、それでいて迅速にお願いするつもりよ。それで費用が嵩んでも構わないわ」
「交渉に優れた者を手配します」
グロリアを筆頭に、彼女たちは教導団の一員として出来る限りの知識と経験をイナンナに捧げ行動していた。警護役から雑務と呼べる仕事まで、量も幅も広い内容でも『やりがい』はあった。後方支援を主としていても彼女たちは女神イナンナをバックアップする事に誇りを感じているようでもあった。
「歩きながらで良い」
軍の支援をしている一人、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が女神に問いた。
「ここから先、どう戦うつもりだ?」
「どう、とはどのような意味でしょう」
「ギルガメッシュを失った今、アンタ自身の戦力は激減している。そのうえセフィロトの傍を離れられないんだろ?」
まったくその通りです、と応える女神に氷藍は更に鋭く、
「もはや兵力に頼るしかない、しかし一方で侵攻はしないと言っている。つまり常に守勢、兵を動かすのも戦わせるのも常に敵の出方を待った上で行われると、そう考えて良いのだな?」
「そう考えると、どうなるのです?」
「もったいつけるねぇ、まったく」
二階に上がり、角を曲がった所でちょうど右手に演舞場が見えてきた。氷藍はそれを指差して見るように勧めた。そこでは―――
「まだまだぁぁぁあああ! 気合いが足りん!! 狂気が足りないでござる!!!」
兵士たちの中で真田 幸村(さなだ・ゆきむら)が『幻槍モノケロス』を振っていた。
「生と死を分けるもの、それは『忠義のためにもこんな所で死ぬ訳にはいかぬ』と強く思えるかどうかに懸かっているのだ!! それが生死を分かつ刹那に刃を振れるか否かに繋がってくる!!」
3人に囲まれながらも、繰り出される槍撃を打ち落としては、術者を柄尻で突き倒していった。
「一撃に思いを込めろ!! 無駄な一撃など無い! 無駄にする一撃など無い!! その一撃で相手を貫ければそれで良い!!!」
いつも以上に無駄にテンションの高い幸村がそこに居た。それに当てられたのか兵士たちも「はい!! その一撃に!! 魂を込めます!!」と声を揃えて応えていた。何とも体育会系で暑苦しい修練だった。その一方で、
「いいか、おまえたち。軍師とは作家でなくてはならないのだよ」
こちらはどうやら実に文化な系統だった。
氷藍は次に左方の部屋をイナンナに勧めた。そこでは曹丕 子桓(そうひ・しかん)による講義が行われている最中であった。
「いかに奇抜なアイデアを思いついたとしても、実際にそれを実行するのは誰だ? そう! 兵士だ。兵士が動かなければ素晴らしいアイデアもただの妄想と化してしまう、そうだろう?」
聞いている軍師たちは眉根を寄せて難しい顔をしている。ずばりピンと来ていない、そうだろう?
「では兵士を動かすにはどうしたら良い? 『命令を出す』それも正解、『権力で従わせる』これも正解、でもどちらも平均、怠慢軍師のとるべき手法だ」
ますますピンと来ていない、そうだろう? 彼女の意見は正直、どうだろう?
「俺ならこうする! すばり! 『物語を作り、それを兵士たちに聞かせる』ことだ! 涙を誘うもの、同情を買うもの、志気を高めるもの。なんだって良い、兵士たちの心を震わせる物語を、これから起こる戦いの意味を盛り込んだ物語を聞かせること、それだけで兵士たちは普段の2倍3倍と働くようになるのである!!」
作家養成講座と思いきや、人身掌握術のレクチャーだった。この頃になると軍師たちの目の色も変わっていて、誰もが真剣に耳を傾けていた。
「軍師よ、作家であれ! 兵の心を動かすのは良き物語である!!」
「「良き物語である」」と軍師たちの声。ラノベライターである子桓らしい講義であった。
「常に守勢にまわるなら」
話を戻して氷藍は、
「講義の内容が変わってくる。分かるだろう?」とイナンナに言った。
「子桓さんは良いことを言っていましたね」
女神は小さくそう言ってから声量を戻した。
「大抵は守勢にまわるでしょう。しかし攻め入ることが無いはずがありません」
「それはアーデルハイトを助けるためか?」
「いえ、それより何よりも我々は大魔王ルシファーの復活を阻止する必要があります」
そう言い放ったイナンナの瞳は『豊穣』のではなく戦の女神の瞳をしていた。
全ての非難と哀しみを受け止める、そんな覚悟が伝わってくる強く鋭い瞳で近い未来を見据えていた。
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