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比丘尼ガールと恋するお寺

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比丘尼ガールと恋するお寺

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chapter.1 いざCan閣寺 


 渡辺謙二(わたなべ・けんじ)が怒っていることは、その歩幅から充分に読み取れた。
 大きく、それでいて音を立てるようなその歩き方で、謙二は弟子たちと共にCan閣寺へと向かっている。太陽が一番高いところまで昇りかけていた頃、彼らは既に寺の近くまで来ていた。
「師匠、本当に行くんですか?」
 弟子のひとりが、謙二に尋ねた。謙二は間を置かずに頷き、口を開く。
「当然であろう。拙者には、あの寺の者共に言ってやらねばならぬことがあるのだ」
 その言葉から察するに、いくら彼とて最初から力任せの手段を取るつもりはないのだろう。しかし、腰にかけた日本刀と引き従えた弟子の数は、対話以外の手段を取ることもあり得るのだということを示していた。
「じきCan閣寺に着く。準備は良いな」
 謙二が、弟子たちに目配せをする。弟子たちが頷き、歩を進めようとしたその時、彼らの進路に立ちふさがる二人組が現れた。
「どうにか、寺に行く前に見つけられたか……」
 謙二らと相対し、そう呟いたのは、世納 修也(せのう・しゅうや)だった。その手には、スナイパーライフルが抱えられている。さらに隣には、彼のパートナーであり機晶姫であるルエラ・アークライト(るえら・あーくらいと)も立っていた。
「なんだ、お主らは」
 修也とルエラに向かって、謙二が尋ねる。彼のその問いかけは、至極当然だろう。なにせ突然見ず知らずの、スナイパーライフルを所持した狙撃手風の男と機晶姫が自分たちの進路を塞いでいるのだ。
 謙二、そして弟子たちの視線をこれでもかと浴びる中、ルエラは早くも後悔の念を抱き始めていた。
 なんでこんなことになってしまったんだろう、と。
 本当ならルエラは、謙二たちではなくCan閣寺に用があったのだ。
「ボクも、いろいろ恋愛相談したかったなぁ……」
 小声で呟いたその声は、謙二らはもちろん、隣にいた修也にも聞こえなかったようだった。
「ん? 何か言ったかルエラ?」
「えっ、う、ううんっ、なんでもないよっ」
 修也の言葉に慌てて首を振ったルエラは、すぐに顔を上げた。謙二らの表情は一様に険しい。が、それを意に介さず、修也は謙二へと話しかけた。
「なぁ、いくつか聞きたいことがあるんだが」
「……拙者らはこの先にあるCan閣寺へ行かねばならぬ。話は手短にいたせ」
 本音を言えば、数の利が謙二らにある以上、問答などせず、そのまま押しのけて進みたかった。だが、目の前の男が所持しているライフルが、謙二に少なからず警戒心を与えていたのだ。
 目的地に着くまでに、無駄な戦いをして消耗したくない。彼はそう考え、修也の言葉に応じたのだった。
「どうして、お寺に襲撃に行くんだ?」
「襲撃ではない。あそこにいる者共に、言わなければいけないことがある。拙者はそれを伝えに行くのだ」
「だったら、その刀とか弟子たちはいらないんじゃないか?」
「これは念のためだ。話だけで済まない場合もあるだろう」
「念のため、か。じゃあ、もしその『話だけで済まない場合』になった時起こす行動は、武士道に反しないのか?」
 修也のそれは、言わずもがな、武力による行為のことを指していた。
「……」
 少しの間沈黙する謙二。そして彼は、口を開いた。
「武士道とは武を本分とし、勇敢であることだ。己の信念を曲げぬこともまた、勇敢である証だ」
「へえ……なるほどな」
 いまひとつ納得のいかない修也であったが、あまり話をこじらせて戦闘になってもことだと判断し、別な質問へと移った。
「それって、最悪警察沙汰になるかもしれないよな。そうなったらどうするんだ?」
「む……」
 謙二は一瞬声を詰まらせた。それを見て、修也はここぞとばかりに提案を持ちかける。
「いきなり押し入るんじゃなくて、各自の代表者同士で場所を指定して、それで話し合ったらどうだ?」
 彼らが何を伝えに行き、どんな主張をするのか、修也ははっきりとは分からなかったが、ただ言えるのは、Can閣寺が男子禁制である以上、問答無用で入ってしまっては彼らが悪者になってしまうだろうということだ。
「代表者同士……」
 修也の言葉を小さく繰り返す謙二。少しの間何かを考えていた彼だったが、その瞳をキッと正面に向けると、自らの足を一歩前へと踏み出した。
「それは、無理な申し出だ。悪いが通してもらおう」
 謙二と修也の距離が縮まったことで、とっさにルエラは間に入り修也を守ろうとした。が、それを手で制したのは、修也自身だった。
「そうか……」
 短く言って、修也は素早くその場を離脱し、付近の物陰へと身を潜めた。ルエラを抱えながら。彼にしてみれば、聞きたいことは一通り聞くことが出来たのだ。これ以上の長居は無用ということだろう。
 ただ一点、少しだけ気になったのは謙二の反応だった。
「無理な申し出って、どういうことだ……?」
 そう言った謙二の言動に、信念だとか武士道以外の何かを感じたような気がした。が、何がそう思わせたのかまでは分からない。
「ねえ修也。あの人たち、攻撃してこなかったね」
「ん? ああ、そうだな。まあ問題は起きないに越したことはないだろ」
 ルエラの声に言葉を返す修也。頭の中にあった小さな、漠然とした違和感はその隙にどこかへ行ってしまった。



 修也とルエラが姿を消した後、謙二と弟子たちは歩を進め、よりCan閣寺へと近づいていた。
 が、その時またしても謙二らを止める声が聞こえた。
「これこれ、そこのお侍さん方」
「む?」
 背後からかかったその声に謙二が振り向く。声をかけたのは、一休 宗純(いっきゅう・そうじゅん)だった。
「何奴。拙者らは先を急いでいるのだ」
 不審な目を向ける謙二らに、宗純は言う。
「慌てない慌てない、一休みするのじゃ新右衛門さん」
「拙者は渡辺謙二。人違いにござろう」
 ぶっきらぼうにそう告げて宗純の置いていこうとする謙二。宗純もまさか、軽いジャブくらいの気持ちで放ったボケを真面目に返されるとは思っていなかったのか、少し面食らった顔で咄嗟に謙二らの前に進み出た。
「……何だ、まだ何か用か?」
 謙二が眉をひそめながら尋ねる。宗純はそれを受け、真面目な表情と口ぶりで話し始めた。
「女をば法の御蔵と云うぞ実に釈迦も達磨もひょいひょいと生む、じゃ。感情に任せて女に食いついても、サムライに見合う結果はろくに出やせんよ」
「お主、先程から何が言いたい」
 何やら小難しい言葉を用いる宗純に、謙二は聞き返す。それに答えたのは、宗純の契約者、南 鮪(みなみ・まぐろ)だった。
「ヒャッハー! あっちが夜な夜なガールズトークするなら、こっちは寺の外でボーイズトークしようぜって話だ!!」
「……な、なに? ボーイズトーク!?」
 聞きなれない単語に、思わず間の抜けた声が出てしまった謙二。鮪曰く、ボーイズトークとは宴会的なもので、とりあえず飲んだり食ったり騒いだりするという内容のようだ。
「もちろん、迷惑行為に思われぬよう、トークの内容は頓知のきいたものじゃ」
 宗純が補足するように付け加える。
「インテリってヤツだぜ、ヒャッハー!」
 思いっきりインテリじゃない口ぶりで、鮪も謙二を説こうと言葉を足した。しかし弟子たちにその具体的な内容を聞かれると、鮪の口から出たのは「花火研究」というよくわからないものだった。
 よくわからないというか、たぶんそれはお祭りの時期に夜の公園とかでよく見かける類のアレだろう。どちらかといえばインテリというかチンピラである。
「師匠、こんな変な輩には絡まずに、寺へ入りましょう。寺に続く階段は、すぐそこです」
 弟子のひとりが、指をさして謙二に言った。確かに、眼前には長い階段が見える。そこを上れば、Can閣寺の門はすぐだ。
 謙二がその言葉に従い、階段へ向かおうとした時。
「おっ、なんだ先にやってるヤツらがいるのか!」
 後ろから、鮪の声が聞こえた。反射的に謙二らが顔の向きを変えると、そこにはなんと、十人近い男衆が何やら盛り上がっている光景があった。
「ダンダン ダダダン ダン ダダンダダン 素敵な貴女を見てみた〜いっ」
「恋する貴女を見つめた〜いっ!」
「ハイっ、ダンダンダンダン」
「ダン ダダーンッ!」
 おそらく掛け声なのだろうが、お酒を手に騒いでいるその光景は、インテリや頓知の要素ゼロだった。逆に何を思って鮪が「先にやられたか」みたいな感じになったのか気になるくらいだ。
「な、なんでござるかアレは……!」
 そして謙二もさすがにこれには面食らったのか、思わず足を止め、少しの間見入ってしまった。そしてよく見ると、何か看板のようなものが立てられているのが見えた。
「ホストクラブ『DAN閣寺』……?」
 その文字を読み、なお首を傾げる謙二。すると、向こうも彼らの存在に気付いたのか、ひとりが近づいてきた。どうやらその人物が、集団を仕切っているようだ。
「アンタらも、ウチで働きたいのかい?」
 その中心人物――アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は謙二や鮪らに対して、そう問いかけた。ますます何がなんやらわからない。
「これはなんだ」
 謙二がもっともな質問をすると、アキュートはあっさりと答えた。
「なんだ、広告を見にきたんじゃないんだな。アレは、ホストクラブ『DAN閣寺』だ」
「いやだから、それがなんだと聞いている」
 要領を得ない回答に謙二が詰め寄るが、アキュートは「ただのホストクラブだ」と言うだけである。謙二はちらりと彼らのいる方を見た。
 建物もなく、あるのは地面に直接刺さった看板と一同が手に持っているお酒のみだ。どこからどう見ても宴会だ。なるほど、鮪の描いてる光景とマッチしているではないか。
 一体なぜアキュートがホストクラブを急にやろうとしたのか、それが分かるのはもう少し先のことである。
 ただひとつ言えるのは、「寺の近くで男衆が盛り上がろうか」という共通点があった鮪と宗純にとって、これを逃す手はないということだった。
「ヒャッハァ〜、俺は混ざるぜェ〜!」
「そなたらも手伝ってくれるのか。できればあの侍方にも来てもらいたかったが、我侭は言うまい」
 言って鮪を迎えたのは、スーツに身を包んだアキュートのパートナー、ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)だ。おそらく格好的に、彼もホスト的ポジションなのだろう。にわかには信じ難いが。
「おぬしも、一時の感情に溺れずこちらへ来れば良い」
 アキュートらの輪の中に飛び込んでいった鮪の背中を追いながら、宗純は謙二へと告げた。しかしこの時、謙二は完全に引いていた。
「……お主らはお主らで好きにされよ。拙者は拙者で好きにいたす」
 そして謙二はそのまま騒いでる集団を背に、階段を上り始めた。



苦愛(くあい)さん、大変ですっ!」
「なになに、どうしたの?」
 Can閣寺の中で慌ただしく響く声。寺の副住職である苦愛を呼び止めたのは、ひとりの尼僧だった。尼僧は乱れた呼吸を整える間もなく口を開く。
「今、なんか怖いお侍さんが集団で階段を上ってきてます!」
「ええっ、なにそれ超怖くない?」
「でもなんか、門の前に立ってそれを待ってる風な人たちもいて、もう何がなんだか……」
「うーん、とりあえず門の中に入ってきちゃったら、あたしらも出ていこっか。そんな感じでよくない?」
「そ、そうですね……」
 苦愛の言葉で冷静さを取り戻したのか、尼僧はふうと一息吐いた。直後、彼女は「あ」と短く声を上げ、何かを思い出したようだった。
「ん? どうしたの?」
「あとこれもよくわかんないんですけど、寺の近く……階段の下あたりで、なんかお酒持って騒いでる人たちが」
「それ、ただの酔っ払いのおじさんたちじゃない?」
「でも、お花見の季節でもないのになんでわざわざこの時期にあんな場所で、と思って」
「うーん……」
 苦愛は少し考えた様子を見せたが、彼女にもその答えは分からないらしかった。そこで苦愛は、目の前の尼僧にひとつ指示を出した。
「じゃあさ、ちょっと見てきて! で、話聞けそうならかるーくでいいから何してるのか聞いてみて!」
「わ、分かりました……」
 尼僧は不安そうな表情で頷くと、謙二らと鉢合わせにならぬよう、裏門の方から出ていったのだった。残った苦愛は、困った顔をしつつ小さく呟いた。
「うーん、どうしよ。一応報告しといた方いいのかな」
 言って、苦愛が向かったのは、住職のいる部屋であった。