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リアクション
「私の名はジャック・バウ……じゃなくて、フレデリカ・ニコラウス。これは、2022年12月23日の夕刻から、翌24日正午までの間に起きた出来事である」
* * *
【2022年12月24日 05:30AM】
ヴァイシャリーの湖畔に佇む純白の一級ホテル『ヴァイシャリー・グランド・イン』内の二階大宴会場にて昨晩、クリスマスを祝うパーティーが開催された。
しかしどういう訳か、そのパーティーに出席した者、或いはパーティーに何らかの形で関与した者はただのひとりも余さず、昨晩の記憶が酷く曖昧になっていた。
詳細を思い出そうとしても、頭の中に霞がかかったような、うすらぼんやりとした記憶しか蘇ってこない。
これは一体、どういうことなのか。
飲み過ぎで意識が飛んだというのなら分からなくもないが、記憶がぼやけている者には飲酒出来ない未成年も含まれており、どうやらアルコールによる記憶障害という訳でもなさそうであった。
尤もリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の場合、昨晩の記憶が他所曖昧なのはあまり気にかかるところではなかった。
彼女はこの日、自宅で朝を迎えており、昨晩の記憶が曖昧なのも、たまたま早く就寝しただけだという変な思い込みで、特に気にする程のことでもなくなっていたのである。
だが、変な夢を見たような気はする。
誰かが日付を間違えて、何かを配って歩いていたような……それが誰だったのかは思い出せないが、とにかくそういう内容の夢を見たのは間違いなさそうだった。
パジャマの上からカーディガンを羽織り、新聞に目を落としながら熱いコーヒーをすするリカインの金色に輝く髪の毛には、いつものようにシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)がウィッグの如き様相を呈して張りついているものの、それ以外は極々普通の、ありふれた日常の中の朝の光景であった。
ところが。
「……こんな朝早くから、誰かしら?」
ワンルームマンションの呼び鈴を鳴らす音に、リカインは小首を傾げつつも応対に出てみた。
扉を開けてみると、果たしてそこには、朝っぱらから物凄く目立つ真紅の衣装のミニスカ姿が佇んでいた。
「あらあら……誰かと思えばフレデリカ君じゃないの。どうしたの?」
「えぇっと、覚えてる範囲で結構なんだけど……昨晩何をしてたか、教えて貰える?」
いきなり何を訊いてくるのかと訝しんだリカインだが、こうして改めて問われてみると、何となく不審な気がしないでもない。
昨晩の記憶が曖昧なのは早寝したからだ――というその思いに、妙な揺らぎを感じた。
「誰かが何かの日付を間違えて、何だかよく分からないものを配ってた……ような気がするんだけど、どうだったっけ? よく思い出せないな……あ、そういえば」
ここでリカインはふと、別の記憶がぼんやりと頭の片隅に残っているのに気付いた。
「誰かをぐるぐる巻きにして、どこかに放り出してきたような……う?ん、何だろうこの記憶。凄く気持ち悪いな。普通、こんなの物凄く鮮明に覚えてる筈なんだけど」
ひとりぶつぶつと呟くリカインを余所に、その真っ赤なミニスカ姿の女性、即ちフレデリカ・ニコラウスはうむ、と勝手に納得したような表情で小さく頷いた。
「ありがとう、何となく繋がったわ。あの大量に放置されていた簀巻きの中に彼女が居たのは、そういうことだったのね」
それだけいい残すと、フレデリカは突然、左手首に巻きつけた年代物の腕時計を素早く操作し、妙な台詞を短く叫んだ。
「ワンダフル・サンタクロース・ジャ?ンプ! セットイン!」
すると、どうであろう。
それまでそこに居た筈のフレデリカの真っ赤なミニスカサンタ姿は、一瞬にして掻き消えてしまったではないか。
これにはリカインも、多少の驚きを禁じ得ない。
「へぇ?、今どきのサンタはワープも出来るのね」
* * *
シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)さんを簀巻きにしたのは、やっぱりリカインさんだったんだ。
何かね、リカインさんと手合せしてた筈の彼女が、いきなり私に襲いかかってきたものだから、もうこっちは逃げるのに必死だったんだよね。
あの時かも知れない。
本来なら皆の記憶を完全に書き換える筈の秘宝『リライター』に、変な不具合が出始めちゃったのは。
あの不具合に気づいてたら、幾ら慌ててたといっても、すぐに修正出来た筈なのに……いや、もう起きてしまったことよ。たらればをいっても、仕方がないわ。
とにかくシルフィスティさんとリカインさんがホテルの外で手合せをしている時に偶々私が通りがかったら、シルフィスティさんが変ないいがかりをつけて襲ってきた。
その後とにかく私は必死に逃げて、しばらくしてから後ろを振り向いてみたけど、その時にはもう、ふたりの姿は無かった。
今朝になってシルフィスティさんが簀巻きになってるのを見つけた時、もしやと思ったけど、きっとリカインさんが手に負えなくなって、そのまま放置してきたんだわ。
でもさ、普通ソリをイコンを見間違えるかな?
まぁ、空を飛ぶソリなんてそうそう無いから、おかしいのは認めるけど。
それにしてもシルフィスティさんってば、よっぽどイコン社会への鬱憤が溜まってるみたいね。
「イコンがなんぼのもんじゃーい!」
なんて、物凄い剣幕だったもんね……。
そういえば、リライターを使ったのもあの時が最初だったんじゃないかな。
リカインさんの頭に変なものがくっついてて、それがじーっとこっち見てたような気もするんだけど、あれって一体、何だったのかしら。
この時、私の時計は2022年12月23日の18:30頃を差していた。
* * *
ヴァイシャリー・グランド・インでのパーティーに関与した者で、自宅で目覚めた者はリカインの他にも、複数名存在する。
少なくともミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)、そしてデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)の三人は間違いなく自宅、或いは学生寮の自室のベッドで夜明けを迎えた。
ついでにいうと、ミュリエルはツァンダにある蒼空学園の女子寮住まいなのだが、そのミュリエルの部屋には何故か、簀巻きにされた状態のエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が横たわっていた。
エヴァルトは目覚めた瞬間、心底「拙い!」という表情ですっかり青ざめていたのだが、そこへ聞き込みに訪れたフレデリカの真っ赤なミニスカサンタ姿を見た時、もう我を忘れる程の狼狽ぶりで、見ている方が可愛そうになる程だった。
逆にミュリエルは、
「……あ! お兄ちゃんがいますー!」
などと無邪気に喜んでいた。
そんな対照的なふたりの様子にはほとんど注意を払わず、フレデリカはいきなり用件を切り出してきた。
「昨晩、何があったか覚えてない?」
「えー? 昨晩、何かあったんでしたっけー?」
フレデリカに訊かれてしばし考え込んだミュリエルだが、彼女が答えるよりも先に、簀巻きのままのエヴァルトが真剣な表情でうむ、と小さく頷いた。
「何かの催しに出ていた……ような気がする。そこで何かを拾ったような、落としたような……宝石? いや、違うな。丸いものだった。水晶のような何かか? いやいやそれよりも、何かに巻き込まれたような気がするんだが、こっちの方が重要か?」
「んーと、んーと、あのね、誰かに送って貰ったようなね、そんな気がするんですー」
エヴァルトとミュリエルの記憶は、こちらも全くといって良い程に内容が噛み合っていない。
だが、フレデリカにはもうそれだけで十分であった。
「ありがとう、それだけ聞けたら、もう良いわ。お邪魔して悪かったわね……それじゃ、ワンダフル・サンタクロース・ジャ?ンプ!」
「お、おい、ちょっと待て! お邪魔って一体何だ!? いっとくが、いかがわしいことは何もしてないぞ! ……って、消えちまったじゃないか」
エヴァルトが半ば呆然としている前で、フレデリカは現れた時と同様の突然な勢いで姿を消してしまった。
刹那の自宅は、意外にも普通の住宅街の中にある。
裏稼業を生業とする彼女だが、日常生活ではその正体を知られぬよう、普通の一般市民を装っている。
この日の朝、畳敷きの床に敷いた布団からむくりと起き上がった刹那は、昨晩の記憶が随分とぼんやりしていることに強い不信感を抱いた。
何か仕事を依頼され、その遂行の為に行動していたような気がするのだが、ほとんど何も思い出せない。
記憶を失うなど、裏稼業に身を置く者にとっては、あるまじき失態である。
仕事の結果はもとより、依頼された内容さえ思い出せないというのは、最早致命的であった。
「ヴァイシャリー・グランド・イン……」
不意に、刹那もよく知っている一級ホテルの名が、何故か口をついて飛び出してきた。
失われた一夜の記憶に、何か関係があるのかも知れない。
刹那は素早く身支度を整えると、若干慌てた様子で自宅を飛び出し、ヴァイシャリーに向かうシャトルバスへと飛び込んだ。
そんな刹那の様子を、少し離れた朝の街並みの一角から、ミニスカサンタ姿のフレデリカがリライター片手に遠巻きに眺めていた。
「彼女も、昨晩の記憶消去対象のひとりだったのね……あまり関係ないかも知れないけど、一応探っておいた方が良いかしら」
直後、フレデリカの姿はその一角から掻き消えるようにして見えなくなった。
ちなみに、もうひとりの自宅起床者であるデメテールは、フレデリカの調査対象には入っているものの、後回しにされてしまった。
理由は至極単純で、二度寝してしまったからである。
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