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サンターラ ~聖夜の記憶~ 『偽りの聖夜』

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サンターラ ~聖夜の記憶~ 『偽りの聖夜』
サンターラ ~聖夜の記憶~ 『偽りの聖夜』 サンターラ ~聖夜の記憶~ 『偽りの聖夜』

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【2022年12月24日 07:25AM】

 正子の宿泊室には、他にも場を借りて就寝している者達が居た。
 その一部は二箇所に亘って設置されているロフト部を借りており、フレデリカとジェライザ・ローズが、そのロフトに固まって寝ているルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)の四人を起こして廻った。
「ふにゃあ? もぉ朝ぁ?」
 国軍大尉にあるまじき、凄まじく無防備な寝ぼけ眼を披露してしまったルカルカだが、一方のダリルは目覚めた瞬間に表情がいつものように引き締まっており、こういうところで両者の性格の違いがよく分かるというものである。
「おう何だ何だ。フレデリカちゃんじゃねぇか。朝っぱらから、どうしたんだ?」
 ロフト部の大半をその巨躯で占めていたカルキノスが、梯子を使わずに飛び降りてきた。
 拍子に淵が巻き込まれ、アキラにダイビング・ボディプレスを仕掛ける形になってしまったが、いちいち気にするカルキノスではない。
 もう一方のロフトからは、鈿女とラブ・リトルが小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を起こしてきた。
「ふわぁ〜、おはよ〜……っていうか、何だか凄い光景だね」
 欠伸の際に出た涙を指の背で拭いながら、美羽が幾分、呆れた表情を浮かべる。
 フレデリカが真っ先に歩み寄ったのは、その美羽と、パートナーのコハクの両名であった。
「美羽さんじゃない! やっとひとり、見つけたわ……ねぇ、昨晩のこと、何か覚えてる?」
「あらら、サンタちゃん、どうしてここに?」
 美羽の反応に対し、フレデリカは内心でしまった、と小さく唸った。
 どうやら彼女が仕掛けたリライターの効力は、美羽とコハクにも及んでいたらしい。
「えっと、覚えてないかな? 昨晩、色々手伝ってくれたんだけど」
「そうなの? あ、そういえば、私もミニスカサンタ衣装だね」
 フレデリカにいわれて初めて気づいたといった様子で、美羽は己の服装に視線を落とした。
 そういえば、とコハクが大きな白い袋を取り出した。中には、ラッピングされたクリスマスプレゼントが大量に押し込まれている。
「ねぇ、昨晩何かあったの?」
「うん……ちょっと大変なことが、ね。実はふたりとも私を手伝ってくれてたから、何か覚えててくれたら、って思ったんだけど……」
 肩を落とすフレデリカに、美羽もコハクもかけるべき言葉が見当たらなかったのだが、意外な方向から助け舟が飛んできた。
「どうやら、記憶が操作されたようだが……操作出来たのは記憶だけで、コンピューターの記録はそうもいかなかったようだな」
 ダリル自身も、昨晩パーティーが開催されるところまでの記憶しか鮮明には残っておらず、それ以後は酷く曖昧で不正確となっているのだが、しかし彼が手にしているノートパソコンには、昨晩ダリルが掻き集めた情報と推測を加えた電子文書ファイルが、しっかりと残されていたのである。
「どうやら、何かの情報収集と調査を行っていたようだ。この記録にはフレデリカ、君がパーティー会場の人々の記憶を操作して廻ったようなことが書かれてある。間違いないか?」
 ダリルに詰問され、フレデリカは観念したように頷いた。
 記憶だけなら何とかなったかも知れないが、電子データとして記録されているものまでは、誤魔化しようがなかったのである。
「……御免なさい。本当は、こういうことはあっちゃいけないことなんだけど、実は日付を間違えて、プレゼントを一日早く配りかけててしまったの」
「だから、記憶を操作しようとしたのか。だが、何かの突発的な事故で、君は更に行動せざるを得なくなったという訳だな……ずばり訊くが、君がこれからやろうとしていることは、再度の記憶操作か?」
 ダリルの問いに、フレデリカは静かに頷いた。
 室内に一瞬、重苦しい沈黙が流れたが、しかしその沈黙を最初に破ったのもダリルであった。
「ま、消されて困る記憶という訳でもない。真相を闇に葬られるのは気に入らんが、それがサンタクロース業務に支障をきたすというのであれば、協力はやぶさかではない」
 ダリルのこの発言に、淵が目を丸くして横から覗き込んできた。
「意外だな、知りたがりのダリルがこうもあっさり折れるとは」
「俺がここで駄々をこねて、得するのは誰だ? 誰も居ない。寧ろ、サンタクロースに批難を浴びせることで、世の子供達の夢を奪うことの方が重罪だ。嘘も方便という訳ではないが、世の中には、黙って目を瞑ることで上手くゆくこともある。それが、大人のやり方だ」
 ダリルが示した方針に、フレデリカは表情を緩ませた。
 だが、とここで更に注文を加えるのも、ダリルらしいといえば、らしかった。
「俺達は、昨晩の事実に対する記憶操作を受け入れよう。その代わり間違いなく、世の全ての子供達に聖夜の夢を見させてやれ。これだけは絶対、そして確実にな」
「任せて頂戴。それは約束するわ」
 フレデリカは力強く頷いた。


     * * *



「あれ? ……ねぇダリル、ルカ何やってたんだっけ?」
 仁科 耀助(にしな・ようすけ)さんと一緒に呑んで食べて楽しんだ後、疲れたからって仮眠を取ってたルカルカさんが、宿泊室のベッドから起きてきた。
 でも実はこの少し前、私がリライターをルカルカさんに発動させてたから、もう既にルカルカさんは記憶が操作された後なんだよね。
 でも……。
「ルカ、何も覚えてないのか?」
 ダリルさんは、この時初めてリライターによる記憶操作に気づいたって訳じゃないみたい。
 だからダリルさんは、宿泊室の書斎デスクでノートパソコンとネット情報を駆使して、私のリライターによる記憶操作について迫ろうとしてた、ってのが実際のところのようね。
「淵も、同じようなことをいっていたな。誰かと呑み比べをしたらしいが、その相手が思い出せないと。カルキも同じだ」
 ダリルさんは、ベッド脇の床に雑魚寝しているカルキノスさんと淵さんに視線を向けた。
 カルキノスさんはわざわざ人間の姿になれる特殊な薬を使ってまでナンパを楽しんでたって話だったけど、何故自分がそんな特殊な薬を使ったのか覚えてなくて、そこからダリルさんは記憶操作に対する疑いを得たみたいなのよね。
 そして極め付けだったのが……。
「……何だ、これは」
 ダリルさんは、ノートパソコンに映し出された、とある画像に視線が釘付けになっていた。
「この一連の記憶操作と思しき現象と、何か関係があるのか?」
 ルカルカさんはダリルさんの呟きの意味が分からなくて、頭の上に幾つも、はてなマークを浮かべてる。
 でも当のダリルさんは、もうそれどころじゃないみたい。
「ルカ、淵とカルキを起こせ。今から馬場校長のところへ向かう」
「えー? っていうか、正子さんも来てるの?」
 ルカルカさんへの記憶操作はかなり強く作用してたみたいで、パーティーに誰が参加してるのか、そもそも自分がどうしてパーティーに参加しているのかも、綺麗さっぱり忘れてた。
 ダリルさんは眉間に皺を寄せて、小さな溜息を漏らしてる。
「ルカには事態の深刻さが分からんようだが、これは校長クラスへの報告が必要な事態だ。とにかく、ふたりを起こせ。良いな?」
 これは流石に、私も拙いと思った。
 でもダリルさんは仮眠とかするひとじゃないから、ルカルカさん達みたいに仮眠したところを狙って記憶を操作するってことが、出来なかったんだよね。
 そうこうするうちに、カルキノスさんと淵さんも起きてきて、結局四人で馬場さんの宿泊室に向かった。
 私はやきもきしたんだけど、私にとって意外な幸運が、馬場さんの部屋で待ち受けてた。
 酔っぱらった九条先生が、馬場さんの部屋でもプロレスを始めちゃったらしくて、丁度入室してきたダリルさんめがけて、誰かをハンマースルーで放り投げてきたの。
 ダリルさんも完全に不意打ちだったから避け切れなくて、ルカルカさん達と一緒に壁に叩きつけられた。
 一瞬だけい意識が飛びそうになったダリルさん。ここで私は、リライターを発動させた。
 ダリルさん達が記憶を操作された状態で馬場さんの部屋で目覚めたのは、こういう経緯があったって訳。

 その後、私はプレゼント回収とリライター発動をこまめに繰り返してた。
 でも流石に、ひと晩中はちょっとしんどいから、時々休憩を挟んでたりするんだけどね。
「ふぅ、あともうひと息ってところだね」
 美羽さんが、回収したプレゼントを詰め込んだ袋の中に、視線を落とした。
 本来なら美羽さんは、私と一緒にプレゼントを配って廻る夢の配達人だった筈なのに、私のミスで、こうして折角配ったプレゼントを回収する破目に陥っている。
 本当に申し訳なかったけど、私ひとりじゃ手が足りないから、美羽さんにも協力して貰うしかなかった。
 正直にいうと、美羽さんだけじゃない。
 他にも大勢、プレゼントを回収してくれてるひと達が居た。そのひと達は皆、最初は美羽さんと同じように、プレゼントを配る役割を担ってた筈だったのに。
「これだけ集めても、まだほんのごく一部に過ぎないんだよね。サンタクロースの配達能力って、本当に凄いんだね」
 コハクさんが、感心した様子で話かけてきた。
 そりゃサンタクロースは、ひと晩で世界中の子供達にプレゼントを配らなきゃいけないんだもの。大半は親御さんが代わりに配ってくれるんだけど、そういう贈り手が居ない子供達には、私達が瞬間的に移動を繰り返して配って廻らなきゃいけないのよね。
 だから当然、その配布量も膨大な数に昇ってくる。
 反面、今回みたいに回収しなきゃならないって話になると、物凄い重労働になっちゃうんだけどね。
「さ、これからが本番よ。どんどん回収しなきゃね」
 いってから、私は腰を上げた。
 美羽さんとコハクさんも休憩を終えて、同じように立ち上がった。
 と、その時、私の小型無線機から緊急を告げる呼び出し音が鳴り響いた。
 それは、私のサンタクロース業務に脅威を与える内容だった。でも、プレゼント回収とリライターでの記憶操作を中断する訳にもいかない。
 そこで私は、美羽さんとコハクさんに対応をお願いすることにした。
「うん、大丈夫、任せてよ。私とコハクで、何とかしてくるからさ」
「本当に、こんな役割ばっかり押し付けちゃって御免なさい」
 私の言葉に、美羽さんは笑顔でかぶりを振った。
「なぁにいってんのよ。たまにはこんなクリスマスも楽しいじゃない」
 この後、美羽さんとコハクさんが他の協力者のひと達と合流して問題の解決に当たってくれたんだけど、やっぱり私も一緒に行くべきだった。
 まさか、この問題があそこまで拡大するなんて、思っても見なかったから。

 この時、私の時計は2022年12月24日の01:30頃を差していた。