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リアクション
【2022年12月24日 10:05AM】
ヴァイシャリー・グランド・インの、古代ローマ風大浴場の女湯にて。
露天風呂区画には、大きな滝を模した湯流し用の給湯口が設置されているのだが、その真下の貯湯プールで、霧島 春美(きりしま・はるみ)は湯に浮かびながら、はっと目を覚ました。
「あ、あら……? どうしてこんなところで、しかも湯船に浮かびながら眠っていたのでしょう?」
春美は服を着たまま、湯の中に浮いていた。
慌てて起き上がり、周囲を見渡してみる。
春美の記憶に間違いがなければ、この大浴場は24時間フルオープンの筈だから、日が昇った後でも、入浴客が居ても良さそうなものであった。
が、実際はどうも、様子が異なる。
どういう訳か、浴場全体が妙に物々しい雰囲気に包まれているような気がした。少なくとも春美は、探偵の直感で、そう感じた。
「あら……お目覚めになったようですわね」
不意に、露天風呂の岩陰になっている部分から声がした。
春美が慌てて、ざぶざぶと湯船を押しながらその位置へと駆けつけてみると、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が露天風呂の敷地内に設置されている、休憩用のハンモックに揺られている姿が視界に飛び込んできた。
ハンモックのすぐ近くにハンガーセットが立てかけられており、魔鎧状態の漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)がそこに吊り下げられているのが、春美には気付くだけの余裕がなかった。
「うぅ……何だか、スカートの内側がすーすーするのです……」
そこに居たのは綾瀬だけではなく、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)の姿もあった。
可愛らしいパーティードレスは幾分、湯に浸った為に生地が傷んでいるようでもあったが、しかし咲耶は全く異なるところに意識がいってしまっている様子だった。
春美と咲耶は、そもそも何故自分達が女湯の露天風呂に居たのか、よく覚えていない。
綾瀬も状況は似たようなものだが、彼女は湯船で疲れを取りたいと早いうちから考えていたことは覚えていた為、女湯で一夜を明かしたのは何となく、納得しているようであった。
但し、女湯の屋内ゾーンで騒ぎが起きているらしい状況は、想定外ではあったようだが。
「何が起きてるんでしょう……ここはひとつ、推理の為にも情報収集に向かわねばっ」
何故か急に張り切り出した春美だが、咲耶は依然としてスカートの内側が気になっているようで、とても偵察に行こうなどという気分にはなれない。
更にいえば、最愛の兄が近くに居ないというこの状況に咲耶自身、大いに不安を感じていた。
「スカートの中身も気になるんですけど、兄さんは一体、どこに行ったんでしょう?」
その愛する兄、即ちドクター・ハデスが、ホテル近郊で簀巻きにされていようなどとは、流石に予想も出来ない咲耶である。
それはともかく、春美が女湯の屋内ゾーンへと一歩踏み出しかけた時、再び別方面から幾つかの気配が近づいてきた。
「そっちは……まだ当分、行くのはやめておいた方が無難かも、なの」
一同が振り向くと、声の主は何故か漆黒のサンタクロース姿に身を包んだ斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)であった。
ハツネだけではなく、伏見 さくら(ふしみ・さくら)や天神山 清明(てんじんやま・せいめい)といった顔も見られた。
「何か、知ってるのですか?」
春美が驚いた様子で問いかけると、ハツネは珍しく、不機嫌そうな面を一堂に向けた。
「どうも、非リア充エターナル解放同盟とかいう連中が、屋内ゾーンでホテルの従業員達と戦ってるみたい、なの〜」
「戦況はほぼ終息して、彼らは撤退準備に入ろうとしているみたい、だけどね」
ハツネの説明に、さくらが言葉を添える。
更に、清明がどこから持ってきたのか、小型飛空艇の機晶エンジン部らしきパーツを全員に見せて、不思議そうに小首を傾げる。
「よく分からないのですが、何故かこんなものを持っていたのです。どなたか、これが何なのか教えて欲しいのです」
「あら、それでしたら」
意外にも、反応したのは綾瀬だった。
「何かに撃墜されたらしい小型飛空艇が、丁度屋内ゾーンに入る入口付近に残骸となって散らばってましたわ。そのうちのひとつではありませんか?」
撃墜された、というその表現そのものが既に物々しい。
ハツネは冷静そのものであったが、さくらや清明などはぎょっと驚いた顔を見せた。
「それもきっと、非リア充エターナル解放同盟とかいう連中の仕業、ですね」
新たな犯罪組織(?)の登場に、何故か胸の内が妙にわくわくとしてきている春美。
こういうのを俗に、不謹慎と呼ぶ。
* * *
女湯は、戦場だったわ。
少なくとも、この日の夜に限っては、ね。
まだ、非リア充エターナル解放同盟が女湯に雪崩れ込んでくる前のことだけど、綾瀬さんが露天風呂の湯船に浸かってると、そのすぐ近くで、湯船の中でうたた寝してた蓮華さんが、顔を真っ赤にして目を覚ましてた。
酔いを醒まそうとして、湯船に浸かってたみたいなんだけど、何だかとっても良い夢を見てたっぽい。
「はっ、だ、団長!? ……あ、ゆ、夢か……」
目覚めた瞬間は物凄く嬉しそうだったのに、自分が湯船に浸かってる現実を思い出すと、これ以上はないっていうぐらい、残念そうな顔してる。
よっぽど良い夢を見てたんだろうなぁ。
でもって、その様子を綾瀬さんに見られたものだから、蓮華さん、恥ずかしそうに頭を掻いてる。
「あ、あら……見られちゃったかしら?」
「気にする程のことでもございませんわ。そこまで興味深く、観察していた訳ではありませんので」
綾瀬さんの言葉に、少し安心した顔を見せた蓮華さんだけど、やっぱりちょっと気まずいのか、適当な理由をつけてサウナの方に行っちゃった。
で、入れ替わりに入ってきたのが、ローザさん。
何だか落ち着かない様子で、きょろきょろと周りを見渡してる。
「私の気のせいかも知れないのですが……何だか、変な視線を感じませんか?」
「……恐らく、覗きでしょう」
しれっと答える綾瀬さんに、ローザさんも流石にびっくりした様子。
実際、この時には耀助さんと忍さん、そして悲哀さんの三人が覗きに来てたんだけど、結局美羽さんに天誅喰らって簀巻きにされる運命だったんだよね。
魔鎧のドレスさんが対応に出るよりも早く、美羽さんが仕留めちゃったもんだから、ドレスさん、仕事をし損ねたって感はあったんだけど。
まぁそれはともかく、覗かれてるっていいながら、それでも平然としてる綾瀬さんに、ローザさんはただただ驚くしかなさそう。
「宜しいんじゃないでしょうか。かくいう私も、ある殿方を破滅へのストーリーに導いてきましたから」
ある殿方、というのは、実は貴仁さん。
泥酔してナンパに走った貴仁さんが声をかけたのは、実は綾瀬さんだったの。
でも綾瀬さん、ナンパをOKするふりをして、貴仁さんをある部屋に連れて行ったのよね。
その部屋っていうのが、実は馬場さんの部屋だったり。
馬場さんは男性が部屋に居ても全く気にしないタイプだけど、侵入者だ! って大騒ぎして、貴仁さんを部屋から放り出したのがコア・ハーティオンさんだった。
っていうか、コア・ハーティオンさんも何してたんだか。
あ、もしかして……プレゼント?
綾瀬さんやローザさんが覗きの被害に遭ってた時、実は春美さんが露天風呂のすぐ近くで、刹那さんと戦ってた。
刹那さんは誰かからの依頼で、ある仕事を遂行しようとしてたんだけど、その時に身につけてた衣装が、春美さんのライバルの怪盗とそっくりだったから、春美さん、間違えちゃったみたい。
「君を確実に破滅させることが出来るならば! 公共の利益の為に、僕は喜んで死を受け入れよう!」
……春美さん、誰かになりきってない?
対する刹那さんはというと、何故か懐に、ぱんつを押し込んでる。
奪った相手は、どうも咲耶さんみたい。
刹那さん、流石にプロね。
依頼の内容が、『若い女の子のぱんつを取ってきて』なんていうふざけたものであっても、しっかり遂行しようとするんだもの。
こういうプロ意識の部分は、私も見習わなくっちゃ。
って、そんな話はどうでも良くて、とにかく春美さんは刹那さんと闇の中での一騎打ちに臨んでたって訳。
でも途中で、姿を見失ったらしくてね。
必死に追跡を続けていたら、露天風呂に設置されている滝を模した給湯口の上に。
んで、たまたまそこに居たのが、女湯を探検してたパンドラさんだった。
「見つけました、我が終生のライバル!」
「んぉ!? な、なんじゃあ!?」
パンドラさん、もう完全にびっくりしてて、まともに反応出来てない。
っていうか、どうしてパンドラさんを刹那さんと見間違えたのか謎だし、そもそも終生のライバルと刹那さんを間違えるって、春美さんどんだけ適当なんだか。
でも、パンドラさんは反応する必要もなかったかも。
春美さん、何だかよく分からないけど、華麗な技を色々繰り出そうとした挙句、自分で勝手に足滑らせて滝から落ちちゃったんだもん。
「えーん、そんなー。今日は春美の誕生日なのにー」
……悪いけど春美さん、一日、早いから。
「バリツがなければ、即死だった……」
はいはい、もう良いから。
ちなみにこの時、どうして咲耶さんが女湯付近に居たかというと。
「ふははははっ! サンタクロース、見つけたぞ!」
「むむ、悪い子には特別なお仕置きが必要なの」
何故か女湯近辺で、ブラックサンタ姿のハツネさんとドクター・ハデスがバトルを始めちゃってたのよね。
んで、そのドクター・ハデスに付き合う形で女湯に居たのが、咲耶さんだったって訳ね。
「兄さん、バトルよりも、パーティー……」
「さぁ行くぞサンタクロース! 我がオリュンポスの為に働いてもらおうではないか!」
咲耶さんの呼びかけなんて全く無視して、ハツネさんとバトル真っ最中のドクター・ハデス。
あぁもう、駄目だこりゃ。
取り敢えず、このふたりのバトルは措いとくとして、さくらさんと清明さんは普通にプレゼント配布に勤しんでた。
サンタクロースのソリ仕様の小型飛空艇を私からお手伝いの皆に貸し出してたんだけど、さくらさんと清明さんは女湯周辺で、この小型飛空艇を使ってプレゼント配布してたんだよね。
「はい、どうぞ」
「あ、あ、ありが、とう」
さくらさんがプレゼントを渡した相手は、エリーさんだった。
それはまぁ、良いんだけど……どうしてまた、渡したプレゼントの中に秘宝が紛れ込んでるの?
しかもさくらさん、それが何なのか全然意識してないみたいだし……っていうか、子供に機晶ドッグのプレゼントって。
そりゃ確かに、エリーさんは独身だろうけど、年齢がちょっと小さ過ぎなくない?
まぁ、良いんだけど。
でもエリーさん、妙にどぎまぎした反応してたよね。
もしかして、さくらさんに恋心でも抱いちゃったのかな?
まぁ、見てて微笑ましい光景よね。
でも逆に、見ててドン引きしちゃったのが、清明さんのプレゼント。渡した相手は、ベアードさん。
「さぁ、この清明も皆さんの為に、独自にプレゼントを用意してきたのですっ!」
「コ、コレハイッタイ、ナンナノダ!?」
清明さんがばっと袋を開けてみると、中から意識を持ったロープのようなものが飛び出してきて、あっという間にベアードさんを超恥ずかしい亀甲縛りに絡め取っちゃった。
「あぁ!? 間違えて、研究中のもっち〜の袋を持ってきてしまったのです! 皆さん、逃げてなのです!」
「グワァ! モゥオソイ〜!」
哀れベアードさん、清明さんの単純なミスのせいで超恥ずかしい亀甲縛りに。
思うんだけど、やっぱり何をするにしてもね、しっかり確認するってことは重要だと思うのよ。
私は今回、確認作業の重要性っていうのをつくづく思い知ったわ。
この時、私の時計は2022年12月24日の02:15頃を差していた。
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