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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

リアクション



1


 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が地球にある家に帰ろうと思ったのは、二月初旬のことだった。
 いつものようにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)を連れて、東京から列車を乗り継いで北上していく。
 目的地に近付くにつれて、窓の外はすっかり白銀の世界と化していた。
「今年も大変そうねー」
 声に苦笑を混じらせながら、ルカルカは呟いた。
 最寄り駅に着いた頃、とっぷりと日は暮れていた。風が吹くと寒さがいっそう身にしみて、早く屋内に入ろうと家までの道を急ぐ。
 急ぐといっても豪雪地帯だ。一歩一歩雪に足を取られ、思うように進まない。
 ひいひい言いつつ積もった雪を掻き分けてやっとのことで家に入りついた時は、全員揃って安堵の息を吐いたものだった。
「なぜ今の時期帰ろうと思ったのか……」
 ぐったりとダリルが言ったが、それにルカルカはこう返す。
「雪国に帰省するって言ったら雪の時でしょ。一番綺麗だし」
 ほら、と窓の外を見る。
 誰も歩く者のいない外。音のない真っ白な世界。しんしんと降り続ける雪。
「幻想的だと思わない?」
「思わなくもない」
 ということは、幻想的だと思ってはいるのだ。まったく彼は素直じゃない。
「それにね、寒いとあったかいものがすーっごく美味しく感じるのよ。お鍋とか」
「鍋」
 反応したのは、玄関先で雪を落としていた淵だった。にっこりと笑い、頷く。
「そう。だから今日は、ボタン鍋にしましょう」


 部屋着に着替えてから調理し、鍋が完成したのは一時間ほど経ってからだった。
 テーブルの真ん中に鍋を置き、こたつに入ってみんなでつつく。
 点けていたテレビがニュースに変わると、都心で雪が積もり交通ダイヤが乱れているとの旨が報道された。同時に映された東京の風景を見て、ルカルカは苦笑する。
「あれで積もったとか言うかな」
「雪国と違うから仕方ないんじゃないか」
「でも、ベタ雪はすぐ溶けるよ。電車止めたりするほどのことじゃないと思うけど」
「都内の事情など俺が知るか」
「そう言っちゃえばそうなんだけどね」
 なんとなく、雪国育ちとしては首を傾げてしまうのだった。


 布団を敷き、床に就く。
 この日は、雪がすべての音を吸収しているかのような静かな夜だった。
「今夜は静かだね」
「雪のせいか」
「ええ、雪のせいね」
 ふと、会話口に雪が上ったことで思い出した。
「雪女って知ってる?」
 聞き慣れない言葉に、淵が怪訝そうな顔をした。カルキノスは興味がないのかこちらを見ないし、ダリルは知識としては知っていたのかもしれない、さほど疑問そうな表情はしなかった。
「なんだそれは」
 だから、尋ねたのは淵だった。知らない話に食いついてくれるような子で良かった、と思いつつ、ルカルカは昔話を話し始める。
「むかしむかしの、寒い寒い北国でのお話です――」
 滔々と語られる『怖い話』を語り、あるいは聞きながら。
 いつしか全員、眠りについていた。


 翌朝。
「ルカ、水道がおかしいぞ」
 と、駆け込んできたのは淵だった。
「おかしいって?」
「水が出ん。これじゃ顔も洗えないし歯も磨けない……ええい気持ちが悪い!」
 心底嫌だとばかりに眉根を寄せて淵が言うと、声の大きさにまだ夢の世界にいたカルキノスが起き上がった。
「あ〜……今日も寒ぃな。冬眠しそうだ」
「今まで眠ってたのに。ねえもしかして、カルキの種族って昔冬眠してたんじゃない?」
「んなわけあるかい」
 くっくっと喉の奥で笑ってから、カルキノスは伸びをして立ち上がる。
「水が出ねぇんだと? ちょっくら見てきてやるから待ってろ」
 そして、返事も待たずに部屋を出ていった。が、間もなくしてカルキノスの驚嘆の声が部屋にいたルカルカたちの許まで届く。慌てて駆けつけると、玄関先でカルキノスは立ち尽くしていた。
「どうした、カルキ」
「出られねぇ……」
「なんだと?」
 カルキの指差した向こうには、開け放たれた玄関のドアがあった。ドアの向こうにあるのは外の世界――ではなく、雪だ。雪が、入り口の高さまで覆っていたのだった。
「あら、ま」
 昨夜積もった雪に加えて屋根雪が落下してきたのだろう。
「ボイラーで暖めてるから大丈夫だと思ったんだけどなあ……」
「でないと家屋が潰されるだろうしな」
「そうそう。それに毎年雪かきに帰らないといけなくなるし」
「俺は御免だ」
「ルカだって御免です」
 ダリルと喋っている脇で、
「偶然にも旅行先の民家で雪で足止めを喰らった俺達は――」
 淵が不穏なことを言い出したので慌てて止めた。
「殺人事件の前触れみたいなナレーション止めてよね」
「犯人の方が逃げ出すだろうよこんな武闘派集団」
 が、カルキノスは軽く笑い飛ばした。ああ。確かに、そうかもしれない。誰も彼も簡単に殺されるほどやわじゃないし。
「とーにーかーくっ。御免だったけど、雪かきをしなければなりませんっ」
 話を元に戻そうとルカルカが宣言すると、えー、という不満げな声が上がった。こっちだって嫌なのだから我慢してほしい。
「水、ずっと出ないままになるよ」
「む……」
「食糧だって限りがあるし、いずれやらなきゃならないの。さっ、さっさとやっちゃおう!」
 はい、とスコップをそれぞれに渡し、雪かきを始めたのだった。


 玄関前の雪を『掘る』。
 ある程度掘ったら階段状に均し、雪の上に出る。
 そこから逆に階段状に雪を掘り、道路までの雪かきをする。
「……これ、重労働だったんだな……」
 低い呟きが聞こえた。あまりにも疲れ切って低い声だったので、誰のものかはわからなかった。とりあえず、ルカルカは頑張れー、と声援を投げる。かくいうルカルカも、少し息が上がっていた。
 ここ数年はこんなことなかったのになあ、と思いながら、雪を掘る。
「冬将軍が元気みたい、ねっ」
「なんだ。何か言ったか」
「雪かきの後だと、雪遊びーってはしゃぐ気にもなれないなって。
 ……って、みんな! 雪かきの仕方がなってない!」
 今になって気付き、指摘した。
「淵、風邪引くから汗をかかないようにしないと。
 カルキ〜、雪はスコップで角砂糖のように取り出して?
 ダリルも、スコップの持ち方は順手じゃなくて逆手でね」
 意外と、雪かきの仕方は知られていないようだ。お手本を見せるから、とやってみせるとみんなそれに倣ってくれた。
「上半身じゃなくて、身体ごとひねる感じでね。腰ひねると疲れちゃうから、必要最低限の動きで投げて」
「投げるのか?」
 淵が、ぽいっと遠くに雪を放った。
「違う、違う。ごめんね、投げてって捨ててって意味なのよ」
「方言か」
「つい出ちゃうのよね、使ってた言葉って」
 雑談を交わしながら雪かきができるくらいに慣れてきた頃、雪道ができた。
 遅めの昼食として、昨日の鍋の残りを食べる。食べ終わると、みんなで畳の上に寝転がった。
「さすがに少し疲れたな」
「俺が火ぃ吹いた方が良かったかもな」
「焼け石に水だろ」
「それ面白いな。実際は水に火をかけるのに」
「確かに」
 言葉遊びを終えた淵が一服してくると言って二階へ上がった。
 間もなくして戻ってきた彼の第一声がこれだった。
「雪遊びしよう」
 先ほどまで散々、雪はもうこりごりだと言っていたのに。
「清々しいまでの掌返しだな」
「屋根から落ちた雪と庭に積もった雪がいい感じのスロープを作ってたんだよ。あれを見たら滑りたくなる。ダリル、お前でもだ」
 ダリルはおざなりに「はいはい」と言って席を立つ。あら遊ぶのは嫌なのかしら、と思いながらルカルカも立ち上がった。スキーとスノーボードを持って戻ってくる。淵の目が輝いた。
「食休みも済んだし、遊びましょうか。ホントのスキー場には明日行くとして、今日は我が家で――」
「帰還を二日ずらしたぞ」
 出て行ったダリルが戻ってきてそう言った。一同がきょとんとしていると、「列車の変更を済ませた」と端的に説明する。
「遊び放題だ」
「お前……! わかってるじゃないか! よし、遊ぼう!」
 楽しそうに淵が外へ飛び出し、ルカルカもその後を追う。
 遊び始めてわかったことがあった。
 雪遊びには様々なものがあるが、みんな好きなことが違うと言うことだ。
 淵はスノーボードが上手く、ダリルはスキーが上手い。カルキノスはそれらに興じることはなく、みんなに雪玉を投げてくる。
 当然、その後雪合戦になった。
 庭の雪で散々遊び、疲れた身体を温かい食事とお風呂で癒したら、もう就寝の時間だ。
「明日はスキー場ね」
「またスノボする」
「俺はスキーをする」
「雪玉投げてもいいか?」
「ほどほどにね」
 明日を楽しみにして、おやすみなさい。