リアクション
卍卍卍 北海道網走市。 五条 武(ごじょう・たける)は国道39号線をイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)バイクモードの背に乗り、気持ちよく疾走していた。 網走市に来たのなら、網走刑務所や博物館網走監獄を見ないでどうする、と本来の目的などスカッと忘れて一介の観光客になっていた。 人の賑わう場所に入ると武はイビーを停めて降り、彼女には人型になってもらった。 「だいぶ走ったから腹が減ったな。飯にするか」 武は落ち着いて座って食べることは選ばず、手軽に食べ歩きのできるものを選んだ。 そうしてあちこち見て回りながら、今頃留守番で退屈しているだろうもう一人のパートナーへのお土産を買い込んでいく。 「ジンギスカン、鮭……白い変人? タケル、自分が何を買ったかわかってますか?」 「ああ。あいつは食いしん坊だからな、喜ぶだろ」 まるで見当違いな返事にイビーはそれ以上言うのを諦めた。武にとっては『恋』も『変』もたいして違いはないのだろう。確かに半分は同じだ。 そんなふうにのんびりとした時間を過ごしていた時だ。 「おぅおぅ、テメェ波羅蜜多実業高等学校のモンだな?」 因縁つける気満々の声に呼び止められた。 武とイビーが振り返ると、ぐったりした不良を引きずった番長スタイルの男がガン付けてきている。 「フッ……探したぜ。生意気にもこの網走監獄番長の俺にケンカ売りに来たんだってなぁ」 つまり、引きずられているのは人違いでボコボコにされたということだ。 しかし武は別のポイントに反応した。 「網走監獄番長? 富良野ラベンダー番長とか夕張メロン番長じゃないのか?」 「そんな奴らもいたなぁ……クックク」 どうやらその二人を倒して今の番長の座にいるようだ。 そのことは武の闘志に火をつけるのに充分だった。 「それくらいじゃないとおもしろくねぇ。場所変えようか」 「いいだろう。こっちに来な」 網走監獄番長に案内されたのは、網走刑務所前だった。どこで噂を聞きつけたのか囚人達が門や塀から野次を飛ばしながら見守っている。 武の好きな戦法を選べと言うので、彼は即興ライブ対決を提案した。 ただし。 「俺とイビーがギターとドラムス、君はボーカルだ。ついてこれなくなった方が負け。簡単だろう?」 「本当にいいのか? すぐ泣くことになるぜ?」 「そういうセリフは……勝ってから言うんだな!」 ギターの強烈なうなりと力強いドラムがぶつかり合い、音が刑務所全体を揺るがすように響いた。 そのインパクトにニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていただけの囚人達が、一気に盛り上がる。 どうだ、と挑戦的な視線を向けられた監獄番長は、ようやく本気になった。 マイクを持つと、演奏を掻き消すほどのシャウトをかます。 武のギターを震えさせるほどの凄まじい声量だった。 「やっちまえ! 監獄メタルだ!」 囚人達から番長への声援が音の隙間から聞こえてきた。 最初からわかっていたことだが、ギャラリーがついた時点で武とイビーは不利であった。この場の空気全体が二人を異物のように排除しようと圧力をかけてくる。 ピックがぶれそうになった自分に、武は舌打ちすると監獄番長に負けじと叫ぶ。 「蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻ィ! アリーヴェデルチ! ARYYYYY!!」 武の気持ちに応えようと、イビーもいっそう激しくスティックを叩きつけ、ついにはツーバスに挑んでいた。 弦が切れるかスティックが折れるか、あるいは番長の喉が裂けるか──。 絶え間なく雷が落ちるような演奏は、唐突に終わりを迎えた。 声を嗄らしていた囚人達もピタリと動きを止める。 彼らの視線の先には、がっくりと膝を着いている網走監獄番長の姿が。マイクが足元に転がり、番長は肩で息をしていた。声が続かなくなったのだ。歌えないボーカルなど……。 それまでの音楽が暴力的だっただけに、この静寂は時間さえも止まったように感じられた。 沈黙は囚人の怒りによって破られた。 「番長が……番長がやられたぞー!」 「ちくしょうっ、仇討ちだー!」 塀を乗り越え、次々とあふれ出てくる囚人達。 「結局こうなるのか。やるぜイビー!」 「殺してはいけませんよ」 ニヤリとして武は変身ポーズを決め、爆発と共に『パラミアント』へと変身した。 「ヌルい、ヌルいぜ!」 ドラゴンアーツで強化された拳で景気良く囚人達を殴り飛ばしていくパラミアント。 そんな彼に、いつも冷静なイビーはやけに人間臭いため息をついた。 「本当にどうしようもないですね」 しかしそう言う彼女も鞘に収めたままのカルスノウトのスイングで、向かってきた囚人を塀の内側へ再び弾き返すのだった。 「ホームラン!」 イビーへパラミアントが親指を立てた。 ミツエ陣北海道制覇! 卍卍卍 「大間の漁港でマグロを一頭食ったな」 「ああ……絶品だったよ」 冷ややかに見下ろす弁天屋 菊(べんてんや・きく)にガガ・ギギ(がが・ぎぎ)は横たわったまま力なく答えた。 身長八十センチほどのドラゴニュートが傷つき倒れている様は、何ともいえない痛ましさを感じさせるが、菊はそんなものは感じていなかった。感じていたのは、もどかしさとか歯がゆさといったものだ。 彼女はさらに続ける。 「言いたいことは?」 「下北半島の仏が浦からの景色は絶景だったな。それから、弁当のいなり寿司。まさか、あんなに桜でんぶが入ってるとは思わなかったぜ……不覚」 「いつも慎重なおまえが、今日はちょっとはじけちゃったわけだ」 「め、面目ない」 「まあいい。そこで休んでな。あのドラゴン野郎はあたしが倒してやるよ」 木刀を構える菊。 対峙するのは青森は恐山のイタコ……いや、今はブルース・リーだ。 菊は、心霊現象ではなく女番長・イタコ番長を求めてやって来た。自分と同い年という女の番長に興味を持ったのだ。彼女は全てをわかっていたかのように菊を待ち構えていた。 「あたいを倒しに来たんでしょ。ふふ。負けたらあたいの奴隷になってもらうよ」 そう言って不敵に笑ったイタコ番長は、口寄せ借力でブルース・リーの霊をその身に降ろし、最初に立ち向かったガガをどこからか出したヌンチャクの一振りでノックアウトしてしまったのだった。 かの有名な怪鳥音までそっくりに、イタコ番長はヌンチャクを振り回して来る。 不規則なその動きは菊を翻弄し、対応を遅らせた。 一発、二発、と食らった菊はそれでも木刀だけは離さず、相手の動きを捉えようと踏ん張った。 そして見えた一瞬の隙。 「そこだ!」 衝突音と共にイタコ番長の手からヌンチャクが弾き飛ばされる。 同時にブルース・リーの霊も離れていった。 「やるねぇ……これならどうだ!」 呼び寄せたのはワイアット・アープ。手にはバントライン・スペシャル。銃身が長い拳銃だ。 木刀の菊には圧倒的に不利だ。 案の定、菊は為す術もなく地に伏すことになってしまった。 その後もイタコ番長は次々と強い霊を降ろし、菊を痛めつけた。 西郷四郎の山嵐を食らい、宮本武蔵には五輪書の講義を正座で受けさせられた。足がしびれるというより、岩場のせいで足が痛い。 直接攻撃から精神攻撃まで、菊を打ちのめすには充分すぎた。 しかし、と心身ともにボロボロになりながら菊は疑問を覚えた。 これだけされながら、どうして致命傷が来ない? 次は何にしようかと悩むイタコ番長を凝視する菊はその理由を必死に考え、まさかの結論にたどり着いた。 「英霊……?」 どうしてそんな答えが出たのか、はっきりと説明することはできない。けれど、間違いないと菊の心の奥が訴えていた。 呟きを拾ったイタコ番長がうっすらと不気味に微笑む。 その時、朦朧としながらも戦いを見守っていたガガが、菊に警告を発した。 「イタコの目を開かせるな!」 「もう遅い! あたいの阿頼耶識の解放でおまえ達を呑み込んでやるよ!」 どこかで聞いたような必殺技で菊とガガを戦闘不能にしてしまおうとたくらむイタコ番長。 宇宙の最果てよりも深い闇が問答無用で菊を呑み込み、彼女の自我を破壊してしまおうとした瞬間。 「ああああああっ!」 崩れたのはイタコ番長の方だった。 死を覚悟してきつく目を閉じていた菊はゆっくりと瞼を開き、苦しみ悶えて地に爪を立てるイタコ番長を見た。 「術の失敗……か」 仮にも英霊が、と思う。 英雄としてその名を轟かせた者が、未熟な人間相手に一度でとどめを刺せなかったり、自分の術に失敗して跳ね返されたり。 「その後の修行を怠ったな……」 「うぅ……っ」 よろめきながら立ち上がった菊は、イタコ番長の傍まで歩み寄ると肩膝を着いて手を差し伸べた。 「シャンバラで修行して一から出直せ。付き合ってやるよ」 思ってもみなかった言葉に驚き、イタコ番長は悔し涙に濡れたままの目で菊を見上げた。 自然と自分から名乗っていた。 「あたいは親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)……おまえは?」 菊は微笑んで自分とガガの名を教えた。 ミツエ陣青森県制覇! 卍卍卍 そろそろ紅葉も美しい秋田県十和田湖。 そこには国語の教科書でよく見かける高村光太郎の彫刻『乙女の像』がある。 いつも観光客の絶えないそこは今、決闘の場となっていた。 「わざわざご苦労なこっだが、さっさとUターンしでもらうべ」 「悪いがてめえの言うことは聞けねぇな。大人しく負けて俺の舎弟になるんだな」 伊賀 忠義(いが・ただよし)の言葉に秋田番長・秋田 こまちはギリッと奥歯を鳴らしていっそう目付きを険しくさせた。 「誰がオメーなんぞの下につぐっでが! その生意気なリーゼント、グシャグシャにしでやるべよ!」 色づいた葉も吹き散らすような激しい気迫と共に、秋田番長の渾身の突き『きりたんぽ突き』が忠義の鳩尾へと繰り出された。様子見などの遊び打ちではない、正真正銘の全力の一発だった。 これは受け止めるとかそういう類の拳ではない、と瞬時に判断した忠義はドラゴンアーツで強化した肉体に、さらに拳に火術を乗せて迎え撃った。 鉄球でもぶつかってきたかのような衝撃が忠義の拳を襲う。 「……グッ」 負けてなるものかと忠義も腰を低く落として踏ん張り、秋田番長の拳を押し返した。 それは、ほんの一瞬の出来事だったのだが、二人にしてみれば永遠のような時間だった。おそろしく濃密な瞬間。 秋田番長の突き出した腕から力が抜けた。 しびれる腕を抱え、膝を着く秋田番長。 「この、きりたんぽ突きが負げだのは……初めでだ……」 「そうか……。俺も、こんな重い一撃は初めてだぜ。いいもん持ってるじゃねぇか」 忠義の腕もかすかに震えている。 強化した拳にこれほどのダメージを与えるとは、秋田番長恐るべしであった。 秋田番長は潔く負けを認め、ドッカとあぐらをかくと忠義を真っ直ぐ見上げて言った。 「さあ、どうにでもするがいい」 まるで死を覚悟したような態度に、忠義は苦笑をもらすと立ち上がるようにと手を差し出す。 「もう一度言う。俺の舎弟にならねぇか? それでパラミタに行くんだ」 「パラミタ?」 「ああ。そこに俺が世話になってる農場がある。人手不足でな、手伝ってほしいんだ」 「オメー、そのためにオラを?」 頷く忠義。不器用すぎる誘い方だ。 「タダとは言わねぇ。パートナーを付けよう。剣の花嫁だ。いい相棒になるぜ」 「……損な性格だな、オメーはよ」 秋田番長、いや秋田こまちは朗らかな笑顔で忠義の手を取った。 「オメー、さっきので手を火傷しだんでねぇが?」 「怪我の内にも入らねぇよ」 ミツエ陣秋田県制覇! |
||