リアクション
卍卍卍 御祭神は上古高千穂皇神。境内には源頼朝の代参が手植えしたという樹齢約八百年の秩父杉がそびえている。とても神聖な空気の満ちる高千穂神社を背景に、宮崎県の全不良の今後を決める密談がされていた。 エルミル・フィッツジェラルド(えるみる・ふぃっつじぇらるど)と宮崎県番長・東 国原は他の観光客の邪魔にならないよう、隅っこにしゃがみ込んで額をくっつけ合っていた。 ボソボソと会話が漏れ聞こえてくる。 「そのパラミタに行くには、どうしても剣の花嫁とやらがいるのか?」 「ええ。パラミタを調査しようとした飛空挺がドラゴンに撃退されたのをご存知でしょう? パートナーなしではパラミタに拒絶されるのです」 東番長は難しい顔になり唸る。 エルミルの持ちかけた話に興味を示したものの、剣の花嫁を受け取らなくてはならないことに抵抗があるようだ。それはつまり、ミツエの傘下に入ることへの抵抗なのだろう。 まだ押しが足りないか、とエルミルはさらに言葉を続ける。 「パラミタデビューすれば宮崎の知名度も上がるし、番長としての知名度も鰻上り間違いなしです! 宮崎の特産品を空京で売り出せば、日本だけにとどまらず世界中の人の目にとまりますよ」 「ううむ……」 東番長は、珍しく力だけでのし上がった番長ではない。もちろん、『そのまんまマンゴー』という恐ろしい必殺技もあるが、それよりもその頭脳で宮崎を支配下に置いたと言っていい。どうやって自分を売り出すか、人を集めるかをよくわかっている番長なのだ。 それ故に、県外の番長からは小賢しいと馬鹿にされることが多い。 「パートナーを得れば戦闘能力も飛躍的に上昇! 他県の番長に田舎番長と馬鹿にされることもなくなりますよ」 「ぬぬぬ……」 エルミルの誘いに乗ることはいいこと尽くしのようだ。 しかし……。 「その横山ミツエというのは、どういう人なんだ?」 「野心あふれる人ですね。けれど、パラミタであなたが商売を始めても潰したりはしませんよ」 「敵対しなければ……だね?」 当然である。 エルミルは東番長の決断を待った。 「新しい段階にステップアップしましょう! わたくし、次もここに来るとは限りませんよ」 「よし乗った! 剣の花嫁をいただき、パラミタに進出だ!」 ついに番長は膝を打ってエルミルの手を取ることを決めた。 彼の決断にエルミルはにっこりする。 こうして、聖なる場所で欲望まみれの話がまとまったのだった。 東番長はパラミタ観光大使を目指し、活動を開始する。 ミツエ陣宮崎県制覇! 卍卍卍 愛媛県西宇和郡。ジャンボ風車で有名な地である。 高さ四十四メートルの風車を見上げ、キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は決意表明をしていた。 「ポッと出のミツエが何だと言うんですの〜! キャンティが三国より多い四国を平定して、小生意気なミツエをギャフンと言わせてやるですぅ!」 ジャンボ風車に誓っているキャンティを聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)は生温く見守っていた。 そういえばキャンティには地球の歴史や地理を詳しく教えてなかったですね……とか思いながら。 すると、そこに図ったように現れる愛媛の伊予柑番長。 「小生意気なのはてめぇだオラァ!」 「きゃあっ」 伊予柑番長は卑怯にもいきなり禁断の目潰し技『ミカン汁催涙弾』をキャンティに浴びせた。 これは簡単に言えば、相手の目にミカンの皮を潰した時に飛び出す汁をお見舞いする卑劣な技である。 「イタタタタ……」 目をおさえ、うずくまるキャンティ。 ここは引いた方がいいか、と聖が助太刀に入ろうとしたが、気配に気づいたキャンティが上げた手で止められた。 「こんなところでくじけていては、四国平定なんて無理ですぅ。キャンティに任せてくださいですぅ」 「ですが……」 「大丈夫、信じて見ててくださいですぅ」 言い終わる前に、キャンティの姿がスゥッと空気に溶け込む。 聖にはすぐに光学迷彩を使ったとわかったが、パラミタに触れたことのない番長にはまるで怪奇現象である。 何だ、どこだ、とあたりをキョロキョロしている。 せわしない伊予柑番長の背後でキャンティの怒りに満ちた声があった。 「契約者のいない地球人なんて、敵ではないですわ〜!」 アサルトカービンがキャンティの思いのままに火を吹いた。 見る間にボロ雑巾のようになり地に伏した伊予柑番長の前に、にじむように現れるキャンティの表情は晴れ晴れとしていた。 番長は悔しそうに彼女を見上げる。 「消えるなんて……卑怯だぞっ」 「あなたに言われたくないですぅ」 キャンティの連射に巻き込まれない位置に移動していた聖が、その通りと頷いている。 ところで一人目の番長を倒したキャンティに、聖はふとわいた疑問を投げかけてみた。 「お嬢様の修学旅行の最終目的は何でございますか?」 「それはですねぇ〜、全日本番長連合を掌握して地球のふざけたあのご当地物で有名なキャラクターを、ご当地キャンティちゃんに塗り替えてやることに決まってんだろ! ……で、ござる☆」 「ふふふ、そうでございましたか。ですが、その前に目の治療をいたしましょう」 興奮して変わった口調をごまかすキャンティを、いつものこととさらりと流し、聖はキャンティの手を優しく取って水の出るところへ導いていったのだった。 ミツエ愛媛森県制覇! 卍卍卍 樹齢六百年以上の老松や根上がり松が約一キロメートルに渡って続く、歴史を感じる琴林公園。香川県である。 町の人達の憩いの場でもあるこの公園で、今、香川番長の座を賭けた戦いが始まろうとしていた。 「いや、番長の座は二の次で……」 サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)はぼやいたが、当県を締めるうどん番長は聞いていなかった。 「このオレに喧嘩をふっかけてきたんだ。それすなわち番長の座を狙ってるってことだろう!?」 サレンが何度も「腕試しに来た」と言っても、うどん番長はこの調子だったのだ。 いい加減サレンもどうでもよくなってきた。 サレンは気合を入れるために頬をパチンと叩くと、うどん番長に対して身構えた。 「よしっ、やるっスよ〜」 「ほら、やっぱりオレの言った通りだ!」 サレンはカチンと来たが、感情に任せて攻撃することはしなかった。 それを図星を突かれたせいだと受け取った番長は、さっさと捻り潰してしまおうと拳をうならせる。 サレンが女ということもあり、多少なめてかかっていた番長の大振りのパンチは、当然ながら最初から真剣勝負のつもりでいたサレンに軽くかわされてしまう。 三発、四発、五発、とかすりもしない。 「真面目にやるっスよ」 「生意気な……これならどうだ!」 突如、本気の目になったうどん番長が手のひらをサレンに向けて突き出す。 すると、手品のクモ糸のようにうどんが飛び出してきたではないか。 ただのうどんではない。香川名物讃岐うどんロープである。 サレンはたちまち体をぐるぐる巻きにされ、自由を奪われてしまった。 「ふはははは! 蓑虫だな! さあ、どうする。このままサンドバックになるか、海に放り込んでやろうか!?」 技が決まり、自分に酔ったように笑う番長。 何とかもがいて抜け出そうするサレンだったが、なかなかうまくいかない。 「無駄だ。讃岐うどん縛りは簡単にはほどけネェ」 「そうっスか……。ところで番長、縛るってちょっとイヤラシイ響きっスね。番長はエッチなんスかね?」 サレンにしてみれば何てことのない会話の一部だったが、このうどん番長は超晩生(おくて)だった。天然記念物級に。 あっという間に顔を真っ赤にさせた番長が、 「破廉恥な!」 と、ひどくうろたえて叫んだ。 その時、讃岐うどん縛りが緩んだ。 「隙ありっス!」 サレンは素早くうどんから抜け出し、攻勢に出た。 失態に気づいた番長もすぐにまたうどんを巻きつけようとするが、今度はサレンはうまくそれをかわすと、番長の懐に身を沈ませると渾身の力で一撃を放つ。 腹をおさえ、がっくりと膝を落としてうずくまるうどん番長。 「クッ……オレの負けか」 「でも、あの讃岐うどん縛りはやばかったっス」 「ふん……これで、香川を締めるのはお前だな」 「いや、だからそれは」 「もう決まったことだ」 「舎弟さん達が認めないっスよ」 「認めるさ。オレを倒したんだからな……」 二人の番長の座をめぐる戦いは、もうしばらく続く。 ミツエ陣香川県制覇! 卍卍卍 岡山県と聞いて思い浮かべるものは何だろうか。 瀬戸大橋? カラオケボックス発祥の地? 歌うことが大好きな吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は、この瀬戸大橋で岡山のカラオケ番長に勝負を申し込んだ。もちろん歌でだ。 どうやって入ったのかなど気にしてはいけない。とにかくここでカラオケ対決をすることになったのだ。 場所が場所なので機材は持ち込めないため、己の声のみで戦う。 竜司も充分学生に見えないが、相手も高校生には見えなかった。ヤのつく職業の人にしか見えない。 竜司はパンチパーマのおっさんに獰猛な笑みを向けて言った。 「逃げずに来たようだな。えらいえらい」 「ケッ。ガキが。その顔じゃあ歌のレベルなどたかが知れてるな」 「言ってろ。すぐにオレの歌で痺れさせてやるぜ。だから、てめえから先に歌え」 格の違いがわかるようにな、と竜司は自信満々に笑う。 だが、カラオケ番長とて伊達にそう呼ばれているわけではない。 「自信なくてしても知らねぇぜ……」 かくして車がビュンビュンと走っていくここで、世紀のアカペラ対決が行われた。 カラオケ番長の得意の歌は演歌だ。産声から演歌だったと本人は言っている。 その声は……。 竜司は聞くに堪えない、と思い切り顔をしかめた。 番長は歌う前に、自分の声は『桃マスカット美声』と言って岡山では知らない者はいないと言っていた。ひとたび歌い出せば道行く人は皆立ち止まり、耳を澄ませ、中には感動のあまり涙する者もいるとか。 確かにそうだろう。 人間の領域を超えたダミ声で歌えば、道行く人は何の音かと立ち止まり、どこから聞こえてくるのかと耳を澄ませ、運悪く傍で聞いてしまった人はあまりの酷さに苦悶の涙を浮かべるに違いない。 気持ち良く熱唱したカラオケ番長に、竜司は耳をほじりながら吐き捨てるように言った。 「てめぇ……ヒデェ音痴だな。耳が腐るぜ」 オレが真の歌を聞かせてやる、と竜司が立ち上がる。 ♪オレは 竜司 吉永竜司 人はオレを 美声の竜司と呼ぶ オレの歌を聴いただけで 女は全員メロメロになる オレは 竜司 吉永竜司 オレをトロール呼ばわりするやつは 地獄のそこへまっしぐら 覚えて置けよ オレはトロールじゃねぇから♪ 作詞作曲 竜司 即興の歌だ。 どうだ、とカラオケ番長に目を向け……竜司は満足そうに頷いた。 「あまりの美声に気絶しやがったか。オレも罪だな」 と、そこに。 「コラァー! そこの二人かァ! 騒音で車がいかれたって苦情が殺到してんだよォ! さっさと移動しろォ! ていうか、どこから入ったんだァ!」 サイレンを鳴らしながら警察がやって来るではないか。 竜司はカラオケ番長を置き去りにさっさと姿をくらませた。 ミツエ陣岡山県制覇! |
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