リアクション
卍卍卍 原爆ドームを間近に見える広い歩道で、(広島風)お好み焼き番長は泣きたい気持ちになっていた。 「あたしと勝負しろ!」 と、威勢良く指差してくるのは、袖の余ったセーラー服を着た小学生くらいに見える女の子だったからだ。 頭にタオルを巻いた目付きの悪い番長だが、彼は女性・子供・お年寄りには手を上げない主義だったのだ。 ウンともスンとも言わない番長にじれた八月十五日 ななこ(なかあき・ななこ)は、 「あたしが勝ったらおいしい広島風お好み焼きの作り方を教えろ!」 と、命令口調で言った。 さっきまで困り顔だった番長は、今度はぽかんとした。 「何だチビ、お好み焼きの作り方を知りたいのか?」 「チビじゃにゃい! 次言ったらブッ殺す!」 「わかったわかった。おいしいお好み焼きの作り方な。よし、教えてやろう!」 地団太踏んで怒るななこを宥めた番長は、気前良く作り方の授業を引き受けた。 そんなわけで、どこから用意したのかお好み焼きセットが一式ななこと番長の前に揃えられた。 二人はエプロンと三角巾を装備。 「始めるぞ。まずは材料の確認だ。四人分で、豚ばら薄切り肉二百グラム。キャベツ三分の一個。もやし一袋……」 (広島風)お好み焼き番長の声に合わせて、目の前に並べられた材料を確認していくななこ。 周りではたまたま集まった舎弟三人がほのぼのと見守っている。他の連中はどこかで遊んでいるかカツアゲでもしているのだろう。 仲の良い兄妹にしか見えないからだ。 材料・調味料がきちんと揃っていることを確認した次は、いよいよ調理である。 「豚肉は二等分だ。キャベツは千切り。千切りの仕方わかるか?」 「それくらいできるよっ」 子供扱いするな、と言いたげにはねつけ、包丁を握るななこ。 番長は実に良い師であった。 そして、道行く人の奇妙なものを見るような視線をものともせず、最後に番長の『お好み焼き用ソース乱舞』で仕上げて、ついに広島風お好み焼きは完成した。 「やったー! できたよー!」 「上出来だ! 見どころあるな、お前!」 良い生徒に番長も笑顔でななこの頭をくしゃくしゃと撫でた。 しかし、ここで重大な問題が発生した。 できあがったお好み焼きは、四人分しかないのだ! ここにいるのは五人! 誰かが我慢するか、お好み焼きを巡って血みどろの戦いをするか……。仲良く分ける、などという平和な発想はない。 「えいっ!」 それは突然だった。 ななこが仕込み竹箒の柄で番長をど突き倒したのだ。 見事に急所に決まり、気絶する番長。 唖然とする舎弟達。 ななこは晴れやかな笑顔を舎弟達にふりまいて言った。 「さあ、これで四人りゃ。食べよう!」 舎弟達は初めて『恐ろしい』と思うものを見たのだった。 ミツエ陣広島県制覇! 卍卍卍 もう何度目だろうか、と羽高 魅世瑠(はだか・みせる)は不満げに唇を尖らせた。 隣では「困ったね」とフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)も眉を八の字にしている。 ただ一人、ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)だけが事態をわかっておらずきょとんとしている。 魅世瑠達三人は、ミツエは気に食わないけどパラ実の闇執行部に目を付けられるのも面倒だ、という理由で適当な番長をシメてお茶を濁しておこうと『出雲大社番長』を倒しにここまで来たわけだが……。 どういうわけか、誰に聞いても反応が冷たい。 いや、マイクロビキニで住宅地を闊歩しているのだから、そういう目で見られても仕方がないのだが、そんなことは魅世瑠達には日常なので今さら気にかけることではない。 問題は、向けられる視線の冷たさの質だ。 冷たいというより胡乱というべきか。 今もそう。 魅世瑠に胸倉を掴まれた不良は、そんな目で彼女を見てくる。 何となくやる気がなくなって不良少年を放すと、彼はこんな捨てぜりふを残して去っていった。 「出直して来い」 いったいどういう意味なのか? 「考えても仕方ない。次行こ」 「待って。誰か来るよ」 歩き出した魅世瑠を引き止めるフローレンス。 見ればひ弱そうな学生が、目のやり場に困ったように視線をうろうろさせながら三人の前にやって来た。 彼は無言で魅世瑠に一通の封筒を差し出す。 「何コレ?」 魅世瑠が受け取ると、彼は逃げるように走っていってしまった。 素っ気無い茶封筒から中の手紙を取り出すと。 『鳥取の名誉を汚す流れスケ番に決闘を申し込む』 と、冒頭に筆で大きく書かれ、続いて場所と日時が指定されていた。 「差出人は……二十世紀番長?」 素っ頓狂な声を出す魅世瑠にフローレンスも不思議そうに首を傾げた。 「今って二十世紀だったっけ?」 「二十一世紀じゃねぇの?」 「レトロ番長ってとこか?」 そんなことよりももっと重要なことがこの手紙に書かれているのだが、二人はまったく気づかなかった。ラズはそもそも日本の地理など知らない。 ツッコミ要員のいない三人組はボケを飛ばしたまま、指定場所へ向かった。 着いた場所は鳥取砂丘。 時間には早かったようで、二十世紀番長とやらはまだ来ていない。 暇を持て余した三人は砂で城を作ろうと無謀なことを繰り返して時間を潰した。 「誰か来たヨ」 ラズの声に顔を上げれば、ラクダに乗った番長がゆったり揺られながらこちらに向かってきていた。 背後にはずらりと舎弟達を引き連れて。 「やっと来たか」 「お前が流れスケ番か」 「そうみたいだね」 「ケッ。どこを見たらいいかわからねぇ格好しやがって。だが問題はそこじゃねぇ! ここは『鳥取』だ! 出雲大社は『島根』だ! よくもコケにしてくれたな!」 カッと目を見開き、鳥取県民を代表するように怒りをぶつけてくる二十世紀番長。 魅世瑠もハッとして瞠目した。 「『鳥取』と『島根』って別なのか!?」 「お前……!」 言葉にならないほどの怒りで顔を赤黒くさせた番長は、ラクダから下りると懐から数個の梨を取り出した。 ふわり、と梨が宙に浮く。 「シンイチ、クミコ、ヨウスケ……行くぞ!」 弾丸のように飛んでくる梨が魅世瑠を襲う。 これぞ二十世紀番長の、梨限定サイコキネシス。 「とっとり……しまね……シンイチ? にじゅっせいき? いずもは?」 混乱中の魅世瑠。 だが、梨弾丸への対応は正確で、眼から怪光線という光条兵器で全て撃ち落としていた。 「な、なんだと!? 俺の梨が! 絶対許せねぇ!」 うおおおーっ、と砂丘に吼える番長にやや引き気味のフローレンス。 「どれだけ梨に思い入れあるんだよ……」 「梨、食べた方がうまい」 ラズとの会話はいまいち噛みあっていない。 そうこうしているうちに番長は次々と梨を飛ばす。 サエ、アリサ、コウタ、ユキ、ダイスケ、ヒデトシ……。 「とんだけいるんだっての!」 怪光線でそれらを撃つ魅世瑠から悲鳴じみた声があがる。 第一、一個一個に名前が付いているのが異常だ。梨をどこから出しているのかわからないことよりも異常に感じた。 だいたい三十個くらいの梨飛礫が終わった頃だろうか、手持ちの梨が尽きたのか番長はがっくりと膝を着いた。 悔しさに砂を握る。 「くそぅ……みんな、すまないっ。……こうなったら最後の梨『のぼる君』、おまえが頼りだ!」 「まだあるのかよ!?」 「安心しろ、これが最後だー!」 二十世紀番長の最終兵器のぼる君。カボチャみたいに大きな梨だった。きっと大味だろう。 そしてやはり。 的が大きいだけに魅世瑠の怪光線はあっさりのぼる君を撃ち砕いてしまった。 ついでに番長の最後の気力も粉々にした。 肩を落とす番長の目から、はらはらとこぼれ落ちる涙。 「ごめんよ。あたしも身の安全がかかってるから」 とどめを刺そうと魅世瑠がリターニングダガーを手にした時。 「待って」 フローレンスが割って入ってきた。 「ねぇ、何で梨にいちいち名前付けてんの? それに……」 「魅世瑠、フル、これ全部砂人形が服着てるだけだヨ」 ラズが舎弟の一人を突付くと、ポロポロと崩れていく。 いったいどういうことなのか、と注目する魅世瑠達に番長は悲しく答えた。 「手下も俺より強い奴もみんな県外に行っちまったぜ……」 あまりの切ない現実に、思わずもらい泣きする三人だった。 魅世瑠は彼のために決意した。 「パラ実来いよ! 『ともだち』たくさんできるぜ!」 「ラズもぱら実で『ともだち』デキたヨ! 二人もデキたヨ!」 ラズは番長の手を取り一生懸命に誘う。 「お前達……」 孤独に番を張っていた彼に、新たな人生が拓けようとしていた。 ミツエ陣鳥取県制覇! 卍卍卍 愛・地球博記念公園で、一騎打ちが始まろうとしていた。 「戦国番長ねぇ……ふぅん」 小馬鹿にしたような切縞 怜史(きりしま・れいし)の口調に、しかし戦国番長は冷静だった。 「貴様、誰か主はおるのか? それとも貴様自身が一国の主か?」 「あっははは。一国の主と来ましたか! いーや、オレに主はいない。ま、おもしろそうな奴はいるけどな」 「そうか。ならばわしと共に来ないか? 貴様はなかなか強そうだ。わしと共にいずれは全国を支配しないか?」 まさかこんなところで誘われるとは思わず、ぽかんとしてしまった怜史だったが、返事代わりに皮肉げに短く笑った。 「オレを唸らせたら考えましょう」 「なるほど。ならば」 怜史はエペを、番長は木刀を。 番長は剣道でもやっていたのか綺麗な構えだった。 対し、怜史は我流なので自分が自然に取る構えになる。 サッと吹いた風に二人が同時に斬りかかる。 一合、二合、三合、と激しくぶつかり合うが、どちらも力負けする気配はない。 一度間合いを取った戦国番長がニヤリと笑う。 「素晴らしい反射神経だな。だが、これはどうかな!」 『天下英傑アタック』! ダンッ、と力強く踏み込んだアスファルトにヒビが入る。 それほどの踏み込みから繰り出される突きは、切っ先が見えない。 こういう大技は、当たれば一撃必殺だが外せば大きな隙となることを怜史は知っていた。 けれど、どこから突きが来るのかわからない。 考えてもわからないなら、勘に任せるしかない。 もともと作戦も何もないのだ。 ここだ、と勘が叫ぶところに怜史は突っ込んだ。 交差する剣と木刀。 ひるがえる衣服。 ザッと地を滑る足。 そして──。 「お見事……!」 ぐらりと傾く戦国番長。 彼は倒れた後も木刀を手放さなかった。 エペを収めた怜史の上着の肩の部分は大きく裂けていた。 「これでもう、合戦ごっこは終わりだな」 ミツエ陣愛知県制覇! 卍卍卍 愛知番長撃破の報にミツエと伊達 恭之郎は歓声を上げてハイタッチを交わした。 小牧 桜がホワイトボードの愛知県のところに薔薇を飾る。 全国の番長のうち十八の番長が倒された。 「大丈夫、いけるわ!」 目を輝かせるミツエ。 そのミツエにイリーナ・セルベリアが尋ねた。 今、ここにピエロ四人衆はいない。バトルランド内を見学に行っているのだ。 「ミツエはうちの団長より好きな人がいるか、あるいはお見合いをして男に頼るくらいなら自ら覇者となってやると思ったのではないか?」 「ミツエちゃん好きな人いるの? あの英霊達じゃないとすると……」 「団長って金鋭鋒よね」 恭之郎の言葉を遮るようにミツエがシャンバラ教導団の団長の名前をあげた。 イリーナが頷く。 するとミツエはまずいものでも食べたような顔になって愚痴るように言い出した。 「あの草食系男子ね。アイツとの関係ってぶっちゃけて言うと、今年のゴールデンウィークに空京でお見合いしたのよ。ほら、中国だと『成都の英雄』とかいって大人気だし、パラミタでは軍隊率いているからあたしも期待していたのよねぇ。中共倒して新たな王朝築く気じゃないかって」 金鋭鋒とお見合いをしたのでは、というイリーナの予想は当たっていた。 しかしどうやら話はまだ続くようだ。 「そうしたら、期待外れもいいとこで! あたし言ったのよ。『あなたと結婚してもいいし、子供も産むわ。その代わりあたしの子供を皇帝にしてください』って。そうしたら『それはできない』とか言いやがって!」 その時の憤りを思い出したのか、ダンダンッと地面を踏み鳴らすミツエ。 「もしかしたら野心を隠しているだけかなって思って『この部屋に盗聴器はありません』って言っても、『それがどうかしたのか?』って。その瞬間、百年の恋も冷めたって感じよ。男に生まれて、関羽をパートナーにしておいて、軍隊を率いているのに天下を取る気ないなんて!」 どう思う!? と、物凄い剣幕で詰め寄られたイリーナは、エレーナ・アシュケナージに視線を向けたが、困ったように肩をすくめられるに終わった。 |
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