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嘆きの邂逅~闇組織編~(第1回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第1回/全6回)

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第5章 平穏を願い

 農業で生計を立てている家でもないのに、農園として用意された土地は結構な広さがあった。
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、別荘の中も含め辺り一帯一通り回ってみた。
 農園となるはずの土地の大部分はまだ耕されても種がまかれてもいない。
 時期的に種まきの時期ではないことと、育てたとしても収穫した野菜を消費するほどの人がいるわけでもないから。
 全ての建築物が建てられ、人手が集まり、宿泊施設として機能しだしてから本格的な栽培が行なわれることになるだろう。
「異常なし、と」
 ミューレリアは体をぐっと伸ばす。
 警戒して見回っているが、危険そうな人物は見当たらなかった。
 不良っぽい少年達の姿も見かけるが、彼等は別荘を占拠していた少年であり、危険な組織とは関係がないと思われる。誰も武器を持っておらず、隠しているようにも見えない。
 あとは百合園生と、百合園によく力を貸してくれる他校生達ばかりだ。
 ……1人、気にかかるパラ実生がいなくもないが、危険な組織とはやはり関係なさそうに見えた。
 農園で指導に当ってくれている農家の人々は、草を編んで作った服や、石で作った道具を使っている蛮族の家族であり、裏があるようにも見えない。
 だけれど、一応話はきちんと聞いておこうと、ミューレリアは農家の家族の元へと近付くのだった。
「それじゃ、この皆さんは、キマクから住み込みでこの農園のお手伝いに来て下さってるんですか?」
 百合園生達と一緒に農家の家族と休憩をとりながら、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)が訊ねた。
「そうだね。この時期は家の方も忙しくはないし、喫茶店はまともに営業できる状態じゃないからなぁ」
「家の方は母さん達がいるから大丈夫。たまには親父と男兄弟だけで過ごすのも楽しいかなあと思って」
「気楽だよね、ぎゃーぎゃー騒ぐ女達がいなくてさー。あ、君達は静かだし、優しい喋り方するから……その、いいと思うよ」
 農家の主である父、長男、次男がプレナや集まった百合園生達にそう答えた。次男は少し頬を赤らめている。
「キマクではどんな風に過ごしてたんだ? 男性陣が農業をやって、女性達は家のことをやってるのか?」
 近付いたミューレリアが農家の家族に気さくに話しかける。
「力仕事は男が中心になってやってたが、その他は男女関係なく分担してやってたんだがなー」
「パラ実生に喫茶店が占拠されてからは、俺と親父は喫茶店に専念することになって、じぃちゃんと、弟達が外の仕事をやってたんだよな。女達はなるべく家にいるようにしてさ」
 見かけもだが、話にも組織との関わりは一切感じられず、蛮族の仲の良い親子に見えた。
「喫茶店では野菜スープなどを提供してらしたんですよね? 採れたての野菜で作ったスープ、美味しいんだろうなぁ〜」
 温かいスープを想像しながら、プレナは軽く震えた。先ほどまで動いていたので感じなかったけれど、太陽の光は降り注いでいても、風はとても冷たかった。
「もう少し収穫したら、ここで作って飲もうか」
「それじゃ、鍋用意するよ」
 農家の主人と長男が立ち上がる。
「わっ、ありがとうございます〜。何でも手伝いますよ」
「ボクも。美味しいスープの作り方興味あるしね」
 プレナと一緒にレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も腰を上げた。
「君達は野菜の収穫を続けててくれ。ここ全部と、あのあたりの種まきが終わった後、スープを作ろう」
「わかりました」
 と、プレナは空の籠を持って立ち上がる。
「収穫できる野菜といったら、葉物野菜ばかりのようだけど、ヴァイシャリーから持って来た物資の中にある芋類や、鶏卵なんかも入れたら美味しくなりそう」
 レキは鍬を持ち上げて周囲を見回す。ここで作物を育てはじめてまだ2ヶ月経っていないいないため、小松菜や二十日大根程度しか収穫は出来なかった。非常に日当たりは良い場所なのだが冬なので気温も低く、野菜も育ち難い。
「自分達で採った野菜を食べるなんて、なんだか感動です」
 エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)は、目をキラキラと輝かせる。
 幼少期、病気がちで家に篭ってばかりいたエルシーは、1つ1つの作業に感動を覚えていた。
「エルシー様、無理をしてはいけませんよ。力仕事はわたくし達にお任せ下さい」
 エルシーがとった鍬を、パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)が取り上げる。
「ありがとうございます。私は何しようかしら……」
 何を手伝おうかときょろきょろ見回すエルシーの前に、ラビ・ラビ(らび・らび)がぴょんと飛び出した。
「あっちの広いところで、ラビとあそぼ〜。あそぼ♪」
「お手伝いが終わった後、遊びましょうね」
 エルシーはラビの頭をなでてあげると、収穫を始めたプレナの方へと歩いていく。
「えー。やさいなんてとらなくていいよ……。くだものならたべたいけど」
 ラビは野菜が嫌いなので、不満気だった。
「こちらを持って、エルシー様のお手伝いをしてくださいね」
 ルミがラビにちっちゃな籠を持たせる。
「あそぼ〜よ〜」
 籠をぶんぶん振り回しながら、ラビはエルシーに駆け寄った。
「大丈夫でしょうか……」
 ルミは心配気に見守りつつも、鍬を持ってまだ整備されていない土地へ向かっていく。
「このあたりももういいだろう」
 農家の次男が防虫ネットを捲る。
「では採りますね」
 プレナはしゃがみこんで、軍手を嵌めた手で小松菜を引っこ抜いていく。
「あ、大きい虫……?」
 エルシーが驚きの声を上げる。
 それは、ミミズだった。だけれど、見たことがないほど大きい。
「この辺りはミミズも多く、いい土地だ。作物が良く育つと思うよ」
「ミミズさんの食べ物もいっぱいあるのですね」
 エルシーはしゃがみこんで、ミミズが動く様子を興味深く眺める。
「たいくつーたいくつー」
 ラビがそんなエルシーの服の裾をぎゅっと引っ張った。
「これお願いします。あっちのテーブルの上に運んで下さい♪」
 プレナが採った小松菜をラビが持っていた小さな籠の中に入れた。
「う、うん」
 ラビは小松菜が落ちないよう、籠を両手で抱えてテーブルまで歩いていく。
「おっ、小さいのに偉いな。ありがと」
 テーブルでは周囲に目を光らせていたミューレリアがおり、ラビから小松菜を受け取って収穫した野菜が入れてある箱の中につめていく。
「がんばった、おわり。あそぼ〜」
 ラビはこれ以上手伝う気はなく、採取を手伝い始めたエルシーを遊びに誘うため戻っていくのだった。
「おう、頑張ってるのう」
 ミア・マハ(みあ・まは)は、ポットからお茶を紙コップについで飲みながら、土を鍬で耕していく2人を見守っている。
 体が小さいので、パートナーのレキと一緒に耕すことは出来ないけれど、休憩をとっているだけではなく、周囲にも気を配り、目を光らせておく。
 ただ、これといって問題はおきておらず、関係者以外が近付いてくることもないため至って平穏だった。
「このあたり耕し終わったら、採れた野菜を別荘のキッチンに運ばなきゃね。夕食に使うみたいだし」
 レキはまだ畑となっていない固い台地を一生懸命耕していく。
「そうですね。怪我などをしないよう注意して行ないましょう」
 ルミも、エルシーとラビの様子を気にかけながら鍬を振り下ろし、汗を拭う。
「こっちの終わった方から種を蒔こうかのう」
 ミアはテーブルの上から小松菜の種が入った箱を持ってくる。
「うん、えっと……農家の方、教えて下さーい」
 レキが手を振って、次男を呼ぶ。
「小松菜の種を蒔く時は、こんな風に溝をつくって、ぱらぱらと……」
 丁寧に、次男が蒔き方を教えてくれる。
「こうね〜」
「ぱらぱらとじゃな」
 レキは言われたとおり溝を作っていき、ルミが次男に倣ってぱらぱらと蒔いていく。
「うわっ、やっぱり汚れちゃうね。終わったらお風呂に入ってのんびりしたいな〜」
 レキの足は既に泥だらけだ。
 率先して力仕事をしているため、汗も随分かいた。
「それじゃ、わらわが背中を流してやるぞい。頑張った者は労ってやらねばのぉ」
「ボクも頑張ってるミアの背中を流すよ〜」
 楽しいお風呂タイムを夢見ながら、2人は協力して小松菜の種を蒔いていくのだった。

「うーんっ。重い」
 遠鳴 真希(とおなり・まき)は自分の体ほどの大きなフォークを持ち、厩舎の中から馬の糞を取り除いていく。
 お嬢様の百合園生はやりたがらない仕事と思えるその仕事をも、真希は笑顔で楽しそうに行っていた。
 服装は百合園の制服ではなくて、作業着として教導団の制服を着ている。教導団員と間違えられないよう校章を外したものだ。
「毎日片付けてあげないと、すっごく住みにくくなるもんね。いつも農業のお手伝いとか、馬車を引いてくれたりしてくれて、ありがとね」
 真希は手を伸ばして、馬の頭をなでるのだった。
「可愛いのに凄く頑張るね」
 鶏小屋に卵を取りにきた農家の主人が、感心の目を真希に向けた。
「卵とるんですか!? あたしやりたいっ! やります! やらせてください!」
「ん、手伝ってくれると助かるよ」
 主人は優しい笑みを浮かべ、真希と一緒に鶏小屋へと入る。
「ええと……」
 真希は早速トレジャーセンスを使って、卵を見つけ出していく。
「ちょっとだけ分けてね」
 鶏に断りを入れた後、真希は卵をとって、主人の持っきた籠の中に入れていく。
 スキルを使用していない主人も、てきぱきと動いて、必要分の卵を集めたのだった。
「ひとつ持っていっていいよ。あと、あっちでスープ作るから飲みにおいで」
「えっ。ホントですか? ありがとうございますっ!」
 真希は生みたての卵を貰って嬉しそうに笑みを浮かべる。
 そしてすぐにパートナーのユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)の元に走っていく。
「ユズユズッ! これもらっちゃった。いっしょに食べよっ!」
 真希を見守りつつ、周囲に注意を払っていたユズは、持たされていた水筒を取り出して、コップになっている蓋を外す。
 真希は卵と手を、手洗い用に汲んであった水で丁寧に洗って、ユズの元にパタパタと走り寄った。
 殻を割って、卵をコップの中に落とすともう一個の蓋を被せて振ってかき混ぜて、ユズと半分こして新鮮な卵のそのままの味を味わうのだった。
「美味しいね」
 真希が嬉しそうにそう言うと、
「はい、美味しいですね。真希様」
 と、ユズは軽く目を細める。
 血液以外の味覚が希薄なユズには卵自体を美味しいとは感じていなかったけれど。
 好物の真希の笑顔は美味しかった。
「スープもご馳走してくれるんだって。馬小屋のお仕事が終わったら、飲みに行こうね! 楽しみだね、ユズ」
「楽しみですね」
 ユズはそう答えるが、真希を手伝いはしない。彼女の輝く笑顔を見守っているだけだ。
「それじゃ、続き続き!」
 真希は瞳を輝かせながら再び馬小屋の仕事に戻っていく。