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栄光は誰のために~英雄の条件~(第3回/全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件~(第3回/全4回)

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第1章 反発と、変化と

 「ああっ、忙しい忙しい忙しいっ」
 御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は、どこかの童話に出て来るウサギのようなことをぶつぶつ言いながら、パソコンのモニターを食い入るように見つめていた。
 「本校へ戻ったら、こんな事態になってるなんて……」
 千代が居るのは、シャンバラ教導団本校内の教務課の一室である。鏖殺寺院の部隊が接近しているとの連絡を受けて、既に校内には非常事態宣言が発令されている。教務課の事務官たちの表情も固く、室内は緊張した雰囲気に包まれていた。
 そんな中で千代がしていたのは、校内の人員配置のチェックだった。表計算ソフトで表示したデータを何度も見直して、千代はぽつりと呟いた。
 「……人と燃料が足らない、かも……」
 現在、空京はじめシャンバラ各地で鏖殺寺院による事件が立て続けに起こっており、団長以下教官・生徒を含め相当数の団員が学校外に居る。篭城戦ということで物資にも不安があるが、それ以上に、人員の方が不足気味だった。
 一方、物資に関しては、普段から訓練用及び緊急時対策として備蓄してある弾薬や携行用の糧食を吐き出せば、極端な無駄遣いをしなければ半月以上持ちこたえることが可能だろうと主計課から報告が上がっている。しかし、燃料は、《工場》から本校への巨大人型機械の輸送で多数の車両を動かした直後であり、本校の電力供給が火力発電に依存していない(主力は学校の近くを流れる川を利用した水力発電であり、他に太陽電池などを補助的に使用している)ことを計算に入れても、決して充分にあるとは言えない状況だ。特に、セスナやオートジャイロを飛ばすとなると、大量の燃料が必要になる。
 「まあ、そこはみんなに頑張ってもらうしかないんでしょうけど。こういう、防壁の内側に篭って戦う防衛戦の場合、基本的には防御側が有利なはずだし……」
 自分がすべきことは、皆が頑張れないような状況に陥らないようにお膳立てをすることだ、と考えている千代は、よし、と気合を入れつつ椅子から立ち上がった。
 「高射砲や銃器の整備状況をチェックして来ます!」
 事務官たちに声をかけ、千代は足早に部屋を出た。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 「《冠》の贋物を作る?」
 技術科研究棟の作業室で『光龍』の最終点検を行っていた技術科主任教官楊 明花(やん みんほあ)は、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)が言った言葉をそのまま繰り返した。
 「高速飛空艇は、校内に侵入して来ました。これは、現在の教導団の防衛網のみでは寺院の本校潜入を阻む事は出来ない事を意味します。敵が大部隊で来たのは、本校を陥落させるのが目的ではなく、派手な戦闘で我々の目を引きつけ、その間に少数精鋭で校内に侵入、《冠》の奪取とネージュの殺害を行う作戦ではないかと考えます」
 レオンハルトはうなずく。
 「ですから、《冠》の贋物を作り、本物と入れ替えてはどうかと思うのです。そして、贋物を狙ってやって来る鏖殺寺院を一網打尽に……」
 「《冠》は十二個全部『光龍』を運用するのに使う予定だから、入れ替えるのは無理よ。本物の他に贋物を作って置いておくことは出来るでしょうけど、一目見れば『光龍』に《冠》を使っていることが判る状況で、建物の中に贋物を置いて、果たして引っかかるかしら」
 明花は首を傾げた。
 「自分が使用する予定だった《冠》だけでも……」
 レオンハルトは食い下がったが、明花はかぶりを振った。
 「全部の《冠》を入れ替えてどこかに隠すならともかく、一つだけ入れ替えることに意味は感じられないわ。もともと、《冠》の数より被験者の人数を多くして、その中から正式な使用者を選抜する予定で、既にその正式な使用者十人は決定しているし、残りの二機も予備機扱いで補欠の候補者に乗ってもらうつもりよ。贋物を作るなら、ここにあるものを自由に使って構わないけれど、『光龍』の実戦投入が作戦に織り込み済みである以上、入れ替えることに関しては許可出来ないわ」
 その時、作業室の別の場所で作業をしていた明花のパートナー太乙が、明花に声をかけた。
 「明花、そろそろ会議の時間ですよ」
 「もうそんな時間!?」
 明花は目をみはって、壁の時計を見た。
 「これから教官会議だから、もし必要なものがあったら、そのへんに居る技術科の生徒たちに言って頂戴。ああ、それから、贋物の置き場所は、この技術科研究棟以外の場所にして。……そうねえ、フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)が秘術科の研究棟を『囮』にしてるから、そこへ持って行くといいかも知れないわね」
 「……わかりました」
 まだ納得できない様子で、レオンハルトは不承不承うなずく。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 本校内の大会議室において、鏖殺寺院の本校襲撃に今後具体的にどう対応するかを話し合う緊急会議が開かれた。
 本来、このような会議は各兵科の主任・副主任クラス以上の教官で行うものだが、これまで《工場》を狙う部隊と戦ってきた生徒たちには、状況の確認や意見を聞きたいことがあるかも知れないと言うことで、数名の生徒が会議室の末席に居た。
 「団長、居ないネー……。ちょっと安心したみたいナ、でも残念みたいナ、複雑な気持ちだヨ」
 その一番隅の席で、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)はしょんぼりと肩を落としていた。金鋭峰団長の警護をしたいと申し出るために、はりきってこの会議に参加したのだが、肝心の鋭峰は空京に滞在中で校内に居ないと言うのだ。本校も大変だが、それ以上に空京の状況が切迫しており、
 『済まないが、私はどうしても空京を離れることが出来ないのだ。だが、貴官たちであれば、必ずや鏖殺寺院を退け、私の留守を守ってくれるであろうと、私は確信している』
 との通信が、団長から学校宛に届いたとのことだった。
 「団長は、私たちに後を任せると言っているんですから、団長個人を守るかわりに、団長の帰る場所であるこの学校を守ろうと考えることにしませんか」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が、サミュエルの肩を叩いて励ます。その時、議長役を務める教官が口を開いた。小次郎とサミュエルは、姿勢を正して教官を注視する。
 「まず、現在の状況を確認する。敵の戦力は、蛮族を中心とする地上部隊が約三千。航空部隊が飛龍約50匹、高速飛空艇8機。航空部隊は間もなく、本校上空に到達する。高速飛空艇は《工場》で最初に確認された数より少ないことから、何処かにある拠点で残機が待機しており、状況に応じて増援・交替等するものと考えられる」
 「50匹は多いな……」
 「先に航空部隊で上空から校内を叩き、遅れて地上部隊が雪崩れ込む作戦か」
 教官たちから言葉が漏れる。小次郎は挙手をし、発言を求めた。
 「鏖殺寺院の狙いはまず《冠》、そしてネージュです。前回、敵は単独で校内に侵入して来ましたが、堅固な防壁を持ち、いったん出入り口が封鎖されれば忍び込むのが容易ではない本校内にある《冠》を手に入れるには、本校を占拠するか、あるいは占拠まで行かなくても混乱に陥れ、それに乗じて探すのが良い、と敵は考えたのだと思います。しかし、防壁があるため地上部隊のみでは攻略が難しい、だから高速飛空艇の他に飛龍まで繰り出し、先に空から本校を叩こうとしているのでしょう。そういうことであれば、一刻も早く、まず空からの脅威を取り除くべきです。地上部隊の排除を先にしても、上から叩かれたり、前回のように高速飛空艇の進入を許せば、結局は敵に目的を達成されてしまいます」
 小次郎のこの意見に、教官たちは頷いた。どのみち、航空部隊の方が本校への到達は早い。地上部隊が防壁に取り付く前に航空部隊を叩き、返す刀で地上部隊を迎撃するのが、もっとも効率の良いやり方だと思われた。
 「この場を借りて、教官方にお願いしたいことがあります」
 と、早瀬 咲希(はやせ・さき)が立ち上がった。
 「ヒポグリフ部隊を増強しても、高速飛空艇のスピードにはかないません。教導団にも、機晶石を動力源とした戦闘飛空艇が必要だと思います。小型飛空艇などの整備が可能なら、一から製造する技術を復元することも可能なのではないでしょうか?」
 「早瀬」
 その時、技術科主任教官楊 明花(やん みんほあ)が厳しい表情で咲希の言葉を遮った。
 「今の本校の状況が理解出来ているなら、『今はそれどころではない』ことは明白だと思うのだけれど?」
 「……あ……」
 咲希は息を飲んだ。
 「それに、『技術を復元』と言うけれど、整備が出来れば製造も可能だとは必ずしも言えないのよ。機晶石で機械を動作させる原理については、まだ不明な点が多いの。整備は、極端なことを言ってしまえば、全体の構造を詳細に把握していなくても経験則で出来る。でも、開発や製造は、全体の構造を把握し、理解していなくては出来ないわ。確かにゼロからの出発ではないけれど、一朝一夕に簡単に出来ることでもない」
 明花は畳み掛けるようにきっぱりと言い放つ。
 「地上にあってパラミタにないもの……それはほとんどの場合、『造らない』のではなく、何らかの障害があって『造れない』『造れても使えない』のよ。もちろん基礎研究は続けるし、もしかしたらどこかの遺跡から新たに資料が発見されて、それをたすけにして製造が可能になる日が来るかも知れない。でも、『今の状況で、すぐに』は無理だし、それ以上に、鏖殺寺院が本校に迫っている今の状況で議論すべきことではないわ」
 明花以外の教官たちも、咲希に厳しい視線を向けた。咲希はうつむいて、再び席についた。


 基本的な方針が決まれば話は早い。教官たちはてきぱきと戦力の配置を決め、補給や休息についての打ち合わせも行われて散会となった。
 また、この会議の席上で、『光龍』の正式な搭乗者と、どの生徒が何号機に搭乗するかが発表された。

 壱号機 朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)
 弐号機 林田 樹(はやしだ・いつき)緒方 章(おがた・あきら)
 参号機 金住 健勝(かなずみ・けんしょう)レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)
 肆号機 デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)
 伍号機 神代 正義(かみしろ・まさよし)猫花 源次郎(ねこばな・げんじろう)
 陸号機 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)リース・バーロット(りーす・ばーろっと)
 漆号機 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)
 捌号機 レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)
 玖号機 アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)クリスティーナ・カンパニーレ(くりすてぃーな・かんぱにーれ)
 拾号機 ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)アリシア・カーライル(ありしあ・かーらいる)

 拾壱号機と拾弐号機は予備機という扱いで、拾壱号機にフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)、拾弐号機青 野武(せい・やぶ)とそのパートナーがそれぞれ搭乗するが、もしも拾号機までの機体が壊れたり、以前候補者だった者が再度『光龍』を使用したいと申し出て来た場合には、交替になる可能性もある。
 「燭竜(しょくりゅう)主計大尉!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、大会議室から足早に出て来た、林 偉(りん い)のパートナーのドラゴニュートを呼び止めた。
 「前回の上申書のことでしたら、今は保留ですよ。私もそれなりに忙しいですし、上にも検討している時間はありませんから。それに、あなた方には、これからすぐに、所属兵科の教官から作戦についての説明があります。こんな所でうろうろしている暇はありませんよ」
 「いえ、そのことではなくて、お忙しいのではないかと思いまして、お手伝いに来たんです」
 ルカルカはかぶりを振った。燭竜の、翡翠のような緑色の眼が、わずかに見開かれる。
 「このような状況になれば、団長の印や重要書類を安全な場所に運ばなくてはいけないのではありませんか? 敵にそんなものを奪われたら最悪ですし、逆に、本校に万一のことがあっても、そういったものを分校に持ち出すことが出来れば、分校を拠点に再起が可能だと思うのです。なので、もし大尉がそういった任務に当たられるのであれば、お手伝いをしたいと思って」
 「成程。最悪の事態を想定して、ということですか」
 「もし校内から脱出されるのであれば、俺たちが血路を開きますが」
 納得したように呟く燭竜に、ルカルカのパートナーの剣の花嫁ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が申し出た。
 「ありがとうございます。しかし、心配には及びません。非常事態にどう対応するか、というマニュアルがちゃんとありましてね、そういったものは、既にしかるべき場所に移動させてあります。……どこにどうやってかは教えることが出来ませんが、限られた人間しか出し入れすることが出来ないようにもしてあります。それに、今回は団長が学校外に居るので、こちらに万一のことがあっても大事には至らないでしょう」
 「そうでしたか……」
 燭竜の言葉に、ルカルカとダリルは揃って胸を撫で下ろす。その時、燭竜が首から提げていた携帯電話の呼び出し音が鳴った。
 「……林ですか? そちらの状況は?」
 『今、《工場》から来させた生徒をまとめて、本校へ向かってるところだ。途中で妨害がなければ、一昼夜もあれば麓までは戻れるだろう。そっちはどうなってる?』
 「本格的な攻撃はまだ始まっていません。が、時間の問題でしょう」
 ルカルカとダリルに『行きなさい』と目配せし、自分も足早に歩きながら、燭竜は林に答えた。ルカルカとダリルは黙礼して、廊下を駆け去って行く。

 「……そうですか、既に安全な場所へ移した後でしたか」
 ルカルカを手伝うつもりだった鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は、ルカルカから携帯で連絡を受けて、ほっとした表情で言った。
 『うん、だから機甲科の生徒としての行動をするつもり。真一郎は?』
 「その、重要書類などを移した場所は教えてもらわなかったんですか?」
 『教えてもらえなかった、っていうのが正しいかな。まあ、そうだよね』
 真一郎の問いに、ルカルカは小さく笑って答える。
 『せっかく協力するって言ってくれたのに、ごめんね』
 「……いえ。では、俺は他の『大切なもの』を守りに行きます。殺人姫の復活は許してはいけないし、同じ学校の生徒が命を狙われているのを、黙って見ているわけには行きません」
 そう言って通話を切った真一郎は、パートナーのヴァルキリー松本 可奈(まつもと・かな)が、すぐ側で何か言いたそうに自分を見つめているのを見て、思わず一歩身を引いた。
 「……何ですか?」
 「恋人なら、一緒に居ればいいのに。希望すれば、兵科が違っても同じ場所に配置はしてもらえるでしょ?」
 可奈はボソリと言う。真一郎はため息をついた。
 「や、そういうことを言えるような状況じゃないでしょう。教導団存続の危機ですよ?」
 「こういう時だからこそ、じゃないのかなあ」
 可奈は軽くからかうような口調で言ったが、真一郎は取り合わなかった。
 「次に会った時に絶対に無事な姿を見せなくてはというのは、己を律する良い理由になると思いますから」
 その時、校内に、緊急事態を告げるサイレンがけたたましく響き渡った。
 「コーヒーを飲んでいる時間はないようですね。行きましょう」
 真一郎は駆け出す。おやおやと言う表情で可奈は肩を竦め、彼の後を追いかけた。