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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

リアクション




エリア(5六)

「あら、これは何かしら?」
「エレン、触らない方がいいわよ。……あら、面白い形してるわね。何かしら?」
「ネーファス、言ってるそばから何してるのよ。……ところで、この不思議な形の――」
「……あなたたち、どうしてここにいるのかしら?」
 右に続く蔦の壁を見て、西方向と南方向に道が続くエリアの中をあっちこっちと飛び回る『サイフィードの光輝の精霊』エレン、ネーファス、メリルに、ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)は手を焼いていた。
「どうしてって、お姉様がこちらにいらっしゃるのをセイラン様に教えていただいたからですわ」
「精霊祭の時は、わたくしたち駆けつけましたのに、いらっしゃらないんですもの」
「今度は見失う前に追いつけましたわ♪」
 どうやら三名ともランツェレットのことを覚えていたようで、本人たちの旺盛な好奇心も相俟って、こうして後を追いかけてきたようである。
「何よこれ、うるさすぎて頭痛くなってくるわ……」
「うん……本人たちは善意でやってるみたいだから、何も言えないよね……」
 まだ状況を飲み込みきれていない様子のティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)シャロット・マリス(しゃろっと・まりす)の心配をよそに、精霊三人娘はよく言えば活発に、悪く言えば勝手気ままに探索という名のガサ入れを続けていた。
「メリル、これは何かしら?」
「エレン、それ腐ったリンゴ……!」
「やめてこっちに投げないで!」
「……やめて欲しいのはこっちよね……」
 ランツェレットが溜息をつきつつ、一行の先導役となってお騒がせ三人娘を率いていく。


エリア(6六)

 正面の道は行き止まり、南方向に進む道が続くエリア。
 天井から伸びる蔦が一行の視界を遮る。
「こういう見通しの悪い所は、何が起きるか分かりませんものね」
「というわけで、わたくしたちが先に見てまいりますわ」
「ご心配なく、これでも術には多少の心得がありますの」
 使い魔に様子を探らせようとしたランツェレットを制して、三人娘が掌から光を発しながら飛んでいく。
「姉さんの負担が減っていいかもね」
「あの口さえなければ優秀な偵察機なんでしょうけど」
 シャロットとティーレが感想を漏らす中、戻ってきた三人娘がランツェレットに状況を報告する。
 特に目立った危険なし、と判断したランツェレットは、南方向に続く道へ足を向ける。


エリア(6七)

「あら」
「あらあら」
「まあまあ」
「……あなたたち、誰か一人だけ話すってことはできないのかしら?」
 エリアに足を踏み入れたところで、三人娘が何かを感づいたようにそれぞれ声をあげる。
「大きな力の流れを感じますわ」
「こちらの方からですわ」
「あちらへ向かっているようですわ」
「……もういいわ。そこに行けばいいのね?」
 問いただすのを諦めたランツェレットが、三人娘の示す方へ向かっていく。
 そこには、他とは色の違う蔦が地上から天井へ、さらには天井を伝って別のエリアへ伸びているようだった。
「……わたくしの見立てでは、中央でわたくしたちを足止めしてる蔦と関係していそうね。力の源を絶てば、道が開けるはず……!」
 自らの知識でそのように判断したランツェレットが、掌に炎を宿らせ蔦に向けて放つ。
 炎に焼かれた蔦が枯れて崩れていくと同時に、ゴゴゴゴゴ……という音と振動が一行を襲う。
「ちょ、ちょっと、一体何よ!?」
「……収まったみたいだね」
 思わずシャロットにしがみついていたティーレが、慌てて離れてツン、と顔をそむける。
「どうなったのか、確かめてみましょう」
 ランツェレットの言葉に皆頷き、一行は中央を目指す。


エリア(4六)

「セリシアさん、サティナさん、道が開けましたですよ!」
 エリア(4七)から生徒たちと共に遺跡に進入したセリシアとサティナを、土方 伊織(ひじかた・いおり)が呼ぶ。
 一行の前には、それまで生徒たちを阻んでいた蔦が崩れ落ち、潜り抜けられるような道が出来上がっていた。
「……この先で、他の入り口から進入された方々もお待ちしているようですわ」
 サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)の所持していた銃型HCには、他の生徒からの情報が次々と送信されてくる。
『ここまでは順調といったところだの。……じゃが、どうにも嫌な気配が抜けぬ。このまますんなりといくとも思えぬの』
「……姉様。私、ずっと考えていたことがあるんです。ここでの一連の騒動は、もしかしてこのリングが――」
 不安気に呟いたセリシアが、自らの指に嵌められたリングをかかげる。
 そのリングを、セリシアの手ごと自らの手で包み込むようにしながら、サティナが微笑を浮かべてセリシアに言う。
「……心配するな。セリシア、お主のことは我が必ず守ってやろうぞ」
「……姉様、それでは姉様が――」
 セリシアの言葉を遮って、この場所に集まってきた他の生徒たちの声が、段々と大きくなっていく。
「……どのみち、決着をつけねばならんのだの。何も問題はない、今ではこれだけの仲間がおるのじゃ。彼らならばきっと、どれほどの困難をも乗り越えてくれるじゃろうて」
 他人頼みとは情けないがの、と自嘲気味に呟いて、サティナが姿を消す。まるでその時を待つかのように。


エリア(4四)

 生徒たちが目的地としていたエリア(4四)。
 今そこは、それまで周囲を囲っていた蔦が移動し、エリア(3三)(3五)(5五)(5三)を四隅とする四角形状のエリアと化していた。
「あっ、セリシアちゃん、サティナちゃん! やっほ〜!」
「無事に辿り着けたみたいなんだな。良かったんだな」
 先にエリア(4三)に突入していた生徒たちに混じって、リンネとモップスの元気そうな様子が二人に映る。
 他の、エリア(3四)(5四)に突入していた生徒も、探索で疲労した身体を休め、元気そうな様子だ。
「…………」
 そして、ベディヴィエールに守られ、伊織と共に足を踏み入れたセリシアの視界には、変わらず残る四本の柱が映っていた。
 かつて自分はあの中で蔦に取り込まれ、助けに来てくれたサティナを、今はかけがえのない仲間である生徒たちを襲ったという記憶が蘇る。
(……ねえ、あなたは私に、何を教えようとしているの? 教えることがあったから、私たちをここに招き入れたのでしょう?)
 指先で光るリングへ、セリシアが問いかける。

 ――その答えは、言葉ではなく行動で示された。

 顔を揃えた一行を、静かな振動が襲う。
 それは、空間の中央から伝播するように、そして少しずつ大きくなっていく。
「はわ、はわわ!? ゆ、揺れるのですよー」
 バランスを崩しそうになる伊織を、ベディヴィエールがその身で支える。
 直後、四本の柱に囲まれた中央に、煙のような黒い闇が広がっていく。漂う強大な気配に、一行は緊張を走らせる。
「……! リングが……ああっ!!」
 突如、セリシアの嵌めていたリングが強烈な光を放ち、そしてセリシアが苦しみながら床に伏せる。
「はわわ、せ、セリシアさんっ!!」
「! お嬢様、危険です!!」
 慌てて駆け寄ろうとする伊織を、ベディヴィエールが引き止める。
 柱の中央から伸びた黒い蔦のようなものが、セリシアへ曲線を描きながら向かっていく――。

『セリシアを守るのは我の役目! 我の前でセリシアには決して触れさせぬ!』

 うずくまるセリシアを庇うように、実体を取ったサティナが帯電した雷を放出させる。雷に押され、一旦は蔦が動きを止める。
「やはり、そういうことじゃったか……」
「えっ? えっ? ど、どーいうことなのですか?」
 確信を得たとばかりに呟くサティナへ、伊織が疑問の声をあげる。
「……我が共に封じられていた間、我はリングに蔓延るよからぬ意思が何なのか、分からずにいた。リングがセリシアの手に渡ってからはその気配も消え、我はてっきり消滅したものと思い込んでおった。……じゃが、違ったのじゃな。お主は復活の時をここで、ずっと待っておったのか。『闇龍』が全ての生物を滅ぼそうとしておるこの時を――!」
 その声に答えるかのように、闇が形を取る。四本の柱を拠り所に、脈動する蔦を枝葉で補い、見て辛うじて頭と分かる先端をそれぞれに散らばった生徒たちへ向ける生物。巻き付いている分も合わせればゆうに100メートルを越す全長を軽々と操り、落ちてきた雷を栄養とするかのように纏わせ、咆哮と思しき声をあげる。
 それは生物の頂点に立ち、生物の本能に畏怖を抱かせる存在、『龍』に例えられようか。
「雷を従えし、そして闇龍に身をもたげしモノ……雷龍ヴァズデル!!」
 再びサティナが雷を放つ、しかし今度はさしたる効果を与えられず、ヴァズデルと呼ばれた雷龍がその黒い蔦を伸ばす。
「……セリシア、今のお主はもう、我の支えが無くともそのリングの力を引き出せるはずじゃ。我はちとやらねばならぬことがあるでな……」
「姉、様……何を、なさるというのです……?」
 伊織とベディヴィエールに支えられながら立ち上がったセリシアに見つめられて、サティナがふっ、と息をついてそして口を開く。
「なに、敵を打ち破るには外から力を加えるだけでは足りぬ。内からも力を加えることで始めて、打ち破れるものであろう? あ奴はリングの力を引き出すことのできる我とセリシアを欲しておる。取り込まれたフリをして中に入り込めば、奴の力を多少は抑えることが出来るじゃろう。……もっとも、あまり長い時間が過ぎれば、本当に取り込まれてしまうじゃろうが」
「そんな……姉様、どうして! どうして姉様ばかり!」
 温厚なセリシアが今だけは顔をこわばらせ、口調荒く抗議する。
「……そうじゃな、我もかつてのミーミルと同じ轍を踏んでおるのかの。じゃが我は、我が滅んでよいとはこれっぽっちも思っとらん。必要であろうと思われるからするまでじゃ。我とセリシアを受け入れてくれたこの者達とならば、闇龍の配下たる奴と精霊との5000年の因縁にケリをつけられるじゃろう。せっかく人間と精霊とが手を取り合って進もうとしている時に、我だけ置いてきぼりは叶わんわ」
 そう言って笑うサティナ、その表情に悲壮感はない。
 ただあるのは、未来に対する希望のみ。

「ではな。我は行ってくる」

 まるでちょっとそこまで買い物に出かけるような気軽さを含んだ言葉を残して、サティナの身体が黒い蔦に飲み込まれていく。
 サティナを取り込んだヴァズデルは満足そうに一声鳴き、そして次の捕食対象を周囲で見守っていた生徒たちへ向ける。
 呆然と立ち尽くすセリシアなど目にもくれず――。

「…………私は相手ではない、そう言いたいのでしょうか」

 セリシアの呟きが地に落ちたその直後、光の消えたリングが再び輝きを取り戻す。
「確かに私は姉様がいなければ、ここで皆さんと一緒に過ごすことは出来なかったでしょう。私にとって姉様は命の恩人であり、頼りになる『姉』……ですが」
 リングを嵌めた手が水平に上がり、そこから伸びた枝葉が唸りをあげ、地面に密集していた蔦を弾き飛ばす。
「私はいつまでも、弱いままではありません! 姉様の『妹』である私が不甲斐なければ、姉様に示しがつきません!」
 今までにない強い表情を見せ、セリシアが吼えるヴァズデルと対峙する。
「このリングは、精霊を束ねる長の器を持つお方が持つべき物……私にそのような資格があるかどうかは分かりません。……ですが、姉様は私を信じてくださった。だから、私は……私は!」

 リングが強烈な光を放つ。
 まるで根を張るように、リングがセリシアの親指に嵌った。

「私は【雷電の精霊長】セリシア・ウィンドリィ!

 悪しき雷を携えし雷龍ヴァズデル……私と姉様の思いの前に、消え失せなさい!」