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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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●探索の基本は『石橋を叩いて渡る』


エリア(2三)

 遺跡内部への入り口であるエリア(1四)から西方向、北方向と進んだ先で、五月葉 終夏(さつきば・おりが)は前方に広がる光景を見遣って頭を掻く。
「さて、困ったね。タタ、チチ、どっちに行けばいいと思う?」
 前方には、ちょっとやそっとじゃとても壊れなそうな蔦の壁が広がっており、そこまでは天井から数本の蔦が垂れ下がっている程度で、ここの調査は短時間で終わるだろう。
 問題は、ここから先を見通せない東側、そして西側である。
「あっち!」
「……あっち」
 終夏に意見を求められたタタ・メイリーフ(たた・めいりーふ)が自信たっぷりに、チチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ)がちょっと自信なさそうに、それぞれ逆の方向を指差す。
「おやおや、さらに困ったね。包丁、どっちに行けばいいと思う? 間違えた包丁」
「……終夏、わざわざ二回間違えてくれたのは君のジョークとして受け取っておく。だがこれだけは言っておこう、私は料理に例えるならレシピであって、決して包丁ではない!」
「いや、そもそも料理で例える意味が分からないよフラメル」
 短刀を握りしめて力説するニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)の言葉を受け流して、終夏が考え込む。
「どうせなら面白いアイテムが見つかった方が楽しいからねー。……じゃ、こっちかな」
「ふむ。その根拠は?」
 ニコラの問いに、終夏が笑って答える。
「私のカンだ。こっちに楽しい何かがあるっていう」
「…………」
 やれやれと頭を抱えるニコラを置いて、タタとチチを後ろに連れ、終夏が西方向へと向かっていった。


エリア(3三)

「おや、行き止まりのようだね」
 前方、及び左右が壁のような蔦に覆われているのを確認して、終夏が呟く。
「えっと、ここはいきどまり、っと。おにーさんおにーさん、こんなかんじ?」
「ふむ、なかなかにうまいぞ、チチ。このまま学べば将来は立派なマッパーになれるだろう」
「やったー!」
 手にした地図に必要な情報を書き込んだチチが、ニコラに誉められて笑顔を浮かべる。
「こういう場所にはきっと何かがあるよ。アイテムかな? それとも罠かな?」
「どっちかなー? もしワナだったら、ボクがおねーさんをまもるね!」
 タタの頼もしい言葉に頷いた終夏の視界に、何やら色の変わった蔦が映る。
「おや、いかにも何かの仕掛けみたいだね。じゃあフラメル、任せたよ」
「何故私が……くっ、蔦を切るのは私の担当か、ならば仕方ない……!」
 短刀を煌かせ、ニコラが蔦を切り裂く。すると切った先から樹液が勢い良く吹き出し、飛沫がニコラの顔を汚す。
「おにーさん、だいじょうぶ!?」
「くっ……大丈夫だ。しかし、もう少し浴びていたら危ないところだった」
「どういうことだい?」
 終夏の問いに、布で樹液を吸い取り、短刀についた樹液を拭いながらニコラが答える。
「かなり毒性が強いんだ。異変が起きたことによる影響かは定かではないが、迂闊に浴びれば毒に犯される可能性が高い」
「こわ〜い!」
「こわ〜い!」
 ニコラの言葉に、タタとチチが揃って身体を震わせる。
「分かった、じゃあ気をつけていこう。……もう探索するところはないね?」
 終夏の問いに、ニコラ、タタとチチが頷く。そして一行は、次のエリアへと移動を開始した。


エリア(2三)

「先程、仲間の方があちらへ向かったようですね。では、私達はこちらへ向かいましょう」
 微かに映った人影を見遣って、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が彼らとは反対の方角へ進路を取る。
「オッケー。道はあっちとこっち、ボクたちはこっち……っと」
 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が銃型HCに情報を記録していく。


エリア(1三)

 足を踏み入れたナナは、ほんの少し、しかし確かな違和感に気付く。
「ナナ、どうしたんだい?」
「……空気の流れがこれまでと違っているように感じます」
 湧いた違和感を払拭するべく、ナナが指先に炎を灯し、部屋を流れる空気の流れを読み取ろうと試みる。
「足元に気を付けてよね、こういうところでうっかり罠とか踏んだりすると、致命傷になりかねないから」
 ズィーベンの忠告を耳にしながら、ナナが部屋を少しずつ移動し、空気の流れを確かめていく。そしてある地点に立った時、炎が僅かながら下向きに引かれるように揺らいだ。
「足元、ですか」
 目を凝らして足元を見つめるナナ、蔦に覆われてはいたものの、どうやらその先に空間――地下空間――があるのが確認出来た。
「…………はぁっ!!」
 呼吸を整え、拳に炎を宿らせナナが地面を撃ち抜くと、焼け焦げた蔦の先に地下への入口が開けた。


エリア(1三)地下

 予め深さを確認したナナがまず飛び降り、光精の指輪から光を発する精霊を呼び出す。
「ねえ、ボクはここにいていいかな? ほら、地上で何かあったら困るしさ」
「分かりました。何か異変があれば直ぐに伝えますね」
 地上で待機するズィーベンに頷き、灯りを頼りにナナが探索を開始する。
 もたらされる光以外、一筋の光も通さない空間は、真っ直ぐ立てば頭をぶつけるほどに低く、じめじめとした不快感を与えていく。
(こういった隠された空間には、何かがあると思うのですが……)
 動きに制約があるのを耐え、ナナがくまなく空間を探索していく。そして、空間の隅に、精霊の光を受けて黄緑に煌めく、丸い掌サイズの物体を見つける。
(……これは、何でしょう?)
 ナナが手に取ってみる、球体の中で小さな雷がパチパチ、と弾けているのが見えた。
(雷……この遺跡には今、雷が絶えず降り注いでいる……何かの役に立ちそうですね)
 【丸い黄緑色の球体】を傷付けないように丁寧に仕舞って、ナナが地下空間の入口へと足を向ける。
「ふ〜ん……何に使うんだろうね。ま、これから何があるか分からないしね。持っておけばいいんじゃないかな」
 ズィーベンに地下空間の様子、手に入れたアイテムを報告して、埃を払ったナナが次のエリアへ足を向ける。


エリア(2五)

「沙耶ちゃん、私はこっちだってさっきから言ってます!!」
「フィオナさんの言うことは当てになりません。あたしはこっちだと思います」
 周囲の探索を終え、西方向に向かう道と東方向に向かう道の前で、フィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)葛城 沙耶(かつらぎ・さや)がどっちに行くかを言い争っていた。
 意見は正反対だが、両者ともアンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)にいいところを見せたいという思いでは一致しており、先導を取ることでいいところを見せられると思っているところも同じであった。
「むむむ……こうなったら、アンドリューさんに決めてもらいましょう!」
「……そうですね。では兄様、どちらに行きましょうか?」
「えっ? そうだなあ……」
 突然話を振られて、アンドリューは頭を掻きつつ思案する。話がこじれると直ぐにアンドリューに『投げる』フィオナと沙耶は、実は物凄く仲が良いのかもしれなかった。
「アンドリューさん、もちろんこっちですよね? ね?」
「フィオナさん、抜け駆けは卑怯ですよ。兄様はこっちを選びますよね?」
 また直ぐに言い争いを始める二人を見遣って、アンドリューが溜息をつく。
(ハァ……どうしていつもこうなるかなぁ……)
 しかし今回ばかりは、いつまでもこうしてはいられない。いつ何時、どこから敵の襲撃があるか分からない場所で、こう騒いでいては敵に襲ってくれと言わんばかりである。
「……よし。じゃあこっちに行こう」
 アンドリューが選んだのは、東に向かう道であった。


エリア(3五)

「任せてくださいアンドリューさん。必ずお役に立ってみせますから!」
 足を踏み入れるや否や、いいところを見せようとフィオナが部屋を突っ切っていく。部屋は前方、そして左右を壁のような蔦に囲まれ、行き止まりのようであった。
「こういうところには何かありそうな雰囲気だけど……」
「アンドリューさーん!」
 周囲を見回していたアンドリューに、フィオナの声が飛ぶ。どうやら何かを見つけたようである。
「何か怪しい蔦を見つけましたよー。これ、叩いてみたら何か変わるでしょうかー?」
 言うが早いか、フィオナが手持ちのハンマーで蔦をぶっ叩く。殴られた蔦が小刻みに震えたかと思うと、突然先端が割れて中から毒々しい色の樹液を吐き出す。
「フィオ!」
 いち早く異変に気付いたアンドリューが、フィオナを庇うように立つ。飛沫がアンドリューの背中にかかり、白い煙を上げて蒸発する。
「っ……」
「あ、アンドリューさん!? だ、大丈夫ですか!?」
 即座に癒しの力、そして解毒の力がかけられ、アンドリューの身体から痛みが消える。
「……うん、もう大丈夫。フィオ、怪しいものを見つけても無闇に弄ったりしないでくれ。ちょっとした不注意が大事故になることだってあるんだよ」
「はい、ごめんなさい、アンドリューさん。……それで、あ、あの……」
 顔を染めたフィオナの様子で、アンドリューはフィオナを思い切り抱き寄せていることに気づく。
「っと、ご、ごめんっ!」
 慌ててフィオナから離れるアンドリュー、フィオナは残念そうな表情を浮かべ、でも直ぐに上機嫌になってアンドリューの傍に付く。
(フィオナさん、よくもぬけぬけと……あたしも同じことをすればきっと……)
 一部始終を目の当たりにしていた沙耶が、取り出したロッドを先程の蔦へ向けようとする。
「沙耶、同じことをしたって助けてあげないよ」
「……そんな、兄様〜」
 目論見を潰され、沙耶がアンドリューに泣きつく。
「ふっふ〜ん、今日は私の勝利ですね♪」
「く、悔しくなんかないわよ!!」
 上機嫌のフィオナ、ふくれっ面の沙耶、そんな二人にアンドリューが溜息を付きつつ、いつものドタバタを楽しむように、次のエリアへと足を向けていった。