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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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「精霊はあなた方のように食事をする必要はありませんけど、衰弱した時には外から栄養を与えてあげる必要がありますわ。その時にはあなた方と同様、美味しくて栄養のあるものを食べさせてあげればよろしいですわ」
「人間の作る物の素晴らしさは、俺たち精霊にも徐々に浸透しているようだ。君が心を込めて作った物は、きっと彼女にもいい効果を与えてくれるだろう」

「セイランさんとケイオースさんも言っていましたし、私もお料理教室で勉強しました。キィさんに美味しい料理を食べてもらって、元気になってほしいと思いますっ」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が意気込んで、ホルンの家の台所で料理の支度を始める。端っこで『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が見守る中、ソアがミーミルとモップスと作った料理を思い出しながら、手を動かしていく。

「……ごめんなさい、わざわざ私のために……」
 生徒たちが訪れるようになってから数日経ち、ベッドの上で身を起こせるくらいに回復したキィが、ソアの作った料理を申し訳なさそうに口に運ぶ。
「……ええ、とても美味しいわ。あなたの優しさが伝わってくる」
「良かったです、無理しないで召し上がってくださいね」
 ほっ、と胸をなで下ろして、ソアがキィの看護をする。食事を終えた後は他愛もない話をして、午後の時間が過ぎていく。
「……キィさんは、どうしてイナテミスの傍にいたのでしょうか?」
 呟かれたソアの問いに、キィが首をかしげながら答える。
「……よくは分からないんです。ある時からこう、力が抜けていくような、何かに力を吸われているような感覚が強くなって、同時にどこかに行かなくちゃって思いが強くなって……」
「で、気付いたらイナテミスにいた、と」
 ソラの言葉にはい、とキィが頷く。
「力を吸われる……もしそうだとして、一体誰にでしょう? その誰かが、今回の事件を起こしているのでしょうか?」
 ソアの疑問に答えられる者は、この場にはいない。
「事件の真相は、遺跡に向かった人が暴いてくるわ。……ねぇ、私はあえてあなたに聞くけど、街の人達が異常気象を引き起こしているのはあなただって言ってたこと、本当なのかしら?」
「ソラ……!」
 険しい表情を見せるソアを横目に、ソラは目を逸らすことなくキィを見つめる。そしてキィも、目を逸らすことなく自分の言葉を口にする。
「……私に関係する何かがこの事態を招いたというのなら、それは私のせいだと思います。……だから私は知りたいのです。私がどうしてここにいるのかを」
「……そう」
 キィの言葉を聞いて、短く頷いたソラが玄関へと向かっていく。
「ソラ、どこへ?」
「ちょっと街を見てくるわ。短気な街の人達が何かする前に、釘を差しておこうと思って」
 そう言い残してソラが家を出て行く、それが彼女なりの、キィを信頼していることの表れであった。

「今日こそはキィちゃんにパパの魔法少女姿を見せてあげますっ! パパが何と言おうと私は止めません! パパが魔法少女として目覚め、そして私がお供の妖精になるまでは――むぐむぐっ!!」
 珍しく晴れた日、窓から差し込む柔らかな日差しを浴びて元気そうなキィの元へ、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)九条 葱(くじょう・ねぎ)スワン・クリスタリア(すわん・くりすたりあ)が見舞いに来ていた。彼らは数日前からこうして暇を見つけては、キィの様子を気遣いにやって来ていた。ちなみに今日は白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)は、彼らが行っている炊き出しの食材を調達するために席を外していた。
「葱、余計なことは言わない方が身のためですよ? ……葱がいつも失礼します、どうかこれで落ち着いてくだされば」
 葱を無理やり押さえ込んで、翡翠が用意してきた珈琲の入った水筒を差し出す。
「珈琲には疲労感を取ってくれる効果があるんです。それだけではありません、この鼻をくすぐる芳香、舌に絡む苦味がまた――むぐむぐっ!!」
 珈琲の話になった途端目を輝かせて話しだした翡翠が、抜け出した葱に同じように無理やり押さえ込まれる。
「パパ、私の話はダメで自分だけ話するなんてズルイですよ!!」
「葱の魔法少女などという世迷い言よりはよっぽど有意義です」
 そのままてんやわんやの大騒ぎに発展する、彼らが見舞いに来る時は大抵こんな感じである。
「ふふ、賑やかで楽しいわ」
「あの、ごめんなさい。病人なのにうるさくしちゃって」
 そんな二人の様子を微笑ましげに見守るキィへ、スワンが申し訳なさそうな表情を見せる。
「大丈夫よ、楽しいのは嫌いじゃないもの。それに、少しずつ元気になっているみたい。あなたたちのおかげよ」
「そ、そんな……うん、キィちゃんがそれでいいなら」
 頷くスワンは、なおもああだこうだと言い争う翡翠と葱を見て、特に翡翠がこんな砕けた表情をしているのはそうないんじゃないかなと思い始めていた。
(翡翠君ってふだんはツンケンしててこわいけど、もしかしてたのしい人なのかなぁ?)
 もちろん、こんなことを口にしたら凄い剣幕で睨まれそうなので、スワンは心の中で呟くにとどめておく。
「キィちゃんはここにくる前は、どうしていたの?」
「そうね、何をするでもなく過ごしていたと思うわ。人間と契約を結ぶまでは誰もがそうだったように」
「あ、そっか。そういえばそうだね。あれをしよう、これをしようって思うようになったのも、『せいれいさい』からだ」
 既に人間と交流を図っていた一部の精霊を除いて、ほとんどの精霊は精霊祭以降になって、人間が無意識にそうしているように、明確な行動目標を立てて行動するようになっていた。それまではこれといって何をするでもなく、おもむくままに日々を過ごしていたことになる。人間であれば軽蔑されそうだが、そもそも軽蔑する風習があるのが人間だけと言ってもいいかもしれない。
「……だから、きっと私にも、何かしなくちゃいけないことがあるんだわ。だからこうしてここに出てきて、今こうしてみんなと会っているのだと思う」
「それが何なのかまでは、思い出せないのですか」
 翡翠の問いに、キィは力なく頷いた。
「大丈夫です! その内ポン、って思い出しますよ! ですから今日は魔法少女の話あ痛っ!!」
「いい加減にしないと殴りますよ」
「殴ってから言っても意味ないです!」
 まるで漫才な二人のやり取りに、重くなりかけていた雰囲気は紛れ、キィの表情にも笑顔が戻った。

「あたしもねぇ、あの子が犯人だなんて思いたくないけどねえ……よりにもよってホルンが関わっちまったからねぇ」
「あいつは余所者なんだよ。余所者が余所者連れてくりゃ、疑うしかねぇだろ。どうせこの異常気象も、あいつらがやったに違いねぇ」

「もうね、違うんだよー! って言ってやりたくなっちゃった。リースちゃんが止めてくれなかったら、大変なことになってたかも」
「気を付けてよね……それで、本当のところはどうなんですか?」

 ホルンの家に辿り着いたリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)フェリス・ウインドリィ(ふぇりす・ういんどりぃ)が、街の人に聞いた話の真相をホルンとキィに尋ねる。
「俺がこの街の根っからの住人じゃないことは確かだ。俺もキィも、この街に助けられてここにいる。だからこそ、街の人にはキィが、今の災厄を呼び込んだ張本人だって思うんだろう。俺はまあ、怪しいのは確かだが、この通り普通の地球人なんでな」
 ホルンが、自らの出自をリースに語る。生まれがスイスで、家は金融業に携わるそこそこに資産を持っており、そこでこれといった不自由もなく暮らしていたことなどを話す。
「今の事態が私が原因と言われると、否定出来ないわ。私がここに来たのは多分偶然じゃなくて、ここできっと何かをするためなんだと思うの。それが何か分からないのが、私には心苦しいのだけど……」
 責任を感じている様子のキィへ、フェリスが元気付けるように言葉を紡ぐ。
「精霊が災厄の原因だなんて、そんなのあるはずないよ! あたしキィさんのこと一目見て分かったもん、絶対違う!」
「私も、街の人たちは誤解しているだけだと思います。その誤解は根深くて、これからもお二人を傷つけてしまうかもしれないけど……でも、私もフェリスちゃんも、お二人を守ります。街の人たちにも話をして、少しでも分かってもらうようにします」
 フェリスに続いてリースが言葉を重ねる。
「ああ、ありがとう。君たちも無理はしないでくれ。俺たちが原因で君たちまで被害を被るのは、俺もキィも心苦しい」
 そう言うホルンと、微笑むキィに見送られて、二人は住人に話を聞いてもらうべく街へと繰り出していった。

 その街中では、先程までちょっとした人だかりが出来ていた。人だかりの中心ではイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が、自らの熱弁をもって住人の意識をイナテミス復興へと振り向けようとしていた。
「疑いの眼差しを向け、恨みを抱いているだけは街は復興しない。自らの足で歩かねば決して前に進まぬのと同じこと、卑屈である限り何も解決はしないのだ」
 イーオンの言葉は辛辣ではあるが、彼の言葉を耳にした者は反感を抱きさえすれ口に出すことはしなかった。彼の演説はそれを可能にするだけの力を持っていた。
「うるせぇ! 俺が悪いんじゃねぇ、悪いのは精霊だ、お前達侵略者だ!」
 だが、中には理性をすっ飛ばして、感情だけで反論を並べ立てる輩もいる。今も一人の青年が、激昂した気分のままに叫んでいた。
「……そうやって責任を他人に押し付けて、俺は悪くないと腐れば貴様は満足か? 貴様が野垂れ死にたいというなら俺は止めん。だが少なくとも俺はそんな無駄なことはしない。俺は俺の思うまま、貴様らを救う」
 そんな青年を鋭い目線で射抜き、イーオンがコントロールされた感情をぶつける。何も言えない青年を置いて、イーオンが街の外へと歩き去っていく。

「……大変ですね。人間は」
 イーオンの指示でイナテミス周辺の警備に当たっていたセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が、やって来たイーオンから事情を聞いてぽつり、と感想を口にする。
「この結果も予想の一つだ。……さて、時間がない、次の作業を始めなくては――」
 呟きかけたイーオンの言葉を制して、何人かのイーオンを呼ぶ声が聞こえてくる。そちらを振り向けば、先程イーオンに罵詈雑言をぶつけた青年を含む住人が、動きやすそうな服装で現れた。
「……さっきはあんなこと言って済まなかった。俺はどうかしていたみたいだ。厚かましいかもしれないが、あんたに協力させてくれないか」
 青年の言葉に、同行した住人も次々と頷く。
「……協力が美徳であることを理解してもらえたようだな」
 微かに笑みを浮かべたイーオンが、口早に指示を伝達していく。指示を受けて住人がそれぞれの場所へ駆け出していく。
「……不思議ですね。まるで別の生物のよう」
 その背中を見送りながら、セルウィーがまたぽつり、と感想を漏らす。

「……街を復興出来て、身体を動かしストレス発散。おまけに街の女から手製の料理が振る舞われるかもしれん。こんな贅沢な時間の過ごし方を私は他に知らないね」
 門へ向けて駆け出していった住人の背中へ、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が超然と微笑みながら告げる。駆け出していった住人はこの後、イーオンに非礼を詫びて協力を申し出るのであった。
「……さて、もう少し説得して回ろうか。知識を授けるのが私の役目であるのなら」
 フィーネが踵を返し、悠然と歩き去っていく。