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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション


■ヴァイシャリー2
 スタートと同時にブースト加速で飛び出したのは、ロザリンド、テレサ、シーマ、遙遠、八ッ橋。
 特に、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は頭一つ分抜けていく。


「あの機体……すごい加速でしたわね」
 島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は選手たちが飛び去った後のスタート地点に歩み出しながら、呟いた。
「限界ギリギリまで消費して一気に加速したんだろう」
 言ったのは教導団の技術科の生徒だった。彼は整備帽のツバに手をかけながら、大通りを経て大運河へ出て行く選手たちの方へと目を細めていた。
 問い返す。
「ギリギリまで?」
「ああ。だからもう彼女の機体は紙同然だ。ちょっとしたダメージですぐにリタイアしちまうぞ」
「……それは……」
「度胸が良いのさ。いや、スゲー馬鹿なのか」
 カッカッカ、と笑いながら彼は会場の方へと向かっていった。これから、スクリーンでレース観戦をするのだろう。
「なるほど……」
 島津はしばし、陽炎の揺らめく広場でボゥっとしていたが、はた、と我を取り戻し、自分も会場の方へと駆けていった。


 大運河にかかる騎士の橋の上には大勢の人が詰めかけて、選手たちに手を振ったり、応援する選手たちへと声援を贈っているのが見えた。
 先行した選手たちが次々に、運河へ長くまたがった大きな橋の影をくぐって、水面と、そこに浮かぶゴンドラに佇む淑女らの白いパラソルや大きなスカートの端を揺らしていく。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)もまた声援を受けながら、橋の下をくぐり抜けて行った。
「ふむ……多いな」
「ああ」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が後部席で呟いた声にうなずく。観客のことではない。周囲を飛んでいる他の選手たちの数だ。
 ケイたちは、先頭で起こるだろう争いや妨害を警戒して、先頭集団の後方に位置を取ろうとしていた。
「同じ考えの者が多かったか……このままでは次の小路で衝突し合うことになるぞ」
「もう少し下がっておくか」
 わずかにスピードを緩めながら集団から後方へと、徐々に抜けておく。
 と、同じように集団から後方へと抜け出た者が居るのに気づいて、ケイはチラッとそちらの方を見やった。
 なめらかな白が眩しい小型飛空艇――レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)だ。そして、その後方を……
「……なんだ?」
 相対するように真っ黒な小型飛空艇が、こそこそと追走している。レーサーは顔を隠すように黒い布を巻きつけていて、すこぶる怪しい。
「暑くは、ないのであろうか?」
 まったく同じ感想をつぶやいたカナタの方へ、とりあえず、「さあ……?」と返してから、ケイは前方へと集中を戻した。
 
 トップを行く選手たちが次々と運河から小路へと飛び込んでいくのが見えた。道幅が極端に狭くなるから進入の際には気をつけなければいけない。
 レロシャンとネノノ、ケイが慎重にカーブを描いていく……その後ろ、水色の機体。
 百合の花の輪の中に白兎の横顔、というマークが特徴的なメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の機体だ。
 彼女も安全に小路へ入れるようにスピードを調節しながら、運河の上にゆったりとしたカーブを描いていた。機首先行しながら機体がクゥウっと巡っていく。
 左手の白石造りの建物が視界の端へと流れ、対岸の、彩り良い建物の方へと機首が向く。夏の日差しの下で、色とりどりの屋根が並んでいる。その建物と建物の間に、ひっそりと伸びる細い水路の道。高く立ち並んだ建物の影が暗がりを生み、秘密の通路といった趣きだ。もっとも、メイベルたちヴァイシャリーの生徒にとっては馴染み深い風景のひとつでもあるが。
 と――。
「メイベル!! 避けてッ!」
 セシリアの声が鋭く警告する。殺気を感じたらしい。
「はいですぅ〜っ!?」
 応え、メイベルは警告の意味を理解する前に、思い切り加速させながら機体を深く下方へと沈み込ませていた。機体の尾を掠めるように、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)の飛空艇が走り去っていく。
 ファウストは機体で空気を削るように無理やり飛空艇を方向転換させながら、舌打ちして「外したか」と吐いたのが聞こえた。
 そして、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が先行していく。
 が、メイベルたちは、もはやそれどころでは無かった。
 ファウストから逃れて下降した先、水面が既に目の前に迫っていたのだ。
「え、え、ええとぉ〜」
「メイベル! 機首を上げて! 早く!」
 セシリアの声に、メイベルは自分で引っ張り上げるくらいの気持ちで、機体の機首を持ち上げた。ザッ、と飛空艇の鼻先が水面を掻いて、そのまま、飛空艇は水面ギリギリを飛びながら、狭い水路を猛スピードで突き進んでいく。
「ひぃーー!」
 セシリアの悲鳴を響かせながら、メイベルの飛空艇は、水面から生えた木の棒を掠めつつも、存外華麗に、曲がりくねった水路へ水飛沫の線を描いていった。
「あぅ〜、ブレーキぃ……あ、でも先に上昇でしょうかぁ〜?」
「うわああ、ぶつかるぅーー!」
 目の前に迫っていたのは水路を渡る小さな橋。そして、その下を、丁度、お客を乗せたゴンドラがくぐっている。
「ということはぁ、上昇ですねぇ〜!」
 飛空艇はゴンドラの鼻先まで迫ったところで、グゥッと急上昇して、キラキラとした水粒を散らしながらゴンドラと橋を超えた。
 そのまま空中で、どうにかこうにか体勢を整える。
 そうして、二人は、同時に大きく安堵の溜息をついた。

 会場では、その様子を見守っていたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)も、また、同時に安堵の息を漏らしていた。
 そして、天津 麻衣(あまつ・まい)も。

(やっぱり、わたしには出来なかった。それに……あんなやり方ばかりしてたら、いつかファウストも――)
 麻衣は薄く息を漏らしながら、手を強く握り、スクリーンに映るファウストたちを見つめていた。


 趣きのある石造りの建物と建物が押し迫るように水路を挟んでいる。大運河から伸びる細い路だ。
 日陰の苔生した階段に座ってレースの模様を見上げている子供たちの上を過ぎ去る。そして、ボートの上で煙草をふかす爺さん婆さん、家の窓から酒瓶を片手に声援を飛ばす陽気な親父、洗いたての洗濯物をはためかせる女性のまぶしそうな笑顔、それと、猫。
「――とっ!」
 椿 椎名(つばき・しいな)はテラスで昼寝をしていた猫の鼻先を掠めて、小型飛空艇を次の小路へとねじ込んだ。
「あっはははははは!」
 後部座席に乗っかっているソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)がやたらと無邪気に笑っている。驚いた猫の様子がツボに入りでもしたのだろう。
「ソーマ! 後ろは?」
「お? だいじょーぶ、抜っけたよー!」
 返って来た声に、小さく笑む。なんとか、ぶつかり合うことなく集団を抜けられたらしい。
「っし、この調子で飛ばしてっからな! 舌ァ噛むなよッ!」
「あーいっ!」

 後方――
 ィイイイイン、と幾つものエンジン音が狭い小路に響いて混ざり合っていた。そして、時折り、触れ、擦り合う音。――激しくなる。
「ッ、はなっからやってくれますね」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の舌打ち混じりの声へと、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)はこともなげに言葉を投げた。
「まあ、常道というやつだな」
「先程のサンダーブラストもですか?」
「気づいていたのか」
 アルコリアの機体は壁すれすれへと追い込まれていた。そうしているのはイーオン本人の機体だ。そして彼は、スタートしばらくして、こっそりと弱めのサンダーブラストで、近くの東側選手の機体の耐久力を若干削っていた。アルコリアには気づかれていたらしい。だからといって証拠が残っているわけでもないので、何があるというわけでは無いだろうが。
 後方では、アルコリアを守ろうとするナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)を、彼女の前へと回りこんだアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が塞いでいる。
 前方には直角に折れたカーブが迫っていた。
「くっ」
 アルコリアの機体の端が、ギィッン、と壁に擦れて火花を散らした。
 と――
「イオ」
 聞こえたアルゲオの声をきっかけに、イーオンは反射的に飛空艇の船首を下げた。瞬間、アルゲオを抜けたナコトの小型飛空艇がイーオンの髪先を掠めていく。それで開放されたアルコリアが体勢を立て直している間に、イーオンとアルゲオはカーブを曲がり込んで行った。
「申し訳ありません」
「気にするな。重要なのはこの先だ」

「アルコリア様」
「ありがとうございます、助かっちゃいました、ナコちゃん。さあ――」
 飛空艇の体勢を立て直すと共に気を取り直し、アルコリアは視線を強めた。
「行きましょう」

 イーオンが、ほんの少しだけ、どこか気楽な様子で小さく笑んだのを覗かせたのを、アルゲオは見つけていた。実際、楽しんでいるのだろう。とても気楽に。そうだ、彼にとってこのレースなど所詮、気晴らしに過ぎない。だが――
「行くぞ」

『イエス・マイロード』
 別々の場所、別々の声で発せられた言葉が重なる。


 石畳の地面がでたらめなスピードで流れて、濁流のように見える。
 八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は超低空飛行で地面を這うように飛空艇を馳せていた。自前のヘリファルテをレース仕様にした機体だ。手に慣れた機体と、住み慣れた街。
「――フ」
 薄く鋭く息を虚空に捨てながら、機体を思いっきり傾ける。肢体を伸びあげて、機体をほぼ垂直に立て、イン方向へとカーブを描き、建物の角ギリギリで身を機体へ沈ませる。
 曲がった路地の先にあるものは全てイメージ出来ている。艇底が奥の建物の表面ギリギリ手前を滑り抜け、八ッ橋はカーブを曲がりきった機体の端を蹴り叩くように飛空艇を地面と平行へと起こした。
 駆け引きは無し、妨害もしない。だから、この誰も通らないだろう低空のラインを選んだ。そんな暇など無いし、そんなものが絡んだ勝敗に自分の身を置きたくなどない。
 ただ純粋に、誰がこの街を一番早く飛べるのか、ということ。大事なのはそれだけだった。

◇ 
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)と共に直線で、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)を抜き返していた。
 前方に、低空を突っ走っていく八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)の背が見える。
 ここまではそれなりに順調だった。
 スタート直後に併走していた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)機は、競り合いが必要な場面の手前でブーストを解除し、今は後方に居る。
 ロザリンドは頭の中の地図に想像の指を走らせた。
(次がチェックポイントへ続く直線ですね)
 後方集団の警戒をお願いしてあるメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)からの連絡は無い。ということは、メリッサが居る辺りから先頭へ抜け出ようという西の選手は居ないということだろう。特に、ここで全て使い切るつもりで計算している自分たちのような選手は。
(でも……油断はできません)
 予定は変わらない。
 どちらにせよ、この時点でかなり機体を消耗してしまっているし、ここのチェックポイントを超えた後ことは考えていない。
 この区間、最後のコーナーをアウトからイン――そして、アウトへと機体を流し、最後の直線。
「行きましょう、テレサ!」
「よっしゃー、かっ飛ばせー!!」

 チェックポイントのリングが迫ってもう少し、というところでテレサとロザリンドが八ッ橋の頭上を突き抜けて、機体から煙を噴き流しながらリングをくぐり抜けた。わずかに遅れて八ッ橋が抜ける。
 先にテレサの機体がポンッと揺れて、噴いていた煙が大きく膨らんだ。
「ぴったりやったねー」
 そうして、テレサの機体は「さよならー」とひょろけながら落下し――機体を旋回させたロザリンドに補助されながら、無事軟着陸した。

 その間に――
 シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)はチェックポイントをくぐり抜けた後に、急旋回をし、チェックポイントのリングの真ん中で盾を構えていた。
 目的は後続の妨害。
 本当ならばアイテムを用いて確実性を上げたかったのだが、街中でアイテムを使った明らかな妨害は禁止されているために断念した。
 だが――ここに、こうして居座るだけでもそれなりの効果はあるはずだった。
「多少なりとも、ここで消費していってもらうぞ」
 見据えた先に迫っていたのは、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)機。

「そうきましたか」
 遙遠は口端を小さく揺らしながら呟いた。
「兄様どうするのー!? あ、あ、『げきつい』するの〜?」
 後部席の紫桜 瑠璃(しざくら・るり)がガチョンっとロケットランチャーを構える。
「街中での武器使用は禁止です」
「それじゃー……」
「体当たりする、しかないでしょうね」
 嘆息混じりに言って、遙遠はチェックポイントで盾を構えるシーマへと視線を強めた。それはすぐそこへと迫っていた。他の手を考えている暇は無い。
「ちゃんと捕まっててくださいね、瑠璃」
「はいなのー!」
 そして――重い金属音が爆ぜる。


 視覚が機能不全に陥っている。
 真っ暗闇に声だけが聞こえた。
「大丈夫、ですか?」
 ッッザ、と鮮明になった視覚が捉えたのはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の顔だった。心配そうにこちらを覗き込んでいる。
 シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は、軽く視線だけで周囲を確認してから、再びロザリンドを見据えた。
「問題無い」
 言ってやってから、上半身を起こす。自分が乗っている小型飛空艇は地面に横たわっていた。上空を過ぎ去る飛空艇の風音。それと、お気楽な声。
「勝てるといいねー」
 テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が、ひらひら手を振りながら行き去っていった機体を見送っていた。

▼現在順位

1位:【東】テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)(ノーマル)
2位:【東】ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)(ノーマル)
3位:【東】八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)(ライト)
4位:【東】シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)(ライト)
5位:【西】緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 瑠璃(しざくら・るり)(ノーマル)
6位:【東】七瀬 巡(ななせ・めぐる)(ヘビー)
7位:【東】ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)(ヘビー)
8位:【西】椿 椎名(つばき・しいな)ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)(ライト)
9位:【西】イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)(ヘビー)
10位:【西】アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)(ノーマル)
11位:【東】牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)(ヘビー)
12位:【東】ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)(ヘビー)
13位:【東】真口 悠希(まぐち・ゆき)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)(ライト)
14位:【東】桐生 円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)(ライト)
15位:【東】レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)(ヘビー)
16位:【東】黒マスクネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく))(ヘビー)
17位:【東】緋桜 ケイ(ひおう・けい)悠久ノ カナタ(とわの・かなた)(ヘビー)
18位:【東】藍澤 黎(あいざわ・れい)あい じゃわ(あい・じゃわ)(ライト)
19位:【西】クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)三田 麗子(みた・れいこ)(ヘビー)
20位:【東】メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)(ノーマル)
21位:【西】ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)神矢 美悠(かみや・みゆう)(ヘビー)
22位:【東】メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)(ノーマル)
23位:【東】シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)(ライト)
24位:【東】七瀬 巡(ななせ・めぐる)(ヘビー)