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リアクション
■空京
大勢の観客が詰めかけた会場の真ん中に、山葉 涼司(やまは・りょうじ)と山葉 聡は居た。
「ええーと、今回数えてもらうのは、こちらのお米ですね」
大会スタッフの青年が事務的な口調でそう告げる。
涼司は、目の前に積まれた白く輝く米の山を見下ろしながら何か色々と逡巡した後に――
「うぉい、ちょっと待て!! どういう意味だ!」
涼司に腕を思い切り掴まれたスタッフがビクッと肩を震わせて。
「え、どういう意味、と言われましても……」
「いや、だから、俺は助っ人で呼ばれたんだろ!? 飛空艇は!? なんで、米!?」
「いえ、ですから、助っ人で呼ばれた山葉 涼司さんですよね?」
「ああ」
「蒼空学園の」
「そうだ」
「そして、こちらは従兄弟の聡さん」
ふいに振られて、米をなんとかぱらぱら弄っていた聡が顔を上げる。
「え……ああ」
「じゃあ間違いありません。お二人で、こちらのお米を数えて頂く、ということで」
「いや、だからおかしいだろコラっ! 何の意味があるんだ?」
「米の数が分かるじゃないですか?」
スタッフがものすごく怪訝な表情で涼司を見返しながら言う。まるで涼司がワケの分からないことでキレている理解力の低いチンピラだと言わんばかりに。
「ぅあああ、もぉおーー」
涼司はスタッフの腕を離して頭をがっしゃがっしゃと掻いた。
「諦めろよ、もう」
聡が何か若干、他人事のようなていで涼司の肩を叩く。
その向こうでは、可愛らしい声が響いていた――
「ふれっふれっ、イーシャン、レッツゴーイーシャン、わーっ!」
サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)がチア姿でボンボンを振りながらぴょんぴょんと跳び回っており、髪やスカートを揺らしていた。
東側の応援に来た観客が彼女に合わせて盛り上がっている。そして、彼女自身への声援も飛ぶ。
「かわいいー!」
「ちいさくてもかまわないー!」
「胸の事かーー!! ほっとけーー!」
サフィがボンボンを振り回しながら、ウガーッと吠え返す。
と――南 鮪(みなみ・まぐろ)の声が響き渡る。
「ヒャッハァ〜! 喜べ野郎どもォ! 更にスペシャルゲストチアを呼んでおいたぜぇ〜〜!」
そして、観客たちや選手たちの前へと姿を現した鮪が連れていたのは、花音・アームルート(かのん・あーむるーと)だった。
「――って、ちょっと待て!」
既に米を数え始めていた涼司は思わず突っ込んでいた。
「花音は蒼空学園の生徒だろ! なんで、そっちの応援に――」
「バカ野郎! 愛はどんなルールも超えるって昔から言うだろうがァ〜!」
と、花音が気づいて振り返る。
「涼司さん?」
「か、花音……」
「さあ、花音! こいつに例の台詞を言ってやれェ〜!」
鮪の指示を受けて、花音がためらい無く言い放つ。
「涼司さん、もう帰って良いですよ」
「ッッぐぅ!!」
涼司は胸を押さえて苦しげに呻いた。その台詞は割と強烈なトラウマだった。ぱらぱらと手元から米が落ちていく。
「……花音、なんでだよ……っ」
「いや、帰っていいなら帰ろうぜ。無意味に米を数えるだけだし」
後ろで米を数え続けている聡がしごく冷静に言ってから、はぁっと溜息を漏らす。
聡は、打ちひしがれている従兄弟を他所に、米を数えながら再び溜息をつき、空を見上げた。
「なんていうか……多分、巻き込まれてるだけなんだよな、俺って」
彼の見上げた空は青く、手が届きそうなほど近かった。
夏の空だ。
■
スタートと同時に飛び出したのは――
「ヒィーーハァ!!」
ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)の機体とクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)の機体だった。いや、二つの機体は、ある意味では一つの機体と化していた。
クラウンの機体はナガンの機体の後部に、凶刃の鎖とロープでガッチリと固定されている。そして、クラウンは全開のブースト加速でナガン機を押し上げ続けていた。
◇
『遠慮無用で勢い良く飛び出したのはナガン・ウェルロッドぉおお!? なんだアレ!? ナガン機、なななんか異常に長いです!? 長いっていうか、機体改造してませんか!? あれ!』
『いいえ、あれは改造じゃないワネ』
『へ? あ、あ、ああーー!! ナガン機、クラウン機と連結してるぅ!?』
『そう。そして、今、ナガン機にスピードを与えているのはクラウン機のブーストよ! これによって、ナガン機に後半の余力を持たせるという、ネ! 発想の勝利と言っても過言ではないワネ〜! これぞ、ジャパンのサンライズよ。パラミタ風に云えば、シャンバラの闇龍明けネ〜。パンが無ければケーキをイートすればオールオッケーという格言通りに、改造が駄目なら無理やり連結しちゃえばいいじゃナイといったところカシラ』
『半分くらい意味が分かりませんが……というか、良いんでしょうか!? これは、大会ルール的に許されるのかー!?』
と、実況席に向かって飛来してきた一本の矢が解説のキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)の額に突き刺さる。
『…………』
『…………』
キャンディスが矢に結ばれていた紙を解き、広げ、
『大会協議の結果。問題なし、と判断されたワネ〜』
『……刺さってますけど』
『ところで、ナガンとクラウンはアレだワネ。ユニフォームなのに、いつも通りのピエロメイクというのに気骨を感じるワ』
『いえ、だから、矢が、ほら』
『レースの方ではビックなムーブメントがあったみたいヨ〜』
『っと、スタートと同時に仕掛けたのはナガンだけでは無かったー!』
◇
スタートでブースト加速を行った織田 信長(おだ・のぶなが)、南 鮪(みなみ・まぐろ)、ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)の三機は先行を取った瞬間にブーストを止め、上下左右に蛇行運転を始めていたのだった。
突然のコース妨害に数人の選手が、信長の思惑通り、出端を折られてしまった。体当たりを試みた選手も居たが、それはハーリーのメモリプロジェクターが投影した映像だったりして……とにかく、西側選手をイライラさせるのには、もう十分過ぎるほど十分だった。
ちなみに東側の選手は鮪が事前に通達していたらしく、巧くすり抜けていく。
そして――
「おおっと?」
鮪の機体から光る種もみが視界を塞ぐようにバラ撒かれる。
『な、な、これはさすがに反則ではないかー!?』
『ええっと、今、大会側では、今のは故意ではなく事故だった可能性があるのではないか、と協議してるみたいヨ〜』
『え……だって、そもそもレース機になんで種もみが……』
『いえだって、彼、パラ実生徒だしネ〜』
すこんっとキャンディスに刺さる矢が増える。
『あー……っと、協議の結果、今のは事故であったと判定されましたー!』
「ヒャッハァ〜! 山葉と一緒に数えてなァ〜!!」
キラキラと光を振りまく種もみのシャワーを空中に残し、鮪たちの機体は通りを抜けて行った。
『……事故、ですよね?』
『……どうカシラ?』
会場――
「ぜってぇええええに事故じゃねぇえええ!!!!」
山葉涼司は拳を振り上げて空に吠えていた。
「あーあ……米に混ざってやりにくいなぁ……」
山葉聡が嘆息しながら、米をもそもそと数え続けている。
そのちょっと遠くで、スクリーンに向かって鮪の勇姿をうっとり眺めていた花音が、涼司の方へと振り返り、
「まだ居たんですか? 涼司さん」
「――かっ、花音、なんでだよ!!」
「……いや、もう、そういうのいいからさ、早く数えて帰ろうぜ……」
聡が体ごと溜息をこぼしていた。
『さあ、織田信長率いる南鮪、ハーリー・デビットソンの悪魔超……ではなく、チーム信長の縦横無尽妨害蛇行を抜けていったのは、同じく東に属するクラウン連結ナガン機と赤羽&四方天機! 西側、琳&藤谷機を始めとして次々と迂回路へ逃れていきます!』
◇
「やっぱりやりやがった」
アルノー・ハイドリヒ(あるのー・はいどりひ)は鮪たちの行動を見下ろしていた。繰っているのは漆黒の下地に金と赤のラインが一本ずつ入った機体。
彼は初めから、この区域は『観察』に使うと決めており、スタートと同時に急上昇していたのだ。おかげで、妨害の影響を受けなかったが、さしてアドヴァンテージを取ったわけでも無かった。
「しかし、東の連中……というか、パラ実の連中は面白いことを考えんな。ほんと」
縦横無尽に妨害の限りを尽くし終えた鮪たちから、そのずっと前方を突っ走っていくナガンとクラウンの連結機体へと視線を流す。
「あれなんざ、発想が小学生の夏休みの工作並だぜ。ま、実行しちまうところがスゲェんだけど――なあ?」
後部座席のヘラ・オリュンポス(へら・おりゅんぽす)ほうへと軽く顔を向ける。
「……そうだな」
「いや、ヘラ。おまえ見てねぇじゃん」
アルノーの代わりに他機からの警戒に余念が無いらしいヘラが、やはり、後ろ方面へと顔を向けたまま、
「……先程……1秒弱、見たぞ」
一つたりとも表情を動かさずに返してくる。
「まあ、いいんだけどさぁ」
アルノーはぽりぽりと後頭部を掻いてから、進行方向へと視界を戻した。
「とにかく、この区域は捨てる。徹底的に観察だ。このコースに集まってる連中からは、曲者の匂いがプンプンしやがる。この先、”何にも無い”ってことは絶対にありえねぇ」
ニィ、と熱い笑みを浮かべて、アルノーは飛空艇を少しばかり加速した。
◇
「ふん――妾が、そのような卑怯な手に屈すると思うてか!」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が、意気を吐くように言い捨てる。
前方に迫っていたのはハーリーの機体。
「ちょっ、マジかよ!?」
典韋 お來は彼女の後部で悲鳴に似た声を上げた。こちらはライト仕様、あっちはノーマルだ。衝突すればこちらの方がダメージがでかい。
「口を結んでおらねば舌を噛むぞ?」
グロリアーナが厳しく言い放って、機体の機首をわずかに上げた。
「うおおお!?」
機体は、典韋の叫び声と一緒に、まるで架空の螺旋階段をなぞるような軌道を描いて加速していく。頭上の方でハーリーの機体が掠め抜けていくのが見えた。
そして、地面と平行に戻った時には、信長たちの前へと滑り出ていた。
典韋は一寸ばかり呆けてから、口笛を鳴らし、
「すげぇ。なんだ今の」
『おおっと、グロリアーナ! 今、なんかオモシロカシイ軌道を描きましたが!?』
『あれはバレルロールの動きに近いネ〜。バレルロールは戦闘機がミサイルを回避したりするのに使うための動きだとか? それを巧く応用したというところカシラ』
と――スクリーンに、なんだかフラフラした動きの飛空艇が映し出される。
『あら? 又吉&武尊機、手こずっているみたいネ〜?』
『あ、本当だ。猫井又吉が操る飛空艇、なにやらフラフラしています!』
『ヘビー仕様だからカシラ。猫にはやはり取り回しが大変なのかもしれないワネ〜』
『うーん……個人的に超絶猫好きの私としましては、猫が飛空艇を運転しているだけで鼻血ものなので、立川ミケともども頑張って欲しいと思います』
コホン、と咳払いを挟み。
『さて、そろそろ先頭集団、中盤が形成される中、最後尾を行くのはエルフリーデ・ロンメル。やはりスタート直後のマシントラブルが効いているのか!? しかし、ここからでもレースの展開如何で優勝もありえます! ろくりんビック小型飛空艇レース イン 空京! この後も熱いレースが期待されます!』
――と。
『……あれ? なんか、最後尾、エルフリーデのずっと後ろの方に、なんか居ますね』
スクリーンに映し出されたのは、樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)。
ユニフォームとライト仕様の飛空艇。一応、選手の一人らしい。
「まちすご〜い」
きゃっきゃと楽しそうに、手に持ったカメラで街並みを映しながら進んでいる。
「おお〜き〜な〜。きらきらー」
太陽の光を反射する巨大ビル群の方を眺め、はふーんと悦に入る。
「すごいの〜、くーきょー」
『……観光、ですね』
『ええ、間違いないワネ』
『でも……なんか、癒されますね』
『あの娘、マイナスイオン出てるんじゃないカシラ』
『…………』
『…………』
『っとぉ、あっぶない! うっかり淹れたての緑茶で一杯ほっこりやってしまうところでした。レースは続いておりまーす』