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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション


■ツアンダ4

■森林
「森か……」
 小型飛空艇の後部座席でジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)はつぶやいた。
「我が妨害を実行する側ならば、間違いなく、ここで仕掛けるだろうな」
「分かってるって、警戒警戒」
 小型飛空艇を繰るカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が、楽しげな様子を覗かせながら返してくる。彼女らが突き進む森は段々と鬱蒼としてきており、段々と薄暗さを増していた。
 ジュレールは、「ふむ」と一人うなずいてから、レールガンを前方に向けて。
 引き金を引いた。
「へっ!?」
 派手な音を爆ぜて銃身から吐き出された弾丸が森の間を突き抜けて木々を揺らした。そんな感じで二、三発。割り合いに見通しが良くなる。

 カレン機より先行していた久世 沙幸(くぜ・さゆき)藍玉 美海(あいだま・みうみ)の小型飛空艇の周囲の木々を、レールガンの弾丸が吹き飛ばしていった。
「ちょ、挑発?」
 ひやっと肩を竦めながら、後方をのぞき見た沙幸が口端をひくっと揺らす。
「いえ、どうも違うようですけど」
 同じように後方の様子をうかがった美海が、ふむ、と軽く片眉をかしげていた。

 カレンは、ほんの少し呆然としてから、はっとジュレールの方へ振り返り、
「――な、なんだったの!? ジュレ!」
「ん? さっき言わなかったか? 『我が妨害を実行する側なら、間違いなく、ここだ』と」
「確かに言ったけど……なんていうか……唐突過ぎだよね? ほら、前行ってる人たち、びっくりして警戒してるし」
「牽制も兼ねている。それに、一応、『今蔦の怪物がいたような気がしたんだが……』という言い訳も準備してある」
「……ジュレってさ。たまーに? ときどき? 突拍子も無いよね」
 カレンの言葉に、ジュレールが心底から不思議そうに眉根を寄せて、
「手品師が仕込んだビックリ箱級のカレンに言われたくないのだが」
「ビックリ箱って、どういう意味さっ!?」
 そんなこんなでカレンとジュレールを乗せた飛空艇はレールガンの着弾地点を通過していった。

 レールガン着弾地点では――
「……よぅ」
「……なんだ?」
「なんでバレたんだ?」
「知るか」
 妨害を仕込もうとしていた明倫館の忍者見習い男子2名が仲良く、太い折れ枝を抱いた格好で地面に伸びきっていた。

 ついでに、もう一方の着弾地点では――
「……な、な、なんだったの?」
 アインのサポートをするために森の中で、東側の妨害者を探していた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が、小型飛空艇を思いっきり急停止させた格好のまま、目の前の樹の幹にめり込んだ弾痕を見つめていた。
『朱里……朱里! どうした? 大丈夫か?』
 耳元のイヤフォンマイクからアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)の心配そうな声が聞こえて、朱里はハッと我を取り戻した。
「あ、うん。大丈夫! 大丈夫だった!」
『だった?』
「ああえっと、夕食後に少し話すネタが増えただけだから気にしないで」
『……そうか。なら、いいんだが』
「あ、えっと、とにかく、こっちは大丈夫だから、アインはレースに集中して!」
『了解した。朱里、無理はするなよ』
「うん」
 言って、朱里は息をつき、
「さあ、先回りして妨害者が居ないか確かめなきゃ!」
 小型飛空艇を再び起動させた。


 天城 一輝(あまぎ・いっき)は銃型HCへ送られてくる情報を元に、森の中を突き進み、剣で切り開かれた道を見つけていた。
 このルートの先に居るのは、樹月 刀真(きづき・とうま)影野 陽太(かげの・ようた)だ。彼らとは、スタート前の打ち合わせで情報交換を行っていた。そして、こちらの作戦を伝えてある。
「ここをブーストで抜けていくのか――少し厳しいか?」
 後部席でユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が言う。
「そうも言ってられないからな」
 一輝は構わず、ブースト加速を行った。折り重なる木々の風景が目まぐるしさを増す。時々、機体が樹の幹や枝を掠め、揺れる。ある程度のダメージは仕方ないし、気にすべきことではなかった。
 辿り着き、役目を成せるだけの耐久力が残れば良い。


 風に黒いマントがはためく。
 志位 大地(しい・だいち)御人 良雄(おひと・よしお)の格好で飛空艇を駆っていた。髪をソフトモヒカンにし、眼鏡を外している。元々顔立ちが似ているせいもあって、しっかりと良雄本人に見える。
 特に、良雄を崇拝するパラ実生たちに対しては、完璧な変装といえた。元々彼らは細かいことは気にしない性質の心豊かなナイスガイたちなのだ。そんなわけで、良雄を信仰するパラ実生たちは今、完全に大地を良雄だと勘違いしている。
(……さて、そろそろ仕掛けますか)
 大地は、今を機と見て、そばを疾走していた葛葉 翔(くずのは・しょう)へと一気に機体を寄せていった。
 それを見たパラ実生たちが雄叫びを上げ始める。
「見ろォ!! 良雄様が仕掛けていらっしゃるぜぇ!!」
「わしらも続けェエエ!!」
「ヒャッハーー! ここが奴らの墓場だぜぇ!!」
 レースに参加していた者たちに加え、森の中に潜んでいた妨害者たちも飛空艇に乗って現れ、先頭集団へと襲いかかっていった。
 大地は、こちらをかわした翔を追って、木々の間へ機体を巡らせながら、ほくそ笑んだ。
(さあ、上手く掻き回してくださいね。皆さん)


「オラオラオラオラーーーー!!!」
「ヒャッハーー!!」
「どうしたどうしたァ!? 遊ぼうぜェ!?」
 隆々とした木々の合間に響き渡るのは、良雄に扮した志位 大地(しい・だいち)と、その大地を良雄だと信じて疑わないパラ実生レーサーたちの声だった。
 先頭集団であるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)棗 絃弥(なつめ・げんや)ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)天海 総司(あまみ・そうじ)を挑発しながら、近づいて来ている。
 前方――リーズと陣。
「なんつーか、分かりやすい挑発をしよんなぁ」
 七枷 陣(ななかせ・じん)は、仕掛けてくる連中を火術で牽制しながら溜息を垂れた。
 パラ実生の声が飛んでくる。
「おーい、西は腰抜けだらけかァ?」
「まあ、そんなヨチヨチしたドライビングテクニックじゃあ、わしにかなうはずもないがなあ!」
「おんやあ? 嬢ちゃんァ、もうチビッちゃってんのかいのお!」
「…………」
 陣は半眼で肩をこかして、リーズの後頭部へと向き直った。機体は、大木の幹をぐぅんっと迂回する。
「リーズ、分かっとると思うけど……」
「大丈夫だよ、陣くん。いくらボクだって、あんなしょっぱーい挑発には乗らないから」
 にははは、とリーズが笑い飛ばし、陣は少し安堵して息をついた。
 ふと、後ろから聞こえてくる。
「バーカ、バーカ、あほまぬけー、全体的に哀愁のコンパクトサイズー」
「…………」
 ぴしっ、とリーズのこめかみに走る青筋。後頭部に立ち昇る黒さ三倍のオーラ。
「――いや、おい……」
「陣くん……」
 ゆらぁり、とリーズが真っ黒っけっけな笑顔を、こちらへ向ける。に、やぁああ、と口元だけが笑みを深くし、
「『ヤ』ッちゃおうか? アレ」
「お、ち、つ、け。このボケ」
 陣は、リーズのもみ上げを勢い良く引っ張った。
「にょぇあああっ、ちぎれるぅううっ!!」


「困りましたね」
 ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は、ふむっと眉端を傾げながらスピードを落とし、暴れる集団から離れようとしていた。が、二機に絡まれ、周囲の木々も合わさり、どうにも逃げあぐねている。
 と――。
 一機をかわした先で、別の一機に狙われた。
「――避けきれませんか」
 ハンスが覚悟を決めて、防御に意識を向けようとした刹那。
 ハンスの迫っていた一機へと薙刀の刃先が滑った。
 そして、ハンスの横に棗 絃弥(なつめ・げんや)の機体が併走する。その後部席に居た源 義経(みなもと・よしつね)が持っていたのは薙刀。
 どうやら、助けてくれたらしい。
「助かりました」
「気にすんな」
 絃弥が人懐こく笑った後ろで、義経が鋭く言い放つ。
「来ます!」
 その声を合図に、ハンスは減速し、絃弥たちは加速していた。


 天海 総司(あまみ・そうじ)は、暴れだした集団から離れるために、森林の澄んで湿った空気を引っ掻いて、木々を縫うように駆けていた。
「っと」
 数本の倒木が倒れ重なって出来たトンネルをくぐり抜けて、その先にあったのは狭い木と木の間。その隙間は、かなり狭い。が、今から迂回する余裕も無い。
 総司は、グッ、と機体を垂直に傾けた。
「――大丈夫。そうだろ、ブルーフィッシュ」
 ブルーメタリックの飛空艇に語りかけ、身をかがめる。木々が迫り、心臓が冷える。
 ザンッ、とギリギリの隙間を抜けて。
 機体は木々の向こうの風景へと飛び出した。
 一瞬の緊張と、緩和。
 ふいに、胸へ強烈に楽しさがこみ上げてきて、
「……ッあはははは、ほらな! 大丈夫だった!」
 総司は気持ちに逆らわず、笑いながら機体を水平へと戻した。
 と――木々の向こうを駆けていた機体に気づく。
 それは棗 絃弥(なつめ・げんや)の飛空艇で、彼の後ろを追っているのは先程暴れていたパラ実のレーサーの一人だった。
 絃弥が総司の方に気づき、こちらの方へ、うよっと片手を上げ、
「楽しそうだな」
「そっちもなんだか余裕そうに見えるけど」
 総司は、ちらっと絃弥を追うパラ実生の方を見やりながら言ってやった。
 絃弥がいやいやと笑いながら首を振り、
「しつこいのなんのって困ってんだ」
「全然そうは見えないぜ?」
 笑顔で小首を傾げた総司の言葉に、絃弥の飛空艇の後部に乗っていた源 義経(みなもと・よしつね)が、同意するようにうなずき、
「棗には緊張感が足らないんです――ッ」
 ふいに、義経が後方を見やり、
「来ます!」
 鋭く言う。
「ヒャッハァーー!! まとめてお陀仏だァーー!!」
 後方から、焦れて加速してきたパラ実生の機体が迫る。
「おっと――あぶない、あぶない。せっかくのレースだ。楽しくいこうぜ!」
 総司は絃弥と共に機体を巡らせて、その体当たりから機体を逃していた。
 しかし、向こうは強引な操縦でこちらへと、再び標準を合わせてくる。
 絃弥と総司は互いに視線を合わせ、軽くうなずいてから、タイミングを合わせて――目の前の巨木を二手に別れるようにブーストで加速した。
「ぉおっ、お、お!? ――っぉおおおお!?」
 パラ実生の機体が巨木に追突した激しい音が後方に響く。


「ッしつこいな」
 葛葉 翔(くずのは・しょう)は良雄に変装した大地に追われて、木々の間をすり抜けていっていた。ライト仕様の小回りが効く分、こちらの方が有利に抜けていけるのだが、あちらは手下を従えている上に、後先を考えていないような強引なアタックで距離を詰めてくる。
「ふん……ちょろちょろと小賢しく逃げまわるだけか」
 良雄に扮した大地が嘲笑を浮かべる。あれは挑発だ。こっちを誘っている。
(狙いはなんだ? あの無茶な走り、完走するつもりはない?)
 葛葉は、必死に機体を繰りながら、相手の真意を探り続けていた。
 ふいに――バサッと両脇の茂みから二機のパラ実生が現れる。
「ヒャッハー! 星帝様から逃げられると思うなァ!」
「ユー、さっさと楽になっちゃいなよォ!!」
「――考えている場合でもないか」
 吐き捨てて、葛葉は機体を巡らせた。
 葛葉が抜けようとした方を、パラ実生の機体が塞ぐ。逃げ道は無い。後方からは凄まじい勢いで良雄(大地)が迫ってきている。
 葛葉は強く舌を打って、
「仕方ない――悪いな!」
 光術を放った。葛葉を中心にして光が爆ぜる。
 そうして、葛葉は光に視界を奪われたパラ実生の間をすり抜けた。後方で、二つの機体がぶつかり合い、そこへ良雄(大地)の機体が突っ込んでいった音。
 その、やたらと派手な音が森の中へと鳴り響いていく。


『おおおっと!! 御人良雄、大クラッシューーー!』
 しばらくして、会場のスクリーンに映し出されたのは、森の中の深い谷底だった。
『ええっと、周囲の木々の様子から察するに……ど、どうやら御人はこの谷に落ちていったようですが……――あ!』
 映像が谷壁の中腹に、あるものを発見する。それは、岩肌に引っかかって破れ、持ち主を失った黒いマントだった。
『ま……まさか、御人選手……』

「え……死んだ?」
 ぽつ、と言ったのは会場に居た観客の中の誰かだった。
 と――
「良雄様が死んだだとォ!?」
 会場に居たパラ実生たちの間で怒号が巻き起こる。
「馬鹿なッ!! ありえん! 良雄様が死ぬなどッッ!!」
「これは悪夢かぁ! わしらは悪夢を見とるのかァ!!」
「落ち着けェ、良雄様は必ず復活なさる! 忘れたのか!? 良雄様は既に一度死んで、復活なさっている! 祈れ! 祈るんだ!」
 う お お お お お 、と会場の一部は、悶々と黒ずんだ祈りの声に染まり始めていた。


「ふぅ……巧くいくと良いですけど」
 大地は谷のそばの木陰に腰掛けて、ばたばたと頭のソフトモヒカンを崩した。
 眼鏡をかけながら携帯電話をかける。
「デート中、すみません」
 それが電話が繋がってからの第一声。
 電話の向こうの声が、どこか慌てふためくのが楽しくて、少し笑ってしまってから、
「こちらの準備は、まあ、それなりに上手くいったと思います。あとは、適当なところで、ええ……お願いします」
 携帯を切って、んーっと軽く伸びをする。
「さて、少し休んだら、『志位大地の』リタイア報告にいきますか」
 言って、彼はそばの茂みに隠した機体の方を見やった。