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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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第十二章 〜真実〜


「こんなSFみたいな世界があるなんてねー」
 ポータラカの街並みを見渡しながら、東森 颯希(ひがしもり・さつき)が声を上げた。
「地球の文明がこうなるまでに、一体あと何世紀かかるでしょうね」
 月舘 冴璃(つきだて・さえり)が颯希に応じる。
 ちょっと古いSF小説なんかには、今の二十一世紀の地球がこのポータラカのように描かれていたりもする。
「ポータラカってたまに来るならいいけど、毎日過ごすならやっぱり一番は地球だよねえ……」
 そう呟いたのは、世 羅儀(せい・らぎ)だ。
 街の中を隅々まで興味深げに見回している。
「羅義、観光に来たわけではありませんよ」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)がたしなめる。
「分かってる。けど、今は自由行動だし、そう硬くなることもないって」
 軽率そうに振る舞っているが、羅義は「監視」の気配に気付いていた。
(どこにあるかは知らないけど、ちゃんと見張ってはいるみたいだ)
 そんなシャンバラ一行に、自由行動終了の知らせが入る。
「さて、ポータラカ見学は済んだかしら?」
 罪の調律者が声を発した。
「それじゃあ、ここからはポータラカ人の代表者と質問会といくわよ」


・明かされる真実


 球体都市の内部のとある建物の中。
 重厚な円卓の周囲に、ソファが並べられている。
 とはいえ、さすがに三十人を超える大所帯ともなると、座れない者も出てくる。
(これはまた大人数でやってきたものだな)
 鷲頭紳士がテレパシーを送ってきた。
 彼の背後には、空港でシャンバラの一行を出迎えた隼頭と犬頭が控えている。
「技術研修だからこんなものでしょう? 学校の一クラスっていうのはこんなものよね?」
 同意を求めるように、調律者がシャンバラの学生達に顔を向けてきた。
「とりあえず色々みんな知りたがっているようだから、こちらから質問させてもらっていいかしら?」
(構わない。「答えられる範囲で」答えよう)
「それは『必ずしも本当のことは教えない』という認識で言いかしら?」
 黙秘するポータラカ人。
「まあ、いいわ。じゃあ、質問ある人から」
 ポータラカ人との質問会が幕を開ける。
「これは質問ではなく、前回来たときの……ブライドオブシリーズに関しての情報を手に入れたから、まずはその報告を」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が口火を切った。
(その様子だと、まだ全部は集まってはいないようだな)
 現在シャンバラで確認されているブライドオブシリーズは、
 
 ブライド・オブ・ブレイド
 ブライド・オブ・パイク
 ブライド・オブ・シュトルムボック
 ブライド・オブ・ダーツ

 そして、その一つとして目されていながら未だ行方の分からないブライド・オブ・シックルである。
「現時点で確保しているのは四つよ」
(未発見なのは残り三つか)
 鷲頭はフレデリカの途中経過に耳を傾けているようだった。
 これで少しでもポータラカ人が情報開示に積極的になれば御の字、といったところだろう。
「えーっと、イコンのことを聞く前に、剣や機晶姫のことについて聞いても大丈夫?」
(構わない)
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が剣の花嫁についてポータラカ人に質問する。パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が男性であることから「剣の花嫁」という呼び方をあまり好まないようだ。
「剣の外見は『使い手にとって大切な人』に似ていて、武器の使い手に相応しい者が現れるまで眠り続けてる、って聞いてるんだけど、ダリルみたいに封印されてた剣はあらかじめ決まってたし、封印前の記憶もあるみたいなの。使い手に依存しているみたいだけど、それこそ『使い手が意のままに操るロボット』というわけでもないみたいだし。
 一体どういう原理なのか教えて欲しいな」
 これは、「剣の花嫁」自身もきっと知りたいことではないのだろうか。剣の花嫁自身、自分の仕組みを理解している者はほとんどいないだろう。
「『光条兵器』を守るために、パートナーにとって大切な姿を取ってるってことは、やっぱり僕達は『光条兵器ありき』の存在なのかな?」
 その剣の花嫁であるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)も気になっているようだ。
(光条兵器が本体、というわけではない。人型と光条兵器は、言うならば「剣と鞘」の関係にあたる。また、身体構造は有機生命体のそれとほとんど相違ない。その点で言えば、機械ではなくれっきとした「生命体」であると言えよう。わずかな差異は光条兵器の収納やエネルギーの充填のためのものだが……それについてはまだ教えることは出来ない)
 あくまで「イコンの技術研修」という名目であるため、それ以外は基本的な部分しか教えられないと鷲頭は言う。
(さて、なぜ大切な人に似ているかだが……それは、我々があらかじめ「最初に契約する者を確認している」からだ。その上で、その契約者のパートナーとして相応しい姿をあらかじめ設定している)
「でも、どうやって調べるの?」
(我々は既に時間を自由に行き来する術を持っている。タイムマシンと言えばいいだろうか。それで得た情報を元に、全部手作業で行っている。一人を造るのに相当な手間がかかるのだ)
 それはさすがに嘘だろう。ポータラカ人は一度言った意見を変えるつもりはないようだが、どうにも虚言癖があるらしい。
 あるいは本当に重要なことについては、まだ教えるべきではない、ということだろうか。
「ふむ……そうか」
 ルカルカのパートナーであるダリルはどうにも釈然としない様子だ。
 とはいえ、ポータラカ人の話の通りなら「考える兵器」というよりは、「兵器をその身に宿した人間」ということになる。
 もっとも、「人間」をどう定義するかによってこの辺りも変わってくるのだろうが。
「俺からも聞きたいことがある。機晶姫の情報処理活動はどこに依る? 機晶石か身体か別の何かか?」
 要は、「機晶姫の心はどこにあるか?」ということである。
「加えてですいませんが、それは私達の生命活動のエネルギー源が機晶石であることと関係があるのでしょうか?」
 ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)が付け加える。
 機械の身体だから誤解されがちだが、機晶姫は「無機生命体」であり、有機生命体と同様の生命維持機能(器官に相当するもの)がなければ活動が出来ない。はずである。
 ここでは、機晶石が心臓なのか脳なのか、あるいは両方なのか、ということが焦点となりそうだ。
(有機生命体に「魂」というものが存在すると考えているように、機晶石にも原初的な意思のような存在がある。ただし、それ自体は自我と呼べるほど確立したものではなく、それを形成するための「核」と言えるだろう。
 その核から機晶姫の人格、意思は形成されるが、機晶姫自体に独立した人格として存在するようになる。それは機晶姫の身体構造に依拠するといってもいいだろう)
 同型の機晶姫でも、微妙に性格とかが異なるのは双子が全く同じではないのと似たようなものらしい。
(さらに、機晶姫と機晶石は相互に影響を与え合っているため、交換するのは非常に難しい。例え上手くいった場合でも契約者のパートナーロストのような副作用が起こる可能性もある。
 逆に、機晶石の方に人格――身体に刻まれたデータを完全に移して身体を交換することも可能だが、同じくらいリスクは大きい)
 その説明に、ダリルが異を唱えた。
「しかし、それだと説明がつかないことがある。機晶石ではない銅版に一時その人格が宿ったという事例がシャンバラには存在する」
(そのような例外を我々は認識していない。もしそれが本当なら大変興味深いが、果たして宿ったそれが本当に「銅版」だったのか。機晶石自体、一種類だけではなく数種類が確認されている。一見すると「銅」と紛う色合いの機晶石を加工したもの、と考えれば十分に説明がつくだろう)
 こちらに関しても、ポータラカ人は自分達が全面的に正しいと主張したいようだ。
「今の話に多分関わることなんだが」
 フォルテュナ・エクス(ふぉるてゅな・えくす)が口を開く。御弾 知恵子(みたま・ちえこ)はあくまで彼女の付き沿いという形で隣に座っている。
 が、ただそこにいるというわけではなく、イコンに関することは持ち帰ろうと真剣な様子だ。
「結局、イコンと機晶姫の線引きは何だ?」
 機晶姫によっては、イコンとほとんど変わらない外見の者だって存在する。だが、機晶姫である限りイコンの持つ強大な力には届かない。
 ならば、両者にある「絶対的な差」はどうして生まれるのか。
(先ほど言ったように、まずは構造的な違いが挙げられる。機晶姫は生命体としての構造を持っている。対しサロゲート・エイコーンは、外見は生命体を模しているが、内部構造は異なる。契約者が乗り込むためのコックピットがあり、そこに契約者が乗り込むことで、単純計算では機晶姫の三乗倍の力を発揮する。もっとも、様々な要因が絡むために、正確な数値は出せないのだが。機体はあくまで器であり、内部構造が生命体を模していないため、機晶石から人格が形成されない。パラミタの機械が意思を持った生命体となるかは、内部構造にかかっていると言い換えることも出来るだろう)
 それは同時に、機晶姫を造ることの困難さの裏付けともなっていた。
 単純に機械を組み合わせて機晶石をぽんと組み込めばいいという話ではない。それで済むなら、フランケンシュタインの怪物のような存在を容易に生み出せると言っているようなものである。
「機晶姫のことで我も気になることがあるのじゃが……」
 須佐之 櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)が尋ねる。
「何故我ら機晶姫は少女型の方が安定しておるのじゃ? 我としては男性型の方が良かったのじゃが、暴走の危険性が高いと聞いてのぉ。前から不思議に思っておったのだ」
 機晶姫は人型であるほどに安定性が高いが、とりわけ「少女型」が最も安定すると言われている。
 これまでの話からすれば、人格の安定性が生物学的な「見た目」の影響を受けているかもしれないという点で、人型が安定するというのはまだ分かるだろう。
 なぜ「少女」なのか?
(それは我々の祖先の趣味だ)
 鷲頭の表情からはそれが冗談かどうかが分からない。
 人間でも男女の性差による肉体、精神における構造的な違いが考察されているが、おそらくそこに、機晶姫が少女型となった理由が画されているのだろう。
 が、やはりポータラカ人は一度言った内容を撤回しない主義らしい。
「機晶姫やイコンを造り上げたのは、ポータラカの人達なんですか?」
 ハーヴィット・カンタベリー(はーびっと・かんたべりー)が聞く。
(機晶姫に関してはほとんど我々の手によるものだ。サロゲート・エイコーンに関してはパラミタにいる者達が模索した結果生まれた産物だ)
「まあ、決して間違いではないわね」
 それを聞いた調律者が顔をしかめた。
「ってことは、『覚醒』の技術はポータラカ人が生み出したわけじゃないのか?」
 月夜見 望(つきよみ・のぞむ)が質問した。
(その事象については聞いている。『覚醒』している状態こそが、サロゲート・エイコーンの真の姿だ。つまり、『覚醒』というのが特別な技術ではなく、パラミタ人は『力を抑制する技術』を作ったということになる)
 ポータラカ人が覚醒に興味を抱かないのは、そういう事情があるからだ。
「そっちから見た今のイコンの在り方についてはどう思う?」
(サロゲート・エイコーンはパラミタ先住種族を再現するための、最も大きな「力」だ。ゆえに戦いに使われるのは必然であろう。なぜ、その力を抑制する必要があったのか、我々には理解出来ない)
 技術を与えた者の見解としては、兵器であって然るべきとのことだ。
「イコンに関してお伺いしたいことがあります。イコンは契約者が乗って初めて真価を発揮しますが、そもそも契約者はイコンの能力を引き出すために存在しているのか、それともイコンが契約者の能力を引き出す役目を担っているのか、どちらなのでしょうか?」
 白竜が問う。
(それについては、そこの「存在しないはずの」調律者の方が詳しいのではないだろうか)
「歴史的には、とちゃんと付け加えて欲しいわね。
 今の問いへの答えは、後者よ。契約者の存在があったからこそ、『代理の聖像』が今のようなものになったということ」
「では、パラミタ在住種族だけで百パーセントの力を発揮出来ないようにしたその理由はなんでしょうか。契約者が誕生するためには、地球とパラミタが繋がらないといけませんわ。その周期は五千年と言われています。それだけ長い間隔にも関わらず、そのような設計にしたことには、何か意味があると思いまして」
 疑問を呈したのは、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)だ。
(契約だけでは、かつてこのパラミタにいた種族の力には及ばない。契約者となった上で、その力を最大限に生かすためには二つの世界をかけ合わせた存在が必要だったというだけだ)
 調律者ではなく、鷲頭が答えた。
「原初のイコンが造られたのは一万年前だと耳にしました。ということは、契約者が初めて誕生したのもその頃――『ファーストコントラクター』と呼ばれる人物のさらに五千年前にさかのぼることになります。しかし、五千年より前の記録というのはほとんどなく、五千年周期で地球、パラミタで栄華を極めていた文明は滅んできています。
 イコンの技術を提供した時代から、なぜポータラカはこれほどの文明を維持し続けることが出来ているのですか」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はポータラカ自体を不思議に思っているようだ。
(我々はパラミタ、地球の双方に干渉せずにいた。もちろん、技術を提供してはいたが、いずれの国にも加担はしていない。だからこそ、我々は生き延びられたのだろう)
 五千年前も一万年前も、地球と接していた文明が最も大きな被害を受けているという。そしてそれが、今のシャンバラ地方であると。
(元々、我々はパラミタの住人ではない。遥か昔、我々の祖はパラミタを相手に戦争を行った。どういった経緯で争うことになったのか、本当の理由は分からない。高度な文明を持ち、人口が増えればやがて限界を迎える。そうなったとき、新天地として目をつけたのがパラミタだったというのが定説だ)
 領土の拡大。植民地政策。そういったものは何も地球に限ったことではない。
「外世界からの『侵略者』。パラミタから見た貴方達はそういう存在よ」
 調律者が冷めた視線を鷲頭に送る。
(確かにその通りだ。だが、長期に渡る争いの中で、我々の祖も当時のパラミタの民も疲弊していった。そんな中、徹底抗戦派と和平派に派閥が分裂する。その和平派の末裔が我々ということになる)
 戦争が泥沼化する中で疑問を感じた者達が、パラミタ側に寝返ったという。そして彼らはその高度な技術をパラミタに提供する代わりに、このポータラカの地を保障されたのだと。
「だけど、今貴方達は元の世界に帰ろうとしている。そうでしょ? そんなに長い間ここにいて、今更帰りたいっていうのは、なぜかしら?」
 と、ルカルカ。
(浮遊大陸パラミタはもう長くはもたない。それに気付いたのは、封印が解かれてからだった)
 シャンバラではなく、パラミタが滅びに向かっていると告げられる。
「パラミタの寿命が縮んだ原因。それは、世界の秩序が狂わされたからよ」
 調律者が真剣な眼差しをポータラカ人へと向けた。
「さっき、先住種族を再現するための最も大きな『力』と言ったわね。それは、結果に過ぎない。『契約』がどれほどの力をもたらすのか、最初は誰も知らなかった。いいえ、知らない方が良かったのかもしれないわ」
 遠い過去に思いを馳せるかのように、彼女は天井を見上げた。
「これからわたしが話すのは、『歴史には残っていない真実』よ。それを信じるかどうかは、この場にいる者達の判断に任せるわ」
 そして、語り出した。
「一万年前、パラミタには長きに渡る戦いの傷跡がまだ残っていた。目の前にいる彼らの働きもあり、そのときは停戦状態になっていて、束の間の平和が訪れていたわ。けれど、パラミタから失われたものは多かった」
 そんな折、滅びた種族を再現するという動きが現れ始めた。
「わたしが幼い頃見た『カミサマ』。それは、今の時代のヴァルキリーや守護天使の祖先よ。三対六枚の翼を持つ人の形をした存在。種族としては『天人』あるいは『熾天使』と呼ばれていたらしいわ。らしい、というのはわたしの時代で既に絶滅していて、正確な記録が残っていなかったからよ」
 イコンの大元になったのはその種族だという。
「伝説によれば、『侵略者』がパラミタを攻めてきたとき、パラミタを守るために最前線で戦ったのが彼らだった。龍神族や巨人族、鬼が『攻める』力を持っていたのに対し、彼らは『守る』ための力を持っていた。争いを好まない種族だった、と聞いているわ。そんな彼らの姿を、わたしは再現しようとした。
 けれど、簡単なことではなかったわ。彼らの技術をもっても、足りなかった。そんなとき、パラミタが『別世界』と繋がった。それが、地球よ。そしてわたしは彼と出会った」
 当時の地球人と調律者が邂逅。その際に二つの世界を掛け合わせる「契約」という技術が誕生したのだと言う。
「それは偶然の産物だった。さらに、当時の地球の文明はこの時代とは比べ物にならないほど高度なものだったわ。西の『王国』と、東の『帝国』の二大国家が特に大きな力を持っていた。ちょうどパラミタが接したのは、帝国の上空だった。
 契約によって、二つの世界を行き来出来るようになった者達によって、パラミタと地球の交流が始まったわ。ポータラカの技術を雛形に、地球、パラミタの技術が合わさることで、『代理の聖像』は完成した。つまり、聖像は二つの世界、大元という意味も含めれば、三つの世界の技術の粋を集めて造られたものなのよ。それは、世界同士の『繋がり』の象徴。
 ……そう、わたしは思っていた」
 しかし、と彼女は一瞬俯く。
「原初の聖像が誕生した後、しばらくは平和が続いたわ。わたし達と一緒に聖像の製作に携わった契約者は『調律者』と呼ばれ、製作者であると同時に、聖像の力を完全に引き出せる存在でもある。彼らは各々で聖像を造り上げていったわ。
 だけど、ある日地球の情勢が一転する。強大な軍事力を持つ西の『王国』が、『帝国』とパラミタへ宣戦布告をしてきた。帝国がわたし達のいるパラミタと親交を深めようとしたのに対し、王国は世界の覇権を握るため、パラミタをも支配しようと乗り出してきたのよ。アトラス神が支えているとされる大陸に、まさか『アトラスの娘』の名を冠する王国が攻め入ろうとはね」
 それが全てを狂わせるきっかけとなった。
「そこで、代理の聖像の力を使おうという話になった。その時点で、まだ兵器として利用されたことはないものの、潜在的な力の大きさは計り知れないものがあったわ。それでも、わたしと彼はそれを兵器として使うことに対し、最後まで反対した。そうしてわたし達は『裏切り者』として処罰された。その結果がこの姿よ」
(今のあなたの話は、シャンバラ地方に伝わる伝説の中に似たようなものがある。が、パラミタの正史においては一切記録がないものだ。地球の王国からの侵攻を察知したパラミタはサロゲート・エイコーンを迅速に配備し、王国を奇襲。島ごと海底に沈めたとなっている。そしてその力を恐れた帝国がパラミタと地球を切り離す手段を探し、結果二つの世界を絶つことに成功した。が、その影響で帝国のあった大陸は一夜にして海底に沈み、滅亡した。五千年前にパラミタと地球が繋がったときに、その事実は知ったものだ)
 そしてその後シャンバラ古王国最盛期までの五千年のことを、鷲頭がざっと説明する。
(二つの世界が切り離された直後、停戦状態にあった我々の故郷の生き残り――徹底抗戦派がパラミタへの攻撃を再開した。残っていた「調律者」達が中心となって、サロゲート・エイコーンの力をもってこれに対抗。だが、多勢に無勢。パラミタ人だけではイコンに乗れないこともあり、苦戦を強いられていた。
 そこで、パラミタ人だけでイコンを動かすための技術が誕生することになる。それによって、パラミタは勝利を収めることが出来た。その後、『侵略者』達の最後の生き残りである我々は警戒され、ポータラカの地を出ることを禁じられた。それから約五千年後にシャンバラに協力することになり、シャンバラが滅亡する寸前に再び封印された)
 そしてその五千年後の現在、また封印が解かれたのだという。
 その高度な文明とは裏腹に、パラミタでは肩身の狭い思いをしているようだ。
「ちょっと、待って。今さらっとパラミタ人だけでイコンを動かせる技術って言ったけど、それってパラミタ線で地球人をパラミタ人化させるのと関係があったりする?」
 天原 神無(あまはら・かんな)が気になったのはそこだ。
 地球人をパラミタ人化する技術があるなら、その逆の技術もあった、ということになる。
(パラミタ化の逆、地球化だ。それによって、パラミタ人だけで擬似的な契約者を量産することに成功した)
「だけど、純粋に二つの世界を掛け合わせなければ、『契約者』本来の力を発揮することは出来ない。その法則を無理矢理改変したがために、パラミタの秩序は狂い、寿命を縮める結果となってしまった。まあ、自業自得ね」
 力を求め、争いを続けるあまり自分達で世界を壊してしまっている。それにさえパラミタの人々は気付いていない。
 調律者はそれを嘲笑するかのように、口元を緩めた。
(さらに、それによって先住種族だけでなく、純粋種までもが減ってしまった)
「純粋種?」
 誰かの疑問の声が上がる。
(そう。今のパラミタ種族は――)
 そのとき、別のテレパシーが割り込んできた。

(ポータラカ内に未確認の反応あり! 侵入者です!)
(侵入者? バカな。門は閉じていたのだろう?)
(はい。ですが……)
 急に慌しくなる。ポータラカ人にとっても想定外の事態というのは起こりうるらしい。

 ――侵入者、ですか。穏やかではありませんね。

 部屋の中に男の声が響く。
(何者だ? いつこの部屋に入った!?)
 鷲頭の後ろに控えていた犬頭と隼頭がレーザー銃のようなものを男に向ける。が、次の瞬間にはその手から武器が消えていた。
「お初にお目にかかります。私、ローゼンクロイツと申します。どうぞお見知りおきを、シャンバラの皆様」
 ローゼンクロイツと名乗った黒衣の男が恭しく一礼する。
「さて、少し場所を変えましょうか。ここでは何かと窮屈でしょう?」
 次の瞬間、風景が切り替わった。