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リアクション
chapter.1 三度目のシボラ
シボラの朝は早い。
珍獣の森から朝焼けに混じって聞こえる奇怪な鳴き声ですら、原住民たちにとっては心地良い目覚ましだ。
午前7時。昨晩に国境付近の遺跡で部族の襲撃に遭い逃げ延びたメジャー・ジョーンズと生徒たちは、今一度シボラへ戻るべく、作戦を立てていた。
持ち出してしまったミイラを戻せば良い。最初は、それだけであった。ところが、同行していたキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)がさらわれたと、パートナーのアグリ・ハーヴェスター(あぐり・はーう゛ぇすたー)が告げたことにより、状況は変わる。ミイラはちゃんと彼らに戻さなければいけない。その上で、ヨサークも救出しなければいけない。
自分たちがすべきことを整理した彼らは、いくつかの班に分かれていた。ひとつは、ヨサークの救出班。ひとつは、部族の抗争を治めるための聖水を入手する班。そしてもうひとつが、それらの行動を成功させるためふたつの部族と接触し、時間を稼ぐ班だ。
「じゃあ、チーム分けはこれでいいね。みんな、気をつけるんだよ!」
メジャーが生徒たちに言う。彼自身は、部族との接触に臨む心積もりらしい。
「さあ、この国境を越えたらシボラだ!」
気を引き締めるメジャーに呼応するように、アグリもブイインと音を鳴らす。100名近くいる生徒たちにもその緊張感が伝わったのか、顔つきが変わっていった。
ここを越えれば、もう自分たちが今まで培った常識は通用しない。これまでのシボラ探訪で彼らは充分、それを実感していた。しかし覚悟はいつでも、迷いを打ち消す威力を秘めている。
一同は、三度目のシボラに足を踏み入れた。
◇
「アグリ、誘拐犯の顔は見なかったの?」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)が、隣にいたアグリに尋ねた。
国境を越えると同時に散り散りになった彼らの中で、リネンはヨサーク救出班の一員として手がかりを探そうとしていたのだ。
両部族が入り乱れている場でヨサークを見ただけだから、犯人までは……と、無念そうな顔でアグリが伝えると、リネンははあ、と小さく息を吐いた。遺留品を探すことも考えたが、諍いが起きて間もない領土に赴くのは、時間稼ぎ班だけにしておいた方が良い、とアグリに諭されてしまった。つまり、現状手がかりはほぼゼロということだった。
「助けに行くにも、場所が分からなければどうしようもないわね……」
眉をひそめるリネンに、アグリが「すまないね」という表情で語りかける。それに返事を返したのは、リネンのパートナーであるヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)だった。
「ま、馬鹿馬鹿しいっちゃ馬鹿馬鹿しいんだけど、ほっておくわけにもいかないじゃない?」
彼女、ヘイリーがその時頭に浮かべていたのは、空賊たちの住処、タシガン空峡だった。ちらほらと新たな空賊たちの名も聞くようになった今、ヘイリーは自身も空賊であるということからか、空峡の乱れを危惧していたのだ。
「ひとりだけドロップアウトして楽になろうなんて、そんなことさせてやんないわよ!」
バシッ、と拳を軽く鳴らし、ヘイリーが笑みをこぼしながら言った。その言葉からは、ヨサークに対する意識が窺える。きっとそれは、嫌悪でも友好でもなく、ライバルとしてのそれだろう。
「そうね、まだ彼に死なれては……死なれては、ええと、こ、困る……ごめん、ちょっとシリアスになりきれない」
目に意欲を滾らせているヘイリーとは反対に、リネンはどこか乗り切ることができない様子だった。まあ、自分たちの前に立ちはだかっているのが裸族とかおしゃれ族とかよく分からない者たちなのだ。無理もない。
とはいえ、「さすがにこんなので死なれたら目覚めが悪い」と思い直したリネンは、次なる捜索手段を取ることにした。
「遺留品からも無理……なら、いっそ本人に場所を聞いてしまえば」
「本人に?」
ヘイリーの問いに頷いたリネンは、目を閉じ、意識を集中させてその言葉を放った。
「ヨサーク……聞こえる?」
応答はない。しかしリネンは、根気強く、何度もその問いを投げかける。そこで周囲の者たちも、彼女がやろうとしていることに気付いた。
「そうか、テレパシー……!」
ヨサークと面識があるのだから、思念を飛ばせば届くはず。リネンのその推測は、当たっていた。何度目かの問いかけに、返事が返ってきたのだ。リネンの頭に、無骨な声が流れてくる。
「おい、さっきから誰だ」
「やっと通じた。私よ、私」
「だから誰だよ、クソボブか?」
「クソボブ……? あぁ、違う違う、リネンよ。空賊の」
「リネン?」
ピンと来ていない様子のヨサークだったが、リネンが「シャーウッドの森空賊団」という単語を出すと、思い出したように「あぁ……」と小さく声を発した。
「空峡で時々空賊ごっこしてるクソメスどもか。頭の中にまで話しかけてきやがって、ストーカーか、あぁ?」
「ちょっと何言ってるか分かんないけど、今から皆でヨサークのこと助けに行くから。今どこにいるの?」
口の悪さも、もう慣れたもの、とばかりに調子を乱すことなく、リネンが尋ねる。ヨサークは少し間を置いてから、ぶっきらぼうに答えた。
「知らねえよ。来たこともなけりゃ、見たこともねえとこだ」
「……何か外の様子は分からない?」
「暗くてよく分かんねえ。縄で縛られててろくに体も動かせねえし」
どうやらヨサークは、誘拐された後、身動きを封じられてしまったようだ。少しずつ彼の現状は把握できてきたものの、肝心の居場所が分からない。そこでリネンは、誘拐犯から辿ってみることにした。
「えぇと……じゃあ、ヨサークをさらった人たちは裸だった? 着飾ってた?」
ベベキンゾ族とパパリコーレ族、どちらが連れ去ったのかを知れば、そこから辿れるのではと踏んだリネンだったが、ヨサークの答えはまたしても期待に応えるものではなかった。
「あ? 両方いたぞ。裸のヤツと妙な格好してるヤツ両方がなんか言い合ってたのは憶えてる。けどそれがなんだっつうんだよ」
「両方……?」
リネンは首を傾げた。それはつまり、どちらかの部族が彼を所有していないということだろうか。
「らちがあかないわね。ちょっと、フェイミィ、ついてきなさい!」
「おっ、いよいよオレの出番か?」
ヘイリーに呼ばれたリネンのもうひとりのパートナー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が意気揚々と前へ進み出た。傍らには、気性の荒そうなペガサスがいる。
「要は暗がりがあって、どっちかの部族のテリトリーじゃなさそうなところを探せばいいんでしょ? あたしが空からそれらしい地形を見つけてきてあげる!」
時間的に考えても、そう遠くない場所のはず。ヘイリーは居所を割り出すため、フェイミィを急かした。
「怪しい場所を見つけろってことだな? よし、いくぜグランツ!」
フェイミィがペガサスの名を呼び、勢い良くまたがる。フェイミィを乗せたペガサスが飛び立つと同時に、ヘイリーもまた自身の乗り物で地を蹴った。
羽音を響かせながら空へと進んだヘイリーとフェイミィは、早速周辺に目を向ける。国境付近には先日訪れた遺跡が見え、その近くは木々に囲まれている。暗くて、来たことのない場所というヨサークの言葉から推測するに、林や遺跡は候補から外しても良さそうだった。
「あのへんが違うってことは……こっちの方かしら?」
ヘイリーが、そしてつられるようにフェイミィが、遺跡を中心に国境から逆側へと目を向ける。すると、遠目からだが小さい祠のようなものがあるのが確認できた。
「ありゃなんだ!?」
「……たぶんアレかな、ヨサークが暗いって言ってたし」
言うと、ヘイリーはリネンに報告するため、高度を下げ、元の場所へ戻って祠の存在を告げた。
「確かに、怪しいといえば怪しいけど……」
確証がない段階で、断言は出来ない。とその時、彼女はヨサークが言っていたもうひとつのヒントを思い出した。
「……そうだヘイリー、悪いけどもう1回上に上がって、今度はその祠の近くに集落がないか見てきてくれる?」
「集落?」
首を傾げながらも、指示に従い空へ再度向かったヘイリー。リネンに言われた通り祠の周辺に目をやると、彼女の言う通り、人が住んでいると思われる地点が見つかった。それも、ふたつも。
「……やっぱり」
ヘイリーからそれを聞いたリネンは、そこで初めて確信を得た。彼女が思い浮かべていたのは、ドラゴンが住むという洞穴のことだった。
――洞穴の場所は、ちょうど両部族の集落に囲まれるような位置にある。
メジャーの古文書に書いてあった一文だ。リネンは導き出された答えを、口にする。
「きっと……ドラゴンが住んでいる洞穴と、ヨサークが捕まったところは同じ場所よ。だから、洞穴を目指せば会えると思う」
「そういうことだったのね。よし、そうと分かれば、行くわよ野郎ども!」
ヘイリーが腕を上げ、救出班の先頭に立つ。その流れにいち早く乗ったのは、姫宮 和希(ひめみや・かずき)だった。
「まったく、普段の行いが悪いからこんなことになるんだぜ。ざまーみろ……って言いたいけど、あいつの農業テクは一目置くところもあるしな。しょうがねぇ。一肌脱いでやるか」
彼にこれまで吐かれた暴言の数々を思い起こしながら、和希が言った。その発言からはお人好しな一面が垣間見えるが、和希には隠れた目的があった。パラ実イリヤ分校の農作業を手伝わせたいというのが、和希の真意だろう。が、動機はどうあれ、彼を助けようと救助班に身を置いているのは事実である。
「せっかくだから、アグリに乗って行こうぜ!」
ヘイリーに続けとばかりに和希はそう言うと、アグリに颯爽と飛び乗った。
「底なし沼地獄から奇跡の復活を果たし、生まれ変わった脅威のマシーン、アグリの底力を見せてやるんだ!」
もしかしたら、ただアグリに乗りたかっただけじゃないか疑惑もあるが、ともかく和希はアグリのレバーを力強く引っ張った。
「わ、私は普通に移動するから……」
「遠慮しないで、乗ってけって! 大丈夫、アグリなら何人でも乗れるぜ!」
その妙な勢いに引き気味だったリネンに、まるでマイカーみたいな感覚で和希が誘いかける。当のアグリは「やれやれ、困ったな」という様子でブイインと言っている。
「うわっ!?」
と、突然和希が声を上げのけぞった。少々操縦が乱暴だったのか、つい調子に乗って色々なレバーを引っ張ってしまったせいでアグリから農薬的なものが出てしまい、和希の前に白い液体が広がったのだ。
「や、やっぱり私は遠慮しておく」
間一髪それを回避したリネンは、アグリとの距離をより空けながら引きつった顔で言った。
「アグリに乗っても乗らなくてもいいから、早くその洞穴に向かうわよ!」
自分の後方でわいわいと騒いでいる和希たちを軽く諌めながら、ヘイリーが仕切り直す。悪ふざけをして怒られた後のような、しんとした雰囲気が一瞬流れた。
その静寂の中、すっとひとりの少女が、アグリへと乗り込んだ。
「わたくしも、協力いたしますの」
そう言ったのは、荒巻 さけ(あらまき・さけ)だった。前回ヨサークと気まずいまま別れてしまった後悔が残っているのか、その佇まいからは揺るがない決意が感じられる。
「そう来なくちゃな! さあ、アグリのパワーと俺の華麗なレバーさばきで、ヨサークの元に急行だ! 他に乗ってくヤツはいないのか!?」
和希が手を前に出し、乗っていけという仕草をする。それに誘われるように数名の生徒がアグリに近寄り、アグリもまた苦笑いをしながら彼らを乗せた。
が、しかし。最終的に5名を超すという明らかな過重状態になったアグリは、体を震わせ、前進できなくなってしまった。
「あれ、アグリ? あれっ?」
和希は懲りずにレバーを蹴り上げ、白い農薬的なものをまき散らす。その度プチパニックになるアグリたちを見て、ヘイリーは顔を赤くしながら言葉を吐いた。
「ああもう、さっきから何遊んでんのよ!?」
その一声で我に返ったのか、救出班の面々はアグリに謝りながら下りていき、自分たちの足で歩き始めた。
「おい、さっきから声がしねえが、どうなってんだ」
リネンの頭に、ヨサークの声が響く。ああそうだ、すっかり返事をするのを忘れていた。リネンはやっとまともになった集団の最後尾に位置しながら、テレパシーを返した。
「……なんでもない。今、そっちに向かうから」
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