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まほろば遊郭譚 最終回/全四回

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まほろば遊郭譚 最終回/全四回
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第五章 まだ逢えぬキミたちへ1

――TOKYO CITY――

鬼城 貞康(きじょう・さだやす)様、我ら家臣一同、数千年の長き日を偲び、お待ち申し上げておりました」
 一同膝をつき、深々と頭を垂れる。
「はは、そなたたち……ナリも格好も随分変わったのう」
 貞康はそう言いながらもむせび泣いていた。
「わしをまだ……将軍と呼ぶか」
「あなた様以外に誰がおりましょうや。この絆、そう簡単に絶ち切ることは叶いませんぞ。お覚悟召されよ」
 ジーンズにTシャツ。現代風の若者たちの中には、髪を染めたり、ピアスをしたり……そんな者も居る。
 しかし、その眼差しは鋭く、熱がこもった。
 貞康はこの国は豊かなのだと思った。
「人は最も多くの人間を喜ばせたものが、最も大きく栄えるものじゃ。数千年前の礼をここで云う。ようやった……」
 貞康は彼らを褒めたたえた。
「そなたたちの働きがマホロバを救った。今は向こうで、かつてのそちたちのように苦しみながら戦っている者たちがおる。人が、世界を作っていくのだ――」




――マホロバ 城下街――

「お前を怪我させてしまったのは、私に迷いがあったせいだ。すまない」
 蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)は龍の鼻の頭をなでる。
 橋の下で、龍は一鳴きした。
「ここからは私一人で行く。しばらくここにいろ」
 正識は背の聖十文字槍を片手に土手を駆け上がる。
 マホロバ城下とともに、前方には濠に囲まれた鬼の住む城が見える。
 どことなく焼け焦げた臭がする。
「そういえば、東雲が焼けたときいたな」
 正識の頭に遊女や客の顔がちらりと浮かんでは、消えた。

卍卍卍


 マホロバ城下にある診療所には怪我人が運ばれている。
 逃げる際や、噴花の二次被害で怪我をしたり、体調を崩した人もいる。
 東雲遊郭を焼けだされた遊女や影蝋たちもいたが、彼らは一般の人から少し離れて身を寄せ合っていた。
明仄(あけほの)さん、体の具合はどう?」
 七刀 切(しちとう・きり)が重湯を持って遊女に勧める。
 切は匙ですくうと、息を吹きかけて冷ましてやった。
「もしかして猫舌だった? 気付かなくてごめん」
 明仄は首をふるだけだ。
「……勝手に医者に見せたこと、同情のつもりはないよ。明仄さんに助かってほしいってのは本心だ。だけど、遊女の誇りを傷つけちゃったのかもしれないねぇ」
「……アタシは、誰にも知られたくなかっただけ。こんな……姿、誰にも」
 明仄は顔を両手で覆った。
「化粧もしてない姿なんて、見られたくない」
「明仄さん、私、正識に会ったよ……」
 イランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)が、柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)よいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)と共に病室を訪れていた。
 イランダが見舞いを差し入れながら言った。
「彼の意思を確認してみたけど……頑なだったよ。もし、彼を揺さぶることができるなら、明仄さんしかいないと思うの。病気で大変なの分かってるから無理はできないと思うけど、彼に逢って欲しいな」
「ボクからもお願いします。思い悩んでいる明仄姐さんが心配です。外へでてみませんか?」
 『ももたろう』が渡せなかった卵で作った「たまごふわふわ」を渡す。
 『ももたろう』渾身の出来である。
「これ食べて元気になってください。ボクもお伴しますから」
「お前さん、稽古はどうしたんだい? 着物は? お化粧は?」
「え……えーと……ボク、保護されたから。身請けっていうのかな?」
「人前にそんなナリで出る子がいるかい。もう遊女でないからといって、男のような格好するんじゃないよ」
「う……うぅ」
 叱られて涙目になる『ももたろう』をイランダがかばった。
 黙って成り行きを見守っていた北斗も間に立つ。
「おまえも頑固だな、明仄。 案外、あの審問官様と似たもの同士じゃないのか? お似合いだ」
「正識様を悪く言うのはやめて。私とあの方じゃ、人間そのものが違う。比べるだけ失礼だろ!」
 明仄は本気で怒ったようで、『ももたろう』たちに掴みかかろうとした。
 そのまま体制を崩し、ぐらりと倒れこむ。
「いい加減になさい!」
 突如、ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が明仄の手を掴んだ。
 明仄の横の頬を打つ。
「ちょ……何すんだ!?」
 慌てて止めに入る切をルディは撥ね付けた。
 よく見ると、ルディの目は赤くなっている。
「……好いた男が死を覚悟して戦ってるてのに、己に浸って何をしてるんですの。あなたにそんな暇があると思って?」
 ルディはまるで自分に言い聞かせるように、明仄に向かって言った。
「私は……残された。きっと、生きて……生き続けなくてはならないから。でも、あなたは、彼を道連れにするおつもりなんですの? その先まで……輪廻の先まで想いを持って行こうとは思わないの? 正識様のこと、あのままにしておくおつもり?」
「正識様が負けるはずがない。アタシが消えても、あの方に何の関係もない。たとえ輪廻で生まれ変わっても、知らぬところの話しさ」
「おい、まだだ。まだ、輪廻とか再生とかいうな。今はまだ、ここに居るんじゃないか」
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、ルディの肩を掴んだ。
「あんたがどう考えていようと、おれは今にしか興味ない。死の宿命から逃れられるような輪廻に希望を見出すより、最後の瞬間まで笑顔で居て欲しいと思う……」
 トライブは白い明仄の手を握った。
「俺ん所に来ねぇか?」
 明仄が驚き、トライブを見あげた。
 トライブは大げさなくらい楽しそうに語る。
「世界は広い。一緒に、見てまわろうぜ。シャンバラ、カナン、エリュシオン――過去を振り返る暇もないくらいだ」
 明仄は黙り込んでいる。
 トライブにもおおよそ答えはわかっていた。
 それでも彼は、明仄の心に小さくてもいい……希望の明りが灯せたらと思う。
「夢ぐらい見たってバチはあたんねーよ」
「アタシは……」
 今、男を受け入れたら、自分は変われるだろうか。
 別の人生を歩むことができるだろうか。
 もし、人生をやり直せるとしたら、違った道を選ぶだろうか……?
「後悔してない」
「そう…か」
 トライブはふっと笑った。
「じゃあ、俺の最後の願いきいてくれるか。本当の名前を教えて欲しい。本名で呼ばせてくれ」
「……あ……」
「あ……? 何?」
「あ……さ……」
 明仄が言葉を発しようしたときだった。
 診療所の外が騒がしくなり、悲鳴が上がった。
「龍騎士だ! 七龍騎士が攻めてきたぞー!!」
 周囲は騒然となった。



「ティファニーちゃん、ちょっとヤバイ気するで。さっきから嫌な予感しまくりや!」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)ティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)マホロバ城下を駆け巡る。
 ティファニーはここで逃亡生活を送っていただけあって、地理に詳し……くはなかった。
「さっきから同じ建物の周りを回ってるのは……気のせいデス!」
「そ、そうか。ほな、早よぉ明仄さんのとこにいこうや。正識が現れたようやしな!」
 七龍騎士はマホロバ城へ向かっているらしい。
 それを止めようと、幕府軍は躍起になっているようだ。
「明仄姐サン……正識サンと逢わせてやりたかったデス」
「ティファニーはほんま優しい子やな。よっしゃ、わいもひと肌脱ぐで」
「……シャチョサンは別に服を脱ぐ必要ないデスヨ」
「そっちの脱ぐやない。わいは、ティファニーちゃんのことも心配しとるんや。娘みたいに思うとる。娘の力になってやりたい思うんは当然やろ」
「ミーのオトウサンになりたいのデスカ? ……随分若いですネ!」」
「ティファニーちゃん、それちゃう。ええっと、なんて言うたら通じるんかな。パパ? ちゃうな、なんかいかがわしい響きやな……ああっと、また通り過ぎよった!」
 引き返す社。
 彼の足がピタリと止まった。
 白装束で槍を持った男がいる。
 刀で斬りかかった兵士が倒れこんだ。
「……どうやらビンゴや……」
 七龍騎士を人々が取り囲んでいた。