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まほろば遊郭譚 最終回/全四回

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まほろば遊郭譚 最終回/全四回
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第三章 希望への復興

 第四龍騎士団はマホロバに残り、城を目指しているとの情報が入っていた。
 幕府・葦原軍は迎え撃つ準備を行いながら、一方で噴花からの復興を行わなければならない。
 戦時下での復興活動は、並大抵のことではない。
 それでも彼らはひるむことはなかった。

「米や薬の不当な買占めや商人による値の釣り上げを防ぐ。一番警戒しなければいけない事だ。食は生命に直結することだしな」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は各地を歩きまわる中、回復が何よりも必要だと思った。
 そのため、幕府に市場の介入を打診していた。
「マホロバ城には、長年蓄えられた埋蔵金があるときいた。それを使って、被災民の救済物資へ転用すればよい。こんな時だからこそ民の為に使わなくてどうする!」
 小次郎は「衣食足りて礼節を知る」と語る。
 どんな状況下でも食料が確保され、住む所が確保されれば一定の秩序が生まれるものだというのだ。
 軍人として数々の戦火を見てきた彼なりの持論である。
「私もお手伝いさせてくださいですぅ……戦うのは得意じゃないから」
 百合園女学院メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)たちと共に、民の避難場所への誘導を行っている。
「こういうときに取り残されがちな老人を助けなきゃ。マホロバの人たちは、龍騎士と戦わなくちゃいけないし、私たちの出番だよね!」
 セシリアの呼びかけで人が集まっている。
 しかし、中には住み慣れた家を離れたくないという人もいる。
「落ちつてくださいです。きっと、また元通りの生活ができますよぅ……」
「いつってどのくらいじゃ。生まれた時から此処に住んでいる、先祖代々の家を離れとうない」
「噴花がおさまるまでの辛抱ですぅ。花びらに巻かれたら危険ですぅ」
 住民を説得するため、メイベルは穏やかに話かけた。
 怖がらせないよう真実は言わず、唄うようにやさしく。
 そのとき、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)がマホロバ城からの知らせを持ってやってきた。
「マホロバの城へ受け入れてもらえるって! 大奥が動いたのかしら」
 セシリアは手を叩きながら喜んでいた。
 鬼の秘密や防衛もある手前、全てとは言えないが部分的に受け入れをはじめたらしい。
 それを受けて、小次郎も動く。
「マホロバ城で当座の米を支給する。皆、落ち着いて俺についてきてくれ」
 誘導しながら彼は考えた。
「マホロバ人の民度教育も必要だな」
 将来の人材(財)を育てるために使う金ならば、貞康(さだやす)公とて納得してくれるだろう。
 教育という地面に撒いた種が成長し、マホロバを救う事になるかも知れないのだから……そのために、全国に寺子屋を作る事を提案する。

卍卍卍


 大火に見舞われた東雲遊郭では、焼け残った場所から少し離れて仮長屋が作られていた。
 そこには、逃げのびた妓楼屋や遊女たちが見を寄せ合っている。
 竜胆屋(りんどうや)主人、海蜘(うみぐも)も例外ではなかった。
「銀鼓、どういうことだい。もう一度、いっておくれよ」
「……私は、今までの行動は自分の独断。今まで…海蜘さまや竜胆屋の方々に偽りのあった事、お詫び申し上げます」
 芸者透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)は、海蜘に自分の身分やこれまでの経緯を話した。
 地球から来た明倫館所属の契約者である事。
 遊郭に来る前は大奥女官であり、貞継公そっくりの影蝋を探しだすために遊郭の芸者になった事。
「それでも、結局私は何をしていたのか。役に立てたのかどうか……」
 海蜘は黙ったまま聞いている。
 やがてキセルの煙を吐き出した。
 他の家財道具は投げ捨ててでも、これだけは持ち出したらしい。
「お前さんの目的はいいよ。命があるだけでもめっけものさね。それでも、役に立ちたいというなら……
 海蜘は長屋の戸をガラリと開けた。
「東雲がこのままなくなっちまわないように、手を貸しておくれよ。お前さんは、あの天神明仄(あけほの)から直に稽古をつけてもらったんだろう。お前さんがその気がないなら別に継がなくてもいいが、誰かに芸を伝えておくれでないかい」
「海蜘様……」
「遊郭をとやかく言う連中もいる。利用しようとするお上もね。でも、ここで必死に生きてきたことには変りない。この文化も芸も他の誰ができる? 粋も遊びも知らない無粋な人間にはなって欲しくないんだよ」
 外には黙々と瓦礫を運び出している璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)の姿がある。
 彼が運んだそれはうず高く積まれている。
「黄金だ何だっていうけどさ、確かに遊女は金のために女を売るさ。でもね、黄金よりあのガラクタのほうが、今はよっぽど価値があると思うよ。お前さんの相方にもそういってやんな」
 透玻の重苦しい表情が少し晴れる。
 璃央が迎えに来たのだ。
「透玻様、住民の手当てと再建のお手伝いをいたします。いつまでかかるかわかりませんが、もう一度あの華やかな通りを見たいのです。私は……お金がなくて通うことはできませんでしたが、遠くから拝見するだけでも、美しいものをみて心踊りました」
「美しい……踊り、音色……」
 長屋の角に煤だらけになった三味線がある。
 どこからか、三味の音が聞こえてくるようだった。



「こんな時に物入りだっていうのに、着の身着のままじゃ、どうにもならねえ」
 久我内屋店員坂東 久万羅(ばんどう・くまら)は、
「さ、黄金色の菓子だ。なに、遠慮はいらねえよ。お上が御用達の看板を立てに商人に黄金をせびっている。何に使われるかわからんより、おぬしたちに渡したほうが幾分マシだと主が言っていたものでね……」
 久万羅のいう主人とは、若き店主久我内 椋(くがうち・りょう)のことである。
 久万羅は椋に小声で耳打ちした。
「旦那、いいんですかい。自発的な支援とはいえ、私財をなげうつなんて」
「いいんだ。しばらくは、幕府によからぬ噂も立つかもしれないが、それは役人の働きに任せればいい。不審を抱かれないようにするには、俺たちは被害者側であったほうがいい」
 椋は焼け落ちた東雲の街を見て、思案していた。
 商人としてのマホロバ人の為に自分ができることは何か……、彼は直に力に成りたいと考えてた。
 椋の頭上に、はらはらと舞い落ちるものがある。。
「桜の花びらか……醜いものすべてを覆い隠そうとしているかのようだ」」
「危ない……椋! それに触れるな!!」
 椋が手を伸ばしたとき、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が彼の周りの花弁を剣を振ってなぎ払った。
 彼女の顔は青ざめながら、花弁から護るように氷の盾を椋にかざす。
「どうした、何を慌てている」と、椋。
「これに触れれば、体ごと消えてしまう。お前にはまだまだ利用価値があるのだ。ここで消えてもらわれては……困る」
 モードレットは椋から視線を外し、地面を見た。
「別に貴様を助けたわけじゃないからな。鈍った身体を動かすにはちょうどいい」
 モードレットが再度花びらを振り払っている先で、久しぶりに可憐な声をきいた。
「……聡子! 無事だったか」
「椋様」
 天神遊女在川 聡子(ありかわ・さとこ)は、焼けた東雲の真中で微笑んでいる。
 彼女は他の遊女を励ましながら、此処まで逃げ延びたらしい。
「良かった、もう……会えないのかと思った」
 椋は用意していた別の黄金の包みを見せる。
「これから海蜘のところへ行こう。お前も、もう断らないだろうな」
「……はい。竜胆屋での役割を終えました。明仄様も己の意思を貫こうとされています。これからは椋様の傍にいることがわたくしの役目です」
 海蜘はこれまでの椋たちの働きにご祝儀だと言って必要以上の金を受け取ろうとしなかった。
  数カ月ぶりに聡子は椋の元へ戻り、これほどうれしそうな聡子を久万羅は見たことがないといった。
 モードレットはわざと聞こえないフリをしていた。
「さて、あとは扶桑の大元をどうしてくれるかだが、その前に龍騎士を追っ払えるものなのか。お手並み拝見と行こうか」
 行き交う避難民とは逆の方向へ走る侍や兵士がいる。
 それらを見送りながら、モードレットたちは仮長屋へと向かっていった。
 マホロバ城下には次々に防衛線が引かれていた。