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まほろば遊郭譚 最終回/全四回

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第一章 マホロバ城にて4

「貞継、帰ってきた」
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)の手に引かれながら、先の将軍鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)が現れたときには、マホロバ城はさらなる騒ぎとなっていた。
 扶桑の噴花の際にその真っ只中にいたということで、彼らは矢継ぎ早に質問攻めにあっていた。
 貞継は「ここで起きていることと変わらん」と言って、直ぐに幕臣たちに噴花の理由と輪廻を招く花びらについて述べると、幕臣たちの審議の報告を待った。
 その間も、スウェルは貞継の側にいた。
「これ……お守り。明日の朝を、一緒に、見れるように。猫も一緒」
 貞継の帰りを待っていた猫が鳴き、足元に擦り寄る。
 猫を撫でながら、きらきらと七色に輝くそれを貞継は不思議そうに見つめていた。
「ありがとう。綺麗だな」
「うん……」
 はにかむスウェルを貞継はからかった。
「お前が笑ったの、めずらしいな」
「そんなこと、ない」
「あるさ」
「ない」
「顔立ちは可愛いのだから、もっと笑えばいいのに」
「あー、もう嬢ちゃんたち、ちょっと静かにしてくれないかな。今、大事なところなんでね!」
 スウェルたちの横でゴロリと寝転んだ作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)が、筆を片手にのたうちまわっていた。
「歴史書なんて立派なもんじゃなくていいのよ。ありのままの扶桑を記録したいわけ。んでもって、この先も読まれる本を書きたい……って、難しいな!」
「ムメイ、絵。上手」
「え、そうかな」
 スウェルたちは『名もなき独奏曲』の筆先でへなへなと描かれた書物を覗き込んでいる。
 なんでも彼はこだわりがあるらしく、誰にでも――あの噴花と共に消えた鬼城 貞康(きじょう・さだやす)でも読めるようにしたいのだといった。
「未来に逝った貞康の兄さんのためにもね。未来まで、ちゃんと残っててくれる保証はないけど」
「未来にもっていくなら、これもどうぞ」
 スウェルのもう一人の契約者であるアンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)が、ピコピコ音の鳴る小槌のようなものを差し出した。
 彼は、これは倒してはならない敵を倒す最強の武器だという。
「私のとっての仲間も、誰も、泣くものがないように。これで決着がつけばいいのです」
 真顔でいい放つアンドロマリウス。
 玩具を奪い、ムメイはアンドロマリウスをピコピコ打ちつつ呆れていた。
「お嬢ちゃん、なんでこんな奴呼んだのよ」
「……貞継の護衛。守るの」
「護衛?」
 そうスウェルに言われて、「そんなに弱く見えるのか」と軽く衝撃(ショック)を受けている貞継に、つと歩み寄る御花実がいた。
 かつて大奥で女中として将軍の身の回りの世話をしていた水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、恭しく三指を突いた。
「私、緋莉(あかり)と一緒にシャンバラに帰るわね。約束は果たせたかしら?」
 緋莉とは貞継との間にできた姫である。
 緋雨は扶桑の花びらに鬼の力を返したと言った。
「この子はもう鬼の力がないから継承問題には関わりないわよね? 今、マホロバは大変な時期だけど、シャンバラ……地球人の私たちが関わりすぎたら、これまでのマホロバがなくなってしまうかもしれないの。だから緋莉も将軍家の子としてではなく、私の娘として連れ帰るわね」
 貞継はただ一言「そうか」と言って、名残惜しそうに小さな姫を抱きしめた。
「そう決めたのなら何も言わん。お前には何もしてやれなかったな。許せ」
 緋莉姫は別れがまだわからぬようで、貞継の髪を引っ張ったり首にしがみついている。
 天津 麻羅(あまつ・まら)はその様子にもらい泣きしそうになっていた。
「わ、わしは決して泣いているのではないぞ。そうじゃ、わしみたいな日本の英霊はそうなのかと思ってな。まさか露(つゆ)の魂ではあるまい。分霊とした英霊とは別に、残りの魂がマホロバ人として生まれ変わったりするんじゃろうか。もしかしたらわしにそっくりなマホロバ人がいるかもしれんな」
「そうかもしれんな。血と同じように、お前や緋雨、緋莉にもその魂の一部分が流れているのかも……な」
 貞継はもう一度緋莉を抱きしめ、次に緋雨と共にふたりを抱きしめた。
「貞継さん……今度逢った時はどうなっているのかしらね? 相変わらず鬼城家の?
それとも……その時を信じて、楽しみにしてるわね」
「ああ、生きていてくれればそれでいい」
 彼女はにこりと笑った。
「あなたもよ?」
「何度か死にぞこなってるからな。しばらくは無理そうだ」
 貞継も笑っていた。