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リアクション
第一章 マホロバ城にて3
マホロバ城の地下。
かつては神子と奉られた姫君は、今はこの暗い部屋で将軍家の子供たちと共に嵐が通り過ぎさるのを待っている。
葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)は、葛葉 明(くずのは・めい)と七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の二人に大奥を事実上きりもりさせていた。
彼女たちは、房姫の説く大奥の役割をよく理解している。
政に関しては、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)が先見の明がありそうだ。
房姫は、何か意見を求められた時には、「将軍家とこの国のためにできることをするだけです。大奥はそれだけ、大事な役割を持っているのですから」とだけ言った。
「そういいながら、私は、渡しだけが安全なところで子供たちと隠れている。貞継様の鬼城家を護るという約束を、このような形でしか果たせない……」
「いや、そなたはよくやってくれた、葦原の姫。礼を言う」
「貞継……様?!」
房姫はあまりのことに声が出ないでいる。
目の前にかつての将軍の姿があった。
貞継は、房姫の膝の上にいた白継を抱き上げた。
「ちょっと見ない間に大きくなったな。驚いた」
「本当に貞継様……お心を取り戻された……?」
房姫は咄嗟に理解し、頭を下げた。
「ご無事で……よく、お戻りになられました」
「房姫、これからの話しをしたい」
以前と変わらない姿のまま、貞継は低くはっきりとした声でいった。
「離縁して欲しい」
房姫の目が大きく見開かれる。
「それは……」
「勝手だと思われるだろうが、今、葦原に立っていけるような人物をこのままマホロバにとどめ置くわけにはいかない。もちろんマホロバの復興は急務だが、この後、必ず葦原藩の外力が必要だろう」
「それは、誰かにそのように言われたのですか」
房姫はふるえながら、貞継の直ぐ側にいた緋桜 ケイ(ひおう・けい)を見つめた。
貞継を直視できないでいる。
「この者は関係ない。ただ幕臣の間にはそう考えている者もいる。そして、余もそう思う」
「ご心配なく。姫も、子供たちも必ず俺がお護りします」
ケイが腰の刀を見せる。
しかし、房姫はまだ茫然自失としているようだ。
「恨んでくれていい、一生。そなたの覚悟を踏みにじったと……」
貞継は深く詫びていた。
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「貞継様、俺は貞康(さだやす)公の最後の言葉が忘れられないんだ」
マホロバ城の地下から、警戒しながら地上を目指すケイは言った。
貞康と過ごした僅かな時間が胸に突き刺さる。
「初代将軍様は言った、『扶桑に取り込まれた者はまた会える。だから、嘆く必要はないのだ』と。だけど、俺はまだそこまで達観できてはいない。マホロバの民は、『今』を生きている人たちだ。死という宿命を抱えながらも今を精一杯生きている。噴花はそんな人たちの命にも介入し、終わりに導いている。先に未来があるから終わっても構わないなんて、簡単な話じゃないはずだろう?」
貞継は地上にでると、空気を求めて息を大きく吸い込んだ。
「そう思ったから、噴花を止めようとした。今ある生命が大事だからと。そのために、マホロバの未来も、マホロバと繋がり深い日本という国の未来も喪失することになるなど、考えてもみなかった」
貞継は、「マホロバの噴花がなくなればやがてマホロバの人口は縮小し、同時に日本での人口も減り続けるのだから」、といった。
「輪廻転生ができないとは、そういうことらしい。やがてマホロバ人も日本人も減り続けていなくなる」
ケイは首を傾げる。
「日本の人口が減っているのは、社会的な要因が原因に思うけど。噴花も関係してるっていうのかな?」
「何も直接的にじゃない。人智の及ばぬあらゆる事象が、蜘蛛の糸のように張り巡らされ繋がっている。物事はいたることろで繋がっている。マホロバで起きた噴花のようなものだって、他所の地で起きないとは限らないのだ。日本とて例外ではない」
天空で見続けたマホロバの地表。
起こる紛争。
絆――。
それらは人が呼び起こし、また、人が助けあって導いているのだ、と彼は言った。
「結局は、人がいなければこの世は成り立たん。世界をつなぎとめているのは『物』でも『世界樹』でもない、『人』だ」
「俺もそう思うよ。だから、この噴花から少しでも多くの命を救ってやりたい。あとは、任せて……」
ケイはそう言って貞継を地上へ送り届けると、再び地下へと姿を消した。
もう直ここも騒がしくなるだろう。
貞継は天空を見上げた。
花びらはまだ上空を舞っている。
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