リアクション
* * * 「プラヴァーの方はもう大丈夫みてぇだな。確かにこいつはすげぇぜ」 誠一達の操縦技量はイーグリットやコームラントで何とか飛行出来るというレベルだ。とても戦闘が出来るものではない。しかしプラヴァーのパイロットサポート、それもアップデート予定のものを使えば、シミュレーター上ではあったがまともに小隊戦を行えたのである。 これなら、確かに専門的な訓練を積んだ者でなくともイコンを操れる。 プラヴァーのチェックが終わり、いよいよイーグリット・ネクストだ。 「博士、そろそろトリニティ・システムについて教えてくれ」 誠一がホワイトスノー博士の目をじっと見据える。 「仕様書やデータ上の単純比較からすると、内部動力だけの覚醒で、ネクストは通常稼働におけるイーグリットの三倍の出力だ。だが、トリニティ・システムをフル稼働させた状態で覚醒させたらどうなる?」 「膨大なエネルギーを発生させ、それを消費して行う『覚醒』がイーグリットと同じなわけがないですよね。仕様書には内部動力のみでのことは書かれていますが、全てを解放したときのことは書かれていません。本当に内部動力だけだったら、トリニティ・システムを採用した意味がありませんよね?」 結城 真奈美(ゆうき・まなみ)もまた、疑問を投げかける。 確かに、F.R.A.G.との戦闘データだけ見れば、圧倒的だった。イーグリットよりも覚醒時におけるエネルギーの安定効率もいい。だが、「たったそれだけ」とは思えなかった。 「作った側の責任として、明確でないものを仲間に使わせるわけにはいかない。仲間を死なせないためにイコン開発に身を投じたのに、リスクが不透明なものを使わせて結果だけ見るってんじゃ実験動物にしてるのと同じだ」 「仕様書に載せず一部の者にしか伝えていないのは、その機能を封印することも考えているからだ」 「封印? なぜだ?」 その誠一の問いには、罪の調律者が答えた。 「単純な話よ。聖像本来の力を引き出せるとはいえ、多くの人はまだそれを持て余している。だけど、新しい力があると知れば、そっちに気が向いてしまう。ならば、せめて聖像の乗り手には、彼らがそれを扱うに相応しくなるまで知らせないでおこうと思ったのよ」 その態度を見る限り、レイヴンのように一歩間違えればパイロットの命が脅かされるものではないらしい。 そこへ、地面を蹴る音が聞こえてきた。浩一と千里が来たのである。 「これからトリニティ・システムの検証を行うんですよね?」 念のためか、確認した上で切り出してくる。 「名は体を表すと言います。出来れば、俺達にもトリニティ・システムの全容について教えて頂けませんか?」 「ちょうど、これからそれを説明しようとしていたところだ」 そこへ、調律者が口を挟んできた。 「でも、条件があるわ。今からここで起こること、聞くことは、わたしが『いい』と言うまで決して口外しないこと。いいわね?」 その眼差しには、有無を言わせないほどの力があった。 「貴方達もよ」 誠一とも目が合う。それほど厳重に取り扱わなければいけないものなのか。 「分かりました。ただ、その前に一つだけ聞かせて下さい。 生み出すのには理由があり、心に沿った理論がある。これは俺の持論なんですが、俺達が望んだように、貴女達はコイツに何を望んだんですか?」 二人がそれぞれ告げる。 「代理の聖像が二つの世界を繋ぐ絆の象徴だとしたら、トリニティ・システムはその絆を深めるためのものよ。それは決して、乗り手である二人の人間の間だけのものではないわ。『器』たる聖像自身との絆もよ」 「この先世代が変化しようとも決して変わることのない、イコンをイコン足らしめる象徴となることだ。二人のパイロットと機体が一つにならなければ、本当の力を発揮出来ないと、これから増えていくだろう未来のパイロットに伝えるために」 それが、トリニティ・システムの存在理由だ。 「完全覚醒での出力は、通常稼働のイーグリットの三乗倍になる。主にサブスラスター用として使われる補助動力と、フローターに組み込まれている浮遊機晶石のエネルギーも全解放することで、従来のイコンとは比べ物にならない数値が出る。そうだな、数字だけ見たら現在世界中に存在しているイコンをかき集めても、ネクスト一機に遠く及ばない」 それはもはや天文学的な数字だ。 「しかしそれは理論上であって、全ての動力が『同調稼働』していなければ出るものではない。単純な同時解放なら、通常覚醒の三倍程度だ。それでもイーグリット九機と同等と考えれば、十分過ぎるだろう」 そのため、こちらの同時解放を「完全覚醒」とし、理論上とされてものは「真の完全覚醒」と定義したとホワイトスノー博士は告げる。 「けれど、『真の完全覚醒』を起動することは不可能じゃないわ。【ジズ】と【ナイチンゲール】の力ならば、ね」 「真の完全覚醒」を遂げたとき、代理の聖像は『本物の神』と同じ領域へと辿り着く。彼女はそう考えているようだ。 「システムとしての説明は以上だ。佐野、結城、始めるぞ」 イーグリット・ネクストのコックピットに乗り込む誠一と真奈美。 「えー、メンテナンス用のキーを挿して、と」 整備科用のカードキーを使い、機体を起動する。 「覚醒、起動!」 まずは通常覚醒からスタートする。ここから、二段階目に入る。 「ロックは解除してあるな。さ、ここからはフル稼働だ」 完全覚醒状態に移行する。エネルギーはみるみるうちに上がっていった。 「さすがにエネルギーの消耗が激しいな。しかも、通常の覚醒と違って一定時間経たないと解除出来ねぇのか」 出力は博士が言ったとおり、約三倍を記録していた。 「このエネルギーで戦闘を行った場合、何が起こるんでしょうね?」 完全覚醒の限界時間は十分だった。完全覚醒が終わった直後、機体の出力が大幅に低下し、通常稼働時の半分程度になってしまっていた。 「完全覚醒によって、十分の間は絶大な力を得られるけど、時間が切れたら元よりも弱くなる。あくまで切り札よ」 人形の少女が誠一達に視線を送ってきた。 「問題は、この出力で何が出来るかってことだ」 「それについては、シミュレーションするしかないだろう」 そこへ、浩一が申し出てきた。 「概念実証をさせて下さい。俺は技術者だ。パイロット達に託すものは、自分で触れ、確認し、責任を持ちたい」 と、ホワイトスノー博士に頭を下げる。 「完全覚醒した後だから、他の機体にせざるを得ないな。お前達二人には戦闘データの方を任せたいが、操縦は大丈夫か?」 「ええ。パイロット科の科目も受けてますから」 調整済みの予備機に、浩一と千里が乗り込む。 「これも私の選択です」 準備が出来たところで、機体と繋いだシミュレーターを博士が起動する。しばらくすると、模擬戦闘が始まった。 誠一はその様子を見ながら、自分が搭乗して検証した覚醒のデータをまとめていた。 「そろそろ完全覚醒か……」 浩一達が覚醒での戦闘に入った。そして途中から機晶エネルギーの供給量が増大し始める。 「あれ、データが」 「完全覚醒のシミュレーション上のデータに、コンピューターがついていけなくなったためだ」 それに対し、調律者が補足した。 「シミュレーターで再現出来ない現象がバグ扱いになってるみたいね。トリニティ・システムによって解放された機晶エネルギーが何を引き起こすかを考えれば、分からなくもないけど」 「どういうことだ?」 誠一が尋ねる。 「ネクスト一機に、九機分のエネルギーが発生しているわ。あまりに巨大なエネルギーにより機体周囲の空間が歪ませられる。さらに、機体が機晶エネルギーに包まれていることも合わさり、完全覚醒時は空気抵抗もゼロになる。機体の構造限界を超えられるようになるのよ。十分という時間制限はあるけど、ブルースロートと組めばほとんどほとんど死角はないわ」 そのエネルギーの大きさは、機体のレーダーがその機体の位置を正しく感知出来なくなるほどだ。 「分かったでしょ? なぜ封印しようと考えていたのか」 「ああ。確かに、短い時間制限はあるものの、ブルースロートと組んだらほとんど無敵だ。とはいえ、急激な機能低下によって、パイロットに隙が生まれるのは予想出来る。もっとも、一番の理由はそこじゃないだろうが」 しっかりと切り札だということを自覚し使いこなせる者でなければ、その隙を突かれるだろう。 「そう、これは『相手を殺さずに無力化する』ための力よ。相手を優しく包み込み、戦意を奪うための『天使の力』。だけど、乗り手によっては破壊の限りを尽くす『悪魔の力』ともなり得る」 それが、このシステムの全容を明かさない最大の理由だった。 |
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