リアクション
* * * 「さて、急ぎで報告すべきことは済んだ」 あとは、神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)に取ってもらったデータに、自分の意見を付け加えておくだけだ。 それとは別に、自分の趣味半分のアイディアもメモに書き留める。 (覚醒が動力部の限界突破であればネクストに搭載された補助動力にも覚醒が適用されないか? 仮説が正しければ補助動力を組み込んだ外部兵装も覚醒の対象に入るか? 覚醒対象が外部でも良いなら、推進力を付与した大型兵装が可能じゃないか?) 思考を巡らせる。 実際、覚醒時において機体からエネルギーを供給しているコームラントの大型ビームキャノンは、威力が上がっている。動力と直結した延長上にあるものは覚醒の影響を受けるので、静麻の考えは間違ってはいない。 走り書きで仮説に基づく兵装を書いていく。 実体弾と魔力弾で牽制と弾幕を展開、動力を組み込むことで新型プラズマライフルやプラズマキャノン以上の高出力プラズマ弾を撃ち出す三門タイプのスラスター付き超大型ランチャー。 機晶エネルギーを放出しながら回転、兵装付属スラスター込みで突撃して結果をこじ開ける超大型ランス。ランスは先端が高速回転するランスとほぼ同じ長さの魔力または機晶エネルギーでコーティングした杭として打ち出せればなおよし。 「こんなところか。まあ、すぐに実現するようなものではなさそうだな」 苦笑する。 「終わったの?」 プルガトーリオが静麻の顔を覗きこむ。 「ああ。というわけで、博士のところに提出してきてくれ」 「え? 私が行って来いって? ちょ、初めての場所、しかもこんな広い場所ですんなり持って行ける訳が」 静麻は慌てるパートナーの言葉を最後まで聞かずに深い眠りへと誘われた。 「……ってもう寝ちゃってわね。仕方ないし、対策も含めて纏めたデータとこの走り書きのメモも持ってちゃっていいのかな?」 寝ていては答えることが出来ないため、そのメモも提出されてしまうのであった。 『博士、プラヴァーの実機でシミュレーションデータを取らせてもらえますか?』 格納庫でシミュレーターを使いながら、プラヴァーのデータを調整していた湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)は、最終段階に入った。 『やってくれて構わない。ただ、武器に関しては実際に使用することは出来ない。が、実機とシミュレーターを繋げば実用的なデータは得られるだろう』 F.R.A.G.戦の際は、ほとんどの機体は最終防衛ライン、しかもパイロットは天学の教官達だった。そのため、激しい戦闘を行ったものは少ない。 「基本形態でのスペックはシュバルツ・フリーゲより少し高いくらいか。ただ、武装パックを装備した瞬間一気に化ける。重火力パック装備での攻撃力は、ブルースロートの防御干渉を受けたイーグリット・ネクストのエナジーウィングすらも破るほどだ」 「高機動パック装備の場合、F.R.A.G.のクルキアータやイーグリット同等の機動力になりますわ。機動力で相手を撹乱している間にプラズマキャノンの発射準備を整えてもらう、といった感じでの運用が基本のようですわね。マジックパック装備機が小隊にいる場合は、遠・近距離兵装とシールド持ちなので、状況に応じてどちらのカバーにも回れるようになってもいます」 高嶋 梓(たかしま・あずさ)が解析したデータを亮一に伝える。 「クェイルの上位互換としては上出来な性能だ」 集団戦においてはかなりの成果を発揮出来るだろう。実用化目前ということもあり、性能面では特にこれから改良すべき部分はなかった。 「よし、最終調整――パイロットサポートシステムの検証に入ろう」 「はい!」 格納庫にあるプラヴァーの実機に乗り込み、シミュレーターとリンクさせる。 「シミュレーション、開始!」 機体が起動されるとすぐに、コックピット内のタッチパネルにメニューが表示される。サポートシステムをオンにする。操縦技量のあるパイロットの場合は、システムを切って全部自分達だけで行うということも可能だ。分かりやすく例えれば、システムありが自動車で言うところAT、システムなしがMTである。 「飛行感覚制御は問題なし」 「十時の方角に敵影確認」 ビームキャノンの照準を合わせる。 「照準補正もよし、と」 引鉄を引く。敵機の動きを負うように照準を合わせてくれるため、射撃が苦手なパイロットでも、ある程度は扱えるようになっている。 「あとは、もう少し精度と行動予測が出来るようにシステムをアップデート出来ればな」 全形態のシミュレートを終えた後は結果を記録し、改めてレポートを作成した。 * * * 「異常はなし、ね」 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はコンピュータールームの入口で警備に当たっていた。 「聞いたところによれば、地上の入口は封鎖、地下の輸送ルートは国軍の本拠地であるヒラニプラと直結しているという。内部にスパイがいない限り襲撃はないだろう」 ホワイトスノー博士はそう言うものの、ルカルカにはそうは思えなかった。 (ポータラカに現れたあの二人の前では、どんなセキュリティも意味をなさないわ) 決して同じ場所にへばりついているわけではないが、常に警戒し気を張っている。 「全校機の方はサポートシステムを改良すれば大丈夫そうだが、問題は天学の機体だな」 コンピューターで各種データを閲覧しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が呟く。 「このシステム、天学の第二世代機にも組み込めないものだろうか?」 ダリルが進言するのは、ガイドオペレーティングシステムの導入だ。特技のコンピューターや先端テクノロジーを生かして、既にプラヴァーに導入されているサポートシステムのデータを組み替えてはいるようだ。 「天御柱学院のイコンは、パイロットの認証キーによってそのパイロットに合わせて各パラメーター設定が自動調整されるようになっている」 「それだけじゃなく、『リアルタイム』で乗り手の生体データに自動対応し、操作を助けられればと思うのですよ」 ルカルカは反応した。 「それと、乗り手に掛かる負担を……生命や意思を侵食する要素の軽減と、外部操作の防止も必要になるかと」 出来る限り、リスクは減らしておくべきだ。 「前者――乗り手の生体データに自動対応というのは、既に実現はしている。問題は、現行のものでは一部のパイロットしかその機体を扱えないことだ。お前の言う、生命や意思を侵食しかねない要素を持っているからな」 「ブレイン・マシン・インターフェイスではなく、コックピット内にセンサーを設置することでの対応は?」 ダリルが尋ねる。 「可能だ。そのセンサーの精度が高ければ、カードキーに記録されたデータとのわずかな差異を修正することが出来るようになるだろう」 しかし、と付け加える。 「技術的には可能だが、ネクストには必要以上の補助システムは積まないようにしている。プラヴァーのようなセミオート操縦が出来れば、確かにパイロットは楽だろう。だが、それは機体構造を簡易化したからこそ実現出来たものだ。ネクストの性能と構造を見れば分かるだろうが、機体のコンピューターが持つ演算機能はほとんどトリニティ・システムの制御に充てられている。ネクストも、パイロットにも高い情報処理能力が必要になるブルースロートも、機体に内蔵されているコンピューターは第二世代機用に造った最新式のものだ。これだけの性能を持つ機体をパイロットが動かすことが出来るのは、それがあるからだ。だが、マニュアル操作になる分純粋にパイロットとしての技量が試される。『力』を持つ資格があるかどうかがな」 機体間連携のために、小隊でレーダーをリンクし合うようなものは問題ない。だが、操縦を手軽にするようなシステムは組み込まない方針だという。 「軍人からすれば、数の確保――多くの人が扱えるようにすべきだと考えることだろう。しかし、天御柱学院のイコンは戦争のための道具ではない。にも関わらず、あまりに大き過ぎる力を持ってしまっている。だが、それを易々と使えるようにしてしまっては危険だ。相応の覚悟を持って訓練を積んだ者が扱える、そのくらいでちょうどいい。元々、誰もが使えるというのはプラヴァーの方のコンセプトだからな」 ダリル考案のシステムはプラヴァーのサポートシステムのアップデートの際に組み込まれることになるようだ。 「それと外部操作に関しては、ブルースロートが持っているような機体干渉機能がない限り、決して行うことは出来ない。もちろん、ブルースロートが敵に渡ってしまった場合に備え、プロテクトを施すことは必要になる。 ……原初の二機の前では気休め程度にしかならないがな」 しかし、原初の二機はアルマインや鬼鎧といった別系統の技術を除いたサロゲート・エイコーンの最上位に位置する。調律者をして、現代ではそれを上回るどころか同程度の性能を持つ機体さえ造れないという。 プラントの生産ラインで組み上げられた機体ではなく、かつての調律者が手作業で組み立てのがその二機であり、一万年前の技術の粋を集めたプラントの設備をもってしても無理らしい。 「ただ、こちらに【ナイチンゲール】がある以上、それは大きな問題ではない。仮に【ジズ】がその機能を発動したとしても、相殺出来るからだ」 セキュリティに関しては、懸念している以上にしっかりと対応されているようだ。 「とりあえず、これまでの意見を元に組んでみた。現在のプラヴァーのシステムと比較するためにも、一度シミュレーションしておきたのだが……テストパイロットの志願者はいるか?」 ダリルが室内に目を遣り、問う。 「俺がやる」 佐野 誠一(さの・せいいち)が声を発した。 「普段から天学のイコンに触れている身だ。どれくらい操縦が楽になったのか、確かめられるしな」 彼もまた博士の助手として、第二世代機に関わってきたのだ。 「それと……むしろこっちがメインなんだが、イーグリット・ネクストのトリニティ・システムをフル稼働したときのデータを実機でチェックしておきたい」 ホワイトスノー博士に申し出た。 「ネクストに関しては、俺達の技量では操縦が難しい。ただ、状態チェックのために起動させるくらいだったら大丈夫なはずだ」 「分かった。仕様書にないトリニティ・システムの全容については、始めるときに伝えよう」 博士が様子を見守っていた調律者に目配せし、移動の準備を始める。 「月夜見、ここのまとめは任せる。何かあったら連絡してくれ」 次いで、ルカルカ達に視線を移す。 「二人はここに残ってサポートを。結果については向こうから送る」 プラント内で検証されているデータが全て集まるのがこの場所であるため、手薄にならないようにしたいとのことだ。 「博士、一つ頼みがあるのですが、宜しいでしょうか?」 ホワイトスノーが部屋を出る前に、聞くだけ聞いてみる。 「調整が全て終わったら、トリニティ・システムや覚醒等の技術や各種データを頂けませんか。どうか、教導団――シャンバラ国軍のイコン開発に力をお貸し下さい」 そのまま使えなくとも、教導団のイコン開発に少しでも活用したい。 「プラヴァーとその周辺に関するデータは公開する。将来的にはシャンバラ王国の主力機となることを目指した機体だからな」 しかし、それ以外は開示出来ないと告げられた。 軍に技術が渡れば、兵器として組み込まざるを得ない。ホワイトスノー博士は原初のイコンを創造した罪の調律者の考えを尊重し、トリニティ・システムや覚醒の情報の取り扱いは「天学生相手にも」気をつけているようだ。 「よし、博士に頼まれたことだし気合入れてかねぇとな!」 望は気合を入れ、モニターと向かい合った。 「頑張ってね。私も出来る限りサポートするから」 天原 神無(あまはら・かんな)が彼を手伝う。博士がしばらく離れるからこそ、頑張らなければいけない。 「でも……癪だけど、この状況で混乱せずにやるべきことをやってる博士は……やっぱりすごいわね」 小声で呟く神無。ホワイストスノー博士が動じずに作業をしていたからこそ、他の人も安心出来ていたのだろう。 「大丈夫、クーデターは外の皆が何とかしてくれる。それを信じて、あたし達はあたし達の出来ることを続けよう!」 博士がいない間もちゃんとまとめられるように、呼び掛ける。 オーダー13が自分にも刷り込まれており、学院にいる強化人間の友人がクーデターの首謀者の意のままにされているかもしれないことを考えれば、神無も不安なはずだ。 それでも今自分に出来ることをやろうとしているのだから、望も不安がってはいられない。仲間を信じ、ここで全力を尽くすだけだ。 (ベルイマン科長、姉御、無事でいてくれよ……!) あの二人にも、改めて礼を言いたい。以前の自分だったら、ここまで落ち着いていることは出来なかっただろう。科長と姉御から叱咤された日のことは、今でも鮮明に覚えている。真司ことの大切さを知るきっかけを、そのとき与えてくれた。 調整が終わり次第、すぐに輸送ルートを使って機体を万全の状態で運び出すための準備も並行して始める。 無事に海京が解放されることを信じて。 |
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