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リアクション
【10】
「さて、まずは今、置かれている状況を把握し整理してみましょう」
名探偵シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、名探偵のパイプをくわえ、深く椅子に腰を下ろした。
第8地区の古いカフェテラスの二階、開放的なオープンテラスにあるその席で、彼女は思考を巡らせる旅に出た。
1、ここはグランツ教の治める宗教都市『グランツミレニアム』。
2、クルセイダーが何かを調査している(おそらく自分たちのこと)。
3、ベールを被せられているかのように、記憶に思い出せない部分がある。
4、手の甲に、謎の変化する数字が刻まれている。
(我々が抱えている問題はこんなところでしょう)
この中で大きな問題なのは、3、記憶に関連する事項だ。
記憶術を使える彼女は、どこからどこまでの記憶がないのかを確かめてみた。記憶に混乱が生じているらしく、正確な期間はわからないが、大まかには、1日、2日前から記憶が喪失している。
(……ふむ。なるほど)
シャーロットは、通りを眺めた。ずっと奥に、巨大なホログラフィが見える。
(ああ。もう一つ、気になる点がありました)
超国家神。グランツ教の象徴であり、絶対的な中心。彼女とこの一件の関連性はまだ見えてこないが、調べてみる価値はありそうだ。
探偵の直感に従って、彼女は超国家神と接触する事を当面の目標に据えた。
(町の人の話では、この都市に彼女はいないとのことでしたが、都市の中央にある大神殿、あそこになら彼女に繋がる手がかりがあるかもしれませんね)
遠くそびえる大神殿を見つめた。それから手前にある大きな門に視線を移す。
北の第6地区に続く門は、固く閉ざされていた。門の左右は、高い壁がどこまでも続き、門の前には、クルセイダーの一団が集結している。
大神殿に行くためには、第6地区を通らなければならない。
(あそこを突破する方法を推理しなくては……)
その時、悲鳴が聞こえた。
店の前を、寿子が血相を変えて走るのが見えた。リナとベファーナ、理知と智緒も一緒に。その後ろから、クルセイダーが追いかけてきているのも見えた。
「……どうしよう、理知ちゃん。北の門にも、クルセイダーがたくさんいるよ」
「……と、とりあえず、そこの角を曲がろう。後ろの人達をなんとかしないと!」
五人は、角を曲がってスタコラと去って行った。
同カフェテラスに、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の姿があった。
彼女は、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)と清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)と北の門を突破する方法を考えているところだった。
「……しかし、どんな地区なんか、わからんとこになんでまた?」
「わからないからこそ、行く価値があるんだよ」
不安そうな青白磁に、詩穂は言った。
「どのみち、どこに行っても、ここが未知の場所であることには変わりないんだし。だったら、より多く情報を入手して、共有して、統合することが今の状況を把握することに繋がるでしょ?」
「しかし……」
「一見、危険そうだけど、実は向こうのほうが安全かもしれないわよ」
そこに、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が現れた。
彼女も北の門を突破するため、那須 朱美(なす・あけみ)と宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)と一緒に、敵の状況を窺っているところだった。
このカフェテラスは、北の門との距離もちょうどよく、監視には最適なのだ。
「安全って、どういう事じゃ?」
「ほら、信仰にトチ狂った下っ端がいそうなこっちより、見たところ、教団の偉い人のいる感じの向こうのほうが、いざって時にまだ話が通じるんじゃないかしら」
「……クルセイダーのトチ狂いっぷりを見るに、そうは思えんが」
とは言え、虎穴に入らずんば虎子を得ず、である。
目下の問題は、門を守るクルセイダーの存在だ。
それぞれ、隠れ身、光学迷彩、隠形の術など、身を隠す術は持っているが、それがどこまで彼らに通用するかわからなかった。少なくともあれほど厳重に警備を固められている状態では、接近するのは危険な気がする。
強行突破という選択もあるが、この先、補給を受けられるかどうか定かではない状況で、消耗するのは更なる危険を招く事になりかねない。
「戦闘を避けるのは賛成よ。少なくとも”義弘”を使うのはやめたほうがいいわ」
「僕? なんかだめ?」
朱美の言葉に、義弘は首を傾げる。
「目立ち過ぎるもの。戦闘を避けられない場合でも、極力、刀形態の彼を使わず、素手で対応すべきよ。魔鎧になった私を纏っている間は、拳聖の技能を引き出して使えるから、ある程度の状況には対応出来ると思う」
祥子は頷く。
「理想を言えば、戦闘は完全に避けるのが吉だけどねぇ」
「せめてもう少し、数が少なければ、安全に突破する事も出来そうなのですが……」
セルフィーナが言ったその時、警報が鳴った。
「な、なんです!?」
それは、第7地区に目標が侵入した事を知らせる警報だった。
警報は、援軍の要請も兼ねており、警備の半分が、第7地区に移動を始めた。
「これは……チャンス?」
「ゼノビアさん。言われたとおり、買ってきたわ」
買い物から帰ったシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)は、ゼノビア・バト・ザッバイ(ぜのびあ・ばとざっばい)に、卓球の玉と度数の高い酒、ライターを渡した。
「……買ってきたけど、でも、こんなもの何に使うの?」
「使い道は色々ありますよ。卓球の玉は細かく砕き、容器に入れて燃やせば煙幕に。お酒はイザという時に火炎瓶を作れますし、消毒にも使えますからね」
「そんな小細工の説明はどうでもいい。早く作戦を説明しろ」
グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)は、イライラしながら言った。
「物事には、順序がありますのに……」
その作戦とは、北の門を越えるための作戦。彼女達も第6地区を目指していた。
「あのクルセイダー達、うちのバケツ頭と同じに碌でなしですが……」
「なんだと!」
「それでも奴らは宗教騎士団です。奴らは信者を見捨てられない。それをしてしまえば、神に己が身を捧げた聖騎士ではいられない。だから、奴らは信者が助けを求めれば、それに応じるより他ありません。それが奴らの枷であると私は考えています」
それから、作戦を聞いたグレゴは、なるべく人目のない路地に、一人向かった。
適当に市民を捕まえ、いきなり襲い掛かった。
「我こそは、中世最強と謳われたテンプル騎士団が騎士、グレゴワール・ド・ギー! 神の御名を侮辱し、この世に邪悪を運ぶ、邪教の都にいざ鉄槌を下さん! 邪教に仕えし大罪は自らの血で持って償うべし!」
「な、なんだぁ?」
剣を目立つよう振り回し、哀れな市民を追い回す。
騒ぎに他の市民が気付き始めたところで、ゼノビアも騒動をまわりに広める。情報攪乱だ。騒動は大きくなり、北の門のクルセイダー達が動き始めた。
「……よし」
ゼノビアの合図で、グレゴは先ほどの卓球の玉で煙幕を炊き、その場から逃走。
路地を迂回して、ゼノビアとシャノンと合流し、北の門に走った。
騒動に気をとられ警備が離れている。その隙に、三人は第6地区に入った。
「クルセイダーが門から消えたよ、祥子ちゃん!」
「今しかないわ!」
その瞬間は、詩穂と祥子にとっても好機となった。
詩穂とセルフィーナは隠れ身、青白磁は隠形の術で身を隠しつつ、空飛ぶ魔法で壁を飛び越える。
祥子は、魔鎧化した朱美を纏い、義弘を身体に巻き付けると、光学迷彩で姿を消し、氷雪比翼で同じように壁を飛び越えた。
オープンテラスに残ったシャーロットは、再び深く椅子に腰を下ろした。
「……なるほど。陽動作戦。空からの侵入。どちらも効果的な作戦ですね」
パイプをくわえる。
「……しかし、どちらの術も持たない私はどうしたら……」
推理は煮詰まっていた。
第6地区は、教団の関連施設が密集する地区だ。
主に、神官の住居。その他に、特別な儀式に使われる聖堂など。場所によっては普通の神官でも立ち入れないような施設もあるようだ。屹立する建築物はどれも美しく、豪奢で目を奪われるような美術的価値の高いものばかりだった。
中で合流した三組は、誰にも見つからないよう調査を始めた。礼拝の時分なのか、人の気配はなく、ひっそりと静まり返っている。
セルフィーナは、嵐のフラワシを偵察に向かわせ、先の様子を探った。
「フラワシなら、人間よりも発見されづらいと思うけど……本当に大丈夫?」
「詩穂様。何も考えなしにしているわけではありませんわ。教団は、未来の組織と聞いております。ならば、コンジュラーやフラワシという過去の遺物、オカルトの亡霊の存在など、彼らは知る由もないでしょう。看破される事はありません」
それは、教団の実体を甘く見積もり過ぎた考えだった。
「……何者だ!」
突然の声に、慌ててフラワシを引っ込める。
神官が数名、通りに現れ、辺りを見回した。
未来の組織だから、過去の遺物など知る由もないと彼女は言ったが、未来の組織だからこそ、過去の技術は研究され、その対策は万全にとられているのだ。海京に現れたクルセイダーも、フラワシとは真っ正面から応戦している。
「……あの人達、フラワシ見えてるけどー?」
「……きっと過去のことに研究熱心な方達なのです。偉いですわ」
「……静かに」
祥子は、口元に人差し指を添えた。
物陰に伏せ、様子を見ていると、神官を連れ、一人の若者が現れた。
柔らかな桃色の髪に、宝石のような青い瞳、西洋人形を思わせる整った顔……。
「メルキオール……」
まだ青年だが、グランツ教の司教にして、クルセイダーを束ねる闇の実力者だ。世のため人のためを信条とする人格者の反面、教団の理想のためなら、一都市を滅ぼす事を平気で実行する恐るべき人物である。
もっとも、彼の中でその二つは矛盾していない。何故なら、教団の理想を実現することは、世のため人のためになると本気で信じているからだ。しかしだからこそ、彼は恐ろしい。善行と思い込んで、悪逆を行う人間ほどたちの悪いものはない。
「邪神の教えを広める悪魔の手先め……!」
怨敵を眼前に捉え、グレゴは全身から殺気を放った。
「……ちょっ!」
詩穂は、点火された爆弾を見る目で、彼を見た。他のみんなもハラハラ。何をしでかすかわからないので、気が気ではない。
「お、落ち着いて。あ、そうそう。掌に人という字を書いてだね……」
「それ違くない? こういう時は、深呼吸だよ。深呼吸。すーはーすーはーって」
シャノンと義弘は、猛獣を落ち着かせるように言った。
しかし、彼は自ら昂りを収めた。
「邪教徒共に裁きを下し、それで死んだとしても構わぬ。騎士となりし時からこの身、死など恐れておらぬし、悔いもない。神は、我に正義の実行を求めているからだ。
だが、今倒れることになってしまえば、超国家神を名乗る痴れ者を討つことは出来なくなる。故に今は耐える。神を騙る愚者を必ず討つために」
ほっと胸を撫で下ろし、彼らの会話に耳を澄ませる。
「……影が見えたと思ったのですが、気のせいだったようです。失礼しました」
「イエ。構いマセン。どうぞ、報告を続けてクダサイ」
「はっ。報告によれば、時空震の因子は複数のことです。確認された侵略者(インベーダー)は、第7地区に逃亡中だと」
「そうデスカ……。神に愛されしこの都市の威信と、平和を愛する市民の皆サンの安全のため、しかるべき対応をお願いシマス」
「……はっ」
別の神官が、メルキオールに報告を始めた。
「先日、サルベージされた旧海京の計画書を元に、閉鎖空間発生装置を開発中です」
「閉鎖空間?」
「ええ。条件を満たさぬ対象の力を奪う空間です。非契約者ならその空間を認識する事すら出来ませんし、契約者でもその力を削ぐには十分な効果を発揮します。完成の暁には、我等の神罰代行に、多大な貢献をするものになるかと」
「それは、素晴らシイ。超国家神様もお喜びなられマス」
また別の神官が、報告を始めた。
「進行中の”G計画”は順調です。例の計画書を元に、創造した”ガーディアン”はまだ生育途中ですが、試算した以上の戦闘能力を確認出来ました」
「祝祭の日に、お披露目する事は出来マスカ?」
「お任せ下さい。司教様のご期待に添えるものをお見せ出来ると思います」
「楽しみにしてイマス」
彼らは、息をひそめる皆の前を通り、第6地区の奥へ消えて行った。
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