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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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第4章 アタシュルク一族

「はい、終わりました」
 ぽん、と包帯の上から軽くたたいて、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)はにっこり笑って見せた。
「あ、ありがとうございます…」
 青年は美人の女医さんに幾分ぽーっとなり、上の空気味に礼を言う。
「まだ血を止めただけです。無茶をすると傷口が開いてしまいますから、数日は安静になさってください」
 と言う燕馬に、何度も何度も頭を下げて、青年は治療室を出て行った。
「燕馬の女装もたいしたものですわね。ずい分と名残り惜しげに振り返ってますわよ」
 看護師姿のリューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)が、治療に使用して量が減ったものを補充しながらちらりと燕馬を盗み見た。
「燕馬?」
「……ん? ああ、リュー。なに?」
 燕馬は患者がいなくなって自分たちだけになったためか、すっかりいつもの寝ぼけたような、ぼーっとした顔つきに戻ってしまっていた。どうも先のリューグナーの言葉も耳に入れてなかった様子だ。
 これでも治療者を前にすればいくらかはしゃっきりとして、手際もよくなるのだが、普段のこうした緊張感のない姿はまったくしまらない。
(いつものことながら、不思議な男ですわね)
 腰に手をあて、ふーっとため息をついたとき。
「ツバメちゃんっ、ツバメちゃんっ! 褒めてくださいですぅーーーーっ!」
 ばーーーんっとドアが内側の壁にぶち当たるくらいの勢いで、フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)が飛び込んできた。
「もう! 相変わらずうるさいですわ! もう少し声のポリュームを落としてくださいなっ」
「ごめんなさい」
 しゅん、となって、上目づかいにリューグナーの顔色をうかがう。
 ちらちら。ちらちら。
「んもうっ。それで、何を褒めてほしいんですの? 言っておきますけど、治療のお手伝いをサボって途中で抜け出していたんですから、いい情報でないと許しませんですわよ!」
 リューグナーが折れたのを見て、とたん、ぱあぁとフィーアの表情が輝いた。
「うん! あのね、フィーア、こっちのおばさんたちとお茶してきたんですぅ」
「お茶?」
「だって、情報を得るならやっぱり女性の井戸端会議なのですぅ」
「むむ…」
 言われてみればそのとおり。
「フィーア、すごいね」
「ふふっ。そりゃあこう見えても、フィーアはツバメちゃんよりずっとずーっと世間を渡ってきたんですからぁ」
 燕馬に褒められて得意げにフィーアは胸元に手をあてる。
「それで? 何が分かったんですの?」
「あ。えーとね、ハリールちゃんってね、ここの氏族長さんの姪御さんなのですぅ。でも、氏族長さんの逆鱗に触れて、お母さまともども東カナンを追い出されてしまったのですぅ。そのときお父さんはおふたりを逃がすために、氏族長さんの幻獣に食い殺されてしまったんだそうですぅ。だからきっと、ハリールちゃんはその復讐しようとしてるんだと、皆さんそのうわさでもちきりだったですぅ」
「それはまた……すごいね」
 父親を食い殺され、母親とともに追放された。それは十分復讐の動機にはなる。
「それで? なぜ氏族長はそんなことをしたんですの?」
「えっ? えーと…」
「何が逆鱗に触れたのか、調べてないんですの? 片手落ちですわっ」
「えーと、えーと…。ウッソー、怖いですぅ」
 突然燕馬が閻魔印のファーストエイドキットを手に立ち上がった。
「燕馬?」
「ここの氏族長さん、長患いしてるそうだから……往診に行ってくる」
 そのときの会話で訊き出せたらと思ったのだが、残念ながらそうはいかなかった。
 アタシュルク一族の氏族長バシャン・アタシュルクは、もう何十年もかかっている主治医の薬師以外の治療を受ける気はないと、会うことすら拒絶したのだ。
「そうですか」
 しかたない。
 戻ろうとした燕馬は、ふと奥から出て来る男性に気付いた。
(あれは……たしか、セイファさん)
 シャンバラの治療術に精通した闇医者として接近したとき、会った人物だった。バシャンの幼なじみで、バシャンから全幅の信頼を得ている。彼がバシャンと外界を橋渡ししているとも聞いた。
 彼から何か得られないだろうか? 燕馬は彼に声をかけた。
「よかったら、お茶でもしませんか」
 疲れきった顔つきに、断られるかもしれないと思ったが、セイファは彼の誘いを受けてくれた。治療を受けた男たちの具合を聞きたいというのが彼の理由だった。
「今この地では伝説の竜イルルヤンカシュが目覚めているとか。……シャンバラで聞いた噂ではいまいちその偉大さがピンとこないのですよ。詳しいお話をお伺いしてもよろしいですか?」
 それで燕馬が聞いた内容は、ほかの者たちが話していたものと大差なかった。いわく、幸運を授ける竜、数百年に1度目覚める、といったものだ。
「それを対話の巫女のバシャンさんが鎮めるんですね」
 セイファは精神的に疲れていた。おそらくそれが幸いしたのだろう。彼はあやふやな笑みを見せたあと、お茶の入ったカップを額に押し当て、吐露するように話した。
「バシャンはそうすると言っています。彼女は昔から気丈で。ネルガルの乱でこの地が荒れ、魔物がはびこったときも、一族全員が団結してこの危機を乗り切るのだと言って…。病床の身でありながらジズを使って魔物たちを追い払い、わたしたちを守ってくれました。常に一族のことを考えている、すばらしい指導者です。
 ですが、おそらくそれもいけなかったのでしょう。彼女の病はさらに悪化してしまいました。もう神輿を使わなければ、自らの足で歩くこともできません。はたして今の彼女にイルルヤンカシュを鎮めるだけの力があるのかどうか…」
「バシャンさんしか対話の巫女はいないんですか?」
 燕馬の言葉にセイファは一瞬顔をこわばらせた。そしてやんわりと首を振る。
「あなたはハリールのことを言ってるんですね。だれから聞いたかは知りませんが……あれはだめです。あれは外で育ちました。一族のために動いてはくれないでしょう