シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

リアクション公開中!

魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

リアクション

 その者たちが現れたのは、もう大分日が西に傾き、そろそろ野営地を決めようかというころだった。
 魔獣や幻獣を伴った十数人の男たち。いずれも厳格な表情で道幅いっぱいにに立ちふさがっている。主君の感情の影響を受ける獣たちはそれぞれ威嚇の声を発しており、かなり不穏だ。そんな様子を見れば、ひと目で目的が分かるというもの。
「現れたか」
 コントラクターたちは馬車から下りて、同じように広がった。
「ハリール! どこにいる!」
「あたしはここよ!」
 ハリールは毅然と胸を張って前に出た。
「危険だ。きみは後ろに下がっていなさい」
 前に出たハリールを戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が押し戻そうとする。
 先に声を発した男が言葉を続けた。
「よくもこの東カナンに舞い戻った、われら一族を絶望に落とした忌み子よ! 150年前、バシャンさまがきさまたち母子に与えた温情を忘れたか! おとなしくこの国を去ればよし、これ以上進むというのであれば、われらは全力を持ってきさまを排除する!」
「みんな、聞いて! あたしはただ、お母さんの代わりに対話の巫女として、イルルヤンカシュを――」
「半分獣のきさまごときが巫女を名乗るな!! けがらわしい!!」
 後ろにいた壮年の男が鬼のごとき形相で一喝した。
 大勢の前で面罵され、激しい拒絶の言葉を受けて、反射的ハリールの体がびくっと跳ねる。
 それでも懸命にのどの奥から言葉を押し出した。
「あ、あたし、は…」
「無駄です。彼らがあなたを必要と考えるなら、こうした手段に出ることはなかったでしょう」
「そーそー。こういう輩には、言っても無駄ってね」
 セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)の乗ったワイルドペガサスの手綱を引いていたナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が小次郎の言葉を支持した。
 小次郎はハリールを背にかばい込み、声を張った。
「そちらこそ道を開け、私たちをおとなしく通していただきたい。こちらには率先してあなたたちと戦う気は毛頭ないが、そちらから手を出すというのであれば、この限りではないことをことわっておく。私たちとて無抵抗にやられはしない」
 その言葉に対する返答は、これ以上ないほどあきらかだった。
 空飛ぶ箒スパロウで上空から警戒していたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が真っ先に気付く。
「バ、バジリスクが、きます…っ!」
 緊張をはらんだ声で、つかえながらも鋭く警告を発する。直後、キエエエエーーーーッ! と甲高い声を発しながら、バジリスクが爪とくちばしで急降下を始めた。
「みんな散れ! 各自迎撃体制をとれ!!」
 小次郎の言葉と同時に、全員が最も戦いやすいと定めた場へ散らばった。
「大丈夫よ、ハリール! あたしの後ろにいて! どんな攻撃がきたって全部防いでやるんだからッ!」
 敵の目的はハリール殺害にある。だからだれがどこに攻撃を受けようとも、最も固めなければいけないのはハリールの防御だ。
 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は風に乗りて歩む者を用いてハリールたちの元へ行くと、即座に小次郎とは反対側について防壁の1枚となった。
「あたしも戦えるわ!」
「どんな敵かも分からないうちはだめよ!」
 甚五郎との手合わせはマーガレットも見ていた。ハリールがそこそこ戦えるのも知っていたが、彼女は血の気が多く、すぐ熱くなって無茶な戦い方をすることも見抜いていた。
「ま、血の気が多いっていうのはあたしもあんまりひとのこと言えないかもだけどねっ」
 自分の考えたことにうんうんうなずいて、ダンシングエッジをすらりと抜いた。
 身構えたところへ、バジリスクの1羽が迫る。鉄板も切り裂きそうな鋭い鉤爪が胸を狙っているのを見抜いて、マーガレットは剣の平で受け止めた。
 衝撃にずずと押されたが、読んでいたので軸は揺らぎもしない。はじき飛ばし、相手が間合いから抜ける前に切り裂いた。
 バジリスクは苦鳴の声を上げるも、羽根を巻き散らしながら上昇していく。
「むー。あんまり効いてる感じしないわね。
 リース、何か手はある?」
「え、えーと、えーと……ま、待ってください」
 リースは一生懸命頭のなかの引き出しを探った。イルミンスールの大図書館にはパラミタに生息するさまざまな魔獣や幻獣について書かれた本がある。バジリスクについてもあったはず…。
「た、たしか、人サイズの大きさで、飛行タイプとそうでないタイプがあって、こちらは飛行タイプで、ええと…」
「リース、そこは飛ばして、弱点を教えてっ!」
 旋回し、再び襲いかかってきたバジリスクと戦いながらマーガレットが言う。
「バ、バジリスクは猛毒のブレスと石化の視線を使ってきます! だ、だから、えーと、鏡か何かで反射させればいいですっ!」
「鏡かー。剣の刀身は代わりになんないかな?」
 ナディムはちらと自分の魔術師殺しの短剣に視線を向けた。
 そこを狙って石化の眼光がくる。
「おっと」
 あわてて避けたが、セリーナを庇っている分どうしても動きが制限される。左足のひざから下が石化してしまった。
「げ」
「ナディムちゃん!」
 石化が足を伝うより早く、セリーナが石を肉にを用いて解除する。
「すまないな、セリーナ」
「ううん。それよりナディムちゃん、私にはレラがいます。私のことはいいですから戦ってください」
 ぐるると牙をむいて威嚇していたレラが、同意するように吼えた。
「そういうわけにもいかねーって」
 しかしここはいったん下がるか――セリーナの後ろにまたがって、地上よりもまだ行動範囲の広い上空へ向かってワイルドペガサスを上昇させる。その途中で、セリーナはマーガレットの横をすり抜けて前に出ようとしているハリールを見た。
 彼女を狙ったバジリスクに向かい、虹色の舞を放つ。美しい、色とりどりの花びらは、その見かけの可憐さとは裏腹に、鋭利な刃と化してバジリスクを切り裂いた。
「あ、ありがとう」
 きらきらと自分を守るように舞う花びらを驚きの目で見ていたハリールは、それを放ってくれたセリーナを見上げて礼を言う。
「いいえ」
 笑顔のセリーナを乗せて、ワイルドペガサスはぐんぐん上昇していく。
 空から襲いくる敵とリースたちが戦っている間に、平原では魔獣たちとほかの者たちとの闘いが始まっていた。
「あたしが原因なのに……やっぱり見てるだけなんて、あたしにはできない!」
 刀を抜くと、ハリールは駆け出した。
「あっ、ハリール!」
 ちょうどマーガレットはバジリスクの攻撃を防いでいるときで、とっさに追うことができない。
 ハリールはほのかに朱の色をまとった刀を、白い毛におおわれた獣人ハイートの背中へと斬りつける。しかし金属音が響くだけで、刀は跳ね返されてしまった。
「固い!?」
 てっきり切り裂けるとばかり思っていた。伝わってくる衝撃にしびれた腕に驚き、飛びずさる。
 その姿がハイートと指を組み合って力くらべをしていたコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の視界に入った。
「ハリール、危険だからどいていろ!」
「でもっ…!」
「こいつはおまえの手に負えるようなやつじゃ……ないっ!」
 コアの顔が痛みにゆがんだ。
 ギシギシと音をたてる関節部、小刻みに震えている全身が、彼の苦戦を表している。
「まさか、生身でこの私と力押しで互角に戦う相手がいるとはな…」
「が、がんばれー! ハーティオーーン!!」
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)もそのことに驚きつつも、ハイートの攻撃範囲外でありながらほかからも攻撃を受けないという、微妙に安全な距離を保って激励を送っている。
 彼らの前、突然鋼鉄製の背中の毛の一部がハイートからはがれた。それは先に槍の穂先のような鉄の爪を持ち、鞭のようにしなってハリールを襲う。
「はっ!」
「いけない!」
 神速の速さで小次郎が割り入った。彼のまとった歴戦のボディスーツが激しく損傷し、火花を散らす。胸部が大きくへこみ、刺すような痛みを感じて小次郎は一瞬表情にそれを出すも、すぐさま元の超然とした顔に戻した。
「小次郎、大丈夫なの!?」
 傷を見ようとハリールが手をあてる。
「ほんの少し刺さっただけです。この程度、けがとも呼べません。
 それより、戻ってください。あなたにもしものことがあれば、体を張って戦っている彼らの頑張りがすべて無駄になるんです」
「そっ、そーよ!」
 ラブがやってきて、握りこぶしで同意した。
「あなたを無事連れて行くために、うちのハーティオンだってガンバってんだから!
 とゆーわけでハーティオン? あたしはひとつハリールと行って、彼女を守ってくるから! この場は任せたよろしくねっ!」
 決して安全な所に逃げてるわけじゃあないんだからね〜! そこんとこ間違えないでね〜っ。
「……あー、はいはい」
 いや、どうせラブはハナっから戦力外だし、そばにいられれば彼女の安全にも気を配らねばならず、むしろそうしてくれる方が戦いに集中できていいのだが……なんだかなあ。
「――ふんっ」
 突然コアは戦法を変えた。押しやるばかりだった手の力を横に流し、ぐいと引き寄せる。絡めていた指を放すと手刀に変え、ハイートの首筋に振り下ろした。
「ふんっ!」
 ぎゃあと悲鳴をあげるハイートに、連続で手刀をたたき込む。後退した足がよろめいたところで渾身のアイアンフィストを入れた。
 たまらずハイートは尻もちをつく。
「ガアアッ!」
 休む間も与えず押さえ込みに入ろうとしたコアに、させまいと尻尾で刺突をかけた。
「そうくると思っていたぞ!」
 腹部を貫こうとした尾を両手で掴んで止める。思った以上に鋼鉄の毛はすべりやすく、コアの手のなかで流れたが、寸手のところで刺さるのを止めることができた。
「みごとな一撃であった。くると分かっていたが、それでもヒヤリとしたぞ。
 だが! 私も友を守るため、ここで倒れるわけにはいかん! ――うぉらあッ!!」
手のなかでヘビのようにぴくぴくとのたうつそれをがっちり押さえたコアは、全力でフルスイング。目測してあった木に向かって放り出した。
「うおおおっ! 唸れ【フレイムブースター】! 
 行くぞ! 必殺!『バーニングドラゴン』!!」

 ぐっと両こぶしを腰の横へ引いたコアの体から突如真っ赤な炎が吹き上がった。
 走り出し、ハイートが木にぶつかったところへ肩からタックルをかます。その勢いはすさまじく、木はメキメキと音を立てて割れ、ハイートは叫声を上げて泡を吹きながら暴れた。
「むっ。まだかかってくるか」
 痛みに我を忘れ、両手を上げて向かってくるハイートを冷静に見つめ、コアはパンチを繰り出す。混乱状態となったハイートはガチガチ牙を鳴らしてコアに噛みついたが、機械の体には歯が立たなかった。
「その闘争心、気に入ったぞ! なれば! これを受けてみよ!」
 手刀の連打を浴びせ、たまらずハイートがひざを折ったのを見て、コアはジャンプした。
 数百キロの巨体によるボディプレス。まともにくらえばたまったものではない。ハイートはギャウっと鳴き、全身を引きつらせるとがくりと頭を地につけた。死んだわけではなく、気を失っただけだ。
 だがコアには息をつく暇はない。ハイートは1体だけではないからだ。すぐさま別のハイートが、今度は2体がかりでコアへ向かって行った。
「コア!」
 その光景を視界の隅で捉えて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は思わず叫んだ。
「ルカ、目を離すな」すぐさまダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が忠告を飛ばす。「目前の敵に集中しろ」
「でもコアが」
「大丈夫だ。ナディムが気付いた」
 ダリルの言うとおり、上空のナディムがハイートたちに向かって何か振り撒くという支援に入っていた。格段にハイートの動きが鈍ったので、おそらくしびれ粉かその類いの物だろう。それを見て、ルカルカのなかからすうっとあせりが消える。
「支援に向かいたいのであれば、まずあの白蛇を倒してからだ」
「分かったわ」
 皇剣アスコルドを握り直し、軽く振る。
 彼女たちの前には、無数のグールが立ちはだかっていた。グールたちの後ろには、ほのかに発光する双頭の白蛇が鎌首をもたげて立っており、その赤い双眸でルカルカたちを見つめている。
「エンディム、か。話には聞いているけど、相対するのは初めてよね。たしか魔法が効かないんだっけ」
 かつて聞いたことを思い出してつぶやく。
「そして手足のようにグールを操る、と。
 数は多いけど……ま、全部切り捨てればいいだけだから問題なし。もとから死体なんだし」
 キャンドルを用いて皇剣アスコルドに炎熱属性を付与すると、すっと息を吸い込み、止めて、ルカルカはさながら弾丸のように飛び出した。
 ゴッドスピードで加速した速さに追いつけるグールはいない。ルカルカは対象をエンディムとの直線上に立つグールたちのみに絞り、文字どおり切って捨て、わずかも速度を緩めなかった。
 残りのグールたちにはダリルが後方からパイロキネシスと無量光の炎と光を都度都度で放ち、ルカルカのあとを追わせまいとする。
「……数が多い。1匹や2匹ではないかもしれないな」
 討ち漏らしはいないか、全体に目を配しつつ、ダリルはつぶやいた。