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リアクション
その美しさに惹かれるのは、人だけではないのか。イルルヤンカシュをとりまく有象無象のモンスターの数は半端なかった。
森や山にいるモンスターの筆頭、ゴブリンやオークに始まり、コボルトやハルピュイア、魔犬、そのほか山の生き物が変化したようなものたちだ。大きさは中型犬サイズから数メートルサイズまで。どれも1匹1匹の能力はさほどない、下級モンスターばかりだが、なにしろ数が数だ。十重二十重ととりまく彼らのせいで、それこそ地表が見えないほどだ。
しかし、コントラクターがこれだけそろえば大概のモンスターは敵ではない。
「ふっふっふ」
接近する自分たちに気付き、一斉に振り返ったおびただしい数のモンスターを見て、ルイ・フリード(るい・ふりーど)は不敵に笑う。
「いましたね、モンスターさんたち。これくらいいてこそ、腕がなるというものです!」
「一見したところたいしたレベルのモンスターはいないみたいですけど、どこから何が現れるとも知れません。注意してくださいね、ルイ!」
マリオン・フリード(まりおん・ふりーど)のため、魔除けのルーンを指先で刻みながらシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が言う。
ルイを心配してではない。
「もしマリーにとばっちりがきたら、シャンバラまで蹴り飛ばしますよ!」
と、しっかり最後で釘をさす。
しかしルイはそんなこと全く気にしない。
「分かっていますとも!
さあーて、やりますよー!」
ルイスマイルを2人に向けると、次の瞬間異様にやる気満々のハイテンションで突貫した。
「モンスターさーーーんっ、かかっていらっしゃーーーーい!!」
なぜルイがこんなにもハッスルしているのか? は、最近「家族」「親」というものについて自覚し、悩んでいることに気付いていたセラには分かりやすいほど分かっていた。
(どうせ、マリーにいい格好をして見せて、良い父親ぶりをアピールしたいのでしょう)
このドラゴン・ウォッチング・ツアーに申し込んだのも、いわゆる「親子ふれあい体験」とか「親子林間学校」のつもりだったのだ。道中、意識しすぎて終始ぎこちなく、ちっともマリーとの仲が進展しないことで内心焦れていたのも知っている。面白いから無視して、マリーの世話を焼いたり仲を見せつけてやってたけど。
「お父さん、大丈夫かなぁ?」
完成した結界の中で、マリオンが不安そうにつぶやいた。
「あたしが、ドラゴンさんと一緒におやつ食べたいって言ったりしたから…。記念にうろこがもらえたらいいな、なんて言っちゃったし」
「大丈夫ですよ」
しゅんとなっているマリオンを元気づけようとセラは断言した。
「あの程度のザコモンスター、どれほど束になってこようともルイの敵じゃありません。今までだってそうだったじゃないですか。全然余裕ですよ。ほら、よく見て。殺してないでしょう?」
「ほんとだ」
周りじゅうが敵のなか七曜拳を用いて次々と吹っ飛ばしているルイだったが、きちんと威力はセーブされていて、モンスターは吹き飛ばされた先で気絶して転がっているだけだ。
「もっともセラはそんなに甘くはないですよ」
ほっとするマリオンのそばで、牙をむいて向かってくる魔犬の群れを察知したセラはトリニティ・ブラストを放つ。地をうがつ雷撃に、魔犬はぎゃんと鳴いてたたらを踏んだ。
「マリーにはかすり傷ひとつつけさせません。死ぬ覚悟ができているものだけ、かかってきなさい」
そうしてくれていいんですよ、と言わんばかりのドSな笑みと眼光がモンスターを威圧した。
言葉は通じずとも動物的勘は優れていてか、モンスターたちは遠巻きにしているだけだ。もちろん隙を見せれば襲いかかってくるだろうが、セラを恐れて一定の距離を保っている。
セラの守護によって安全に守られた結界内で、マリオンはイルルヤンカシュを見上げていた。
「こうして間近で見ても、本当にきれいな竜だわ。この竜を見たらいいことが起きるというのを信じたくなるわね」
すぐ近くからそんな言葉が聞こえてきて、マリオンはそちらを向く。頭の右横で髪を赤いリボンでまとめた活発そうな少女がいて、マリオンが自分を見たのを見てにこっと笑った。
見覚えはある。というか、ツアーの案内人のオズトゥルクと親しくからんでいて、移動中もよく肩に乗っていたから目立っていた。
「こんにちは! 佐野 悠里って言います」
「こんにちは……マリオン・フリードです」
「よろしくね!」
元気よくあいさつをする笑顔の彼女のために、マリオンは場所を開けた。
「あの……あなたも、入る?」
「ありがとう。お邪魔します」
セラにもぺこりと頭を下げて、悠里はマリオンのとなりに並ぶ。
「本当は、おじさんを守りに来たんだけど。不要みたいだし」
「あなたはそこでそうしていなさい」
たしなめるようにアルトリアが言った。
「そうですぅ。その方がお母さんたちも安心なのですぅ」
ブーストソードとレジェンダリーソードを両手に持ち、モンスターと相対しながらルーシェリアが同意する。
2人こそまさにオズトゥルクの背後を守るようにしてモンスターを威圧、けん制していた。
「あのドラゴンさんは何百年も眠るのですぅ。もう二度と見えないかもしれないですから、見えるときによーく見ておいた方がいいのですぅ」
「それならお母さんたちも見て」
「ちゃんと見てますよ。……そうですね、これだけ間近で見られたのはある意味悠里殿のおかげです」
近寄るモンスターをなぎ払い、アルトリアはイルルヤンカシュを見上げた。
人間とモンスターの間でこれだけの騒ぎになっているというのにイルルヤンカシュは一切関心を示さず、気付いてすらいないかのように日光浴にいそしみ、ときおり鳴いている。
(………?)
じっと見ているうち、アルトリアはどこか違和感を覚えずにいられなかったが、それが何かまでは分からなかった。
――ルルルルルルルロゥー……
イルルヤンカシュの何かを求めているような鳴き声が、山々で反響する――。
「いい声なの」
左腕を銃に変化させ、ヒプノシスの効果を乗せた弾を撃つことでモンスターたちを眠らせていたサリアだったが、一時、その鳴き声に聞きほれる。
どこか甘く、どこか懐かしさを感じさせるような、ゆったりとした響き。
どうやったらあんな声が出せるようになるのだろう? のどにいい、何か特別な物を飲んだり食べたりしてる?
知りたかったが、残念ながらイルルヤンカシュはゆっくりと周囲をうろつき、ときたまああして鳴くだけで、周りの何かを口にするような動作はしなかった。
「お昼、食べたばかりなのかなぁ」
ちょっと残念。
軽く肩をすくめたサリアの死角をついて、コボルトが背後から槍を突き出す。サリアがそれに気付いたとき、穂先はすぐそばまで迫っていた。
「危ない、サリア!」
それを目撃したミリアが頭上高く魔杖シアンアンジェロを振りかざす。杖の先端から白い輝きがほとばしり、ティナのギャザリングヘクスで強化された魔力が槍を粉砕しただけにとどまらず、コボルトを後ろへはじき飛ばした。木に激突したコボルトは意識を失い、その場に崩れ落ちる。
「ありがと、お姉ちゃん」
「いいえ」
ミリアの動きはそれで止まらなかった。くるっと90度向きを変え、そちらから走ってくる巨大山ネズミのモンスターの群れにすかさず裁きの光を放つ。天使が降らせる光の雨を乗り越えてきたモンスターには、ティナのブリザードが吹き荒れた。
「うーん、まさに数で勝負! って感じね」
水筒のギャザリングヘクスで補いながら、向かってくるモンスターに攻撃魔法をたたきつける。
「それにしたって数が多いわ。山じゅうのモンスターが集結してるみたい。一体どうしてこのモンスターたちはこんなにイルルヤンカシュをとりまいてるのかしら」
「神々しさに魅入られている? とか?」
「それ以外、思いつかないの」
サリアも同意する。
「人が感じる美醜感をモンスターも同様に感じているとは思えないけど……そうね。何か、彼らを惹きつける波動みたいなのを放ってるのかも」
「とりあえず、今は撃退と観察。考察はあと回しよ! あとで翠も入れて、みんなでしよ! サリア、レポート期待してるからね!」
レポートにまとめるのは一応翠の役割だが、それがほとんど期待できない出来に仕上がるのは、これまでの数々の出来事から、みんなのなかに暗黙の了承としてあった。せいぜいが中学生の観察日記レベル、報告書としての完成度はほど遠い。――頑張っている翠には絶対言えないけど。
それを知るサリアも「うん」とうなずいた。
ミリア、ティナと背中合わせになって、向かってくるモンスターを銃撃しているサリアの耳に、またイルルヤンカシュの鳴き声が届く。
――それにしても、どうしてイルルヤンカシュは鳴いてばかりなんだろう?
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