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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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第2章 ドラゴン・ウォッチング・ツアーへようこそ

 北カフカス山に着いて早々、人でごったがえしているふもとの村の入り口を見てセルマ・アリス(せるま・ありす)は目を瞠ってしまった。
「うわぁ、すごい人だなあ」
 どちらを向いても人、人、人。そして彼らを対象とした商売の店が大盛況だ。あきらかに平常時にはないのだろう、屋台が道の両側にずらりと並んで、さながら祭の夜店のごとき雰囲気を醸している。まだ距離があったが、彼らの元までぷーんと食欲をそそるいいにおいが漂っていた。
「おいしそうだな」
 時刻はちょうど昼の食事時。長時間旅してきたこともあって、ついついそんな言葉が口をついて、目が人々の持っている食べ物を追ってしまう。
「セル」
 リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)がたしなめるように名前を呼んだ。
「私たちがこんな遠方の地まで来たのはお店をひやかすためではないでしょう」
 現在この地では数百年に1度目覚めるという吉兆の竜イルルヤンカシュが目覚めているという。カナンにはグレータードラゴン・ティアマトがいて、竜に対する信仰がもともと厚い国だ。おそらくはイルルヤンカシュをおそれることなく吉兆の竜と尊ぶ地元民たちの信仰は、そこから派生しているに違いない。
 セルマは、ちょうど時期的に空京大学への進学について考えていることもあって――あそこは校長がドラゴンだし――、そんなイルルヤンカシュがドラゴン生態学を実地研究するにはぴったりだと思ったのだった。
「気乗りがしていなかった私にわざわざ足を運ばせたのですから、真面目にしてください」
 顔は微笑を浮かべているし、声も淡々としたものだったが、押し出されている威圧感は相当なものだ。
「わ、分かった。ごめん、リン」
「まあまあ。セルマだっていざとなったら真面目にやるわよ」
 中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)――シャオが助け舟を出した。
「情報の整理や分析といった精査能力はセルマよりあなたが優れてるんだし」
「それに、もうじきお昼なんだからおなか空くのも当然ね! ルーマ、ワタシあれが食べたい!」
 流れる人の隙間から見えている肉料理の店を、さっそくミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が指差す。
「それはあとです。まず、オズさんやツアーに参加されるほかの皆さんと合流しなくては。皆さんもう到着しているはずです」
 こちらも理にかなったたしなめをして、リンゼイは周囲を見渡した。
 村の前を待ち合わせ場所にしようと考えるのは彼らだけではなかったようで、村に出入りする人々だけでなく、人待ちで立ち止まっている者、相手を探している者などに加え、出張販売している者たちもいて、まとまりなく雑然としている。
 しかし意外にも――というか当然というか――彼らはすぐに目的の人物を捜し当てることができた。

『歓迎! シャンバラからお越しのコントラクター一同様!!』

 という、七色のド派手なポップアート調に竜やら人やらが描かれたボードを頭上に掲げた男がいたからだ。しかもこの男、クマのような体格の上周りの者たちより軽く頭1つ分以上大きいので、とても目立つ。
 ――あそこへ行くの?
「……うわあ」
 思わずそんな言葉が口をついて出た。
 ぷふーっとミリィが吹き出す。
「もうっ! 何やってるのよ、オズ! 恥ずかしいわねっ!」
 シャオが顔を真っ赤にして、肩をいからせて駆け寄った。
「お? やっぱり来てくれたんだな! 名簿で名前を見つけたときから待ちかねてたぞ、オレの女神!」
 近付いてくるシャオを見つけた瞬間、オズトゥルク・イスキアの表情が輝いた。彼女が怒っている様子なのを見てもどこ吹く風だ。
 シャオの方も彼の言葉を聞いて、ぴたっと足を止めた。
 両腕を組み、ふふん、と心もち背中をそらす。
「そうよオズ、来てあげたわよ! さあ! 私を呼ぶときはどうするんだったかしら!」
「……シャオか。うむむ」
 口先をとがらせ、つまらなそうにシャオを見下ろす。その視線を、追いついたミリィへと向けた。
「彼女はオレに女神と呼ばせてくれないんだそうだ」
 ひょい、とすくい上げる。
「おまえは違うよな? もう1人のオレの女神」
 道中シャオに同感し、ミリィもやめてもらうつもりだったのだが、そうやって子グマのようなつぶらな目で悲しげに見上げられると、前にシャンバラへ来てくれた際に会いに行かなかった負い目も少しあるし、なんだかほだされてしまって。
「……しかたないわね」
 ぽんぽんと、ふかふかの手で包むようにオズトゥルクのほおをたたいた。
「そうか! さすがオレの女神だな!」
 さっきまでの殊勝な表情はどこへやら。1歩譲ったら10歩は踏み込むオズトゥルクは、にかっと笑ってミリィをぐるんぐるん振り回した。
「きゃあぁっ」
 三者三様に見守るなか、わははとオズトゥルクだけが楽しそうに笑っている。
「おじさん、相変わらずだわ」
 いつの間に近付いていたのか。背後から少しあきれたような少女の声が聞こえてきた。
 ミリィを下ろして振り返り、そこに見知った少女の姿を見つけたとたん、オズトゥルクの表情が輝く。
「ユーリ!」
 オズトゥルクが自分に気付いたのを知った佐野 悠里(さの・ゆうり)はとことこと距離を詰め、横の柱に立てかけられたボードをびしっと指差した。
「これは何?」
「うん? これか? シャンバラでは案内人はこうやって待つもんだとセテ坊に聞いたんだ。見つけてもらえるように目立たないとだめだって」
 得意げにニカッと笑うオズトゥルクに、ふーっと息をついた。
「あのね、悪目立ちって言葉、知ってる? たしかに目立って遠くからでも見つけやすかったけど――」
「そうか! 役に立ったか! それはよかった!」
 両脇に手を入れて、ひょいと持ち上げた。
「よくないわ! きちんと話を聞いて! あと下ろして!」
「いやあ、ユーリは難しい言葉を知ってるなあ。それに、ちょっと見ないうちにますますかわいくなった!」
「おじさん! ひとの話を真面目に聞かないのは、おじさんの悪いくせよ!」
「おふたりとも、そこでやめておきましょう」
 にこにこ笑って娘とオズトゥルクのやりとりを見守っている佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)の後ろから、まあまあとアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)がとりなすように言った。
「ただでさえ目立っているんですから。ここは往来です。大声で騒いでいては、ほかの旅行客の迷惑にもなります」
「あ…」
 周りを見渡して、悠里はほんのり赤面する。
「うーむ。そうだな。悪かった」
 謝るところは謝り、反省するところは反省する。悠里を下に下ろし、オズトゥルクは謝った。
 そうこうしているうち、騒ぎを聞きつけたのか続々とツアーの参加者たちが集まってくる。
「おお。みんな、よく来てくれた。……えーと、これで全員かな?」
 前もって受け取ってあったツアー参加者名簿をチラ見して、頭の数を数えていたときだった。
「せんせーー! アキラ・セイルーンさんがまだ来てませーん!」
 どこからかそんな声が聞こえてきた。
「ん?」
 と、声のした方を見る。
 今言ったのは自分だと、黒い頭がぴょこぴょこその場でジャンプしていた。
「アキラ・セイルーン?」
 あらためて名簿を見る。50音順に並んでいるので、その名前は一番上にあった。
「いや、しかし数はあってるぞ?」
 もう一度頭の数を、今度は指差し確認。
 ぷくくくっと黒い頭の少年――アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が吹き出し笑う。
「せんせー、質問でーーす! おやつは何百円までですかー? あ、もっち〜もそのなかに含まれますかー?」
 笑いを一生懸命こらえながら、すまし顔で言うアキラの頭に、次の瞬間オズトゥルクの大きな手がどさりと落ちた。
「おまえがアキラだな?」
 問いかけながらも覗き込む顔は確信に満ちている。だれかが教えたに違いない。
「はい! ご名答! 俺、アキラ・セイルーンっす! 隊長ッ!!」
 オズトゥルクに頭を押さえつけられたまま、ピシッと背を正して敬礼をとった。
「いやーあ、とうとう!! ついにこの時が来ちゃいましたよ、うきゃきゃきゃきゃっ!! ここ! この山で幸運力アップ!! 金運うなぎのぼり!! の竜が見えるんっすよね!! もう早く見たくて見たくてたまんないっす!!」
「……おまえ、やけにテンション高いな」
 さすがのオズトゥルクも引き気味だ。しかしアキラは全く気付かず、まばたきもしないで食い入るようにオズトゥルクを見上げる。
「分かりますか!? 俺、全然そんなふうに思えないんですけどね! みんなそー言うんですよ!! 昨夜徹夜しちゃったからかなー? 明日の今ごろは見えてるんだと思ったら、これがぜーんぜん眠くなんなくて! 気がついたら朝!! でも眠くないんですよー!! それどころか不思議と力がみなぎってて、もううははははははははははっっ!!
 ハイテンションなアキラをじーーーっと見下ろしていたオズトゥルクが、突然ニカッと笑った。
「よし! 気に入ったぞ、おまえ! おまえにオレと一緒に先頭を行く栄誉を与える!!」
「はっ! こーえーであります隊長ッ!!」
 カツッとかかとを鳴らして揃え、再び敬礼。
「さらに出発の前に、最初の任務を与える! これで食料を仕入れてこい! おまえがさっき言ってたおやつもだ。山で食事休憩をとるからな。人数分、うまい物をジャンジャン買ってこいっ」
「了解しましたー! 行くぞ、アリス! たいちょーのごめいれーだっ!」
「アイアイサー! れっつごーアキラー!」
 これまたテンション高くアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がアキラの頭の上で号令をかける。
「とつげきー!!」
 ぱぴゅんっと勢いつけて、2人はオズトゥルクから受け取った金の入った袋を手に食べ物屋の屋台へ突貫した。
 その後ろを、2人分のリュックを背負ったぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)が、のそのそついて行く。もちろん荷物持ちのためである。
 そんな3人を見て「これでよし」とオズトゥルクはうなずいた。「ちょうどよかった。みんなが来る前に買っとこうと思ってて、すっかり忘れてたんだよなー」
 そしてあらためて、ほかの参加者たちに向き直る。
「みんな、すっかりあいさつが遅れてすまなかったな! オレはオズトゥルク・イスキア。オズと呼んでくれ。今日1日、このツアーの案内人を務める。ツアーのことで何か知りたいことがあったら何でも遠慮なく質問してくれ!」
「じゃあさっそくワタシから」
 ミリィが前もって用意してあったメモを取り出した。
「この北カフカス山の地質につい――」
「知らん!」
「えっ? えーと…。じゃあ、どうしてこの山に限定して出るの? ここにエサになるような何かがあるのかな? 例えば、山の岩とか? それともこの山にしかない草があって、それを食べてるとか――」
「知らん!」
「……オズ〜〜〜?」
「答えられることなら答えるが、知らんものは知らんからな! そのつもりで訊いてくれ! ちなみにオレの知識は昨日1日分、一夜づけだ!」
「……いや、胸を張って言うことじゃないと思うんだけど」
 ほんと、相変わらずな人だなあ、とセルマはにが笑う。
 シャオは突発性片頭痛に悩まされ始めたようにしばらくこめかみに指をあてていたが、なんとか気を持ち直した。
「これには答えられるでしょ? イルルヤンカシュは数百年かごとに姿を現すって聞いたけれど、今回より前に現れたのはいつごろだったの? あと、その年に吉兆と呼ばれるような、何が起こったか」
「ああそれなら。約300年前。正確に言うと、290年ほど前だ。イルルヤンカシュが鎮まった直後、領母が懐妊していることが分かった。成婚後20年の間に5人の子宝に恵まれた2人だったが、いずれも娘ばかりだった。ところがその年に生まれた子どもは男子で、長じて良い領主となったそうだ」
「ふうーん」
 そこにアキラとアリスが、きーーーんと戻ってきた。
「大漁であります! 隊長!!」
 ぬりかべが両手から下げた大袋2つを指差して報告する。
「よくやった! なかなか手際がいいな! おまえをイスキア家の騎士と認めよう!」
「はっ! ありがとーございますっ」
 ぴしっと敬礼をとっているが、動いた分さらにテンションが上がったか、目がぐるぐるになっていた。多分、何言われたか本当には理解してない。
「彼女の言うとおり、いつまでもここで溜まってても通行人の邪魔だから、そろそろ出発するか。質問には道々答えてやるよ。イルルヤンカシュが見える最初のポイントまで、1時間はかかるしな。
 さあ、行くぞアキラ! 先頭に立て!」
「はいでありますっ!」
 ついて来いというように合図を出すと、そちらへ向かって歩いて行く。
 互いを見合った参加者たちは、やれやれというふうに肩をすくめて互いを見合い、歩き出したのだった。