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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 1


 アナザー・コリマを中心に計画された、大規模な陽動と大胆な敵本拠地の奇襲を成功させるためには、いくつかの課題が存在していた。
 その課題の一つが、自衛隊との協力と理解である。
「―――では、海兵隊強襲偵察群の提案を受け入れていただける形でよろしいでしょうか?」
 広い会議室に残っているのは、海上自衛隊から出航してきた数人と僅かな契約者達だ。一時間ぐらい前は、この会議室が一杯になるほどの人が居たが、今は僅かに十数人しか残っていない。情報の共有作業が終われば、それぞれやるべき事があるのだから仕方ない。
「そうなるでしょうな」
 出向してきた海自の中で一番偉い人、海野一等海佐は、渋々と言った様子で蕭 貴蓉(しゃお・ぐいろん)の提案を受け入れた。
「何か、問題があれば仰って頂ければ―――」
「いや、そういう事ではない。ただ、なんというか、理解はできても納得がいかない部分もあるのだ。君達のような子……いや、すまない、若者に頼らなければいけないというのがね」
 契約者の平均年齢は、彼ら職務軍人に比べると一回りは若い。気にするな、というのも難しいだろう。
「ああ、いや、君達の力量を疑っているわけではないよ」
 魔法や異世界と縁遠い彼らに、素早く理解をしてもらうため、アナザー・コリマは自衛隊と契約者の模擬戦を行った。半分は親睦を深めるためのレクリエーションみたいなものだったが、これにより自衛隊は契約者なるものがどれだけ自分達の常識を超えた存在なのか、というのを体感させられたのである。
「頼まれていた大型輸送艦だが、なんとか都合がつきそうだ。お目見えは、当日になりそうだがね」
「感謝しますわ」
 バローネ・イン・ファーネス(ばろーねいん・ふぁーねす)は軽く会釈をした。大型輸送艦の用意は彼女が希望を出していたものなのだ。
「こちらとしても、できる限りの事をするのは当然のことだよ」
「問題は、陸路ね」
 蕭衍 叔達(しゃおやん・しゅーだ)は広げられた地図を見つめる。地図は幾重もの書き込みがあり、それらは今日までの情報収集の成果である。
「大樹の防衛網に比べれば薄いといっていいけど、民間人を護衛しながら通るには無理があるのよね」
「そうだな、それも含めての合同作戦なんだろうけど、保険が無いのは精神的にきついしなあ……」
 スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)は指先でルートを辿るが、主要道路を使おうとすると、必ずどこかでダエーヴァの拠点にぶつかってしまう。
「護衛対象が大統領一人、みたいなわかりやすい話なら、力技で突破も視野にいれられるんだろうけど、少なく見積もっても百人はいるだろう民間人を連れ出すルートには使えないな」
「展開次第では、我々が空港に残って施設の防衛をし続ける、という事も視野に入れる必要があるわね」
「それを見越しての、空港を破壊するっていうプランBってことね」
 董 蓮華(ただす・れんげ)としては、あまり選びたくない選択肢だ。しかし、手を伸ばせる距離はいつだって有限であり、その場合の腹案はあるに越した事はない。
「その場合は戦闘員を撤収させ、空港の滑走路に砲撃を加え、整備場やターミナル施設には攻撃を加えないことになりますね」
「人質が居る以上、止むを得ないな。程度にもよるが、いずれ復旧されるのは間違いないけど」
「あとは、もう少し詳細な現地の情報があれば、ね。無いものは仕方ないんだけど」
 軍事用の偵察衛星は世界各国合わせると二百機以上が打ち上げられているが、現在はそのほとんどが利用できる状態ではないという。原因は不明とのことだが、ある時期を境に一斉に使用できなくなった状況証拠から、恐らくダエーヴァが前もって破壊したと考えるのが妥当だという。
 現状を見る限り、数でも兵の質でも勝っていながら、ただ力技で攻めるだけでない辺りに、ダエーヴァの危険さを伺う事ができる。
「不明要素があるのは常だけど、それでもこの作戦は絶対に完全勝利を勝ち取る必要があるわ。私達がダエーヴァに勝利できる事を証明しないと、ルカ大尉の希望した世界の共同戦線に届かないもの」
 今、日本に居る国連軍はロシア人と日本人とヨーロッパの人々が中心だ。世界の陸地の総面積から考えれば、三分の一にも満たないのが実情である。
 この戦いに完全な勝利を得るには、全ての地域の人々が手を取り合う必要があるだろう。こんな状況では、絵に書いただけの希望が氾濫しているのは想像に難くない。だからこそ、希望を見れるだけの結果と力を示すのは必要不可欠なのだ。
 唐突に、会議室の扉が開かれた。ひょっこり顔を出したのは、アル サハラ(ある・さはら)だ。
「おーい、今日はカレーだってさ。へへ、海軍カレーの隠し味盗んじゃったぜ……って、あれ、まだ会議中?」
 会議室のピリピリとした空気を感じ取るのが一足遅かったアルは、一瞬迷い、そのままそーっと部屋から出ようとする。
「ほう、我々の最重要機密を盗むとは、いい度胸をしているようだな」
 海野一佐がギロリとアルを睨んだ。が、すぐに表情を緩めて、
「しかし、この匂いが漂う中ではまともに会議もできんな。食事休憩としようかね」
 そう言って周囲を見渡した。アルが扉を開けた瞬間から、カレーの香りが嫌と言うほど流れ込んできているのだ。
 会議は解散となり、それぞれ部屋を出ていく。海野一佐はその際に、ぽんとアルの肩を叩いた。先ほどの鋭い視線を思い出したのか、アルが身を硬くする。
「忘れんようにな」
「はい?」
「カレーの作り方だよ。誰かが、覚えておく必要があるからな」



「クローラが言ってたんだけどさ、今のアナザーは危機的状況で窮していた時に自軍サイドにもう一枚チェス板が隣接して出現した。んだってさ」
「面白い考え方じゃのう」
 セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)秦 良玉(しん・りょうぎょく)は並びながら基地の敷地を歩いていた。二人が向かっているのは、基地の隅に立てられた、運動会などでよくみる屋根だけのテントだ。
「お待たせ、作業に参加する人の名簿作ってきたよ」
「こっちは陳情された物資の一覧じゃ」
 二人が持ってきた資料をそれぞれ、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)沙 鈴(しゃ・りん)が受け取る。
「結構な人数になるな、これなら予定よりも作業を進められるかもしれないな」
 クローラは名簿を見て、少し驚いたようだ。
「それと、言われた通り団長補佐に話をしてみたけど、技術提供には少し慎重になった方がいいってさ」
「む、そうか……」
「今のところ、オリジンを生産拠点にしてはいけない理由はないし、アナザーに情報が伝わればダエーヴァに利用される可能性も否定できないってさ」
「設備投資や稼動までにかかる時間も無視できなものですしね」
 鈴がクローラから名簿を受け取り、作業の割り当てについてさらさらとメモをしていく。
「ただ、こちらの技術でも対応できそうな事を頼むのはアリだって。例えば、イコンで使う銃器の弾薬の製造なんかは、こちらで補充できるようにしておくに越した事はないってさ」
「機晶技術そのものを伝達するのは危険かもしれない、という事か」
「こちらにシャンバラが無い以上、オリジンから融通するしかない。ならば、最初から設備の整っているオリジンを拠点にした方が、生産効率そのものはいいじゃろうな」
「団長補佐の考えは戦後を見据えているのかもしれないけど、今は私達の工事で、多くの諸問題が解決できようになるよう期待されていると考えましょう」
「そう、だな」
 道の拡張で得られる利益は大きい。さらに拡張に問題となる技術的な障害も今のところ見つかっていない。労力と時間さえあれば、道の拡張はどんどん進んでいくだろう。
 限られた時間と限られた人員で、どこまで拡張が進むかは現場の努力と、それを監督する人たち、彼等の技量が試されているのである。
「お待たせしました」
 綺羅 瑠璃(きら・るー)がセリオス達が来た方向とは、間逆の方向からやってきた。基地ではなく、道を通ってきたのだ。
「小型の工作機械を搬入する手はずを整えてきました。遺跡の通路を拡張しないサイズを見繕うのに、少し時間がかかってしまいました」
「十分予定内ですよ。それと、瑠璃のお願いしてた天使の資料、届いてるわよ」
 封の閉じられていない封筒を、瑠璃は受け取る。
 中には何十枚も写真が入っていた。
「どれも、はっきりとは写ってませんね」
 ほとんどの写真は、光球体で、次によく映っているのはぼんやりと人型である事と羽が生えているのが判別できるものだ。輪郭がはっきりしているのも僅かにあるが、顔などを判別するには小さすぎて無理があるだろう。
「ほとんど、一般の人が撮って出版社やテレビ局に送ったものらしいわ。日本で暴れる前は、ダエーヴァ戦線と何か繋がりのある存在だとは思われてはなかったみたいですね」
「それはつまり、かなり以前から天使の報告はあった、と?」
「天使の目撃例が増えたのは、種子が降ってくる一ヶ月前ぐらいからだそうです。戦争が始まってからそれどころではないみたいで、報告もだいぶ少なくなったようですね。ただ、ダエーヴァと大規模な戦闘が始まると、ほぼ必ず二対の天使がそれぞれ、様子を伺うように姿を現すようです」
「日本で争ったのは、特例というわけですね」
 天使に関してわかっている事は、二柱存在する事と、それぞれ敵対しているのだろうと推測できる事ぐらいだ。目撃例は数あれど、接触した報告は無い。
「何かわかりそうか?」
 クローラの問いに、首を振って答える。
「今はまだ。確かに天使は確かに居るようだ、としか言えませんね」



 案内されたアナザー・アイシャに用意された部屋は、至極簡素なものだった。部屋にはベッドと箪笥が一つずつ、どちらも自分で組み立てる安っぽいものに、部屋の中央に部屋には不釣合いの大きなテーブルが一つあった。
 女の子らしい飾り気は、箪笥の上にお人形が並んでいるくらいだろうか。狙撃などを警戒して窓の無い部屋は少し息苦しい。
「殺風景な部屋でごめんなさいね」
 日ごとに人を招いているアナザー・アイシャにとって、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)の反応は見慣れたものなのだろう。
 そのアナザー・アイシャの服装も、明るい緑のパーカーに少しサイズの大きいスラックスと、休日の家着といった様子で威厳などは見当たらない。
 そして、出された紅茶は湯のみに入っていた。
 彼女はこの殺風景な部屋に人を招いて、シャンバラでの冒険の話を聞くのが日課になっていた。護衛対象という事もあり、自由の利かない立場の彼女の数少ない楽しみであるという。
 詩穂とセルフィーナは促されるまま、冒険の出来事や日常などをアナザー・アイシャに語って聞かせた。彼女は驚いたり笑ったり、そして時にふと懐かしそうな表情を浮かべて二人の話を聞き入っていた。
「アイシャちゃ……様、わかりますか? 『女王騎士の誓い』で加護を受けた唯一無二の『アイシャの騎士』騎沙良詩穂です。世界に1つしかないこのブローチが直任の証です」
 アナザー・アイシャは差し出されたブローチを手に取ろうとはせず、目を伏せ首をゆっくりと振った。
「それは、あなたとあなたの大事なお友達のアイシャ様のものですよ」
「そう、ですよね」
「顔を上げてください。私がこのような姿をしているのがいけないのです。騎沙良さん達を混乱させてしまっているのは、私なんですから」
「混乱だなんて、そんな」
「混乱してますよ。私は、お二人の話も聞いてみたいと、そう口にしているのに……」
 清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)クトゥルフ崇拝の書・ルルイエテキスト(くとぅるふすうはいのしょ・るるいえてきすと)は、男だからという理由で部屋の外の廊下に待機している。
「しかし……」
「それは騎沙良さんの優しさだとはわかっていますよ。ちょっと意地悪しただけです……そうですね、楽しいお話のお礼に私の事も少しお話しさせてください」
「お話し、ですか?」
「ええ、私が色んな方を部屋に呼んでお話しを聞かせてもらう理由です」
 ニコニコとした笑みを浮かべながら、アナザー・アイシャは続けた。
「シャンバラの話を聞けば、アムリアナ様が目を覚ましてくれるかも、と実はこっそり期待しているんです」
「アムリアナ様が、目を覚ます、ですか?」
「ええ、そうです。私の中には、アムリアナ様が眠っています。力を使い果たし、消えそうになったアムリアナ様を引き止めたのです。アイシャ様にも少し迷惑をかけてしまいました」
 アナザー・アイシャは自分の胸に手を置いた。
「いずれ、それは全てうまくいくという希望がこもってますが、全てが終わった時にこの体をアムリアナ様にお返しできるように、そしてその時、今のシャンバラのことを知っていてもらえるように、私はみなさんからシャンバラのお話を聞かせていただいているのです」
 ふとセルフィーナにある疑念が過ぎる。
「返す、というのは、アイシャ様は一体どうなるのでしょうか?」
「さぁ?」
 ニコニコしたまま、あまり深刻そうではなくアナザー・アイシャは首を傾げた。
「消えてしまうかもしれませんね」
「そんなっ」
「……ふわぁ」
 大きなあくびを一つして、アナザー・アイシャは眠そうにまぶたをこすった。
「この時まで頑張っていたのは、アムリアナしゃまなのですから……そうなっても、私にふみゃんはにゃいと……」
 こくりこくりと、アナザー・アイシャは船をこぎ始め、電池が切れたかのように寝息を立て始めた。
 騎沙良達も何度か見た事があるが、こうなるとアナザー・アイシャはそうそう目を覚ます事はない。彼女がほとんどこの部屋から出てこない理由の一つでもある。
 セルフィーナはアナザー・アイシャをそっと抱えると、すぐ近くのベッドに移した。
「詩穂様」
「アイシャ様を起こしてしまってはかわいそうよ、出ましょう」
 大きな音を立てないように、二人は静かに部屋を退室した。