シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

コーラルワールド(第1回/全3回)

リアクション公開中!

コーラルワールド(第1回/全3回)

リアクション

 
第5章 死の門の鍵
 
 
 拠点であるキマクの温泉旅館に里帰りし、色々と周囲を整理し終えた聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は、再び温泉開発とご当地グルメの旅に出て、今は此処、ルーナサズに観光に訪れていた。
 ルーナサズはエリュシオンの辺境だが、流石に選帝神の治める街なので、この地方では一番大きな街だ。
 華やかではないが、質実剛健、という雰囲気を感じる、しっかりとした街だった。
 治安もよさそうだ、と聖は感じる。
 良くなったのは、現在の選帝神が就任した、ここ二年半のことらしいが。
「ひじり〜ん、キャンティちゃん、あのドライフルーツが食べてみたいですぅ」
 あちこちの露店に、キャンティは磁石のように吸い寄せられて行き、苦笑しつつ、聖が後を追う。

「この辺で、おすすめの宿はございますか?」
「旅の人かい? 春分の祭を逃したね。
 そうだね、そこの大通りに出て右に二件目の、緑の一角獣の看板、「輝ける鬣の宿」かな。
 一階の酒場には、上手い酒も揃ってるよ」
 屋台の食べ物を買い与えながら、聖は店主に世間話を持ちかけた。
「お風呂はついてございますか?」
「風呂がついている宿かい?
 少し高くなるけど、次の十字路の右手にある、「龍の牙の宿」かねえ。酒も高いものばかり揃えているよ」
「お風呂は必須ですわ〜」
 キャンティが、当然のことのように言う。
 聞くところによると、ルーナサズでは、水は貴重であるらしい。
 水不足、という程ではないが、潤沢にあるものでもなく、公衆浴場はあるが、利用料は、首都ユグドラシルの三倍もした。
 代々の領主――選帝神は、この地方の治水について、頭を悩ませて来ているという。
「こういう所に、温泉を開発してさしあげたいですね」
 坑夫が多い街だというし、風呂の需要はきっと高いに違いない。

 とりあえず、二人は「龍の牙の宿」に滞在することにした。
 前金を預けて鍵を受け取りながら、宿の主人に、
「もしも、この街で新しく商売をしたいと思ったら、どうすれば良いのですか?」
と訊ねてみた。
「城の隣に役所があるよ。そこに、住所と店の名前を届ければいい。
 税は年に一割だ。帳簿をちゃんと付けるように指示されるが、まあ、特に厳しいことは無いと思うね」
 宿の主人はそう答えて、不思議そうに聖を見る。
「旅の人のようだが、場所のアテはあるのかい?」
「アテはございませんが、いずれ、何処かに根付きたいと思っておりまして、もしもの話で訊いてみたのです」
と、聖はこの場を取り繕っておいた。


◇ ◇ ◇


 ニキータ・エリザロフは、選帝神イルダーナとは面識が無く、会えるかどうか解らなかったが、駄目元で行ってみると、現地で黒崎天音と遭遇した。
 彼もイルダーナに会うというので、便乗させて貰うことにする。
 春分の祭が終わり、多忙も一息ついたようで、面会希望はすぐに通った。

「久しぶり。元気そうで何よりだよ。
 トゥレンは居ないのかい?」
 軽く挨拶をし、姿の見えないトゥレンのことを何気なく問うと、イルダーナは肩を竦めた。
「奴はナラカへ行った」
「え? ……まさか、テオフィロスの行方不明の件で?」
 訊ねた天音に、イルダーナは頷く。
「内密の話だが、テオフィロスと、シャンバラの都築が、霊峰オリュンポスの『死の門』を通ってナラカへ降りたことを、見知りの黒龍騎士から確認を取った」
「あら、そうだったの?」
 同席していたニキータが言った。
 都築に行方について情報を得るという目的がいきなり達せられた。
 そうと解れば、すぐにでも『死の門』へ向かわなくてはと思う。
「……テオフィロスは、かつて、カサンドロス元副団長の為に、ナラカへ赴いたことがあるらしい」
 知っている。天音は頷く。
「何処から耳に入れたか知らんが、カサンドロスが、テオフィロスの救出にナラカに行くと言い出して、だが奴は龍を持たないし、『門』を通れねえ。
 トゥレンが、シャンバラでナラカに降りようとしている連中がいると知ってな。
 他に方法はないだろうと、カサンドロスを引っ張って行った」
「カサンドロスは『門』を通れない? 何故?」
 天音が問う。
「奴はエリュシオンへの忠誠心に篤く、エリュシオン国民にとって、あの地を侵すことはこの上ない不敬にあたるからだ」

 霊峰オリュンポスは、エリュシオンの代々の皇帝の眠る墓所である。
 崩御した皇帝の体は、此処にある地下神殿に納められ、その魂は、地上遺跡の奥にある『死の門』よりナラカに至って、永遠にエリュシオンの地を護る。
 死して尚、彼等はエリュシオンの皇帝であり続けるのだ。
 故に、エリュシオン国民の皇帝への崇拝は強く、霊峰オリュンポスは本来、通常時には踏み入ることの許されない聖地でもある。

「『死の門』は、死んだ皇帝と、皇帝が共に連れて行くと認めた者しか通ることは許されねえ。
 これまでに例外は一度、それもアトラスが引き起こした地震で“開きかけた”、ということだから、回数に含めるべきかどうか。
 だから、仮に門を開けて欲しいと皇帝に願い出たところで、皇帝がそれを許可することは絶対にない。
 皇帝ですら許可することはできない、と言ってもいい」
 ふ、とイルダーナは息を吐く。
 どうかしたかと問う天音に、説明が面倒くせえと呟いて、天音は小さく吹き出した。
 彼は説明が長くなる時、いつも弟に丸投げしていたのだ。しかし今は、彼も居ないようである。
「……でも、都築中佐達は通ったんだね。何の為に?」
「連中は、聖剣の使い道を探してたんだろう」
 イルダーナは、書庫から持って来ていた一冊の書物を、テーブルの上に載せた。
 タイトルは無い。
 天音は手を伸ばし、その書物を開いてみようとしたが、封印が成されているようでびくともしなかった。
「各地の世界樹を一度に活性化させたいなら、コーラルネットワークを利用したいと思うんじゃねえか」
「けれど、人がコーラルネットワークに介入できるものではないよね。
 あれは、物理的に存在するものではないのだし」
 天音の言葉に頷きながら、イルダーナは、書物の表紙を指で十字になぞる。
 本を開き、ぱらぱらと頁をめくった。
「『コーラルワールド』という場所がある。
 エリュシオンからは『死の門』からしか行けない、ナラカの特殊な場所にある」
「それは、コーラルネットワークと何か関係が?」
「そうだな、概念でしか存在しないコーラルネットワークを、物理的に再現した『模型』といった感じか」
「ナラカに存在している時点で、物理的、とは言わない気がするけれどね」
「他に上手い説明が思いつかねえよ」
 チッ、とイルダーナは舌打ちして、ぱたんと本を閉じる。
 その書には、コーラルワールドについて記されているのだろう。
 普段封印してあるということは、このことは、本来は不出の内容なのだ、と、天音は察する。
「まあ、模型といっても、コーラルワールドは、実際にパラミタの全ての世界樹に繋がってる。
 そこからなら、コーラルネットワークに介入することができるだろう」
「その場所へは『死の門』からしか行けないと言ったけど、トゥレン達は通常ルートでナラカに行っても、辿り着けないんじゃないかい?」
「連中、世界樹アガスティアに向かうんだろう。
 とりあえずアガスティアから情報を貰うと言っていた」
 訊ねた天音は、イルダーナの答えに頷く。
「都築等は、何らかの方法でコーラルワールドのことを知り、『死の門』を通る方法を探っていたのかもな。
 だが、門には黒龍騎士の門番が居て、誰も通さないことになっているはずだ。奴は何故二人を通した?」
「門を通る方法は、訊いてもいいのかしら?」
 ニキータが訊ねた。
「死の門を通るんだ。鍵は命に決まってる。
 それも、高貴な魂でなければならない、とされている」
 高貴な魂。
 例えばエリュシオン皇帝のような。
 そう、これまで『死の門』は、皇帝の魂を以ってしか、開けることを許されなかったのだ。
 イルダーナは、深い溜息を吐いた。
「……お前等は、あの門を通るつもりでいるんだろう」
「出来れば、そうしたいところよね。中佐の安否が心配だし」
 もうひとつ溜息を吐いて、イルダーナは、入口横に立っている護衛の騎士に、何事かを命じた。
 一旦下がった騎士が持って戻って来た物を見て、天音は首を傾げる。
 見覚えがある。それは、秘められた能力を覚醒させるという、巨人族の秘宝だ。
「ユグドラシルに、ジールという娘がいる。
 彼女の持つ力は不安定で、本来、目覚めさせるべきものじゃねえんだが」
 ジールには、かつて、ナラカからリューリクという元皇帝を召喚してしまった過去がある。
 同時に、平行世界のエリュシオンから自分自身をも召喚しており、つまりジールは、召喚魔法の才能を持っている。
「リューリク帝の側には、八龍ヴリドラがいる。奴は三つに分身できる。
 奴を説得して、首をひとつ捧げて貰えば、門を開けることができるだろう」
「つまり、ジールに、説得の上でヴリドラを召喚して貰い、ヴリドラの命を以って門の鍵と成せということか」
「全く上手い方法じゃねえ。俺がもし、命を三つ持ってて一回死ねと言われたら断る」
 だが、他の誰も犠牲にせずに、門を開ける方法を、他に思いつけない。
 高貴な魂と言われて、差し出せる者など思い浮かばなかった。
 天音とニキータは、その秘宝を見つめる。
 それを、受け取るか、否か。
 ふと、天音はイルダーナを見た。
「ところで、こんなこと、協力してもいいのかい?
『この上ない不敬』なんだろう?」
「よくはないな。皇帝に知られるわけにはいかねえ」
 イルダーナは肩を竦める。
「……滅亡の瀬戸際で、奮闘してる連中を無視するわけにいかねえだろう。
 まあバレなきゃいい。
 オケアノス以外の選帝神には、適当に世間話の話題にしておく」
 問題さえ起こさなければな、と付け加えて。