リアクション
◇ ◇ ◇ ニキータ・エリザロフは、選帝神イルダーナとは面識が無く、会えるかどうか解らなかったが、駄目元で行ってみると、現地で黒崎天音と遭遇した。 彼もイルダーナに会うというので、便乗させて貰うことにする。 春分の祭が終わり、多忙も一息ついたようで、面会希望はすぐに通った。 「久しぶり。元気そうで何よりだよ。 トゥレンは居ないのかい?」 軽く挨拶をし、姿の見えないトゥレンのことを何気なく問うと、イルダーナは肩を竦めた。 「奴はナラカへ行った」 「え? ……まさか、テオフィロスの行方不明の件で?」 訊ねた天音に、イルダーナは頷く。 「内密の話だが、テオフィロスと、シャンバラの都築が、霊峰オリュンポスの『死の門』を通ってナラカへ降りたことを、見知りの黒龍騎士から確認を取った」 「あら、そうだったの?」 同席していたニキータが言った。 都築に行方について情報を得るという目的がいきなり達せられた。 そうと解れば、すぐにでも『死の門』へ向かわなくてはと思う。 「……テオフィロスは、かつて、カサンドロス元副団長の為に、ナラカへ赴いたことがあるらしい」 知っている。天音は頷く。 「何処から耳に入れたか知らんが、カサンドロスが、テオフィロスの救出にナラカに行くと言い出して、だが奴は龍を持たないし、『門』を通れねえ。 トゥレンが、シャンバラでナラカに降りようとしている連中がいると知ってな。 他に方法はないだろうと、カサンドロスを引っ張って行った」 「カサンドロスは『門』を通れない? 何故?」 天音が問う。 「奴はエリュシオンへの忠誠心に篤く、エリュシオン国民にとって、あの地を侵すことはこの上ない不敬にあたるからだ」 霊峰オリュンポスは、エリュシオンの代々の皇帝の眠る墓所である。 崩御した皇帝の体は、此処にある地下神殿に納められ、その魂は、地上遺跡の奥にある『死の門』よりナラカに至って、永遠にエリュシオンの地を護る。 死して尚、彼等はエリュシオンの皇帝であり続けるのだ。 故に、エリュシオン国民の皇帝への崇拝は強く、霊峰オリュンポスは本来、通常時には踏み入ることの許されない聖地でもある。 「『死の門』は、死んだ皇帝と、皇帝が共に連れて行くと認めた者しか通ることは許されねえ。 これまでに例外は一度、それもアトラスが引き起こした地震で“開きかけた”、ということだから、回数に含めるべきかどうか。 だから、仮に門を開けて欲しいと皇帝に願い出たところで、皇帝がそれを許可することは絶対にない。 皇帝ですら許可することはできない、と言ってもいい」 ふ、とイルダーナは息を吐く。 どうかしたかと問う天音に、説明が面倒くせえと呟いて、天音は小さく吹き出した。 彼は説明が長くなる時、いつも弟に丸投げしていたのだ。しかし今は、彼も居ないようである。 「……でも、都築中佐達は通ったんだね。何の為に?」 「連中は、聖剣の使い道を探してたんだろう」 イルダーナは、書庫から持って来ていた一冊の書物を、テーブルの上に載せた。 タイトルは無い。 天音は手を伸ばし、その書物を開いてみようとしたが、封印が成されているようでびくともしなかった。 「各地の世界樹を一度に活性化させたいなら、コーラルネットワークを利用したいと思うんじゃねえか」 「けれど、人がコーラルネットワークに介入できるものではないよね。 あれは、物理的に存在するものではないのだし」 天音の言葉に頷きながら、イルダーナは、書物の表紙を指で十字になぞる。 本を開き、ぱらぱらと頁をめくった。 「『コーラルワールド』という場所がある。 エリュシオンからは『死の門』からしか行けない、ナラカの特殊な場所にある」 「それは、コーラルネットワークと何か関係が?」 「そうだな、概念でしか存在しないコーラルネットワークを、物理的に再現した『模型』といった感じか」 「ナラカに存在している時点で、物理的、とは言わない気がするけれどね」 「他に上手い説明が思いつかねえよ」 チッ、とイルダーナは舌打ちして、ぱたんと本を閉じる。 その書には、コーラルワールドについて記されているのだろう。 普段封印してあるということは、このことは、本来は不出の内容なのだ、と、天音は察する。 「まあ、模型といっても、コーラルワールドは、実際にパラミタの全ての世界樹に繋がってる。 そこからなら、コーラルネットワークに介入することができるだろう」 「その場所へは『死の門』からしか行けないと言ったけど、トゥレン達は通常ルートでナラカに行っても、辿り着けないんじゃないかい?」 「連中、世界樹アガスティアに向かうんだろう。 とりあえずアガスティアから情報を貰うと言っていた」 訊ねた天音は、イルダーナの答えに頷く。 「都築等は、何らかの方法でコーラルワールドのことを知り、『死の門』を通る方法を探っていたのかもな。 だが、門には黒龍騎士の門番が居て、誰も通さないことになっているはずだ。奴は何故二人を通した?」 「門を通る方法は、訊いてもいいのかしら?」 ニキータが訊ねた。 「死の門を通るんだ。鍵は命に決まってる。 それも、高貴な魂でなければならない、とされている」 高貴な魂。 例えばエリュシオン皇帝のような。 そう、これまで『死の門』は、皇帝の魂を以ってしか、開けることを許されなかったのだ。 イルダーナは、深い溜息を吐いた。 「……お前等は、あの門を通るつもりでいるんだろう」 「出来れば、そうしたいところよね。中佐の安否が心配だし」 もうひとつ溜息を吐いて、イルダーナは、入口横に立っている護衛の騎士に、何事かを命じた。 一旦下がった騎士が持って戻って来た物を見て、天音は首を傾げる。 見覚えがある。それは、秘められた能力を覚醒させるという、巨人族の秘宝だ。 「ユグドラシルに、ジールという娘がいる。 彼女の持つ力は不安定で、本来、目覚めさせるべきものじゃねえんだが」 ジールには、かつて、ナラカからリューリクという元皇帝を召喚してしまった過去がある。 同時に、平行世界のエリュシオンから自分自身をも召喚しており、つまりジールは、召喚魔法の才能を持っている。 「リューリク帝の側には、八龍ヴリドラがいる。奴は三つに分身できる。 奴を説得して、首をひとつ捧げて貰えば、門を開けることができるだろう」 「つまり、ジールに、説得の上でヴリドラを召喚して貰い、ヴリドラの命を以って門の鍵と成せということか」 「全く上手い方法じゃねえ。俺がもし、命を三つ持ってて一回死ねと言われたら断る」 だが、他の誰も犠牲にせずに、門を開ける方法を、他に思いつけない。 高貴な魂と言われて、差し出せる者など思い浮かばなかった。 天音とニキータは、その秘宝を見つめる。 それを、受け取るか、否か。 ふと、天音はイルダーナを見た。 「ところで、こんなこと、協力してもいいのかい? 『この上ない不敬』なんだろう?」 「よくはないな。皇帝に知られるわけにはいかねえ」 イルダーナは肩を竦める。 「……滅亡の瀬戸際で、奮闘してる連中を無視するわけにいかねえだろう。 まあバレなきゃいい。 オケアノス以外の選帝神には、適当に世間話の話題にしておく」 問題さえ起こさなければな、と付け加えて。 |
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