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リアクション
プロローグ
涼しい風が優しく頬を撫で、秋の訪れを知らせてくれる。
空も心なしか高く感じ、鮮やかな青が透き通る青に変わってゆく穏やかな季節。
食欲、芸術、スポーツ、読書。
心地良い季候は何をやっても楽しめるけれど、太陽が早く沈んでしまうのが難点だ。
けれど、そんな夜長を趣味でゆったり過ごすのも格別だろう。
みんなが今年の秋はどう楽しもうかと浮き足立っているところに、現実へ突き落とすような告知が各教室に張り出されました。
『中間考査まで、あと1週間!!』
秋、それは試験の季節。
体育祭、文化祭に修学旅行。そんな合間を縫ってまでやってきて欲しくないのに、範囲は1学期の復習込みと鬼のようだ。
折角の過ごしやすい季節とは言え、気を抜くことは許されない。なんとしても平均点をクリアしなければ!
パラミタの中でも一般的共学校で平和なはずの蒼空学園生が強く心に誓う理由。それは何故かというと――
「無能な生徒はいらないの。それなら身体で貢献することね」
我らがカンナ様と恐れている校長兼生徒会長様の御神楽 環菜(みかぐら・かんな)。
試験などさも興味なさそうに携帯画面を見続けていますが、無能な生徒の烙印を1度押されてしまえば何を頼まれるか分かったものではありません。事実であるのか尾ひれであるのかわからないほどに、カンナが恐ろしいという噂は広まっていたのです。
そして、もうテストも目前に迫った10月3日。授業が終わり、部活や家路に急ぐ生徒の前に立ちふさがる生徒会。一体何が起ったのかと騒然とする中、カンナは全校放送で全生徒に呼び掛けました。
「あんた達が今更足掻いたところで同じだろうけど……今夜は学校を開放してあげるから残りなさい」
突然のことに、一同は驚きました。すでに校門は封鎖され、校舎内では窓という窓が真っ黒いカーテンで覆われはじめているのです。
確かに、書物が揃った図書館で勉強するのもいいかもしれないし、同じ目的を持った仲間となら励みになる。けれど、勉強をするのに最適な場所であるのは確かでも、成績に関係なく居残りを命じるなんて今までは無かったことなのに。
外へ出ていた生徒たちも校舎内に押し込められてしまい、とうとう外が全く見えなくなってしまいました。
生徒たちが不安に思う中、カンナのパートナーであるルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)が穏やかに放送で呼びかけます。
「もし、料理の得意な方と体力に自信がある方がいれば、数名私のお手伝いをしてくださると助かります」
30分後に昇降口へ集合するように言われても、カンナの放送とは全く関連性が感じられません。
勉強の次はお手伝い、しかも料理と体力。イコールにならないそれらに首を傾げながらも、これが単なる勉強会ではないことは確か。
何か思惑があるのなら、それに乗っかってみるのも楽しいだろうし、学園は勉強をしたい人には申し分ない環境なので、真面目に勉強をしたい人も何らかの息抜きがあることを期待している人も、夜の学校に居残ることにしました。
たまたま顔を出していた他校生も巻き込まれ、外出禁止令まで出てしまえば半ば諦めもついた様子。
何か、楽しいことがあるんじゃない?
誰かが言った、テスト前にしては気楽な発言ともとれるその言葉。
けれど、地球出身の生徒たちがそわそわしている様子を見れば、きっとカンナも何かを考えてのことなのでしょう。
秋の夜長の過ごし方、1人でゆったりするのもいいかもしれません。でも、仲間がいるともっと楽しい夜になりそうです。
教室や図書室で真面目に勉強をする人、それぞれの秋を満喫する人、そして夜の校舎にわくわくする人。
みんながどんな秋を過ごすのか、少しだけ覗いてみることにしましょう。
素直じゃない人
「……なに?」
校長室にあるマイクのスイッチを切り、ルミーナは苦笑する。その表情を見ることもなく、椅子に座って携帯を素早く打っているカンナは、何か言いたげな空気を察知して続きを促した。
「いいえ、あなたらしいと思っただけです」
意味ありげな物言いに、一瞬だけ携帯画面から目を逸らす。視界に映ったのは、ルミーナの微笑は腑に落ちない物だった。
「どういう意味」
「そのままです。それから、本当に課題はあの量を……?」
「当然。何のために用意したと思ってるのよ」
くるりと椅子を半回転させ、携帯を再び打ち直す。本当にどこまでも素直じゃない人だ。
「まぁ、それでは皆さん大変でしょうね。あの時間までに終わらすのは、難しい量ですから」
「……強制はしないわ、達成出来なくても処罰はナシ。テスト結果が見物ね」
「では、そのように伝えておきましょう」
内線で生徒会役員に伝言し、各教室に運ばれた課題は悲惨な量だった。
5教科は過去2年間に遡る総復習から、来年度末までの予習。副教科はテストに出ないような隅をつついた問題までを1冊の問題集にしてある。まるで、鈍器としても扱えそうな問題集は配る方も骨が折れる作業で、噂を聞きつけた生徒は配布される前に教室から逃げ出すことも少なくなかった。
「さて、わたくしはそろそろ昇降口に向うとしましょうか」
やるべきことも終わり、約束した時間も近づいてきた。カンナが企画したことを遂行できるかどうかは、ルミーナにかかっていると言っても過言ではない。手伝いに来てくれる生徒を、他の生徒にはバレないよう行動させることが出来るのか。
そもそも、いきなり残れと言われたのに快く手伝おうとしてくれる人はいるのか。1人では出来ない作業なだけに、ルミーナはそれを1番心配していた。
「これも、ついでに頼むわ」
机から取り出したのは、1枚のプリント。どうやら手配して欲しい物のリストのようだ。
「はい、確かに受け取りました。時間までにご用意致しましょう」
内容をもう一度確認して、一礼するとルミーナは静かに校長室を出て行った。その足音が遠くなったのを確認して、カンナは携帯を閉じ、窓の外を見上げる。今は校舎内で唯一、外の様子が窺える場所だ。
「16時30分……あと3分ね」
夕暮れが早まり、眼下には紅く染まる校舎、そして遠くに見える燃えるような色の森。美しく染め上げられるそれらを見ようともせず、じっと空を見上げたままだ。なんの変哲もない、薄雲を散らせた紅い空を。
そして、これから起ることを思い浮かべながら、再び携帯を開くのだった。
昇降口へ向ったルミーナといえば、頬が緩みっぱなしだった。まさか、カンナが生徒たちのためにこのような企画をするとは思いもしなかったからだ。自由奔放な彼女のこと、自分が楽しみたいという理由はあれど他人を気遣うそぶりを見せるのは稀なことだ。
現に、課題の未クリアであっても処罰がないことや、先程受け取ったプリントからは誰のための企画であるかは容易に想像がつく。
(企画には心から賛同しているけれど、もう少し素直になれないものでしょうか)
たまには、みんなを喜ばせてあげてもいいのにとルミーナは笑う。
そうして通路を曲がり昇降口に目を向けた瞬間、ルミーナは自分の目を疑った。目の前には、1クラスほどの人が集まっていたのだ。
「……まさか、ね」
そう思いながらも、期待してしまう。いきなりのことに着いてきてくれる人がこれほどいるなら、やはり自分の目は間違いなかったのだとカンナのパートナーでいることが誇りに思えるからだ。
こちらに向ってくるルミーナにいち早く気がついた本郷 翔(ほんごう・かける)は、深々と頭を下げてから微笑んだ。
「ルミーナ様、お待ちしておりました。微力ながらも、ここにいる一同がお手伝いする所存でございます」
私は料理を、力仕事をと口々に挨拶されてルミーナは戸惑った。1人ずつ挨拶を交わせば、そこにいたのは総勢22人。
5人ずつくらいだと考えていたのに、これでは余りすぎてしまう。けれど、折角来て貰ったのに追い返すのも忍びない。
(そう言えば、受け取ったプリントに……)
あまりの人数に驚いて一瞬忘れかけてしまったが、カンナの手配リストを思い出すと人手はあるにこしたことがない。
「みなさん、お集まり頂き感謝致します。では、料理の方はひとまず食堂の厨房へ。力仕事を手伝ってくださる方は、わたくしがご案内致しましょう」
いよいよ何かが動き始めた。そう思うだけでわくわくするのは、予想がついている生徒ならなおさらだ。
そんな様子を見て、静かに人差し指を口元へ当てるルミーナ。そう、表向きには勉強をさせるために学校へ閉じ込められているのだから、自分たちは秘密裏に行動しなければならない。
たくさんいる生徒の中で、自分たちだけが知っている秘密。うずうずしながらも、お手伝いに集った生徒たちは指示に従い移動するのだった。
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