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どっちをとるの?

「ルズ、私とミリルとどっちをとるの!?」

 涙目になったキアリが、ルズに詰め寄っている。

 北の森から帰ってからずっと、キアリは堰を切ったように「ワーッ」と泣いていた。

 張り詰めていた糸が切れたのだ。

 しかし、泣いている彼女に対して「見ていられない」という様子のリュース・ティアーレがキアリに追い討ちをかけた。

「キアリ、あなたのやったことはルズに過去の思い出を捨てろっていう意味ですよ。人にそれを求めるのなら、あなた自身も故郷での思い出と別れるべきですね。そう、両親や友達のこと、そういった大切な人たちのことを忘れるのが筋というものです。でも、もしあなたにそれができないというのなら、彼にも無理を言うべきではありませんよ」

 甘ったれるな、という思いをキアリにぶつけるべく、リュースは一気に言い放った。
 自分だけが、家族と離れ離れになってパラミタに来ているわけじゃない。あまりルズにばかり依存しないで、しっかり自立しなさいというのがリュースの持論だ。

 しかし、今のキアリにはそれを受け入れられるだけの精神状態は持ち合わせていない。

 自分を責めるリュース・ティアーレを、きっと睨み返しただけで、またぐずぐず泣きはじめた。

 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)も、基本的にリュース・ティアーレと同じ意見。しかし、鷹村の話し方は激情的でなく、出来るだけ諭すような言い回しを心がけている。

「キアリ、あなたの気持ちはよくわかるよ。でも、パートナーを試すなんてあなた自身がルズを信頼してない証拠じゃないですか? ・・・・・・ルズに、あなたかミリルか、どちらを選ばれても後悔しないのなら何も言いませんが、その覚悟もなく試すのは良くないね」

 支倉 遥も、優しい言葉でキアリを説得したので、キアリの涙は少しおさまった。


 キアリが終わると、今度はルズに注目が集まった。


 ベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)は、同じ友達がいない同士ということで、キアリに親近感を覚えている。それゆえ、逆に優柔不断なルズには辛辣にあたってしまう。

「ルズ、おぬしは女心のわからんやつじゃのう。わらわは情けないぞ・・・・・・男なら、しっかりと事態を収拾せんか!」

 涙目でルズを責めるベルナデットを、パートナーのトライブ・ロックスターが「まあまあ」とたしなめる。

 気勢を削がれたベルナデットは、自信満々にこう提案した。

「キアリとミリルが仲良しになれば、万事解決なのじゃ」

 こういうあたり、ベルナデットの考え方自体が単純で子供じみているともいえるが、それだけトライブに頼っているという証でもあろう。

 シメはやはり、トライブ・ロックスターが引き受けた。

「ただし、答えを引き伸ばすのは不幸しか呼ばない。だから、残酷かもしれないけど、ルズ、あんたは過去か未来をきちんと選ぶべきだな」

 こういう二択をせまられた場合、鳥丘 ヨルはキアリ擁護派だ。

「ルズは、今キアリのパートナーなんだから、キアリを大切にしてほしいよ・・・・・・その、ミリルって魔女、本当にルズを待っている人なの?・・・・・・個人的には、人違いだといいな・・・・・・ビンゴだったら、ルズが決めてくれ。」


 しかし、閃崎 静麻は、トライブ、鳥丘とは逆の考えをもっている。

「俺はあんたらとは少し違うかな。過去か自分かの二択じゃなく・・・・・・過去もひっくるめて受け入れられないか? 過去に決着をつけるのに、現在の人間が見届けてはいけないという決まりはないからな」

 パートナーのレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)もこれに同調。静麻の説明を補足して、キアリに向き直った。

「ルズさんにキアリさん、ミリルさん、3人が未来に進む為にも、3人とも出会わせたいです。キアリさんが過去か自分かと試されてますが、それは間違いです・・・・・・過去があってこそ現在があり、過去に目を背き続けていれば未来に踏み出すこともままなりません。ルズさんの事を本当に思うなら、彼が過去を取り戻し、過去を整理するのを見届けるべきではないでしょうか?」

 これを聞いた鳥丘 ヨルは、納得したようにうなずいた。彼女も、ミリルこそがルズと愛を誓った恋人だと確信している。

 3人の傷をできるかぎり浅くしたい。これが鳥丘の真に意図するところなのだ。


 少し落ち着いたキアリをみると、七尾 蒼也は、キアリの凝り固まった独占欲をほぐそうと気持ちをこめて言った。

「俺が冒険にいくときは、パートナーを連れていかないことが多いんだ。怪我とか心配だからね。だから、いつもべったりしている必要はないと思うよ・・・・・・離れて初めてわかることもあるし。お互い足りないところを補い合うのがいいんだと思う。恋愛以上の絆があるはずだ」

「それは・・・・・・確かにそうかもね」

 キアリは徐々に冷静さを取り戻している。

 あーる華野 筐子も、ルズの側に立ってなんとかキアリの理解を得たいと、アイデア出しに懸命だ。

「キリアが心底からルズを慕うように、ミリルが5千年の時を越えて思い続けていた心情を理解してあげて欲しいYO。 そして、もしルズの記憶が戻って、二人が結ばれたいと思うなら・・・・・・そうだ! ルズ、ミリルを2人目のパートナーにしちゃいなよ。厳密な意味でのパートナーじゃなくても、3人一緒に居られるなら心を通わせた契約者と同じことだと思うYO」

 クレア・シュルツとルイ・フリード、そしてレオナーズ・アーズナックも、筐子に同意。キアリの理解を求めたい気持ちは一緒だ。

 また、筐子の傍らには『ロミオとジュリエット』が描かれた段ボールロボがある。

「恋に障害は無い、在るのは燃えるあがるシチュエーションだけだ」

 ルズとキアリの姿に重ね合わせた、悲恋の演出といったところか・・・・・・。

 段ボールロボを見てクスリと笑顔を見せたキアリに、愛川 みちるはタイミングを感じた。

「ねえキアリ、一度ルズを誓いの湖に行かせてあげたら?」

「わかったわ、愛川さん。ルズ、ミリルさんのところに行ってあげて。彼女の気持ちを考えたら、あまり私がわがまま言うべきじゃないと思ったの」

 ようやく、キアリのお許しが出た。

 トライブ・ロックスターは、ここぞとばかりルズに援護射撃。

「ルズ、はいこれ! キアリが欲しがっていた指輪。こんなこともあろうかと、前もって買っておいたんだよ。これをキアリに渡して、湖に行く決断をするんだな・・・・・・あ、お代はちゃんといただくぜ!」

 トライブから指輪を受け取ったルズが、まごまごしていると、橘 恭司(たちばな・きょうじ)が声をかけた。

「キアリになかなか友達ができないのは、君がいつも一緒だからだ。彼女のことは、学園の生達に任せて、やりたいことや行きたい場所があるなら、やっておくといい・・・・・・それに、一度交わした約束は守らないとな」

 橘 恭司としても、流石に5千年も待ち続けたミリルを放っておけないと思ったのだ。


 と、生徒たちの耳に弦を爪弾く心地よい音が飛び込んできた。

 奏者は、ローブを被ったウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)。彼の奏でるリュートは、ルズの迷える心へダイレクトに響いた。

 そして、自身の伴奏に合わせて、おごそかに詩を歌い始めた。

<蒼空の約束>
 君と誓い始まった 私たちの夢物語。
 出会いと別れを繰り返し 終わることを忘れたこの旅路。
 悠久(とわ)の時が流れても 君との縁は消え去らない。
 あの澄んだ蒼空は 見上げたこの空へと繋がっている。
 さあ歩(ゆ)こう 君と約束したあの場所へ

 音楽とは、国境や種族を超えて伝わるものである。ときに、百人のことばよりも、一曲の歌が説得力で勝ることがままある。

 これを聴いたルズは、迷っていた表情が明るく変化し、そして引き締まってきた。


 白波 理沙(しらなみ・りさ)も、ルズの様子を見て、意を得たとばかりに後押しする。

「ルズ、今はとにかくミリルに会って来たら? まぁ、会ったところでルズの記憶が過去を思い出すかどうかは分からないけどね。 ゴチャゴチャ考えるよりも行動すればいいじゃないっ!」

 パートナーのチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は横から言葉を補う。

「そうよ、ルズさん。このままずーっとこの状態だなんてミリルさんが可哀相ですわ。声が聞けたら死ぬという話を聞きましたが、それはそれで別としてルズさんをミリルさんに会わせてあげたいですわね・・・・・・会わせてから死なせないように説得する方法は考えれば良いですから・・・・・・」

 なんとも見切り発車的な発言ではあるが・・・・・・。

 ただ、白波としては、手放しでミリルの気持ちに賛同しているわけではない。

 彼女のように、どんな手段を使ってでも生きてルズに会おうとしていた人には賛成できない。だから、ミリルを可哀相だとは思っていない節もある。

「だって、ミリルのその状態を見て彼がどんな気持ちになるか考えてないでしょ? 自分の恋人が聴覚しか正常じゃない状態だなんて私だったら悲しいって思うわ。声が聞ければ死ぬってのは身勝手な話じゃないの?」

「理沙さん、結構文句は言ってますがそれでも会わせようとするって事はやっぱり恋する乙女に協力してあげたいって事ですわね☆」

「!! チェル……違うわよっっっ!!!!」

 これを聞くと、チェルシー・ニールはニヤリと無言で語った。

『過去に哀しい想いを抱えていた理沙さんだから、色々思う事はあるみたいですけど、言いたくないならそういう事にしといてあげますわ(笑)』

 空気を察するのに鋭敏なチェルシーに対して、白波 理沙のもうひとりのパートナーである早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)は、あまり事情を飲み込めていないようだ。

「理沙さんはミリルさんに対してどうも批判的みたいですけど・・・・・・どうしてそのような酷い事を言うのかしら? 私としては、ルズさんをミリルさんに会わせてみたいと思います」

 すると、白波 理沙は小声で早乙女 姫乃にささやいた。

「姫乃、私はミリルじゃなくて、ルズの為にハッキリさせてあげたいの。というか、そういう事にしといて・・・・・・自分だって会いたくても会えない人はいるし、本当にミリルの気持ちが理解できない訳じゃないけどね。ともかくも、最後はルズ自身に決めさせないと」

「あら? ということは、ミリルさんとルズさんとキアリさん・・・・・・三角関係という事になってしまうのかしら…? もしかしてわざわざ関係を壊してしまう事になるのかしら? でも・・・・・・ミリルさんの状況を変えてあげなくちゃ何も始まらないと思います! うーん、恋愛って複雑なものなのですねぇ・・・・・・」


 いささかルズが会話から仲間はずれになりそうな気配を察した清泉 北都は、彼に話を振った。

「ルズが中途半端な気持ちをずっと引きずっていたら、この先キアリとの仲も壊れてしまうような気がするね。だから、自分に区切りをつける為にも、ルズには誓いの湖に向かって欲しいと願うよ。ねえシルバ」

 シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)も、ルズに後悔をしてもらいたくないという気持ちは同じだ。

「北都の言うとおりだ。ルズ、もしおまえが気になることや行きたい場所があるなら、行動に移したほうがいいと思うぜ。やってみて、はっきりした答えを出した方が気分的にもすっきりするしさ・・・・・・まあどうするにせよ、後悔だけはしないようにしたほうがいいぜ。俺と夏希も協力するからさ」

 パートナーの雨宮 夏希(あまみや・なつき)はにっこりと頷いた。

「そうですよ。後悔だけはなさらないようにして下さいね」


「さあみんな、そろそろ誓いの湖へ移動しようぜ」

 場の収拾に鶴の一声を発したのはミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)。ミハエルはさらに、キアリに向き直ると確認するように諭した。

「満夜にも言われたんだけど、キアリ、おまえもルズと一緒に誓いの湖に行ったらどうだ? 『湖の中央で交わした約束は必ず果たされる』っていう話だから・・・・・・ルズの仲を深めるなら2人で湖に行くべきだと思うぜ」

「ミハエル、あなたの言葉を聞いていて思ったのですが、『何気に我輩たちの仲も試されてる気がしてきた』って考えてません?」

 図星をつかれたミハエルは真っ赤になって慌てた。

「べ、別に満夜のことなんかただのパートナーとしか考えていないんだからな!」

 またごちゃごちゃしてきたので、今度は遠野 歌菜(とおの・かな)が仕切った。

「さあルズ、行きましょ。 私、誓いの湖の行き方、わかるよ。一緒に探しに行こう!」

 すると、今まで黙って話を聞いていたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)フェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)の3人がガタッと席を立ち、ルズの両腕と背後を囲んで「ご同行願います」とばかり促した。

 アルゲオ・メルムは、ルズに少々憤りを覚えていた。

 死別程度で約束を違えた・・・・・・それは、メルムにとって座視できないこと。だが、彼女はイーオンの指示こそが主。個人的な感情は押し殺している。

 フェリークス・モルスのほうは、キアリが二人の再会の場で、邪魔立てしようというのであれば、一時的に身柄を拘束しようと考えをめぐらしていた。

 彼らが外に出ると、シャンバラ教導団の男性用軍服着たルカルカ・ルー(るかるか・るー)が待ち構えていた。

 校門には、ルーの軍用バイクが横付けされている。

「ルズ、やっと行く気になったわね。男ならスパッと行動よ。バイク乗せてあげるから、さっと行って、さっと彼女さん迎え行けばいいじゃない。ほら乗った乗った☆」

 ルカルカ・ルーはそういうと、ひょいとルズを抱え上げ、軍用バイクのサイドカーに彼を放り込み、ババババッと爆音を上げて走り出した。

「あいかわらずルカルカはせっかちだな・・・・・・キアリ、俺たちももう友達だ。一緒に誓いの湖へ行って、ルズたち再会のシーンをみよう」

 レオナーズ・アーズナックがこういうと、また生徒たちの一行は、誓いの湖に向けて出発した。