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第6章 ヒラニプラのサンタクロース


 ヒラニプラのサンタクロースは臨戦態勢だった。

 フレデリカから借りたサンタ服を着た、クロス・クロノス(くろす・くろのす)とパートナーのカイン・セフィト(かいん・せふぃと)は、それぞれの軍用バイクにプレゼントを乗せ、順調に子供のいる家にプレゼントを配っていた。今もまた、煙突から入り、暖炉の前のツリーの下にプレゼントを置いたところだ。
 コトリと音がしてクロスが振り返ると、子供がこちらを見つめている。カインが口に静かに指を当ててみせると、子供は同じ仕草をした。
「俺達はサンタクロースになる試験を受けているところなんだ」
 カインがびっくり顔の子供に囁く。
「誰かに見られた事が知れると、サンタクロースになれなくなってしまうから、俺達が来たことは秘密にしてくれるかな?」
 子供はこくこくと頷き、小さな手で、口を不器用に覆った。
「ありがとう」
 カインは子供の仕草に微笑みながら、クロスを促し、外へ出た。
「手刀の出番がなくてよかったです」
 クロスがほっと息をつく。万が一、騒がれでもしたら…と思っていたが、その心配はいらなかったようだ。
 この先も聞き分けのいい子に当たるといいのだが。


「あれぇ? やっぱりもう、サンタさん、いなくなっちゃったよー!」
 子供に見つかりそうになったアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)は、とっさに窓から飛び出し、桟に掴まって子供をやり過ごしていた。
 いくらドラゴンアーツを使えるとはいえ、片腕のアルフレートが指で体を支えるには時間的制約がある。
(早く行ってくれ!)
 アルフレートの心の叫びに応えるかのように、子供がバタンと窓を閉めた。
「っ!!」
 勢いよく窓に指を挟まれて反射的に手を離したアルフレートは、素早く地面との距離を測り、受身の体勢をとろうとしたが、庭木の枝にスカートが引っ掛かり、一気にバランスを崩してしまった。
 このままでは頭から落ちる! しかし、衝撃を覚悟したアルフレートの身体は地面よりも弾力のある、温かいものに受け止められた。
「怪我はないか?」
 目を開くと、パートナーのドラゴニュート、テオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)の腕の中にいた。
「なんで?」
 アルフレートは、荷物番がどうして敷地内に来たのかと無言でテオディスを責める。
「なんだか、嫌な予感がしたんだ。たまにはドラゴンのカンてやつも頼りになるもんだな」
 テオディスはそう言いながらアルフレートを地面に下ろした。
「そんなのは気のせいだ」
 アルフレートはそう言い捨て、テオディスに背を向けて歩き出す。
「頼りになるのはカンじゃなくて、……テオの方だろ」
 ぼそりと呟く小さな声は、かろうじてテオディスの耳に届いた。少しだけ見えるアルフレートの顔はらしくもなく紅くなっているようだ。
 テオディスの笑っている気配に、アルフレートが振り返ると、テオが上着を投げてよこした。
「なんだ?」
「スカート、破けてるぞ」
 アルフレートが慌てて上着を腰に巻きつけるのを、テオディスは怪我がなくて良かったと安堵しながら見守った。


 その上空には、小型飛空艇に乗ったサンタ姿の松平 岩造(まつだいら・がんぞう)と、寄り添って飛ぶパートナーの機晶姫ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)の姿があった。
「岩造、前方に子供2名を捕捉」
 ファルコンの言葉に、岩造は袋からプレゼントを取り出した。
「よし、私は右だ」
「了解した」
 2人は歩く子供に狙いを定め、それぞれプレゼントを投下する。突然降って来たプレゼントをなんとかキャッチした子供たちは、空を見上げて大きく手を振った。
「最近は教導団での活動が忙しくて、休日らしい時間を取れなかったが……。こういうクリスマスが過ごせるのは嬉しいことだな」
 岩造は、傍らを飛ぶファルコンに言う。
「ああ、まさか岩造と2人でサンタさんになれるとは思わなかった。とても嬉しく思う。今日は、軍人……ではなくて、サンタさんとして子供達に素敵なクリスマスプレゼントを配ろう」
「望むところだ」
 二人は大きく旋回しながら、次々と子供たちにプレゼントを投下していった。


「仮にも法父たりし者が、降誕節祝祭に手を貸さずしてなんとしようぞ!」
 サンタクロースといっても、教皇正装風の厳かな衣装を身にまとったロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)は、高らかに空へ訴えた。
「珍しく、ロドリーゴがはしゃいでいますな………珍しくもないですか」
 ロドリーゴにサンタ服に着替えさせられた挙句、プレゼントの袋を担がされ、トナカイのそりまで任されたミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)がため息をついた。
「どうして私まで……」
 サンタ服は着たものの、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)はいまだに納得がいかない様子だった。
「ミヒャエル、アマーリエ、ついて参れ!」
 ロドリーゴが2人を従え、うきうきと扉を叩く。
「メリークリスマス! 貴方は神を信じま……」
「間に合ってます」
 出て来た家人は、憮然とした表情で扉を閉めてしまった。
「間に合ってます? 間に合ってますとは何事ぞ! ええい、異端め、聖務停止にしてくれる!」
 扉を蹴りかけたロドリーゴを見かねて、アマーリエが止めに入った。
「それじゃ誰でも引くでしょう! いいから下がって見てなさい」
 身なりを整えたアマーリエは、扉を軽くノックした。
「先程は、大変失礼いたしました」
 扉の向こうで様子を伺っている家人の気配がする。アマーリエは、扉越しに優しく声をかけた。
「私どもは『公認』サンタクロースでして、宗教宗派無宗教を問わず、良い子の皆さんにプレゼントをお渡ししております……」
「……本当に? まぁ、ただなの? すごいわねぇ」
 家人は警戒しながらも扉を開け、差し出されたプレゼントを受け取り、子供が帰ってきたら必ず渡すと約束してくれた。
 アマーリエは勝ち誇った笑顔をロドリーゴに向ける。
「くぉのぉおおっっっ!」
「まあまあ、ここは抑えて。まずは子供たちにプレゼントを配ることが今日の我らの務めでしょう」
 ミヒャエルは、ロドリーゴをなだめながら、珍妙なクリスマスの過ごし方に複雑な気持ちを抱いた。


「サンタさん、ボク、プレゼントまだもらってないよ!」
 小型飛空艇に乗り込みかけたサンタ服の野武を、子供がひきとめた。
「お? そうか。では我輩の技術を結集したスペッシャールなプレゼントをやろう!」
「やったーっ!」
 スペシャルプレゼントという響きに、私服のままついてきていた黒 金烏(こく・きんう)は嫌な予感を感じた。
「待てっ!」
 ちゅどーん!
 箱を開けた子供の上空1メートルで、小爆発が起こる。驚いた子供は地面に座り込み震えていた。
「一体、これは何事でありますか……」
 金烏の問いに、野武が誇らしげに語りだす。
「良く出来ているであろう。我輩お手製の『メリークリスマスびっくり箱』であるぞ! まぁ、慌てて作ったので、火薬の量を若干間違えたかもしれんが、そんなことは些細な問題じゃ、ぬぉわははははははは!!」
 勢いよく泣きだす子供の擦り傷を、金烏が「いたいのいたいのとんでけー」と言いながらヒールで治療している間に、野武が小型飛空艇に乗り込む。
「どこへ行かれるおつもりか!」
 同じく、いつになく張り切る青の様子を心配したシラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)が慌てて野武を引きとめる。
「決まっておろう! 子供達を喜ばせてやるべく、我輩特製のおもちゃを上空からプレゼントするのだ!」
「それって空襲同然ではありますまいか……」
 さすがの金烏も青褪めた。
「サンタさん、ひどいや!」
 ショックから立ち直った子供が野武を責める。
「なんと! 楽しくなかったのか? では、特別にこれもやろう」
 野武が子供に銀色の小箱を投げてよこした。
「これなあに?」
「それは、我輩お手製スペシャルプレゼント第2弾『メリークリスマス時限式クラッカー』なのである!」
 それを聞いた瞬間、子供は思い切りクラッカーを野武めがけて投げつけた。
 ちゅどーん!
 どうやら今度も少しばかり火薬が多かったようだ。
「サンタなんか大嫌いだーっ!!」
 泣きながら走り去った子供に、シラノが胸を痛める。
 金烏は野武にヒールをかけてやり、シラノは無言でプレゼントの袋を自分の馬に括りつけた。
 こうして、空からのプレゼント空襲は、人知れず阻止されたのだった。


「良い子の皆に、特別なサンタさんがやってきましたよぉ!」
 公園の野外劇場では、伽羅がテンション高く子供たちに声をかけていた。
「さあ、いよいよサンタさんの登場ですぅ!」
 伽羅の紹介で、パートナーの皇甫 嵩(こうほ・すう)が主題歌の『ゆけ!シャンバラン』を流すと、いつもの『パラミタ刑事シャンバラン』の衣装の上にサンタ服を着た神代 正義(かみしろ・まさよし)が現れ、格好良く今日の日のためのポーズを決めた。
「パラミタ刑事シャンバラン! INクリスマス!」
 拍手がぱらぱらとしか聞こえないのも、子供が話を聞いてないのにも、大人達の不審な視線にも、もう慣れた。しかし、ここで諦めたら負けなのだ!
「メリークリスマス! 良い子の皆、元気かな? 今朝、プレゼントがなくてがっかりした子はいないかい? それは、君たちが悪い子だったからじゃない。実はサンタさんが病気になってしまったんだ」
「えーっ」
 子供たちが驚愕の事実に興味をそそられ、舞台の周りに集まって来た。
「でも安心してくれ、今日はこのシャンバランが君たちのサンタクロースだ!」
 正義が胸の前で熱く拳を握る。
「その話、ほんと!?」
 涙をぬぐいながら1人の子供が正義に駆け寄った。
 聞けば、サンタクロースと名乗る怪しげな男からもらったプレゼントが、突然爆発したのだという。
「よし、このシャンバランに任せろ!」
 正義は、子供がひどい目に遭ったという場所に行き、辺りを調べたが、そこにはもう、不審者もサンタの姿も無かったため、安全を確認しただけで戻って来た。
「シャンバラン、悪いサンタをやっつけたの!?」
 子供たちが目を輝かせて正義を迎える。
「え? いや、悪いサンタはもう……」
 その時、伽羅の鋭い視線が正義に突き刺さった。
 話を合わせろ。そんな無言の圧力に、正義はゴクリと息をのんだ。
「あ………ああ! 悪いサンタはこのシャンバランがやっつけたから、もう安心だ!」
 わぁっと子供たちから歓声が上がった。
「シャンバランすごいや!」
「シャンバランかっこいーっ!!」
 閑散としていたステージが、子供たちの熱い熱気に包まれる。
「シャンバランの活躍でぇ、見事、悪いサンタは倒されましたぁ! ありがとうシャンバラン!」
 伽羅の誘導に、子供たちは声をそろえて「ありがとーしゃんばらん!」と繰り返す。
「そんな皆のヒーロー、シャンバラングッズを、今回は特別にクリスマスプレゼントとしてステージ横でお渡ししていますぅ。聞いて歌おう主題歌CD、お面をつけて君もシャンバラン!なりきりセットを始め、各種グッズがよりどりみどりぃ! さあ、早い者勝ちですよぉ♪」
 子供たちが、グッズを並べて待っている嵩とうんちょう タン(うんちょう・たん)の元へ、我先にと集まってきた。
 この盛況ぶりに嵩は、シャンバラングッズよりも女性キャラグッズの方がまだウケが良いのでは、などと考えていた自らを反省し、「早めにお召し上がり下さりませ」と丁重に魚肉ソーセージを渡している。
 いつにない賑わいに気分の高揚したうんちょうは、伽羅に向かって明るく言った。
「義姉者、シャンバラングッズの需要見積りのミスもこれで帳消しでござるな!」
 見積りミス、言ってはいけないそのひと言に、伽羅がどよ〜んと落ち込む。
「あっ、いや、それがし、そのようなつもりではっ!」
 慌てたうんちょうは、失言の埋め合わせとしてシャンバラングッズをひとつ残らず配ろうと、体を張って働いた。
「さあさあ、プレゼントをもらってくれた子には、このうんちょうの「たかい、たかーい」つきでござるよーっ!」
 大人の事情にまみれてはいたが、公園サンタは大成功だった。