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リアクション
その少し前の時間。
二隻の中型飛行船空京中枢に向けて飛んでいた。二隻とも商業広告が鮮やかに描かれ、その本性を隠している。
「ゲルデラー博士、先ほどから教導団の空京パトロールが身元称号をしろとうるさいのですが……」
副官のアマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)が艦長兼空京方面軍指令官のミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)に伝える。
「無視しろ。右舷の僚艦はついてきているか?」
「本艦右舷後方200メートルを航行中です」
同じく副官のロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)が答える。
「諸君、これよりロートナハト・ツヴァイ隊は戦闘行動に入る。容赦無用のせん滅戦である。それに適した人材を抽出したと聞いておる。よいか、憎む前に殺せ」
ゲルデラー博士のいうように、ロートナハト・ツヴァイには犯罪者まがいの極悪人が大勢紛れ込んでいた。その数百数十余名。
「無線封止解除、総統艦に打電、『空京なう』、ハッチ開放、教導団駐屯施設並びに空京じゅうのデートスポットにミサイルを一斉射!!」
アマーリエが復唱する。
二隻の偽装商用飛行船の下部ハッチが開き、爆裂焼夷弾頭をつけた数十本のミサイルが筋を引いて飛んでいく。
着弾したミサイルの火災で街は赤黒く照らされる。
ゲルデラー博士は次いで指令を出す。
「一番艦、二番艦は艦隊を解いて微速巡航。空挺部隊を降下させろ」
「博士、二番艦が空挺隊を降下させています」
「こっちもやるぞ。まだなのか?」
「行けます」
「うむ。機関停止、アンカーを出して艦を固定しろ。兵隊をまき散らすなよ?」
降下部隊がパラシュートを背負って待機するハッチで赤い信号灯が青に変わる。
「ついてくるのは人殺しだけでいい。いくぞ!」
イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)を指揮官として、五百余名が降下していった。地上に降下した血盟団員たちはその場でパラシュートを棄て、いくつかの班に分かれて散っていった。目指すのはデートスポット。ショッピングモールやレストランやアミューズメントパークやライトアップされた見晴らしの良い公園。
あらかじめ飛行船からの爆撃でマーキングしてあるので、その爆煙の上がる方角に向かって走ればいいのだ。
イリーナの向かった班は炎上するショッピングモールにたどり着いた。
あたりは爆発や火災に巻き込まれた人々が倒れ、座れ込み、かといって大混乱の空京では助けにくるものもおらず、凄惨な状況だった。イリーナは他のものに各自で動くよう合図すると、一人の男性に話しかけた。その男は変な角度に曲がった足を押さえて苦しそうにうめいて座り込んでいた。
「おい」
イリーナが話しかける。
「おお、君、助けてくれないか、足が……」
「貴様はバレンタインにチョコレートをもらったか?」
「何を言ってるんだ。助けが来ないんだ。早く私を病院に」
イリーナはショットガンを男の頭に向けた。
「まて、どういうつもりだ?」
「チョコレートをもらったか? と聞いている。結果次第では殺す。答えなくても殺す」
「正気か? 待ってくれ、私には妻も子供も」
ばむ!
目から上がはじけ飛んだ男は、どさりと斃れた。
「まったく、早くそう言えばいいのだ」
光るモヒカンの南 鮪(みなみ・まぐろ)もまたショッピングモールで荒れ狂っていた。手を繋いで逃げるふたりを見つけるやいなや火炎放射器の筒先を向け
「ヒャッハー!! 汚物は消毒だーーー! ハ! ウヒャハハハハハハハハハハハー!」
容赦なくそのふたりを人間たいまつにしていた。
「およしなさいっ! そこの下品ないえ……個性的な髪型の非モテ……いえ不幸なお方っ!」
「なんじゃあてめえ喧嘩うってるのかぁ?」
鮪が振り返ると、そこにはくるくる縦ロールのお嬢様、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)とそのパートナーのジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)、アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が立っていた。
白百合女子学園の制服に、両手で持った編みカゴのバスケット。どこから見ても鮪には縁のない超のつくお嬢様だ。そんなお嬢様が鮪のことを恐れもせず凛として鮪の前に立ちはだかっている。ーーもしかしたらコイツ、すごい強い奴かも知れない。実は小物な鮪はそう読んだ。
「お、おまえ……いったいなんのつもりだ、だいたい3人がかりなんて卑怯だろう? 今だったらぁ見逃してやってもいいんだぞ?」
「わたくしは、飛行船から流される負け犬……じゃなくて弱きものの演説を聞き、皆さんに恵んで……じゃなくて協力して差し上げようと思ったのです」
「お……おう、それは立派な心がけだな。で、なにをしてくれるっていうんだぁ?」
鮪がジュリエットに問うと、ジュスティーヌとアンドレが前に進み出て、チョコレートがいっぱい入ったバスケットを差し出した。
「じゃじゃーん。これはジュリエットさまが自らお作りになったチョコレートでございます。今回特別に劣等民族に下賜されるとのことですわ」
「オマエらみたいな年齢=カレカノいない歴にはとうてい味わえないチョコだよ? ジュリエットさまに感謝して鼻水たらして喰うんだな」
「まあ、おふたりったら、相手が野良犬以下だからといってそのような言い様は失礼ですよ。おほほほほ」
鮪はすでに脊髄でこの3人の未来を決定していた。
「うひひひひぃ言ってみたかったぜぇ、このセリフ。お前はもう、死んでいる。 ぬがー!! くたばりゃー!!!」
鮪がトリガーを引くと点火されたガソリンのシャワーが3人に降り注ぐ。火だるまになって転げ回るジュリエットが死ぬ間際、
「アンドレ……」
と言い残したとか。
スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は国際展示場近くの公園方面で作戦に参加していた。ここには着弾したミサイルが少なかったせいか、辺り一帯平穏なままだった。ゲルデラーの演説で「デートスポットへの爆撃・襲撃」が予告されていたので、たいていのカップルは帰宅してしまったのだろうか、この公園も閑散としている。スレヴィは何人かのカップルを始末した後、ふらふらと歩く少女を見つけた。
如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は空京の買い物の帰りに公園に立ち寄っていた。そこに突然、謎の飛行船らしきものからの『血盟団』の演説、そして周囲の混乱。
日奈々は全盲なのだ。
だが、気配を読む力に優れ、それによって視力の替わりとしているのだが、日奈々にとってもあまりにわからないこと過ぎた。どうしたらいいのかもわからない。空を抑えられているって事は、空飛ぶ箒も使えないかも……。
そこに明確な殺意のある人の気配が。それが椿 薫(つばき・かおる)だった。
この人は何人の人を殺してきたんだろう……。
「お前はヴァレンタインにチョコをもらったでござるか?」
スレヴィは問う。
「え? そんなこと、関係ないじゃないですか」
「拙者は血盟団でござる。早く答えるでござる。そうしないとバッサリやっちゃうでござるよ? でもドッキリだから平気でござる。死んでも生き返るでござる」
日奈々の背筋が凍る。この人何を言っているんだろう。
だが、薫の脳内では、ドッキリカメラの看板を出せば何をしても全てチャラになると本気で、本気の本気で信じているようだ。
「いやぁっ、誰か助けてっ……」
「しからばゴメンでござるッ!」
日奈々を一刀両断にしようとした薫だったが、そこへ身をさらして割って入った男がいた。椎名 真(しいな・まこと)だ。
彼は背中にざっくりと致命傷を受ける。
「ぐはっ」
「!?」
「大丈夫……みたいだね。よかった……まにあっ……て」
「そんなっ、なんでっ?」
「逃げろ。俺は平気だ。君は……逃げるんだ」
真はにこりと笑い、薫を振り返ると、ヒロイックアサルトを発動させた。
「さぁ、『護り人』の戦いはこれからだ」
一方、如月 日奈々は空に逃げ場が無いと思ったのか、とにかく走って走って走って逃げた。自分の居場所もわからないくらいに。そして、ここのでくれば大丈夫だろうと、胸をなで下ろしたところで、誰かとぶつかった。
「あ、すみません」
その人物は気配さえ感じられなかった。その人物に抱きしめられるようにして、
「いいえ、お嬢さん。たいしたことはありませんよ」
「いきなり襲われて……怖かったです」
「そうですか。では絶対安全な場所までご案内しますよ」
「本当ですか? ありがとうござ」
ばむ!
「天国までは追ってこないさ。ひひひ」
ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は日奈々の遺体を突き放すと、拳銃の銃口についた血痕をぬぐい去った。
シャンシャンシャンバラン
シャンシャンシャンバラン
どこかで誰かを妬んでる
いつでも何かを憎んでる
急げー(急げー)ジャンバラン(シャンバラン)
嫉妬スパークだぁー
心に渦巻くコンプレックスー(しゃんしゃんしゃんばらんしゃんしゃんしゃんばらん)
嫉妬刑事シャンバランこと神代 正義(かみしろ・まさよし)はさらなる敵を求めてアミューズメントパークを駆け回っていた。
「くそぅ、俺の敵はどこなんだ。ふたりだけで幸せになるなんて許せん! アフリカにいったい何人の飢えた子供たちがいると思っているのだっ!」
シャンバランが周囲を探す。
いた。
二人連れ歩くヤツらが。佐々良 縁(ささら・よすが)と鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)だ。二人は友達以上恋人未満という微妙な関係なのだが、シャンバランにとっては有罪である。
「まていっ!」
シャンバランが追う。
縁は虚雲に、
「変なのが来たから逃げようようぅ」
と、袖を掴む。だが、虚雲は
「いや、逃げても無駄だ。ここで戦おう。いいな?」
そう言って縁を見つめた。
縁は
「うん」
と肯いて、細身の長剣を抜いた。
追いかけてきたシャンバランは立ち止まり
「観念したか。俺も無用な戦いは望まない。もう悪事は止めるんだ!」
「悪事?」
虚雲の問いにシャンバランは言葉を詰まらせる。
「その……えっとあれだ。一緒に食事をするだとか。そのあと……ホ、ホテルへ……行くとかだ!」
「私たちそんな関係じゃありません!」
「では何でそんなにラヴオーラがでている?」
「それは……それは虚雲が好きだからです!」
「縁ねえ……」
「私変な事言った?」
「いや。俺も縁ねえが好きだ。もっと早く言えばよかったな」
縁と虚雲はお互いの瞳を見つめ合い、そしてなんだかおかしそうに笑う。
「ふふ。何で笑っちゃうんだろうね」
「ああ、こんなときにな」
「……お、おのれ、なんという疎外感。やはり貴様らは悪だ!」
怒りに燃えたシャンバランは必殺技を繰り出す。
「必殺! シャンバランホームランッ!!」
クギつきバットで殴るだけなのはともかくとして。怒りに燃えたシャンバランの快心の一撃はふたりの頭部の頭蓋骨を致命的に破壊した。
どさりとたおれる縁と虚雲。
薄れ行く意識の中で、ふたりは手を伸ばしあう。
「……なあ縁……ねえ。生まれ変わったら何になる?」
「生まれ変わったら……ね? 生まれ変わったら虹になる。虹になって虚雲にみてもらう」
「虹か。だったら俺は雲になる。雲になって雨を降らせてたくさん虹を作ってやるよ……」
伸ばしあった両手が繋がる。
「そしたら虹が見られないじゃない……ねえ、虚雲おきてる? 虚雲?」
「…………ああ」
「ずっといっしょだよ?」
「おまえもな」
「うん……」
「あとさ」
「ん?」
「ありがと……」
「……ん。そか」
その言葉を最後に、ふたりは息を引き取った。
そしてシャンバランだけが後に残された。
シャンバランは頭を抑えて苦しみ始める。
「おかしいぞ? 俺は勝ったんだ。俺は勝ったんだ……」
回路にスパークが走り始める。
「俺を倒したとしても第2第3のシャンバランが……」
シャンバランはガクガクと震え始める。
「俺は、俺は、何て最低な男なんだーーーーーーー!!」
ちゅどどーーーーん。
シャンバランは自爆装置の発動によって木っ端みじんとなった。
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