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2・26反バレンタイン血盟団事件

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2・26反バレンタイン血盟団事件

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 シャンバラ教導団の砲術科実験棟の周囲は、完全に教導団鎮圧軍の将兵が包囲していた。
 偽の軍服を着せただけの校外生も混じっていると聞き、鎮圧軍司令部は即時突入すべしとの意見が大勢であった。だが、教導団上層部には今回のクーデターを『義挙』と見なすものもおり、中には血盟団の所に説得に行くものもあった。
 血盟団内部でもいさぎよく投降すべきか、討って出て散るべきか、議論が交わされていた。
 総統との連絡は取れたのだが、総統は血盟団の置かれた状況をまったく理解していなかった。とにかく、そのアタッシュケースを届けろ。そうすれば状況は逆転するとの一点張りだったのだ。
「いったい何が入ってるんだろうな?」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)がアタッシュケースを振ってみせる。
「そのケースに触るなっ!」
 鬼崎 朔(きざき・さく)がケースを取り上げる。
「とにかく、このケースを信じるしかないんだ。みんな聞いてくれ」
 朔が立ち上がって語りかけると敗残兵たちは朔に目をやった。
「我々は再度、金団長にこのケースをお届けする決死隊を組もうと思う。……残念ながら、片道だ。で、あるから志願制とする」
「自分が志願スルでありますッ!」
 真っ先に手をあげたのは金住 健勝(かなずみ・けんしょう)だった。
「ダメだ」
「なぜでありますか? 自分はこの作戦に参加して以来、何もしておらんのでありますッ。それが無念ですッ。せめて最期はいさぎよく散るでありますッ」
「理由を聞きたいか?」
「はいっ」
「お前は使えないからだ。以上他には?」
 健勝はがっくりと膝をおとすと悔し涙をにじませた。
「おい、金住って言ったか。お前、命救われたんだぜ? 感謝しろ」
 そういって佐野 亮司(さの・りょうじ)は健勝の肩をたたくと、俺が志願すると立ち上がった。
「佐野さん……?」
「言ったろ? 俺の勝負は常に五分五分。今度店に来いよな。喰わせたいだけ喰わせてやる」
栂羽 りを(つがはね・りお)フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)シェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)、あとはいないか?」
「馬鹿野郎。俺をなぜ呼ばない?」
「洋兵おじさんには残った兵士たちの武装解除と、今後の裁判に出てもらうのに必要なのです」
「それは朔がやれ。突っ込むだけのバカの隊長だったら俺のが向いてる」
「……」
「そうか。だが死ぬなよ?」
「以上、15名で出撃するっ! 遺書は必ず残すように。作戦開始は15分後だ」

 実験棟出入り口周辺に配備された部隊は、土嚢を積み上げ、いつ出撃してくるかも解らぬ血盟団の動向に警戒をより厳重にしていた。
 夜はもう、うっすらと明け始めていた。
「もしかして、集団自決、とかかな……」
 橘 カオル(たちばな・かおる)が双眼鏡をのぞく。
「おとなしく出てきてくれればいいんですけど……。
 レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は凍えそうな手を温めながら答える。
「キミは誰にチョコレートあげたんだ?」
「え、わたしですか? 私の家では家族間でプレゼントを交換し合う習慣なので」
「クラシックなスタイルだな」
「クリスチャンの家なので。えと……」
「カオルでいいよ」
「カオルさんは誰に?」
「今年はもらってねぇ」
「えっ……じゃあ」
「あいつらの味方だ」
 カオルはおかしそうに笑った。
「だけどさ、本当の愛ってさ、違うと思うんだよな」
「?」
「いくつもらえたとか、今年はゼロだとか、そういう事じゃないと思うんだ。本当に好きな人ができたときに過ごす日だと思う。キミの幸せは家族だね」
「うん。家族が大好き。……カオルさんが好きな人って?」
「えへへ、じつはな」
 そこまで話した時、カオルの頭をライフル弾が貫通した。
 カオルは目を開いた,話しかけているそのままの顔で崩れ落ちた。
「……!?」
「敵襲ーーーッ!」
「正面から10名強、強行突破だ!」
「撃ち方用意ッーーてーーッ!」
 鎮圧軍の機銃掃射がはじまる。
 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)栂羽 りを(つがはね・りお)、そして佐野 亮司(さの・りょうじ)。彼らも次々倒れていった。
「もうやめてーっ 誰も殺さないでーっ!!」
 レジーヌが悲痛な叫びを上げる。
 その眼前に、ケースを携え、薙刀を持った朔とアンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)が飛び出してくる。
「どうした朔……殺せ……殺すんだ……いつものように……いくつもの死体を積み重ねてきたように」
「違う。私は間違っている。こんなことはじめっから間違ってたんだ。だからここで終わりにしなきゃいけない」
 空を舞う敵将校に、レジーヌは初めて憎悪という感情を抱いた。
 そしてロングスピアをにぎりしめ、ふたりの体を貫いた。
 朔の顔が苦痛に歪む。
「わたし、そんなつもりじゃ……」
「よいのだ。私は今、解放された」

 特攻隊の全滅後、兵士達が遺体の搬送をしていた。
「オイ、コイツ生きてるぞ!」
「なんだ血盟団じゃないか。
 下士官が拳銃を取り出す。
「待ってくださいよ軍曹殿、この男が生きるか死ぬか、コインで賭けませんか? 裏なら銃殺、オモテなら病院」
 伍長の投げたコインは手の甲の上で表側を見せてきらりと光っていた。

 実験棟では取り残された兵士達がいつ降伏するのかを話し合っていた。
 それ以前にこれまで引っ張ってきた朔隊長の喪失に呆然としていた。
 果ては、
「やはり、皆で自決しよう」
 と言い出すものも増え始めていた。
 そんなとき、外の鎮圧軍の様子がにわかにざわめくのが聞こえる。
 残存兵たちが窓辺に詰め寄ると、味方の飛行船がせまってきていた。
「おい、ありゃ空京に派遣したゲルデラー博士の船だ」
「向こうじゃ勝ってるのか?」
「助けに来てくれたんだ!」
 兵士達は手を振り、鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)は無線交信を試みた。
「ロートナハトツヴァイへ、こちらロートナハトアイン。こちらは壊滅状態。救援を請う」
 だが無線から帰ってきたのはゲルデラー博士の声ではなかった。
「道化師より馬鹿者たちへ。この船はいただいた。この船を教導団校舎にぶつけることで作戦は終了する。以上」
 洋兵は受話器を持ったまま固まっていた。金住 健勝(かなずみ・けんしょう)がよびかけると、
「あの船はこの学校に突っ込むらしい……」
「ほ、本当でありますか?」
「あいつならやるな」
「では鎮圧軍に自分が使者として」
「信用すると思うか?」
「……はぁ」
「ちょっといいですかな?」
 話の間に割って入ったのは、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)。砲術の専門家だ。
「実験したい弾薬がありますよ」
「強力なヤツか?」
「それだと学校のダメージも著しい。したがってこの砲弾を使うのです」
 セオポルトが抱えた35ミリ砲弾には「暴徒鎮圧用」と書かれていた。

 3人はおおいそぎで階段を昇り、屋上の試射用大砲の元に駆け寄った。
「ずいぶんポンコツじゃねぇか。うごくのかよ?」
「砲術科は冷遇されてますからな。予算もたらんのですよ」
 飛行船はますます校舎に接近していた。
「急いでくださいっ!」
 健勝と洋兵が上下ギアハンドルと左右ギアハンドルを回す。
 セオポルトは照準器から敵影を探し、ハンドル操作を指示する。
 目標は小さな艦橋だ。
「射撃準備完了ッ 砲から離れてっ」
 セオポルトがヒモを引っ張ると砲台が跳びあがるようにして砲弾は飛んでいき、艦橋を直撃した。
「……」
「何も、起こらないでありますな」
「まあ見ておられよ」
 それまでまっすぐ飛んでいた飛行船が風に流され始めた。
「どうしたんだ? ありゃ」
 暴徒鎮圧用の麻酔ガスですよ。クルーは今頃夢の中です。