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第17章 紅の得点/白の失点

 油断した――!
「白! 全員戻れっ!」
 虎鶫涼が叫んだ時には、笛は鳴り、マイトは「軽身功」でドリブルを始めていた。

《さぁ、カレーボールはプレーが再開され、パンダボールは紅3番、マイト・レストレイドがキープ! 凄い! 物凄い速さだ! まるで弾丸だ!》
《白チームは完全に油断しました! この遅れは痛い! 取り戻せますかね!?》
《白の得点後、一分足らずで紅が逆襲を開始! さぁ、結果はどうなる!?》

 マイトを遮る者がいなかったわけではない。
 いち早く反応したミューレリアはその進路に立ち、「氷術」で地面を凍結させて全身を阻もうとした。
(その技は、うちの11番がやっている!)
 マイト・レストレイドは跳躍した。
(その反応は織り込み済み!)
 ミューレリアも「バーストダッシュ」で跳躍、空中でボールを競り合おうとして――
(ボールがない!?)
 パンダボールは凍り付いた地上に転がり、カバーに入った四条輪廻がキープ、ドリブルしていた。
 空中、すれ違う瞬間、交錯する視線。
(地表凍結のみならず、その後の対応まで準備していたとはさすがだな、紅の6番!)
(くっ……!)
(だが、この俺の方が一枚上手だったようだな!)
「4番! 思いっきり前に蹴り出せ!」
「頼むっ!」
 上空からの指示を受け、四条輪廻は力の限り――「ランスバレスト」の要領で、パンダボールを前に蹴った。
 マイトの体は下降する。着地した時、パンダボールは足元にあった。
 再び蹴る。走る。心臓が凄まじい速さで鳴っている。全身が爆発しそうだ。
 構うものか!
(このボール、必ず白のゴールに突き刺す!)
 センターラインを越えた!
 ゴールまで、俺を遮る者は誰もいない!

《さぁ、攻守は完全に逆転した! ふたつのボールは白の陣地を縦断していく! しかも阻む者は誰もいない!》
《しかし、ゴールキーパーの赤羽選手も、これまでの防御率は100%! 紅も油断は出来ません!》

「む……マイトめ、ついに覚悟を決めたか!」
 近藤勇が緊張した面持ちで身を乗り出す。
「何や、あの兄ちゃんに何か必殺技でもあるんか?」
「ある」
 日下部社に向かって、近藤勇は頷く。
「卓越した技を持ってすれば、あらゆる武器を虎徹のごとく扱える!」
「……ひょっとして、武器ってサッカーボールのことかいな?」
「この試合だと実際武器でしょ」
「俺には分かる。あの男、不退転の決意で突き進んでおる。必死の覚悟で行く者を、止められる者などそうはいない!」
「まぁ、実際キーパー以外おらへんわな」
「そのキーパーも、言っちゃあなんだけど鉄壁よ? さっき紅のFWが何本もシュート撃ったけど、全部防がれちゃってるわ」
「今のマイトなら、金剛石の壁さえも貫けよう。己を一振りの刀としてな!」
(見せて貰おう、マイト・レストレイド! 貴様の魂の虎徹をな!)

「15番! 俺達の他にも、攻め込んでいるヤツがいるみたいだな!」
 ザカコは併走する本郷涼介に言った。
 その時、本郷涼介の脳裏に何かが閃く。
(……そうか、その手があったか!)
「2番! 私達もその攻め込んでるヤツと合流するぞ!」
「!? そんな事をする必要がどこにある!?」
「そいつと呼吸を合わせなければ、我々も得点出来ない! やみくもにシュートを撃っても、白のゴールは割れないんだ!」
 ザカコは思い出した。そういえば、こいつは最初、白の陣地に入って攻撃に加わっていたのだ。
「お前さんなら、取れるってのか!?」
「タイミングと狙いが合えば、絶対取れる! だが、使えるのは一度だけだ!」
 本郷涼介は、ザカコに自分の狙いを話した。
「――なるほど……単純だが、それなら確かに点が取れる!」

《紅15番本郷、2番ザカコのふたり組、進路を変えた! ゴール目指して直進する3番マイトに合流する!》
《この動きには、何か意味があるのでしょうか!?》

「オーケー、分かったぜ!」
 本郷から計画を聞いて、マイトは頷いた。
「タイミングが大事だ……最初のトリガーは頼んだ!」
「任せておけ!」
 本郷はマイトから離れると、遠野歌菜に向けてパスを放った。
「遠野! そのままシュートだ!」

 今度のパスは、ただのパスだ。
 けれど、とても重いパス。
 飛んでくるカレーボールを、遠野歌菜も走って迎える。
 そしてそのまま「ブラインドナイブス」の要領で脚を合わせ――
「行けえぇっ!」
 シュート! 

(19番が蹴った!)
 「軽身功」の勢いと、「ヒロイックアサルト」の技とを蹴り脚に載せる。
「行くぞっ、マイト!!!」
 蹴り出されたパンダボールは、凄まじい加速で白のゴールに向かった。

《二つのボールが同時に白のゴールを狙う! キーパー赤羽、ついに最大のピンチを迎えた! さぁ、どう対応するか!?》
《ボールはふたつですが、体はひとつ! 単純ですが、見事な作戦です!》

 ――赤羽美央は、また時の流れを変える。
 緩慢な時間の中、冷静にボールの弾道を読む。
 ひとつは遠野歌菜のシュート。もうひとつはマイト・レストレイドのシュート。
 前者は低軌道で、ゴールの隅を狙っている。急回転が周囲の空気の流れを変えて、抉るように曲がろうとしている。
 後者はスピードが速い。勢いがあって弾道は高め。クロスバーぎりぎりを狙ったのだろうが、ほんの少しだけ高すぎた。
 判断する。後者はクロスバーに跳ね返る。前者だけに集中すればいい。
 赤羽美央は、セービングの態勢を整え、跳んだ。

《ああっと、3番マイトのシュートは、クロスバーに跳ね返る!》
《キーパーは迷うことなく19番遠野のシュートに飛び込みました! いい判断です……いや!?》
《何と、跳ね返ったパンダボールに飛び込む人影! それは――》

「任せろ、マイトォ!」
 紅のリーダー、マイト・オーバーウェルムは、「バーストダッシュ」で跳躍した、
 宙に跳ね上がったボールが止まって見えた
 全身のバネを溜め、力の限り頭で叩き落とす!

《紅20番・マイト・オーバーウェルムが見事なフォロー! ひとたび跳ね返ったパンダボールは、再び白のゴールを目指す!》
《キーパーはカレーボールに反応しています! これはピンチです!》
《しかし、ここで7番ヴァーナー・ヴォネガットが立ちふさがる! 果たしてボールを止められるのか!》

 ゴールに向かうパンダボールに、マイトは精神を集中した。
(白チームの百合園! あんたらの知恵と工夫には心の底から敬服する!)
 敵からも学ぶべきは学ぶのが、紳士の振る舞いというものだ。
(だからその技、盗ませてもらう!)
 マイトはパンダボールに向けて「遠当て」を放った。
 さらなる加速を得たパンダボールはヴァーナーに向かって飛んでいき――

「きゃあああああっ!」

 ヴァーナーごと、ゴールネットを揺らしていた。

 白ゴール前にいた影野陽太の笛が鳴った。

「総員! 万歳三唱!」
「「「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」」」
 ルイの合図を待つまでもなく、紅の応援席が沸きに沸いた。
「はいっ! はいっ! はーいっ!」
 応援席の中から、手を挙げて特設ステージにチャイナドレス姿で飛び込む者が出て来た。
「いちばん! リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)、嬉しいので躍りまーす!」
「「「「いいぞーっ! 踊れーっ!」」」」
 どこかでギターの音が鳴った。
 掻き鳴らされる情熱的な旋律は、フラメンコのそれである。
 リアトリスの持つポンポンの中に仕込まれたカスタネットがリズムを刻み、その手足が振られるたびに、チャイナドレスの裾が煽情的に翻った。
 昂奮したスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が狼の姿で舞台に乱入し、リズムに合わせてモンキーダンスを踊る。
 最後の一節が鳴り、フィニッシュが決まる。
 一瞬の間の後、喝采と口笛がリアトリスに浴びせられた。



 笛が鳴った。

 第一回蒼空杯サッカーの前半戦は、一対一で終了した。