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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!

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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!
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第1章 救援部隊出発

--蒼空学園の郊外

 森の中から疲れ切った足取りで現れた蒼空学園のアーティフィサーの風祭 隼人(かざまつり・はやと)とニンジャの橘 恭司(たちばな・きょうじ)の顔を朝陽が照らし出す。
 昨夜、野営地でゴブリンの大部隊に突然の襲撃をされ、ようやく包囲網を切り抜けての蒼空学園への帰還だった。重傷ではないものの二人とも服や身体に矢傷や刀傷があちこちにあり、SPの激しい消耗により顔にも疲労が見えている。もはや満身創痍といっても過言ではないが、二人には急いで学園に戻らねばならない事情があった。
「今日ほど蒼空学園に戻れたことに感動したことはないな」
 隼人がそう言うと、恭司も同様だと頷いた。
「どうやら追手も学園のエリアに入ったことで諦めたようです」
「何匹切った?」
「さぁ、20から先は数えるのも面倒でしたから」
「同感だぜ」
 疲れきっている二人だが、学園のエリアに入ってからはおしゃべりが絶えなかった。何かに意識を集中していないとそのまま倒れこみそうなほどだったからだ。
「おっと」
 足元がよろけた隼人を恭司が素早く支えたが、その彼自身も足腰に力が入らず一緒に倒れこんだ。
「どうやらお互い限界まで力を使いきったようだな」
「えぇ、100キロ近くも山の中を走りましたからね」
 座り込んだ二人だが休む暇がないのも事実だ。今起きている緊急事態を学園に報告するため二人は力を絞って立ち上がり、再び歩き始めた。


--蒼空学園内オリエンテーリング会場

 その頃、まだキャンプに迫った危険を知らない蒼空学園では、体育館に設けられたオリエンテーリング会場で御神楽 環菜(みかぐら・かんな)による挨拶が行われていた。
「はじめまして、新入生のみなさん。私が蒼空学園理事長・御神楽環菜です。今年度のホスト校として、シャンバラの各学校に入学されたみなさんをここへ迎えられたことを心より嬉しく思います。私からお祝いにこの言葉を皆さんへと贈りたいと思います。『ようこそ、パラミタ大陸へ』」
 環菜は満面の笑みで会場を見回すと、今回のオリエンテーリング開催の成功を確信した。
「これからここで体験する未知の冒険、学び、仲間との出会い。その全てのことがあなたたちの経験となり、力となり、成長してくれることを願います。そして、私たちと共に念願であるシャンバラ建国を成し遂げましょう」
 環菜の言葉を受けて、環菜を慕っている司会役の司 会(つかさ・かい)は大きな拍手で応えた。
「環菜理事長、温かい言葉ありがとうございます。皆様も盛大な拍手をお願いします」
 会がまだ緊張して空気の温まっていない会場へ拍手を要求すると、次第に拍手の輪が広がっていく。
 自分のお手柄のように環菜へ愛想笑いを投げかける会だが、肝心の環菜は当然よという顔をした。誰もがこれから始まろうとしていたオリエンテーリングに期待を躍らせていたこの時、突然会場中の照明が消された。
「大丈夫です、すぐに非常電源へ切り替えます」
 環菜の隣にいたパートナーのルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)が会場スタッフに落ち着いて指示を出した。

「その必要はない!」

 壇上の袖へ現れた黒衣の男が響くような大声を発した。
「危険です、下がってください」
 ルミーナは素早く環菜の前へ出ると、万が一のためにガードを固めた。
 黒衣の男は不気味に笑うと、会場へ集まった生徒たちへとメッセージを発した。
「新入生諸君!ようーこそ、パラミタへ。この血塗られた大陸に足を踏み入れた己が愚かさを後悔するがいいわ。お前らが味わうのは恐怖のオリエンテーリングよ」
 黒衣の男はフードを取ると、鏖殺寺院の下級ダークプリースト クラマ(かきゅうだーくぷりーすと・くらま)であると名を名乗った。
「鏖殺寺院の者が、どうやってここへ?」
 環菜の問いに、クラマが嘲笑交じりで答える。
「ふん、イベントのおかげで出入り自由だ。案外、蒼空学園とはもろいセキュリティだな」
 クラマが右手を上げると、それに呼応したかのように会場の二階部分の左右から十匹ほどのゴブリン兵が弓矢を構えて狙いをつけた。
「さぁ、楽しい宴を始めようじゃないか!」
 突然起こった事態に、会場にいた新入生たちへザワザワと動揺が広がる。

「せっかくの楽しみを邪魔するやなんて、粋やあらしませんなぁ」
 そう言って、二階にいたゴブリン兵を切り落としたのは蒼空学園セイバーの一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)だ。
「別に恨みはないんやけど。まぁま、とりあえず……覚悟しぃや」
 燕はバーストダッシュでゴブリン兵の集まりへ突っ込むと、御神刀・贋龍を左右に振るって切り払った。
 この危機にも慌てず素早く行動する者は他にもいた。反対側の二階部分では蒼空学園ローグのレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とパートナーのミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がゴブリンたちを挟みうちにしていた。
「ローグのあちきの目を出しぬこうなんて、百年早いですぅ」
 レティシアの合図に、ウォーハンマーを構えたミスティが素早く呼応した。
「レティ、行きますよ」
 二人は息の合ったコンビネーションで次々とゴブリン兵たちをなぎ倒していく。
「おっと、逃がさないですぅ」
 一匹だけ逃れようとしたゴブリン兵には、レティシア必殺のカニばさみが炸裂した。
「まさか、それはI師匠直伝のカニばさみどすか?」
 戦いながらも関西ネタにはしっかりツッコミを入れる燕だった。
「まぁ、御存じですの?」
 二人はそれぞれ反対側の手すりから身を乗り出して、芽生えつつある奇妙な同志感情を共有し合った。
「あの、まだゴブリン残ってますけど……」
 ミスティの忠告も無駄で、燕とレティシアはすっかり打ち解けて話し始めた。
「いやぁ、こんな場所で新喜劇が分かる人がいはるなんて」
「あちきも大好きなんですぅ」
 ミスティはやれやれとため息をつくと、逃げ惑うゴブリン兵をウォーハンマーで掃討していった。

「どうやら、部下はやられたようね。成瀬一、そいつも捕えなさい」
 勝ちを確信した環菜は、新入生挨拶のために壇上にいた成瀬 一(なるせ・はじめ)にクラマの捕縛を命じた。
「ぼ、僕がですか? えぇ、戦ったことなんてないのに……」
 へっぴり腰で剣を抜いた成瀬を見て、クラマは笑い出した。
「こんなのが新入生代表だとはな、笑わせてくれる。怯えているな、貴様……さてはいじめられっ子だな」
「え、なんで分かるの?」
「弱そうな匂いがプンプンしておるわ。言っておくが、俺様は弱い者にはめっぽう強いぞ」
 クラマは震える成瀬に鉄の爪で襲いかかった。
「わ、うわ」
 生来の気弱さとスキルの未熟さゆえに戦うこともままならず、成瀬はただ攻撃を受けるのがやっとだった。
「そらそら、トドメだ!」
 クラマが振り上げた鉄の爪を、背後に回った蒼空学園プリーストのリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が掴んだ。
「悪戯が過ぎるわよ」
 リカインは握りしめた右拳にドラゴニックアーツの力を宿し、クラマのボディへと思い切り打ちこむ。そのあまりの衝撃にクラマは悶絶して、床をのたうち回った。
「なぁんだ、口の割には大したことないじゃない」
 リカインは会からロープを受け取ると、クラマを縛り上げた。
「あ、ありがとうございました……」
 成瀬はリカインに頭を下げたが、顔は怯えてすっかり青ざめていた。
「よかったね、無事で……と言いたいとこだけど、大丈夫なの?」
 リカインはこんな調子で成瀬がパラミタでやっていけるのか思わず心配になった。
「だめですよね、こんなことじゃ……だからパートナーにも逃げられるんだ」
「どういうことなの?」
 成瀬の言葉を、環菜は聞き逃さなかった。
「実は……」
 成瀬はこれまでのいきさつを重い口どりで話し始めた。

 成瀬は気の弱さが災いして中学校での三年間をいじめられ続け、パシリとしての日々を過ごしていた。偶然にもシャンバラの住人にパートナーとして選ばれたのをきっかけに、新しい一歩を踏み出そうと考えた成瀬だが、現実は甘くなかった……
 パラミタに来た最初の日にモンスターと遭遇すると、パートナーを捨てて逃げてしまったのだった。
「戻った時には『あばよ、またな』って置手紙が……わかってるんです、僕にはここにいる資格がないってことくらい」
 落ち込む成瀬に、環菜は容赦ない言葉を投げた。
「そうね、臆病者はこの学園には必要ないわ」
「それは少し言いすぎです」
 リカインがフォローしたが、当の成瀬の耳にはもはや届いてすらなかった。
「いいんです、もう……」
「あぁ、イライラする! なんだ、俺様を無視してのこの青春学園ドラマのノリは。言っておくが、貴様らもう勝ったと思っているのではないだろうな?」
 無視されていたクラマが苛立たしげに暴れる。
「捕虜がうるさいわね」
 どこまでも無視する環菜に、クラマは言葉を続けた。
「いいのか、そんな余裕の態度で。なぜ、俺がこうも簡単にこの会場に入れたと思う? それはなお前らの計画が全て我等に筒抜けだったからだ」
「まさか・・・」
 ようやく表情を変えた環菜に、クラマは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「そう、お前らがバデス台地でキャンプを張ることも、暗黒洞窟での調査訓練を行うこともすでに察知済みだ。これほどわかりやすく罠をはれるチャンスはありがたかったね」
 現地では数千を超えるゴブリンの大部隊が展開しており、準備のためにバラバラになったメンバーへと襲いかかる手筈になっていたのだ。その事実を裏付けるように会から環菜へ現地から戻った者がいると告げられた。
「環菜理事長、いま現地から負傷して戻った風祭隼人と橘恭司の二名から報告が。彼らによると新入生と合流する地点で数千を超えるゴブリンに襲われたと……」
「まずいわ。罠の中に飛び込んだ上に、その数じゃ……いくらみんなが強くても」
 事態は緊急を要したが、今から敵の戦力に対抗する部隊を招集していてはとても間に合うはずがない。環菜は会場へ向き直ると、そこにいた全員へ命令を発した。
「このオリエンテーリング会場にいるもの全員に告げます。直ちに準備にかかり、現地で敵の包囲された仲間を救い出しなさい」
 仲間を助けるために会場の新入生たちと案内役だった生徒をそのまま使って作戦行動に移すという、環菜の起死回生の奇策だった。
「でも、僕たちみたいな新入生が行っても足手まといになるだけじゃ……」 
 実戦経験の乏しい成瀬が不安を口にしたが、環菜は彼に言い聞かせた。
「聞きなさい。いい、成瀬一。あなたたち新入生に多くを期待しないわ。ただ、このパラミタに選ばれたあなたたちを、いま待っている仲間がいるのよ。後悔したくないなら、剣を取って」
 しかし、環菜の説得も成瀬の気持ちを変えることはできなかった。
「僕はみんなみたいに強くない」
「あ、お待ちになってですぅ」
 会場を飛び出した成瀬を燕やレティシアが追いかけようとするが、環菜が制止した。
「追うことは許しません。時間がないの、すぐに出発の準備にかかって」
 彼らにはもうわずかな時間の無駄使いさえも許されていなかった。


--蒼空学園グラウンド

 蒼空学園のグランドには装備を整えた新入生と上級生による混成の救出部隊が集結し、出発の合図を今や遅しと待っている。
 その様子を遠くから見守るものが一人いた、逃げ出したはずの成瀬だった。
「僕は……」
「行くのか、行かないのかはっきりしろ」
 成瀬に声をかけたのは、傷を負って治療を受けていたはずの隼人だった。彼の後ろには大部隊に仕掛けるための痺れ薬と睡眠薬をつめるだけ積んだ運搬車を押す恭司や、隼人のパートナーであるソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)ホウ統 士元(ほうとう・しげん)の姿があった。
「どうしてですか? そんな怪我をしてるのに、どうして……」
「こんなもの、現地で待っている仲間を思えばどうってことありません」
 恭司も負傷を押しての出陣だった。
「行きましょうよ、成瀬さん。僕だって怖いけど、やっぱり今は行くべき時です」
 ソルランは成瀬に手を差し出した。
「すいません、僕は……」
「そうか、見込み違いだったな。いこう、みんな」
 下を向いたままの成瀬に、隼人は見切りをつけて言った。
「いいのですか? わざわざ、足を止めてまで声をかけたのに」
 ホウ統 士元(ほうとう・しげん)の問いかけに、隼人は疑いの余地もはさまずに答えた。
「来るさ、必ずな」
「えぇ、信じましょう」
 恭司も同感だと頷いた。

 出発し、遠ざかっていく救出部隊。このままでいいのか、一体何のためにパラミタへやってきたのか……今が変わる時ではないのかと、成瀬は思わず立ち上がった。自分に何ができるかはわからない、それでもこのままでは何も変えられないことは彼自身が一番知っていた。成瀬はグランドへ駆け下りると、部隊を見送っていた環菜の前に立った。

「……僕はもう卑怯者でいたくない。環菜理事長! 成瀬一、これより救援部隊に参加します!」

 成瀬は震える身体を勇気で奮い起こし、救出部隊への参加を決めた。
「いい、一人の仲間も失わずに帰還すること。キャンプのメンバーも、救出に向かうあなたたちの誰一人が欠けても許しません!」
 環菜は成瀬に指令を託した。それは単なる命令はではなく、彼女の切実なる願いとも言えるものだ。
 走りだした成瀬は救出部隊の最後尾を歩いていたリカインとパートナーの中原 鞆絵(なかはら・ともえ)アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)たちに挨拶した。
「リカイン先輩、僕も行きます」
「ようやくその気になったのね」
 リカインは成瀬を認めると、笑みを見せてくれた。
「よろしくな、ニーチャン」
 アストライトは拳を突き出して歓迎の意を示した。
「あら、新入生さんね。それじゃ、戦いの前に少しお勉強をしておきましょうか。まず戦いにおいてはけして冷静さを失わないことが大事ですよ」
「あ、はい」
 突然始まった鞆絵の講義を前に、成瀬は苦笑しながら頷くしかできなかった。
「まぁまぁ、旅は長いですからお話はまたゆっくりとでいいじゃないですか」
 助け船を出してくれたのはヴィゼントだ。彼は鞆絵のお説教が始まると長くなるのをよく知っているのだ。
「よろしくお願いします」
 頭を下げた成瀬を周囲にいた他の上級生や新入生たちも歓迎する。仲間を救いに行く気持ちで集まった彼らに学園や年齢は関係なく、すでに一つのチームだった。
「お姉ちゃんたちだけ楽しいことしてずるいの! 私も一緒に遊びたいの」
「未羅ちゃん、だめですよぉ。ウロウロしてると迷子になっちゃいますぅ」
 この場に似つかわしくない少女たちの会話に、成瀬は思わず振り返る。そこにいたのは現地に残されたパートナーを心配して参加する朝野 未羅(あさの・みら)朝野 未那(あさの・みな)の二人がいた。
「あ、弱虫の一さんなの!」
「未羅ちゃん、そんな本当のことを言ってはダメですよぉ」
 かわいい少女の二人にズケズケと言われて内心傷ついた成瀬だが、もう傷ついてばかりはいられなかった。
「弱虫だけど頑張りますよ。だから、いざって時は助けてくださいね」
「うん、助けてあげますの」
 あどけなく微笑む未羅に、成瀬も笑みを返した。成瀬は生まれて初めて得た仲間のために、勇気を出して戦う気持ちを奮い起こしていた。