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リアクション
第2章
「これより、蒼空学園主催による、西シャンバラ雪まつりを開催いたします」
アナウンスの声を合図に西シャンバラ雪まつりが開催された。朝から蒼空学園を訪れる人の列は絶えず、蒼空学園のグラウンドでは参加者が作った雪像がこれでもかと言わんばかりに並べられている。
観客はこの地方では珍しく大雪の積もったグラウンドや展示スペースで雪像を眺め、楽しんでいた。冬将軍との戦闘が始まるとグラウンドは雪だるマーを装着していない者は入れないので、戦闘参加予定の雪像を楽しめるのはこの時間帯だけなのだ。ちなみに校内のTVや体育館、カフェテラスに設置してある大型スクリーンからは戦闘の様子が実況解説付きで楽しめる。もちろんグラウンドの間近で観戦や応援をしてもいいのだが、戦闘時にはかなりの寒さが予想されるので一般人は原則的に校内観戦がメインだ。
「それでは山葉殿、本日はよろしくお願いします」
本部のテント前では黒髪をオールバックにした精悍な男が校長である山葉 涼司に軽く敬礼して挨拶をしていた。戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)だ。雪まつりの話を聞いた彼は、たまには戦闘に参加しないのも良かろうと、本部での解説者を買って出たのだ。キリっとしたいかにも軍人風の風体で、その言葉には説得力がある。戦場での解説はまさに適任であると言えよう。
「ああ、こちらこそよろしくな」
挨拶を返す涼司、そこに本部の設営をしていたルカルカ・ルーがやって来る。
「地味な解説は小次郎に任せておけば大丈夫よ。戦闘や作戦に関してはピカイチだからね」
「へえ、それは頼もしいな」
「いえ、私などまだまだ……」
謙遜してみせる小次郎だが、実際のところパラミタに渡ってからの彼は参謀としての才能に目覚め、メキメキと頭角を現し始めていた。知性的なその眼光の奥に、確かな自信が読み取れる。
「ふふふ、こっちもよろしくなんだじぇ」
メトロ・ファウジセン(めとろ・ふぁうじせん)は今日の相棒であるマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)にカメラを預けた。メトロは戦闘には参加せず、戦場を駆けるリポーターとして活動することにしたのだ。だが、それにはカメラマンが必要、と以前からの仲間であるマイトに声を掛けたのだ。
「ヒャヒャヒャッ! 任しときなって。……ところでその顔、どうにかなんねぇのか?」
カメラを受け取ったマイトは苦虫を噛み潰したような顔だ。それもそのはず、メトロはさっきからマイトと目線も合わせずに笑いをこらえているではないか。
「だって、その格好……ぷぷ」
それもそのはず。試運転とばかりに雪だるマーを装着してみたマイトだが、もともとイルミンスール魔法学校の制服の下に波羅蜜多ツナギを着込んでいるマイト。さらにその上から雪だるマーの丸々とした雪玉が装着されたのだから珍妙極まりない。
「うっせー! お前のためにやってんだぞ!」
「うひゃひゃひゃ、ごめんごめん。とりあえず写メっていい? みんなに回してあげないと」
メトロはついに吹き出してしまった。憮然とした表情のマイトだが、ふと、ある疑問が頭をよぎった。
「なあ、ところで……。コレを着けてないと戦場フィールドにゃ入れないんだろ? それなりに防寒してるようだけど、お前はどうなんだ?」
「……え?」
笑ってばかりもいられない状況にようやく気付くメトロだった。
一方、グラウンドではすでに戦闘準備をしている参加者もいる。赤羽 美央(あかばね・みお)もその一人だ。一人というか、彼女の周りにはすでに十数人の仲間が集まっている。シャンバラ地方の北に位置する精霊指定都市イナテミス、そのさらに北部にある『雪だるま王国』のメンバーであり、美央はその女王なのだ。
「聞けば冬将軍とやらは地上より攻めて来て、いずれはこのパラミタ全土の冬を掌握しようという不貞の輩。そのような愚行を許すことはできません」
傍らにはやはり雪の精霊の姿。雪だるま王国にも雪の精霊は多数訪れていたのだ。まあ、当然といえば当然だが。
「そうなのでスノー! 冬はみんなのものでスノー! 奴らはスノーマンシップのかけらもない極悪非道な連中でスノー!」
スノーマンシップ、初めて聞く単語だ。だが悪くない。
「それに敵の軍勢には手足の生えた雪だるまがいるとか……」
ちらりと、側に立つマント姿の男に目をやる美央。雪だるま王国騎士団長クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)だ。
「ははっ、女王陛下の御心のままに! そのような雪だるまは全くの邪道です。我々の手で真の雪だるまへと作り直してやりましょう!」
ぐぐっと力説するクロセルに多くの同士が賛同する。彼らは冬将軍配下の戦闘員『アシガルマ』の手足を切り落として通常の雪だるまにしようというのだ。彼らの美意識によれば木の枝や箒以外の手など論外なのだ、ましてや足など。
どうやら雪の精霊に促されて他の参加者達も集まってきたようだ、そこで美央はクロセルの用意した台に登り、声高に宣言する。
「迷える雪中の旅人よ、御機嫌よう。雪だるま王国女王、赤羽 美央です。参加者の皆さんに通告があります。冬将軍配下の『アシガルマ』と『DX冬将軍』は我々が正しい雪だるまに改造しますので決して手を出さないで下さい。特に雪だるまの丸々とした胴体に傷をつける者には敵味方関係なく容赦しませんのでそのつもりで。――以上です」
それはかなり一方的な通告であった。参加者の中には納得しかねる者もいるようだが、雪だるま王国のメンバーはこの雪まつりに相当数の仲間を送り込んでおり、敵に回すとなると厄介な人数に膨れ上がっていた。
仮に敵対するつもりがあっても、ここは黙っているほうが賢明であろう。とりあえずの反論がないことに満足した美央は台を降りる。
ここに雪の精霊と冬将軍とはまったく関係ない戦いが幕を開けたのだった。
その頃、冒険屋ギルドのメンバーは本部の裏に簡易プレハブを組み、ギルドのアピールを兼ねつつ炊き出し部隊として活躍していた。ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)はそこでパートナーの榊 朝斗(さかき・あさと)に頼まれた大鍋の様子を見ている。
「ノアさん? 朝斗はどこに行ったか知りませんか?」
「ふふ、お楽しみですよーぅ。」
と、ノアはいたずらっぽく笑うだけで答えない。朝斗は先ほどから別の待機用テントに行ったきり帰って来ないのだ。
ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)はその横で豚汁の味見をしている。他にも朝斗のアイディアでビーフシチューやコーンポタージュなど、温かい料理が湯気を上げていた。昨日から朝斗を始めとする冒険屋メンバーの料理自慢が仕込んでおいた逸品揃いだ。
「こらっ! つまみ喰いしないでよ!」
ビーフシチューに合わせるパンを失敬しようとしていたルカルカに気付いたライゼが大声を上げた。ルカルカはミッション失敗、とばかりにプレハブを抜け出し、目隠しをしてある待機用テントへ。
「朝斗、やっぱ似合うね、それ」
テントの中では朝斗がメイド服を着せられている真っ最中だ。
「炊き出しはいいんだけど……何で僕がメイド姿にならなきゃいけないのさ」
どうせ反対しても逃げられはしない。観念してうなだれる朝斗だが、一応の不満は口にしておかなくては。
「ははは、いいじゃん。これもギルドのアピールってことで!」
気楽な様子のルカルカは朝斗の背中を軽くバンバン叩く。
「はあ……また騒がれなきゃいいけど」
ルシェンは最近朝斗に女装をさせる機会を狙っていた節があるので、こんな格好をしていたら何をされるか……とため息をつく朝斗だった。
ルカルカが本部にやって来るとテントの前には涼司がいた。本部テントの中には解説者席があり、そこまでが運営スタッフのフィールドになっている。涼司はそこからもう少しグラウンドに近い場所に陣取り、ダリルはその横でまだ敵の現れない戦場を見つめていた。
「ところで、いいのか」
「何が」
唐突な問いに、涼司はぶっきらぼうに答える。
「校長――というか指揮官として参戦しなくて。現地で作戦を指示することもトップには必要だろう」
「いいんだ」
まっすぐ前を見たまま呟く涼司。ルカルカは最近、こんな時の涼司がどこを見ているのか分からなくなることがあった。
「……俺の仕事はもう戦うことだけじゃない。最後の責任を取ることと、あいつらを信じてふんぞり返っていることが、今の俺の仕事なんだ」
その瞳は遠い未来を見据えているようでもあり、わずかな過去を思い返しているようにも見えた。
「――来るでスノー!」
突然、雪の精霊達が叫んだ。見上げるとよりいっそう黒い雲がいつの間にか学園の上空を覆い、そこから見る見るうちに吹雪が吹き荒れ始めた。
雪の精霊の力のおかげだが、バトルフィールドとなるグラウンドだけを吹雪が覆っているのは異様な光景だった。雲の中から数十本の巨大なつららがグラウンドの中央付近に次々と突き刺さっていく。
「あれが冬将軍でスノー!!」
そのつららが粉々に割れて散ったかと思うと、その中から大量の手足の生えた武装した雪だるま――アシガルマが現れた。その中にひときわ目立つ集団がある。身長1m少々のアシガルマと違って人間以上のサイズの氷像が5体。雪の精霊の話にあった四天王と冬将軍だろう。アシガルマ達が全員出てくると、彼らが入っていたつららが宙を舞い、ひとつの大きな影を作っていく。あっという間に周囲の雪を集めたそれは校舎ほどもある巨大な人型の雪像になった。DX冬将軍だ。
「……冬将軍と四天王軍団、見参!!」
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