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リアクション
第四章 エンカウント リトル マウス
西のルートに向ったチームはもう一つあった。
「冬山の謎は銀河パトロール隊にお任せ! なのです」
そう言いながら先頭を進むのは月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)だ。
言葉と動作こそ突拍子だが、その五感は研ぎ澄まされ、彼女は既に手がかりを掴んでいた。
きらりと光る左のレンズは、チョトツーの足跡を発見していたのだ。
「ミディー、出番よ。クリアーエーテル!」
「アイ愛サー! ミディーも頑張るよ」
隣を歩く猫――の姿をしたパートナーミディア・ミル(みでぃあ・みる)に声をかければ、即座に意図を汲み取って足跡の追跡を開始する。
「あ。あゆみ、銃型HC持ってたよね? ルートちゃんと登録してね」
「アイ愛サー! 安全確認ができたルートは登録済みよ」
「……暢気過ぎ」
後ろに続く村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は眉を顰めて、先行く一人と一匹をそう評す。
「脅威は早く片付けたいから、一緒に来たけど……」
「でも、蛇々おねえちゃん。おかげで迷わず最短コースだよ」
冬場にはそぐわない巨大なビーチパラソルを抱えたパートナーのリュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)がとりなすように口を開く。
「うっ……た、確かに体力は温存できてる……」
全くその通りなので、蛇々は口の中でもごもごと言い訳をする。
リュナは素直になれないその背中を押すように笑った。
「ね? 早く帰りたいなら、このまま一緒に行くのが一番だよ」
「そ、そうね。そうよ! わ、私は早く帰りたいだけだもん!」
何かを吹っ切ったのか、蛇々は足早にあゆみたちの隣に並ぶ。
「ど、どう? 何かわかった?」
「あ。蛇々ちゃん」
話をしていると、先頭を進んでいたミディーが駆けてきた。前足であゆみの靴を叩く。
「どうしたの? ミディー」
「あ、あのね。チョトツーの足跡を追いかけてる小さなな足跡があるの」
目を凝らすが、あゆみたちには何も見えない。正に動物の目線を持ったミディーがいてこそ気付けたと言えるだろう。
「この足跡は鼠さんだよ。それでね、向こうでたくさんの鼠さんとチョトツーが睨み合ってるの!」
三人はその言葉に顔を見合わせ、走りだした。
「こっちにはいないな」
言いながら木々を掻き分けて顔を出したのは嵩代 紫苑(たかしろ・しおん)だ。
あゆみたち一行から少し遅れて、チョトツー退治に出てきたのだ。
出遅れたのは野営ポイントに残ろうとしていたパートナーを探していたからである。
伸びをしながら周囲を見回せば、どこまでも同じような風景が目に入る。
地図とコンパスのおかげで迷うことはないが、この森で何かを探すのは骨が折れそうだった。
「……地道に探すってのは苦手だが、放っておいて誰かが被害に合うのも寝覚めが悪いしな」
(――シオン!)
頭に少女の声が響く。柊 さくら(ひいらぎ・さくら)の精神感応だ。
「どうした? さくら」
何かあったのかと続けようとした紫苑の前にさくらが姿を現す。
「チョトツーと鼠の群れを見つけたわ」
「何? 周りに誰かいたか?」
「そこまでは。偶然見つけたようなものだから……」
「よし。怪我人が出る前に片付けよう」
言うや否や、紫苑はコンパスと地図をしまい、ブロードソードに手をかける。
「……」
さくらは面倒事が嫌いな癖に困っている人を放っておけない――そんな紫苑の姿に苦笑せずにはいられない。
そして、それと同時に酷く落ち着かない気分になった。
(……普通の子達には傷付いてほしくないし、見過ごせるわけでもないけど、私はシオンに一番傷付いて欲しくないんだよ?)
「さくら」
「――え?」
「どっちだ?」
「ええと、ここから東よ」
「よし」
(――まぁ、そんなシオンだから私も好きなんだよね)
駆け出す背中を見ながら、さくらは淡く微笑んだ。
が、次の瞬間。
「って、シオン! そっちじゃないよ!」
思い切り反対方向に曲がったパートナーに盛大なツッコミが飛んだ。
西の森の一角。
森と森の間を走る谷間で両者は睨み――いや、野鼠たちが殺気だった視線が一方的にチョトツーに注がれている。
――チュー! チチュー!! チー!
一歩進み出たリーダーらしき野鼠が何事かを叫けぶ。
――フゴ?
チョトツーは突然のことに理解が追いつかないのか、目を白黒させている。
そして、当事者以上に事態が飲み込めないのはそれを見守るあゆみたちだ。
「な、なんの話かなぁ?」
「わ、わかるわけないじゃない!」
「ミディーわかる?」
「……ミディー、猫だし……でも、鼠さんたち、怒ってるみたい?」
と、四人の頭に教師達に保護されたという野鼠の話が浮かんだ。
そう言えば、チョトツーの突進で大怪我をしたのではなかったか。
「仇討ちだよ! 蛇々おねえちゃん」
「で、でも、か、勝てるの? ていうか、私達が戦えばいいのよ! いくよ」
「うん!」
野鼠達が鬨の声を上げてチョトツーに襲い掛かるのと、蛇々とリュナが谷間に身を躍らせたのはほぼ当時だった。
あゆみとミディアも野鼠たちを守るためにその後に続く。
こうしても世にも奇妙な大混戦の幕は上がった。
「鼠さん、さがってー。ミディーのお話し聞いてー」
「あたしたち銀河パトロール隊にお任せなの。クリアーエーテル」
ミディアが懸命に身振り手振りで訴れば、その横で、あゆみがサイコキネシスで野鼠の動きを封じ込める。
「あ、あゆみ?!」
「野鼠さんを守るためよ! チョトツーに突撃したら、怪我するもん」
一方、チョトツーの前に踊りでたリュナは抱えていたビーチパラソル――そう、これはただのパラソルではなく戦闘用なのだ――
を開く。
――フゴ!?
音と回転するパラソルで敵の注意を引くこの作戦だ。
蛇々の考えた通り、この作戦は上手く行った。
音もそうだが、突撃する対象が見えなくなったためチョトツーはその場で固まってしまったのだ。
「くらえー!!」
そこに蛇々が渾身の力で雷術を叩き込む。
――ブギャー!?
見えない縄で縛られたようにチョトツーの体が痙攣した。
(君達、下がって)
と、そこにさくらの声が響いた。
「え?」
(早く!)
「行くぞ――」
迫力に押されるように二人が後退した刹那、剣風が通り抜け、チョトツーはその場で崩れおちた。
蛇々とリュナ、あゆみとミディア、そして野鼠たちの視線の先。
そこには剣を鞘に収める紫苑とその傍らによりそうさくらの姿があった。
「間に合ったね」
「あぁ……美味しどこ取りしたみたいで悪かったかな?」
視線を集めて、どこか居心地が悪そうなに紫苑は頭をかく。
さくらは誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「……カッコよかったよ? シオン」